生徒会長からオカズをもらう
「ほい、今日のおかず!」
一香は持っていた包みをほどいて弁当箱を渡してくれた。
俺がひたすら裏庭で塩おにぎりばかり食べている姿を見られてから(末期は水道水だった)、こうしてオカズを作ってきてくれるようになったのだ。本当に一香には頭が上がらない。
「いつもすまん。ありがとう」
「ま、ほとんど冷凍食品だしね。卵焼きだけはあたしが作ってるけど」
「ほんと助かってる。卵焼きもいつも楽しみにしてる」
「そ、そう……? ま、まぁ、作り慣れてるからね。うちでの料理担当はあたしだし」
関平家は父親が海外に出張中な上に母親が看護師なので一香が家事全般をやっているらしい。
その上、俺にまで手を差し伸べてくれるのだから慈愛に満ちている。
「それじゃ、バイト……というか肉体労働はやめたの?」
「あ、ああ。琴音さんの家に朝と夕方、場合によっては夜までいないといけないから」
これまでは主に工事現場で肉体労働をしていたのだ。
それも、琴音さんの指示で辞めている。
「よ、夜までって……。そ、それ、どんなスキンシップしてるのっ?」
一香が顔を赤らめつつ訊ねてくる。
「え、ええと……ただ一方的に抱きつかれているだけだが……ぬいぐるみみたいに」
「えええー! そ、それ以上のことは!?」
「な、ないない! あるわけないだろ!?」
正直、俺もかなりドキドキしているというか健全な青少年男子にとってはメンタル的にギリギリなのだが……。そこで変な気を起こしたらジ・エンド。即解雇だろう。
「ほんと、ありえないんだけど。それで大金もらってるんでしょ?」
「あ、ああ……。まぁ、ほんと、ありえないよな……ありえないんだけど、でも、実際にそうだから……」
事実は小説より奇なりといったところだろうか。
でも、凪咲さんによれば俺とスキンシップをとるようになる前の琴音さんは塞ぎこむことが多く、いつもその瞳は愁いに染まっていたらしい。
あとは不眠も深刻だったようだが俺とのスキンシップで改善したらしい。
俺としてはなにもしていないも同然なのだが……。
「うーん、あたしたちのような庶民とは違う悩みがあるのかなー……」
「あ、ああ……そうかもな……」
貧苦に喘いでいた俺からすれば、世の中のことなんて金さえあればだいたい解決すると思っていたのだが……。
「まあ、今の俺としては流れに身を任せるしかないな……」
「もし飽きて捨てられちゃっても、あたしが拾ってあげるからさ!」
ことさらに明るい調子で言って一香は笑った。
まあ、その可能性も0ではないな。
「それじゃ、弁当箱は帰りに渡してくれればいいから!」
「ああ、ありがとう」
ほんと世話になりっぱなしで申し訳ない。
「この恩はいつか返すから」
「あはは! あたしが好きでやってることだから気にしなくていいってー! じゃ、またねー!」
一香は照れくさそうに手を振ると去っていった。
「さて、いただくか」
弁当箱を開けると唐揚げと卵焼きとアスパラの肉巻きとプチトマトが入っていた。
冷凍食品だからといっていたが、唐揚げ以外は手作りだ。
手を合わせてから割箸を使い、まずは卵焼きを口に運ぶ。
「うん、美味いな……!」
ちょっと甘めなのだが、常にカロリー欠乏がちな俺の五臓六腑に沁み渡る。
貧民にとって砂糖は貴重品かつ贅沢品なのである。
「一香からオカズを恵んでもらえていなかったら、俺、死んでたかもな……」
やはり食事は生きていく上で大事な活力源だ。
カロリー的な意味だけでなく、人の心の温かさというものを感じられる。
俺たちの境遇を知って、みんな離れていった。親族も含めて。
だから、俺の心も貧しくなっていた。
最初に一香が事情を訊いてきたときも、俺はあえて自分たちの状況を包み隠さず伝えた。
そうすれば、俺なんかと関わろうと思わなくなるはずだ――。
だが、一香は逆に「絶対にあたしのオカズを食べさせる!」とムキになって翌日に弁当箱を持ってきたのだ。
そして、なおも拒絶する俺を無理やり押し倒してオカズを口に突っこむという暴挙にまで出たのだ。あのときに食べさせられた卵焼きの味は生涯忘れられない。
「……ほんと、いつか必ずこの恩は返さねば……」
そうしみじみと思いながら、俺はオカズとおにぎりを交互に口に運ぶのだった。
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