兄妹露天風呂
――ガラガラガラ。
俺が圧倒されている間に、もうひとつのガラス戸が開かれた。
「おっとと!」
慌てて俺は露天風呂に直行し、湯の中へ入った。
「あっ、お、お兄ちゃん」
「……葉菜か」
俺は背中を向けたまま、応える。
まずは葉菜が出てきてくれたか。
「お、おう」
まあ、琴音さんの髪は長いから洗うのに時間かかるだろうしな。
凪咲さんもそれに合わせているのだろう。
「わわわっ! すごい広いお風呂だよぅ!?」
俺に気をとられていた葉菜だったが、遅れて露天風呂の広大さに気がついたようだ。
「……ああ、すごいよな」
「うん、びっくりだよぉ!」
俺たち貧乏兄妹にとってはカルチャーショックである。
というか貧窮してきてからは風呂に入ることなどできずシャワーどころから濡れタオルで体を拭くという状況だった。
「うぅ、こんな大きなお風呂に入れるなんて夢のようだよぅ……シャンプーもボディソープも信じられないぐらいいい匂いしてたし……」
葉菜は涙声だ。本当に夢のようだ。
うちじゃ石鹸だったしな……。
「お兄ちゃん、葉菜たち、夢見てるのかな?」
「……かもしれない」
そう答えるぐらい生活が激変している。いまだに現実だと確信できない。
まだトラックと衝突して異世界に転生するというほうがありえそうだ。
「うぅ……こんな露天風呂に入るなんて夢でも見たことないよぉ」
葉菜はこちらに近づいてくると、おっかなびっくりといった感じで爪先を浸け、ゆっくりと体を沈めていった。
「ふわぁ…………! き、気持ちいいよぉ~♪」
「ああ。気持ちいいな……」
俺の隣で入浴したので、その横顔を見ることができる。
実に満足そうな表情だ。
葉菜のこんな顔、昔は見ることができなかった。
というか労働に明け暮れていたので、顔を合わす機会が激減していたのだ。
それでも葉菜は文句を言うことなく家事をこなして俺の朝食まで作ってくれたし、不平不満を口にすることなく生活していた。
俺にはもったいないぐらいできた妹なのだ。
「……葉菜には苦労をかけたな」
「ふぇっ? いきなりどうしたのお兄ちゃん?」
「いや、ほんと、俺にはもったいないぐらい素晴らしい妹だなって思って」
「ふええっ!? そ、そんなっ! 葉菜なんて、だめだめな妹だよぅ……!」
「とんでもない。俺みたいなダメ兄貴のおかげで苦労をかけた。ごめんな」
葉菜が入水自殺を決行するまで思い詰めていたことに気がつかなかったのは、本当に兄失格だった。
琴音さんたちに救ってもらわなかったらと思うと……。
ほんと、俺はとんでもない大馬鹿野郎だ。自分で自分を全力でブン殴りたい。
「ううん、お兄ちゃんには感謝してもしきれないよ! 葉菜、がんばっているお兄ちゃんの負担になりたくないって思って、勝手に川に身投げしようとしただけだから……」
ほんと、俺にはもったいない妹だ。
そして、俺は改めて兄失格である。




