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氷の魔女と○○の子  作者: 白い梟
3/5

上. 蝶の残光


今日も森には雪が降り続く。

村は冬眠を迎えたように静まり返っているが家の煙突からは煙が出ている。

さらに進むと商店街があり冬には閉まりきってしまうのだが今日に至っては特別だった。


「ああ、いらっしゃいませ」


そう言ってしまっていた筈の扉を開け、その店の看板娘は魔女を迎え入れる。

コーリーを拾ったばかりの時、メモをくれた親切な娘…のさらに娘だ。


今の魔女の姿は完全な老婆の姿だろう。

短髪の白髪にしわの寄った顔。

青い瞳はそのまま。

服もそのまま…といきたいが黒い狼の毛皮のマントを身につけて腕を隠す。

赤子の用品を買うには若い姿が良かったが、食料を買うなら老婆の姿が変装しやすいのだ。


店に入ると奥の娘の母親が明るい顔をする。

彼女は私がメモをあげた同一人物だとは気づいていない。


「あら、やっと来たんですね。待っていたんですよ?」


そう言って奥から用意したのは肉だった。

外の雪を利用して保存された肉をこうして買っている。同時に外の情報を聞くのだ。


「本当、貴女には感謝しているわ」

「こちらこそ感謝してますよ。娘の命の恩人ですから」


五年前に老婆の姿で店に訪れたときに先程の娘が重い風邪を患ったときに気配でそれを感じ取った私が薬を代金がわりに渡したのだ。

この村では薬は高価すぎて手にできない代物。

代金には十分すぎた。


それから私が冬にしか訪れないことを知って私用に食べ物を取っておいてくれているのだ。


母親はその肉を私が魔法で作り上げた黒馬に担がせる。私が老婆だからとわざわざやってくれているのだ。親切なことだ。


その後はいつもの世間話だ。


「そうえばパパラチアさん髪切ったんですね」


パパラチアは人間の村を訪れるときに使う偽名だ。


「ええ、そうなの」


きっと勝手に短くなっていったなんて信用しないだろうから言うことはない。

さらに話は続くともうすぐ娘は成人になるらしい。11で成人になるというが私に取っては母親も含めてまだ若い子供なのに。


(…コーリーもあと五年ね)


そして代金を支払い、さらに予備の薬を渡す。

そう言うと代金は要らないと言われてしまうが渡さねば使い道もない。半強引的にお金を渡したら私は馬を引いて森に帰るのだ。


「ではまた。良い冬を」

「ええ、良い冬を」


そう言葉を交わして。




家の前までつくと食料保存室に肉を運び入れる。運ぶと言っても魔法で浮遊させて中に吊り下げるだけ。


(ああ、この姿も変えなくちゃ)


魔法を解くと老婆のシワは消え、腕は消えて影となる。

荷物のなくなった馬も消滅させ、魔女は自分の家のドアを開ける。


「コーリー、帰ってきたわよ」


「魔女様、お帰りなさい!」


そう扉を開けてくれたのは腰ほどの高さまで伸びたコーリー。拾った時と比べれば角は小鹿ほどまで伸びて、額の痣も濃くなっている。


「帰ってきたら散歩の約束だよね!行こー!」

「えぇ、わかったから」


そう魔女は困ったように笑いながらコーリー手を引かれて家の外に出る。


いつのまにか日課になった散歩もコーリーが歩けるようになった数年ほど前から楽になった。


コーリーをこの森で拾ってもう六年。


今では魔法を教えて欲しいとせがむ____勝手に魔導書を読んだりする____ようになり、立派に食べ物の好き嫌いもする____食べない時は別の食べ物に変装させる悪戯をした____ようになった。


子供の成長は早い。


「コーリーあまり遠くまで行かないで、ほら」


そう影の手を伸ばすとコーリーは顔を明るくさせて子犬のように駆け寄ると手を握り返した。


「へへ、師匠暖かい?」

「ええ、とても」


それは嘘だ。影である腕に体温は感じられない。あるのはただ触覚のみ。

それに私には体温というものがない。

でもコーリーは「ひんやりしていて気持ちいい」そう笑ってくれる。とても優しい子だ。


「コーリー、今日はどこに行くの?」

「今日は少し南まで…もちろん森からは出ないよ!約束だからちゃんとコーリーは守るよ」

「そう、わかったわ。ちゃんと守ってくれているのならいいの」


(…なにを怖がってるんだろう。コーリーがいつか森を出て行くようになるのをわかりきっているのに、コーリーを手放したくないのね。まるで籠の中に捕らえてしまっている鳥のようにコーリーを手元に置いておきたいの)


それは自分で思っても滑稽だった。


「師匠!そうえば自分で魔法を作ってみたんです。見えもらえますか?」

「え、ええ。勿論」


(自分で魔法を作る?そんなこと…)


コーリーが手のひらを両手で包み込むようにぎゅっと握りしめると、指の隙間から光が漏れ出した。


そしてコーリーがその手を開くとガラス細工のような蝶が光を纏いながら羽を揺らしている。


魔女はその魔法の正体を知っていた。


(…まさか、光の魔法が使えるなんて)


魔法自体は高度なものでもない。しかし、光の魔法の使い手は光の魔女が死んだときに失われたものだ。魔女である私にさえ出来なかった光の魔法をコーリーは教えてもいないのに自ら作り上げてしまった。


「どう?魔女様、綺麗でしょ?でもこの魔法はこれで終わりじゃないんだよ」


コーリーは少し笑うとその蝶を空中へと投げた。

その途端蝶は弾け、何十羽の蝶の大群となって二人を包み込む。


「…本当に綺麗ね。きっと貴方なら素敵な魔法使いになれるわよ」

「へへ褒めてもらって嬉しい」


コーリーが照れくさそうに笑うとその鼻に蝶が止まる。コーリーは思わぬ奇跡に瞳を輝かせた。


「魔女様!これ…よく見えないけど凄くない?」

「フハッ、コーリーったら」


何が私のツボを押したのか、笑わずにはいられなかった。


「…あぁ、今私は幸せなのね」


呟いた魔女の右目から涙が溢れた。

それに驚いたコーリーは魔法の維持をやめたために光の蝶は消えた。


「…っ?!ま、魔女様どこか痛いの?それとも悲しいの?」

「いいえ、違うのよ。嬉しいのよ」


涙が止まらない。


コーリーは慰めようとするも助けを求めるように辺りを見渡す。

そしてあるものを見つけてしまった。


「あ、見てください魔女様!花ですよ!花は初めてです!!」

「…花?」


視界に映ったのは雪の溶けた大地。

そこに咲く一輪の花。











見た瞬間、魔女の視界が大きく歪む。





(あ…意識が)





そうして魔女は人形のように崩れ落ちた。






「魔女様!魔女様大丈夫ですか?!」

「…ええ、すこし…眠たく……」




(…この子に迷惑はかけたくない。《月光狼ムーンライトウルフ》、この子と私を家まで連れて行って)




それからの記憶はもう無かった。












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