凪咲さん来訪と携帯電話支給
※ ※ ※
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
「おう、ただいま!」
授業を終えて学校から家に帰ってきた俺は葉菜から出迎えられる。
さて、今日もいつものように琴音さんのところへ行くか。
と、そこへ――。
車が我が家の前へ止まった気配がした。
続いて、ドアの開くような音。
――ピンポーン♪
「はーい」
俺はそのまま振り返ってドアを開けた。
そこにいたのは凪咲さんだった。
「急に申し訳ございません」
「凪咲さん? どうしたんですか?」
「はい。本日のお勤めでございますが、お嬢様が体調を崩されてしまったので、お休みとなります。そのご報告に」
「ふえぇっ!?」
俺よりも先に葉菜が驚愕の声を上げる。
我が家は狭いので、玄関と部屋がすぐそばなのだ。
琴音さん、昨日はあんなに元気そうだったのに……。
「本日は学園を早退なされました。今は寝室でお休みになられております」
あの深夜の攻防戦がよくなかったのだろうか……。それとも露天風呂か……。
「ご心配には及びません。お嬢様は昔からよく体調を崩されますので。昨日は少々はしゃぎすぎてしまったのかもしれませんが、心の健康的にはよかったと思います。むしろ今回についてはわたしの責任です」
しかし、俺たちとしては反省しきりだ。
結果として、琴音さんの体調を崩させてしまったし。
「お嬢様から言伝を預かっております。『ご心配をおかけして大変申し訳ありません。体調を崩したのはわたくし自身の体の弱さが原因なのでお気になさらないでください。またお泊りしてくださいね♪』とのことです」
むむぅ……。こんな状況なのに俺たちを気づかってくれるとは。
本当に琴音さんは聖人だ。女神だ。
「お嬢様の体調がよくなられたらご連絡をいたします。……それと、こちらお仕事用の携帯電話でございます。すでに連絡先は登録しておりますので。なにかありましたらご連絡ください。こちらに使用方法の説明書も入っております。あと、この携帯電話は私用でも使っていただいて構いません」
そう言って凪咲さんは持っていた紙袋を手渡してきた。
「す、すみません」
借金暮らしの長い俺たちの家には電話がない。
当然、携帯電話なんか持っているわけがない。
スマホ? なにそれ食べられるの? 状態である。
文明から隔絶された生活をしていたようなものだ。
それが、琴音さんと凪咲さんのおかげで現代に追いつける。
今まで屋敷に直接行っていたので特に携帯電話は必要なかったのだ。
……というか、携帯電話は自分で購入すべきだったかもな……。
極度の節約生活をしていた俺たちは、極力、お金を使わないという思考が身についているのだ。
「こちらはあくまでも業務用でございますので道広様に金銭的負担はございません。私的利用のぶんはサービスでございますので、ご心配なさらずに」
なにからなにまで本当に至れり尽くせりで申し訳ない。
というか、私的利用といっても、俺には琴音さんと凪咲さん以外に連絡をとる相手なんていない。
……いや、一香がいるか。
でも、扇山家から支給された携帯電話で一香と連絡をとるのは微妙な気もするが……。
「道広様は過酷な労働で失ったご自身の青春も取り戻されるべきだと思います。そのためにご友人と交遊を深めるのもよいのではないかと。もちろん、お嬢様のスキンシップ係としてのお勤めをこなしていただくことは前提でございますが」
ほんと、俺のような者のためにここまでしてくれるとは……。
凪咲「いつもご愛読ありがとうございます。よき週末をおすごしくださいませ。ブックマークや評価をいただき、お嬢様に代わって御礼申し上げます」