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朝の妹ハグ

※ ※ ※



 翌朝。凪咲さんからメールが来た。


『お嬢様の体調は回復いたしました。よろしければ今日の帰りにお屋敷に寄っていただけますでしょうか?』


 おお、よかった!

 琴音さん復活した!


『了解です!』


 葉菜を連れていくかどうか考えたが、まぁ、まずは俺だけのほうがよいだろう。


「葉菜、琴音さんの体調がよくなったようだから今日は学校の帰りに屋敷に寄ってくるから。葉菜は留守番を頼む」

「うぅ……りょ、了解だよぅ……」

「ごめんな。琴音さんの体調が万全そうなら、明日以降連れていけるかもしれないから」

「う、うん……」


 俺が労働に明け暮れていた頃は、俺の前で葉菜が寂しげな表情などを見せることはなかった。

 それが今は、こうして感情を表してくれる。


「お、お兄ちゃん、お願いがあるんだけど……」

「ん、どうした?」

「え、えと……そ、その、そのぉ……」


 なんだか顔を赤くしてモジモジしている。

 なんだ?


「遠慮するな。なんでも聞くぞ」

「……う、うんっ……じゃ、じゃあ、えっとね……」


 促したものの、まだ言いづらそうだ。それどころかさらに顔が赤くなっている。

 まさか熱でもあるんじゃないだろうな?


 そう心配する俺であったが――葉菜の口から出たのは予想外の内容だった。


「ぎゅ、ぎゅ~ってしてっ! 琴音さんにするみたいにっ」

「な、なぬっ……」


 葉菜からそんなことをお願いされるとは!


「……だ、ダメ、かなっ?」

「……い、いやっ……そんなことはないぞ。ダメなんかじゃない。いいぞ」


 でも、俺なんかとハグしても仕方ないんじゃないだろうか。


「ほ、ほんとっ? やったぁっ!」


 だが、葉菜は喜んでいた。

 琴音さんに感化されたのだろうか?

 葉菜がそんな直接的なスキンシップを望むとは。


 で、でも、まぁ、葉菜もまだ小学生だもんな……。

 親もいないわけだし、まだまだ甘えたい年頃だよな。


「じゃ、じゃあ……いくぞ?」

「う、うんっ……!」


 お互いに緊張してしまう。なんなんだ、この状況。

 でも、やはり、言葉だけでは伝わらないものがあるのかもしれない。


 それは琴音さんから教わったことだ。

 精神的な不調に見舞われていた琴音さんも、俺とのハグによって回復したのだから。


 俺は優しく葉名の背中に両手を回す。

 そして、軽く力を入れて抱きしめた。


「うにゅぅ……」

「……苦しいか?」

「うぅん、大丈夫。もっとギュッとして……」

「……お、おう……」


 琴音さんと違って葉菜の体は小柄で華奢だ。

 力を入れすぎると壊れてしまうんじゃないかと思うほどだ。

 というか妹をハグするって、なんか複雑な気分だな……。


「……もういいか?」

「も、もうちょっとっ」


 葉菜の願いとあっては、仕方ない。

 俺はそのまま葉菜のことを抱きしめ続ける。

 琴音さんのように抱き心地がよかったりいい匂いがすることがないのが幸いだ。


「お兄ちゃん、もういいよっ……あ、ありがとうっ」

「お、おう……」


 琴音さんのときとはまた違った意味で精神力を消耗した。

 でも、葉菜の願いを叶えられてよかった。


「琴音さんの気持ち、ちょっとわかった気がするっ……」

「そ、そうか……」

「う、うんっ……ハグって、なんだか心が温かくなる……なんて言うんだろ? 不安とか心配とかそういうものが消えていくというか溶けていくみたい……」


 まあ、言葉だけじゃ伝わらないということなのかもな。

 俺のほうは精神力の消耗のほうが激しいが、確かに少し安心感を覚えないでもない。


「うんっ、これで今日一日がんばれそうだよっ!」

「そうか、それはよかった……」


 結果として葉菜のためになったのなら喜ばしいことだ。

 葉菜には苦労ばかりかけてきたからな……。

 これから少しずつでも人生が楽しくなっていくようにしてやらないと。


「それじゃ、今日も一日がんばるか」

「うんっ!」


 そうして俺たち兄妹の一日は始まったのだった。


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