幽霊夫婦の話
冥界、端的に言えばあの世である。そこは天国のような理想郷でもなく、地獄のような暗黒郷でもない、まさに中間の世界。どうやらそんな世界でも暮らす者は
居るようだ、立派な屋敷が建っている。
「ふんふーん♪」
縁側で足をふらりふらりと振り子のように揺らしながら鼻歌を歌う者が居た、誰かを待っているようだ
バサリ、と音がした。何者かが空を飛んで来たようだ
「あ、おかえりなさーい!」
「あぁ、幻。ただいま」
幻と呼ばれた少女は縁側を降り、帰ってきた者達に
近寄る
「エルドラドさん、わざわざ買い物を手伝って頂いてありがとうございます。あとは私がやるのでゆっくり
していてください」
「あぁ、いや手伝うよ」
「良いんですか?」
「おう」
「私も手伝うー」
「それではお言葉に甘えて」
刀を常備している少女、朝霧神居は二人に荷物をある程度持ってもらい、屋敷へ入る
「エルドラド、お仕事終わった?」
「今日の分は終わった」
「そっか〜」
幻は身体をモジモジさせる、それを見たエルドラドは
フン、と息を吐くと
「・・・ほら、こい」
縁側へ座り、膝をぽんぽんと叩く
「甘えたいんだろ」
「わーい♪」
幻は彼の膝の上に乗りぎゅっと抱きしめる
「好き〜♪好き〜♪」
「分かってるよ」
エルドラドは幻の頭をそっと撫でる
彼女はそれが心地良いようで、飼い犬のようにわふわふと息をする
「仲良しね〜、異なる種族の夫婦って素敵だわ〜」
二人の後ろから声がする
「主さんか」
エルドラドがそう呼んだ者の名、暁 白狐。主といえど正式な主従関係は結んでいない。
「案外咎められないものなのね〜」
「俺としては何故咎められるのかが分からないな」
「そうだそうだ〜!」
恋愛において、苦悩を経た彼に理解できないことが一つある。どうして人間は相手の地位や出身にやたら拘泥するのだろうか、と。そんな相手は本当に素晴らしいのか、と。
「そうだ、今度人里でお祭りをやるみたいよ」
「そうなの?」
「ええ、二人きりで息抜きに行ってきたらどう?」
「良いのか?」
「もちろんよ〜、あ…これってデートってことに
なっちゃうかしら〜?」
「でーと?」
暁の言葉を聞いて頭に?を浮かべるエルドラド
幻は少し頬を赤くしていた
「デート…エルドラドと…初めての…」
「お前はやりたいのか?」
「…うん、やりたい」
「そうか」
「エ、エルドラドっ、ちょっと姉さん達の様子…見てくるね」
「おう、気をつけてな」
幻は下界へと降りていった。
「・・・でーと、か」
「あ、幻。おかえり」
「ただいま、姉さん」
幻は姉をぎゅっとする
「そうだ、幻。今度人里でお祭りやるんだけど…」
「うん、暁さんから聞いたよ」
「お姉ちゃん達は人里でちょっとした余興を頼まれたから行くんだけど…幻も行く?」
「もちろん、行く…よ」
「…はは〜ん、その反応さては彼と行くんだね?」
「そ、そうだけど?」
「なにかと彼と初めてのデートだね〜」
「でっ!デートとかじゃないしっ!それにもう…夫婦だし…一緒に出かけるってだけだよ!!」
「分かったよ〜、別に邪魔したりしないからさ。じゃあちょっと人里の人と打ち合わせしてくるね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
姉は扉の向こうへ行く
「…夫婦でも、デートって言えるのかな?」
そう呟きながら、左手の薬指にはまった紅い指輪を
眺める
時間というものは案外早いもので、もう祭り当日になった
「…エルドラド、遅いな」
幻はエルドラドを待っていた、前髪を弄る
「…ん、乱れてないな。…って何やってんだよ、別に自然に接すれば良いのに、今更ドキドキしちゃって」
しばらくすると声がした
「…よぉ、そこの嬢ちゃん」
「…え?」
全く知らぬ人間達だ、サングラスに革ジャンと
決めている
「一人?せっかくの祭りだからオレらと遊ぼうぜ?」
「え…?えーと、いや人待ってるから…」
「あぁ、ちょっとで良いからさー」
「待ってる人って男?もしかして彼氏?」
「いや…あの…」
「オレ君みたいな子タイプだなー、ちょっとだけで
良いから遊ばない?」
「…誰かっ、助けて…」
恐怖で声があまり出ない、助けを求めようが状況は変わらない、そう思っていた
「・・・あ?」
人間の腕を掴む者…
「・・・オイ」
「何だよお前?」
「…俺の妻に手ェ出してんじゃねぇ」
「エル…ドラド」
「あぁ?別にオレらはこの子と遊ぼうとしただけで別に何も…」
言い訳をする人間に彼は冷徹な瞳を向け、牙を剥き唸る
「…ケッ、行こうぜ」
「ご、ごめんなさいね」
人間達は彼の気迫に怖気付いたのか、逃げるようにその場から去る
「…フン、小童どもが。幻、大丈夫か?」
「・・・怖かったよぉ…」
「悪い、もっと早く来てりゃこんなことには…ちょっと手間取ってな」
「手間…?」
幻は彼の姿を再確認する、そして驚いた。
なんと彼が服を着ていたのだ、しかもしっかりとした服。じぇんとるまんというか、ふぉーまるというか
まさにそんな言葉が似合う姿になっていた
「そ、その服どうしたの?」
「これか?知り合いの知り合いに頼んで作ってもらったんだ、意外に手際良くてすぐに終わったぜ」
「ど、どうしてそんな服着てるの?」
「あ?当たり前だろ、お前と二人きりのお祭りなんだからどうせならまともに行こうかと思ってな、それとも似合ってないのか?」
「に、似合ってりゅよ…」
幻が赤くなる、あと一歩で湯気が出そうな勢いだ
「…?まぁ似合ってるんなら良かったけどよ。ほら行こうぜ」
エルドラドは幻に手を差し出す、幻はその手を取った
「…ほぉ、500年でここまで変化するもんなんだなぁ」
エルドラドはお祭り騒ぎの人里を見回し感心する、今の里は人妖構わず受け入れていた、昔なら考えられないことであろう
「どこか行きたいところあるか?」
「ん〜、あっ、あそこ行きたいな」
幻が行きたいと言ったところ、それは甘味処だった
「ここは?」
「ちょっと待っててね」
幻は店に入る、しばらくして出てきた、その手には
団子が二本握られていた
「はい、お団子。美味しいよ」
幻は一本彼に渡すと、もう一本の団子をもきゅもきゅと食べ始める
「団子…」
エルドラドも団子を食べる、だが彼の口からしたら小さすぎたのだろう、一口で全てを食らった
「わぁ、大きなお口だ。どう?美味しい?」
「…美味い」
もっちゃりもっちゃりと彼の口から音がする
「お団子食べたのは初めて?」
「…この姿になってからはまともなもん食ってないしな」
「そっか〜、じゃあ今度美味しいものたくさん持ってくるよ」
「そうか、それは楽しみだ」
二人がのんびりしていると、遠くから人々の歓声やら何やらが聞こえてくる
「…あっちで何かやってるみたいだぞ」
「そうだね、見に行ってみようよ!」
「はーい、皆さんお集まりありがとうございますー!
さぁさぁ私達のマジックとくとご覧あれ〜!」
「あれは…姉ちゃん達か?」
「む〜、人がいっぱいで見えない…」
「肩に乗るか?」
「うん」
幻はエルドラドの肩に乗る
「まじっく…とか言っていたが、どんな展開になるんだろうな」
「姉さん達のことだから空中マジックは捨てられないだろうね〜」
「それじゃあマジックと言えばトランプだよね!
ここにおっきなトランプがあります!」
姉の一人が大きめのトランプを一枚用意する
「それを…折ります!すると〜?」
彼女の手がもぞもぞする
「なんと!トランプが小さくなり、枚数が増えました!」
観客が歓声をあげる
「すげぇな、何が起きたんだろうな」
エルドラドは幻に問う
「あらかじめ小さなトランプを用いて増えたように見せてるんだよ、前練習してたの見たもん」
「ロマンがねぇなぁ、それ他のやつに言うなよ」
「わかってるよ」
「ほいじゃ姉さん次よろしく!」
「…ここにタネも仕掛けもないみかんがある。これを
宙に浮かせよう」
みかんを手の上に置く、しばらくすると…
「浮いたー!」
みかんが完全に彼女の手から浮いていた
「あれにも何か仕掛けがあるのか?」
「…仕掛けは無いよ、姉さん達の実力だし」
「そうか」
「・・・それ、本当に浮いてんのか?」
一人の若者が彼女達に言う
「本当…とは?」
「何か糸とか使って浮かしてるように見せてるんだろ?前俺の友達がそのマジック見せてきたけど親指ブッ刺して浮かしてるように見せてたんだよ」
それを聞いた彼女は…
「・・・ふふふ、面白い!そんなに信じられないというのなら貴方自身を宙に浮かしてあげましょう!!」
「あー?やれるもんならやってみ…ろ?」
若者は言葉を失う、もう"既に"浮いていたのだ
高く高く浮いている
「さぁ、これでも糸を使ってると言えますか?
この短時間で貴方に糸をつけるなど超人技は私には
出来ませんよ」
「…わかったよ、わかったから下ろしてくれ」
「…さーて、私達の役目はこれでおしまい!
お次は〜…」
お神輿が運ばれてくる、観客達の前にどすりと置かれる
「祭りといえばお神輿!このお神輿を一人で担げる者は居るか!?しかしただのお神輿と侮るなかれ!!
これはこの祭りの為にかなり重く作られたお神輿だ!
生半可に担げば肩の脱臼間違いなし!!さぁこれに挑む里の猛者は居るのかー!!?」
「…やってやろうじゃねぇか」
一人の男が言う
「じゃあそこの筋肉モリモリの人!やっちゃって!!」
男は神輿に手をかけると…
「…フンッ!!!」
一声を放ち、持ち上げた。観客達はそれを見て大興奮
「なんとー!お神輿を持ち上げたー!!!」
「へへ、これは筋トレには良いかもしれねぇな」
「・・・」
「エルドラド?わわっ」
「…なぁ」
「あ、エルドラド。どうしたの?これ持ち上げたい?」
「おいおい龍の兄ちゃん、これ結構重いぜ?大丈夫か?」
「…ほい」
エルドラドは、持ち上げた
「なッ!!?」
「嘘だろ!?」
そのような声が飛び交う、何故なら…
「な、な、な、な、なんとー!?お神輿を持っている人ごと持ち上げたーー!!!しかも片腕だけだー!!」
「何だ、思ったより軽いな」
「エルドラド…それは貴方の感覚でしょ、人間達からしたらバケモノレベルだよ」
「それもそうか」
「それじゃあ、姉さん達じゃあねー」
「あぁ、お祭り楽しむんだよ」
幻達は姉達と別れ、次の場所へ
「次はどこに行きたいんだ?」
「…あ!」
幻が関心を持ったのは、射的だった
「…あれやりたい!」
「そうか」
さっそく幻は銃に弾を込め、撃つ
「あー、そう簡単には落ちないかー」
弾は的から弾かれるように宙を舞う
「…?俺の知ってる的じゃないな」
「あれを落としたら貰えるんだよ」
「…何か欲しいのあるのか?」
「んーと、あれ」
幻はくまのぬいぐるみを指さす
「エルドラドもやってごらんよ」
「わかった」
幻から銃を受け取る、銃口をぬいぐるみに向け、トリガーを引く
パンッ、と音が鳴り弾はぬいぐるみへと向かい、当たる。しかし、倒れない。
「倒れないな」
「残ってるのあと一発だね、他の落としやすいやつに
しようか」
「・・・なぁ、おっさん」
エルドラドは射的を仕切る者に聞く
「何だ?」
「これ…銃で落とせば貰えるんだな?」
「そうだが?」
「そうか…」
エルドラドは再び構える…が
「エルドラド?どこ狙ってるの?」
彼が狙っているのは…景品を置いている棚、しかもかなり端の方だ。再びトリガーを引く、弾はそのまま
直進した
カンッと音がした瞬間、棚が崩れた
「おわっ!?」
「ほら、言われた通り銃で落としたぞ、そのぬいぐるみくれ」
「あ、あぁ…ほらよ」
「次行こうぜ」
「う、うん」
幻はエルドラドからぬいぐるみを貰う、ぎゅうっと大事に抱きしめる
「エルドラド…あれは、どうなのかな?」
「あ…?銃を使ったんならどんな方法でも良いんだろ?」
「だからって棚のネジ一本取って棚自体を崩すのはなぁ…」
「???」
夕暮れ時
「お祭り、終わっちゃったね」
「そうだな」
「楽しかった?」
「それなりに、お前は?」
「楽しかった、ぬいぐるみも貰ったし」
「そうか、それじゃあ…帰るか」
「ん…」
「どうした?」
「待って…今いい感じのが来そう」
「…曲か?」
「そうそう、ちょっと川行ってくる」
「おい、待てよ!」
「終わったらすぐ戻るからー!!」
そう言って幻はぬいぐるみを持って行ってしまう
彼は呆れ気味に
「…仕方ねぇやつだなぁ」
「ふーんふーん♪お気に入りの場所で書く楽譜は最高だなぁ♪どんどんペンが進むー♪」
川を前にして楽譜を書く幻
「ふふふ、一曲できちゃった♪今度姉さん達に聞いてみよーっと」
そう言って立ち上がる瞬間
ボチャリ
何かが水に落ちた
「・・・あ!!!」
彼女が大事にしていたぬいぐるみだった、どんどん下流へ流されていく
「だめ!!待って!!!」
慌ててぬいぐるみを追いかける、水流は一定の速度で
ぬいぐるみを流す
「この先…ちょっと大きな湖があるんだっけ…落ちる前に取らなきゃ!!」
幻はスピードを上げ、手を伸ばす
「もう少し…もう少しッ!」
ぬいぐるみに指が届きそうな距離まで縮む
「・・・・・よし!!取れたっ!!」
ぬいぐるみが湖に沈む一歩手前で幻はぬいぐるみを掴む
「うわぁ…びちゃびちゃだ。帰って綺麗にしてあげなきゃ」
そう言って戻ろうとした時…
「・・・あっ」
ボシャン
「姉さーん♪」
「ん、寂滅か。どうかした?」
「んー…今日は一緒に寝たいなーって」
「そう言うと思って温めておいたよ」
「…姉さんってたまに変なこと言うわよね」
「何を言うんだ、妹がいつ甘えに来てもいいように準備をするのは当たり前じゃないかー。ほら、おいでー」
「これじゃあ私が甘えに来たんじゃなくて姉さんが甘えて欲しいだけじゃない」
「私はそれでも構わないよ、妹をもふもふできるから姉に産まれてよかったと思ってる。えっへん」
「えっへん、って自慢できることかなぁ」
「あ、寂滅の香りが…鼻血出そう」
「にっ、匂い嗅ぐな!くすぐったいよ!」
「今日はいい夢見れそう」
「…真剣な顔して言うから余計に恥ずかしいんだよね…」
寂滅が苦笑する
「…いてっ」
「どうしたの?」
「いや、髪の毛がぷちって。もう平気」
コンコンコンコンコンコン
猛烈な速さで誰かが窓を叩く
「・・・エルドラド?」
叩いていたのはエルドラドだった、かなり息を切らしてうろたえている
「ゼェ…ゼェ…姉ちゃん…達…」
「どうしたのエルドラド、そんな顔して。何かあったの?」
「幻は…帰ってきてないのか?ここには居ないのか?」
「いいや…居ないよ?貴方の傍にずっと居るかと思ってたけど…」
「…夕方、急に曲が作れそうだって川の方に行ったんだ。ちくしょう、俺のせいだ…あの時ついて行っていれば…」
「エルドラド、早く幻を探しに行こう。もう、こんな時刻だ」
「そうだな…二人とも、背中に乗ってくれ」
エルドラド達は急いで川のところへ
「…ちっ、あの野郎。どこに行きやがった?」
「・・・二人とも、あれ!」
寂滅が指をさした、その先にはぐっしょりと濡れた紙がある、インクが滲んで読めない
「これは…楽譜か?この濡れ具合…あまり時間は経っていないな…近くにいるはずだ、探そう」
「…なら下流へ行こう、上流は森だから近づく理由もないはずだ」
「うん」
下流に沿って歩く、しかし幻の姿はない。
「…居ないぞ、この先は湖で行き止まりだ」
「…本当にまさかなんだけどさ、この湖に落ちた…
なんてないよね?」
「…流石に、それは…」
「・・・そのまさか、かもしれねぇ…」
エルドラドが言う
「・・・え?」
彼は湖の側に居た、体が震えている。
彼の手に握られていたのは
「…ぬいぐるみ?びしゃびしゃで汚いけど…」
すると突然エルドラドが着ていた服をビリビリと破り捨てた
「エルドラド!?どうしたんだ!?」
「何ってこの湖ん中に入るんだよ!!幻が居るかもしれねぇんだぞ!!!」
「嘘…だろ!?」
エルドラドは湖に勢いよく飛び込む
大きな水飛沫が上がる
「・・・行っちゃった」
「・・・彼が戻るのを待とう」
エルドラドが湖の中を漂う
「・・・?」
湖の底に赤い光が見える
「・・・」
彼はその光に直進した
エルドラドが潜って既に10分が経過している
「・・・あ」
水面にゴポゴポと空気が溢れる、その後姉達は声を揃えて言った
「「幻!!!」」
幻がエルドラドに抱かれている、彼は陸地に上がり
彼女を下ろす
「幻…!」
「…息をしていない!!」
「…どけ」
エルドラドが重い声でそう言う
「…戻ってこい!!」
彼は幻の唇に己の唇を重ね、息を送る。同時に胸に指を置いて圧迫する
「フゥ…フグゥ…」
彼女の体は冷たかった、それでも蘇生を諦めなかった
「・・・・う」
「…幻?」
幻の目がうっすら開く
「…げふっ!!げふ!!はぁ…はぁ…」
「幻!!」
寂滅は幻を抱きしめた
「…姉さん…あ、ぬいぐるみ…」
「あぁ、これ?」
叡智がぬいぐるみを幻に渡す
「・・・」
エルドラドが彼女の手からぬいぐるみを奪った
その直後、ぬいぐるみが爆散した
「・・・・・え?」
「ふざけるな…」
「エルドラド?」
「ふざけるんじゃねぇこのド低脳が!!まさかお前ぬいぐるみの為だけに死にかけたのか!!!!?」
「だって…川に落ちて流されて…とったと思ったら足滑らせて…」
「俺らがあと少し遅かったらお前死んでたんだぞ!!!?ぬいぐるみぐらいでこんな事起こしやがって!!!ふざけんなよ!!!ぬいぐるみならまた同じの見つけてやるのに!!!!」
「嫌だ…それじゃないと嫌なんだよ!!!」
幻が力を振り絞って大きな声を出す
「それ…じゃないと嫌だ!!エルドラドがっ…折角お祭りでくれたやつなんだ…それ以外のぬいぐるみなんて…嫌だ…要らないよ!!」
その言葉に対してエルドラドの何かがぷつりと切れる
「俺は・・・俺は・・・ぬいぐるみなんかよりも幻が大事なんだよッ!!!!」
「ッ!!!」
「ぬいぐるみが消えるよりもお前が消える方が何千倍…何万倍も嫌なんだよ!!!終身刑下したやつが先に死んでどうするんだよ!!!俺を…一人にするんじゃねぇよ!!!このスカタンが!!!」
彼の瞳からひたひたと雫が垂れる、幻は姉の胸にうずくまり…
「…ごめん、なさい…ごめんなさい…」
震えながら謝り続けた
「…エルドラド、大丈夫?家泊まる?」
「平気だ」
「向こう着いたらゆっくり休むんだよ。あとこれ幻の着替え」
「おう」
「それじゃあ…気をつけて…幻のこと頼んだよ」
「…おう」
エルドラドは疲れ果てた幻を抱いて、冥界へと戻る
「…あ、おかえりなっさいッ!?」
神居は彼らを出迎える瞬間に上げ調子になる
「どどど、どうしたんですかその格好は!?」
「…色々あった。従者さん、幻を着替えさせてくれ…
ほら、着替えだ…」
「え、ええ…うわ、びしょ濡れだ、風邪を引いてしまう」
幻を神居に渡した時、彼が勢いよく倒れる
「だ、大丈夫ですか!?」
「…ちょっとだけ、疲れただけだ…悪いが…もう寝る…」
「ダメです!今日はお屋敷の中で寝てください!!
そもそも毎回外で寝る必要ないんですよ!
幻さん着替えさせたらすぐ居間を片付けるので
待っててくださいね!!!」
「…あぁ」
か細い声で答える
「ほら、お布団敷きましたから」
「すまねぇ…」
エルドラドはよろよろと歩く
「まったく、彼女を助ける為に湖に飛び込むとは…
その勇気、尊敬します」
「…妻を助けない夫とかクズだろうが」
「それもそうですね、それではおやすみなさい」
神居は自分の寝床へと向かった、エルドラドは布団の中に潜る、ふかふかな感触が彼を包んだ
「…あったけぇな」
疲労で微睡んでいく…と思っていると
「…ん」
布団がモゾモゾと動く、捲って確認すると
「…お前か」
幻だった
「眠れねぇのか」
「…貴方と一緒が良い」
「…そうか」
「・・・エルドラド、ほんとごめん。あの時ああいう意味で言ったんじゃなくて…ほんとに貴方から貰ったぬいぐるみを無くしたくなくて…」
「・・・」
彼は幻に軽くちゅーをする
「んぅっ」
「…分かってるよ、そんくらい。だけどもう無茶するな、約束だ。良いな?」
「うん、約束。…あの服はもう着ないの?」
「破ったからもう着れない」
「そっか…でも好きだったな」
「そうなのか」
「でもやっぱいつもの貴方の方が好きだよ」
それを聞いた彼はそっぽを向きながら
「…もう寝るぞ、疲れた」
「…おやすみ」
近くで寄り添って寝息を立てて眠る二人を、つぎはぎまみれの汚れたぬいぐるみが見守っていた