「スキンシップ係」になった経緯(いきさつ)
「それではお嬢様。お車へ」
メイドさんに先導されて、琴音さんは黒塗りの高級車へ案内されていく。
「道広くん、明日もどうぞよろしくお願いいたしますね♪」
「……は、はい」
琴音さんは俺に向けて天使のような笑みを浮かべて会釈すると、黒塗りの高級車へ。
そこには黒服の方が控えていて洗練された動きでドアを開ける。
琴音さんは優雅な所作で車内に入っていった。
「お嬢様行ってらっしゃいませ!」
「「「行ってらっしゃいませ!!」」」
この場にいたメイドや執事たちが整列し一斉に頭を下げる。
俺も、その端にそそくさと並び頭を下げた。
パワーウィンドウが開き、琴音さんは手を振ってくれた。
「皆さん、道広くん、ありがとうございます♪ それでは行ってまいります♪」
車が発進するも、全員が深々と頭を下げ続ける。
なお、車内の琴音さんは俺たち――というか俺に対して手を振り続けた。
車が見えなくなると一斉にみんなキビキビと動きだして持ち場へ散っていく。
見事な統率力だ。
そんな中メイドさん――年齢は俺のふたつ上で、名前は中杉凪咲さん――が俺に歩み寄ってくると一礼した。
「本日もお勤めご苦労様です」
「い、いえ……」
「こちらは本日の報酬になります」
そう言って凪咲さんはポケットから封筒を取り出した。
「……す、すみません。こんなに……いや、ほんと、この十分の一でいいぐらいなんですが……」
「道広様には本当に感謝しております。お嬢様がここまで元気になられたのもすべて道広様のおかげでございます」
「……い、いえ、おかげで俺も妹も暮らしていけてますし……」
我が家には膨大な借金があった。
ついこの間までは毎日借金取りが家に来て怒鳴りこむような状態だったのだが――。
この「お勤め」をすることで借金を返すことができるようになり、俺たちは普通の生活していけるようになったのだ。
きっかけは、妹の葉菜だった。
葉菜は俺が蒸発した両親に変わって借金取りへの対応をしている間に外へ行っていたのだが……将来を悲観して川に行って入水自殺しようとしたらしい(というか実際に川に入ったらしい)。
そこをたまたま将来について思い悩みながら歩いていた琴音さんと付き添いの凪咲さんに助けられ、事情を話したのだった。
葉菜から俺たちの境遇を聞いて憐れんだ琴音さんは俺に職を与えてくれた。
それが「スキンシップ係」である。
仕事内容は文字通り琴音さんとスキンシップをとること。
ありえないような仕事内容だ。
だが、現に俺は『スキンシップ係』として扇山家に仕えることになり、いきなり膨大な借金を返済することができた。
「……捨てる神あれば拾う神ありって奴だな……」
まさか妹の入水自殺未遂からこんなミラクルが起こるのだから、人生わからないものだ。
しかし、お嬢様相手のスキンシップ係だなんて仕事でお金を得られるとは。
まるで夢のような仕事だ。
「……さて、朝の仕事は終わりだ。学業のほうもがんばらないとな」
借金取りに家に押しかけられる日々は終わった。
もう学校を休んで肉体労働をしなくていい。ようやく勉強に集中できる。
まずは家に戻る。
妹の葉菜と一緒に朝食をとるためだ。