社会的に冥土行きになるところをメイドさんに救われる~地獄で仏、極楽でメイド~
「お、お兄ちゃんっ……」
こんなときでも我が優秀な妹は兄の危機を敏感に察知した。
「こ、琴音さんっ……ぎゅ~~~~~~~~!」
なんと葉菜は自ら琴音さんに対して背後から抱きついた。
自ら「ぎゅ~~」と声を出すという徹底ぶりだ。
「わあ♪ ありがとうございます、葉菜ちゃん♪ 葉菜ちゃんからハグしていただけるなんてとても嬉しいです♪」
さすがスキンシップ大好き琴音さん。大満足である。
というか、絵的には俺たち波畑兄妹が初音さんに前後から抱きついている状況だよな。
なんだ、これ。
葉菜に気を取とられたことで俺への抱擁が収まるかと思いきや――。
「ぎゅう~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」
むしろエスカレートしているだと!?
「むぐぐぐぐ!」
なんという圧力。
このままでは色々な意味でヤバい! 朝は色々と硬くなりがちなんだ!
はち切れそうだよぉ(どこがとは言わない)!
そんな危機的状況に陥った俺であったが――。
そこで、思わぬ助けが入った。
「おはようございます、お嬢様。ご機嫌いかがでございますでしょうか」
地獄で仏ならぬ、極楽でメイドさん。
凪咲さんが絶妙のタイミングでドアのノックをして声をかけてくれたのだ。
「凪咲さん、おはようございます♪ おふたりのおかげで元気百倍です♪ 入っていただいて大丈夫です♪」
凪咲さんに対応するために琴音さんは俺たちとの密着を解いてドアのほうに体を向けた。
「失礼いたします」
凪咲さんが部屋に入ってきた。助かった。
あと数秒ではち切れそうだったものが暴発しかねなかった。
危うく、社会的な意味で冥土に行くところだった。
「お嬢様、とても顔色がよろしいですね。さすが道広様と葉菜様。立派にお勤めを果たされているのですね」
「ええ♪ おふたりには感謝の気持ちでいっぱいです♪」
勤めを果たすというか、危うく別の意味で果てるところだったが……。
まぁ、朝からそういう話はやめておこう。
ともかく平和は守られた。それでよしとすべきだ。
「朝食の準備がそろそろ整います。いつでもお越しくださいませ。それでは、わたしも用意の手伝いがございますので失礼いたします」
「ありがとうございます♪」
そのまま凪咲さんは部屋に入ることなく遠ざかっていった。
ふぅ……。本当にグッジョブだ、凪咲さん。
凪咲さんは俺の命の恩人だ。
冥土行きを防いでくれたメイドさんとして俺の記憶に長く刻まれることだろう。
しかし、寝ても覚めても琴音さんのスキンシップ攻勢を受け続けるとなると……俺はこの先生き残ることができるのだろうか……?
俺も一応思春期の青少年男子なので、これからも厳しい戦いを強いられそうだ。
しかし、琴音さんの信頼を裏切ることは絶対にできない。
いくら生殺しになろうとも俺はスキンシップ係としての職務を必死の思いで全うする。
俺たち兄妹の生活がかかってるわけだしな……。
……うむ、がんばろう。
煩悩から逃れた俺は賢者のような澄んだ心持ちで決意と覚悟を固めるのであった。




