上. 星の導き
誤字報告ありがとうございますー!
ある王国に古から伝わる戒めがある。
王国の北には一年中雪に閉ざされた森がある。
絶対にその森に入ってはいけない。
森には両腕の無い、冷酷非道な"人食い魔女"が住んでいるから。
*
そんな御伽話が伝わる事、早二百年。
昔はそこかしこに居た魔女も三百年前の魔女狩りとやらで、今は魔女も空想に過ぎない存在となっている。
私はその最後の魔女であるのだが、人間は好き勝手に私のことを人食いだの国潰しだのと騒いでいる声もこの森には届かない。
ようやく手に入れた何事もない日常。
そう景色の変わらない窓際に頬杖をつく。
霜華の咲く窓に映る私の顔はまるで大量に作られた安値のビスク人形のように表情がない。
瞳は艶やかなものではあるが純粋な青ではなく、不純物が混ざったような青。
波を打つ銀髪は先の方だけ青く色味がかっている。
夜空を映したような藍色に箒星のような銀のラインとマイメードドレスと呼ばれる形のドレスを見に纏う。
そして、頬杖を付いている腕は影を実体化させたものであり、彼女に腕はない。
腕のあるべき場所は窓のものと似た霜華で覆われていた。
三百年も森に引き篭もれば、やる事もやり尽くしてしまった。
まるで同じ時を過ごしているような…そんな退屈な日々すらも日常となった今では昔が懐かしいだとか普通ならば思うのだろうがよく思い出せない。
ただ覚えているのは血泥に塗れた地面で神に助けを乞い涙を一筋流した事だろうか。
馬鹿なことをしたものだ。
「神なんていないのだから」
日課となった占星術も退屈凌ぎにただやるだけ。
しかも自分で昔集めていた東方の国の物だとか南方の国の物だとか、様々な国の占い、さらには様々な学問の分析を組み込ませて、複雑化させてある。
初めは退屈凌ぎに作っていた物だが、この占星術の黄道十二宮星図を読み解くだけで、誰が何処で何をしている、そしてどんな未来が待ち受けているのかすら見ることができる。
机に広げられた黄道十二宮星図の上には調べ物のために広げられた革表紙の魔導書や魔道具が並べられている。
黄道十二宮星図の中心にいつも身につけている青水晶のネックレスを垂らし、揺れるネックレスをただ眺めながら魔力を注いでいく。
揺れる事を止めたネックレスの水晶は魔力で満たされ、やがて夜空のような滴が中央に落ちると羊皮紙の黄道十二宮星図に星空が浮かぶ。
この光景は魔法慣れしてしまった今でも美しい光景だ。
そして徐々に黄道十二宮星図の文字を集めるようにして言葉がクラゲのように浮かび上がる。
いつもならば__本当につまらない事なのだが___"今日の紅茶は木苺のミルクハーブティーにすること"だとか"部屋の片付けをすること"だとか本当に下らないことばかり。
ただ従わないと本当に小さな災いが降る。
暇な私には従わないという選択肢はわざわざ選ぶ必要もないので黄道十二宮星図の助言に従って退屈凌ぎをする。
これが退屈しきっている私が続けている理由でもある。
"森の徘徊をすること"
引きこもりの魔女はその言葉に少しだけ不機嫌そうに顔を歪めた。
しかし、黄道十二宮星図がそう示すのなら何かあるのだろう。
この家が燃えるだとか。
「仕方ないわね。気まぐれの散歩でもしましょうか」
そう彼女はしばらく手をつけていなかったマントを手に取り、巨大な木の幹の中に作られた小さな家を出て行った。
*
一年中雪に覆われたこの森に景色の変化などない。ただ冷気を纏った風が吹くばかり。
寒いという感覚はもう無い。
それは氷の魔法を使うからか、長く生きて暖かさを忘れたか、理由は忘れた。
この景色も特に変化のない森を歩くのも暇でしかない。
地面は足跡もない白い地面。
そこにただ一直線に足跡が出来るだけ。
この森には滅多に生き物もいない…否、獣や鳥くらいならばいるはず。
ただ私が歩くと遠くに逃げていく。
ほら、私は家に引き篭もっているのがいいのよ。
(…もう帰ろう)
そう来た道を戻ろうとした時だった。
木々の向こうに黒い闇の塊があった。見えるか見えないかの存在が視界に入ったのはほぼ偶然。
魔女は引き寄せられるように歩いていく。
近づいていくと羽の音がした。
烏が死体に群がっているのだろうか。
飢死や凍死で死ぬ動物ならよくいる。
さらに魔女が歩み寄ると烏は飛び去る。
そしてカラスの影に隠れていた物が見えた。
(…手提げ籠?…ああ、捨て子か)
でもこんな森の奥にわざわざ手提げ籠など置く人がいるのかしら?
雪の積り具合から見てもう数日は経っている。母乳もなく飢死したことだろうに。
その籠を覗き込む。
そして夕焼けのような色の瞳と目があった。
「あぅ」
予想通り赤子だった。
だが、予想に反して元気が良かった。
私を見るなり、その赤子は微笑う。
「…可愛くない笑顔」
極寒の中で小汚い薄い布に簡単に巻かれただけの格好でさぞかし寒いだろうに腕出して私に向かって手を伸ばす。
その手はかつて私に向けられた手とは正反対の無垢で力の無い小さな手。
思わずその手に私も引き寄せられた…が、伸ばす手はない。
「母親は?…といっても答えられるわけがないか」
魔女は必要ないからと出していなかった影の腕を出す。それは伸ばされた手を握るためではない。
影の腕の指先は針のように鋭く、正に化け物のような手だ。
普通の人間ならその手を見た瞬間に逃げてしまう。死の恐怖と軽蔑をその顔に浮かべて。
しかし、その赤子は微笑うばかり。
そしてこの子が捨てられた理由を理解する。
ちょうど額の横あたり、少しだけ突起が見えた。
木の枝が入っているのかとも思ったがそれは木の新芽に似ている。
しっかりと見ていなかったが額には大きな太陽の模様をした痣がある。それはその子の生まれつきのものだろう。
(この子も忌子か)
再び赤子の顔に視線を戻してみればまだ笑っている。
届かないはずの存在に手を伸ばし続けている。
____。
その時自分が何を考えていたのかは思い出せない。
ただよく考えずに口を開いていた。
「一緒に来るか?」
赤子は応えるようにまた笑う。
それは雪の中に咲いた小さな花のようだった。
冬童話2020用に書いた作品です。
(締め切り1日前に書き始めるという荒技)
前々から書きたいものではあったのですが…これを機にと。
私が普段書く
魂喰らいになったのですが神龍になったようです
https://ncode.syosetu.com/n1811fr/
をここに宣伝させていただきます。(スッ…)