扇山家の人々
「……この世は生まれも育ちも平等ではございません。ですが、だからといって富める者がますます富み貧しき者が虐げられ続けることを肯定したら世界の溝は深まり、断絶し、争いに至ってしまう。そうならないようにすべきだとお嬢様のお父上、先代御当主様の信定様は仰っておられました」
琴音さんのお父上は、なんという人格者なんだ。
さすが琴音さんの父親。その教えがあったからこそ、俺たちは救われたわけだ。
「なので道広様は、ぜひ、心置きなく青春を謳歌してくださいませ」
その高い志に比べて、俺たちが青春を送るということはあまりにも不釣り合いすぎる気もする。
「ありがとうございます。でも、ほんと、俺たちは今いただいてる額で十分というか……もう貯金もすごいあるので、十分すぎるというか……」
「ぜひ、お金を使ってくださいませ。お金を死蔵することは忌むべきことです。経済を回すことで救われる人が出てくると思います。それに葉菜様のためにも」
ほんと、俺のような庶民(というか貧乏人)には及びもつかない発想だな……。
しかし、ただお金を使いまくればいいというわけでもあるまい。
「……わかりました。まぁ、色々と考えてみます。ただ、無駄づかいはしないようにしようとは思いますが……」
「葉菜のためになんて、とんでもないですっ……! 葉菜、お兄ちゃんと一緒に暮らせればそれで幸せですからっ!」
我が妹からそんなふうに言われる日が来るとは……。
お兄ちゃん、泣きそうだ。
「麗しい兄妹愛でございますね。素晴らしいことでございます。世間はお金がすべてのように考える方もいらっしゃいますが、本当に大切なものは決してお金では買えないと信定様は常々仰っておりました」
ほんと、人格者だな、信定さん。
名前も戦国武将みたいでカッコいいし。素晴らしい。
「ありがとうございます。これから、お金の使い道はよく考えてみます」
「お兄ちゃん、葉菜、ほんと、特になにもいらないからね? こうやってお兄ちゃんと一緒に暮らせるようになっただけで幸せだから!」
ほんと、葉菜には泣かせられる。
ダメな兄ちゃんで、ごめんな……。
「ふふ、いいものでございますね。わたしもお嬢様もひとりっ子でしたから……兄妹というものに憧れておりました」
だから、やたらと俺たちを見る目が優しいのだろうか。
「それでは、そろそろわたしはこれで。急に失礼いたしました」
「いえいえ! こちらこそ色々とありがとうございました!」
「あ、ありがとうございましたっ!」
俺と葉菜は玄関を出て凪咲さんを見送った。
やはり黒塗りの高級車が我が家の前に止まると違和感がすごいな……。
「それでは。お嬢様の体調が回復いたしましたら、ご連絡さしあげます」
「了解です。琴音さん、早くよくなってくれればいいですが……」
「琴音さん、早くよくなってほしいですっ……」
「ありがとうございます。おふたりのお気持ち、お嬢様に伝えておきます。道広様と葉菜様も本日はお疲れ様でございます。それでは」
凪咲さんは一礼してから助手席に乗りこんだ。
なお、運転しているのは黒服の人だ。
車が発進して、遠ざかっていく。
「……ほんと、場違いすぎる世界だよな……」
本来、俺たちとは住む世界が違う。
それなのにこうして俺たちと積極的に関わってくれる。
……昔は金持ちのことを羨ましがったり嫉妬したりしたこともあったけど、扇山家の人々と接して見方が変わった。
……やっぱり、人生捨てたもんじゃないということなのかもしれないな。
捨てる神あれば拾う神ありという言葉を何度も感じさせられる。
「……お兄ちゃん、本当に琴音さんや凪咲さんと出会えてよかったね……」
葉菜は泣きそう声で凪咲さんの去っていったほう――扇山家の方角を見る。
葉菜の入水自殺未遂から急転直下でここまで来たからな……。
どんなにドン底でも、最後の最後まで希望を捨ててはいけないということかもしれない。
「……感謝の一言に尽きるな……」
もはやそれしかない。
扇山家のおかげで、俺たちは救われた。
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