夢のような豪華な食事~生きててよかった~
そして次は――夕食の時間である。
「わああっ……!?」
食堂のテーブルに並んだ豪華な料理の数々に、葉菜が歓声というか驚愕の声を上げた。
これまで夕飯を御馳走になることは固辞していたのだが……やはりというかなんというか……すさまじい豪華さだった。
舟盛りの刺身に霜降り牛のステーキに色とりどりの天ぷら……あとは庶民の俺には名称すらわからない料理の数々。席についているだけで委縮してしまうレベルだ。この料理を作るのにかかった金額を考えるだけで怖い。
「え、え、えっ……こ、これ、葉菜たち食べていいんですかっ?」
我が妹と同じ感想である。
ほんと、俺たちなんかが食べていいのだろうか。
「もちろんです♪ お腹いっぱい食べてくださいね♪」
慈愛に満ちた笑みを浮かべる琴音さん。
俺たちにとっては天使のような存在である。
「…………お兄ちゃん、葉菜たち、やっぱり夢見てるのかなぁ……」
葉菜は呆然としてつぶやく。
俺も、まぁ、同じ気持ちだ。
「お兄ちゃん、葉菜のほっぺた引っ張ってみて」
「えっ……あ、ああ……」
言われて、俺は葉菜の頬を軽く引っ張る。
「ふひゃぅ……い、痛いよぉ……」
「葉菜、一応、俺の頬も引っ張ってみてくれ」
「う、うん……」
手を離した俺は葉菜に顔を近づける。
葉菜は小さな指を伸ばして俺の頬を引っ張った。
……うん、痛い。
「安心してください♪ 夢ではありません♪ 現実です♪」
再びニッコリ笑う琴音さん。
……ああ。これは現実なんだなぁ……。
貧窮生活があまりにも長すぎたので、何度でも目の前の現実を疑ってしまう。
これまで借金苦から逃れる夢を何度も見てきたので、どうしても素直に受け入れられないのだ。
でも、ほんとに、これが現実なんだな……。
目の前の御馳走も、食べようとしたら目が覚めるということはないんだよな?
「こちら、ご飯とお味噌汁になります」
凪咲さんが配膳してくれて、俺たちの目の前に湯気を立てるご飯と味噌汁が置かれていった。
準備を終えて、凪咲さんも席につく。
なお、別のメイド二名がドアのところに控えている。
「それでは、いただきましょう♪ たくさん召し上がってくださいね♪」
「「「い、いただきます……」」
俺たちは料理の豪華さに気圧されながらも、手を合わせて声を揃えた。
まずはマグロ……というか、これが大トロってやつか? の刺身を。
「……――っ!?」
あまりの美味さに絶句してしまう。なんだこの極上の刺身は。
旨味が拡がって舌で溶ける。とろける! これが大トロ!?
そして、俺の隣では――。
「ひゃっ……す、ステーキって、こんなに柔らかいのっ……!?」
ぎこちなくフォークとナイフを使ってステーキを切った葉菜が、あまりの柔らかさにビックリしていた。
なお、鉄板プレートにステーキが載っているのでジュージューいい音がしており香ばしい匂いもしている。もちろん、俺たちはステーキなどという高価なものは食べたことがなかった。遠い昔にテレビで見たぐらいだ。
俺もステーキを切ってみるが……その柔らかさに驚愕してしまう。
そして、口に運んで――さらに驚嘆する。
ちょっと噛んだだけで肉が旨味とともにとろけていくのだ。
うまい、うますぎる。この世にこんなにうまいものがあったとは……。
「ひぁあっ……!? お、おいひぃよぉ……!」
同じくステーキを食べた葉菜は呂律の回らない舌で感嘆の声を上げる。
「こんなにおいしいなんてぇ……! ……う、うぅ……生きててよかったよぉ……」
葉菜は、ほとんど泣きそうである。
生きててよかったという言葉は入水自殺を図ろうとしただけに、実感がこもっている。
俺も泣きそうになったが、兄としてこんなところで泣くわけにいかない。
というか琴音さんと凪咲さんの前でそんな姿を晒すわけにはいかない。
「おふたりに喜んでいただけてよかったです♪」
そんな俺たちを見て優しく微笑む琴音さん。
やっぱり天使であり女神だ。
ほんと、俺たちにとって神のような存在である。
そのあともニコニコと笑みを絶やさない琴音さんに見守られながら豪華な料理を堪能した俺たちであった(なお、あまりの美味さに耐えきれず葉菜は途中から本当に泣いてしまった)。




