森の賢者と古の秘薬
『森の賢者』と呼ばれる者が住む森の中。
対価次第でありとあらゆる願いを叶えると言われている。
「……ここが」
鬱蒼と生い茂る木々の道を通り抜けたどり着いたの先に見えてきた館を見て青年は呟いた。
そして隣に居る女性を見て頷いた。
―――コンコン
静かに扉をノックし返事を待つ。
「開いとるよ」
扉を開け館に入る青年と女性。
「よく来たさね。適当に座っておくれ」
青年達を座らせ、森の賢者も席に着く。
「………彼女の妹を助けたいんだ―――」
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「―――このままだと妹は…私…どうしたら…」
小さな部屋には目に涙を溜めて青年に助けを求める女性と白衣を着た年配の男性。
「……彼女は生まれたときから臥せりがちだった。寧ろこの歳まで生きていることが奇跡に近い……しかしこれ以上の手段は……」
妹が生まれたときから診てくれている男性もあらゆる治療法や投薬で手を尽くしたが根治には至らなかったがど全く意味が無かった訳ではない。
しかしそれは幼いころから病に抗う彼女の妹を苦しめることでもあった。
「諦めないでくれ、必ず助ける方法を見つける―――」
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「―――話はわかった。ただし、話を聞いた限りではまだ確信を持てたわけじゃない」
妹の症状と、今まで行った投薬や処置を細かく話した後『森の賢者』はそう答えた。
「その娘を直接見てみないとなんとも言えないが……恐らくは肉体の病ではない」
肉体の病ではない…そういわれた二人の顔は晴れない。
「まず、言っておきたいのはあんた達が行った処置は正しくはない、しかし間違ってもいないということさ」
『森の賢者』が謎解きめいた言葉を発した。
「それは……いったいどういうことでしょうか……」
「言葉遊びが過ぎたね。あんた達は自分達の知りえた処置を行ったが病を治すことは出来なかった。しかしその結果その娘は命を長らえいままで生きている。その娘の病が私の想像通りならとっくの昔に儚くなっていたろうさ」
『森の賢者』がそう答えると青年の目に希望の光が灯った。
「……ただし、いままで行ってきた処置でもそろそろ限界だろう。今この時まで生きていることがそもそも奇跡みたいなもんさ」
奇跡。
妹を診てくれていた彼もそう言っていた。
再び青年の表情が曇る。
「……だが、その娘の病気が私の想像しているものと同じなら治療方法はある」
その言葉を聞いた二人の目には強い輝き取り戻し立ち上がり『森の賢者』に頭を下げた。
「……!! お願いします。妹の病を治してください」
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「―――……やはり、この症状は……」
青年の案内の下、彼女がここ最近ずっと過ごしている部屋へやってきた『森の賢者』が、治療を行っていた男性と二人が伝えてきた処置に誤りが無いか確認した。
青年に伝えられた内容と差異がないことが確認できたので『森の賢者』が直接症状を確認する。
「この娘の病気の名は『魂衰』と記録されている症状と一致しているところが多い」
『森の賢者』が症状から病名を告げる。
「『コンスイ』とは……聞いたことが無い……そんな病気があるんですか!?」
彼女を診ていた男性は聞いたことの無い病名に食いついてきた。
「静かにおし。あんたが優秀だってのはわかるけど場所を考えな」
優秀といわれた男性は落ち着きを取り戻し改めて『森の賢者』に訊ねた。
「それで……その『コンスイ』……というのはいったいどういう病なのですか」
「少し長くなるよ。『魂衰』とは―――」
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人に限らず『生きている』モノには『物体』と『心体』と『魂体』の3つを兼ね備えている。
『物体』とは『心体』を内包する器であり、『心体』とは『魂体』を内包する器と言われている。
一般的に言われている病とはこの『物体』上に起きる異常の事を指し示す。
『心体』に起きる病も存在しているが『物体』の異常に対処する過程で治療に含まれている事があるが、そもそも『心体』に起きる病自体が稀である上に知識として持っていなければ診断を下すことも不可能である。
そして『魂体』に起きる病は『心体』に起きる病よりも更に稀である。
いくらこの男性が優秀とは言え、この『心体』に起きる病という概念すら知らない状態で無知と嘲笑うのは間違いだ。
そして『森の賢者』が下した『魂衰』とは『魂体』に起きる病であり『魂体』が衰弱、つまり弱っていることによって起きる症状と一致している、そう判断したのだ。
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「―――……言われてみれば『心体』に関係しそうな症状は確かに思い当たるところはありますね……」
「あんたがやってきた処置は基本的には『物体』側に起こる症状を押さえ改善する方法さ、だからこうしてこの娘は今も生きているのさ、しかし『魂体』にそもそもの原因がある場合、影響を受けるのは一番外側の『物体』だけじゃなく『心体』にも影響が出てくる。『心体』や『魂体』の概念を知らずにその症状を抑えるとか、本当にあんたは優秀さね」
『森の賢者』にそう言われた男性だがその顔は晴れない。
「そう褒められても、この娘の病が治せないのでは……」
褒められても治療が出来ないのでは意味が無い。そういうと壮年の男性は俯いた。
「でも、『森の賢者』殿は治療法方はあるって……!!」
俯いていた男性は青年の言葉を聞いて目を見開いて『森の賢者』のほうを向く。
「確かに言ったさ、『想像しているものと同じなら治療方法はある』と」
「…っ!?治療方法があるんですか!?」
「静かにおし。何度言わせるんだい。私が誰だか知ってるだろう」
『森の賢者』の言葉を聞いて三人は思い出した。
目の前に居る人物がどういった存在なのかを。
―――対価次第でありとあらゆる願いを叶える『森の賢者』
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「―――『森の賢者』殿に言われた素材は必ず集めてくる、だから……」
彼女と壮年の男性に対するは『森の賢者』を訊ねてきた青年。
その青年は旅をする装束と荷物を下げて街の門まで来ていた。
「必ず手に入れて戻ってくる……だから、あの娘を頼みます。」
「私も付いて行ければよかったのだけど……お願い」
彼女も青年と危険な旅をする経験はしていたので決して足手まといにはならない。
しかし、彼女には街に残りやらなければならないことがある。
かつての仲間も長期でこの街を離れることが出来ない。
そのため今回は青年のみで探しに行くことになった。
そして…
「それじゃ私は森に帰るよ」
壮年の男性は何か言いたげな顔をしているが『森の賢者』の役割は既に終わっている。
―――契約と対価についても既に話が終わっているため『森の賢者』自身がこれ以上関与できることは無い。
「私にできることはもうない、あとはあんた達次第さ」
青年は旅立ち、賢者は森に帰った。
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「―――治療方法はある。しかし私に出来るのはその方法を教えることだけさ。」
三人は困惑を浮かべ『森の賢者』の言葉に疑問を投げかけた。
「……治療自体をするわけでもなく、治療に必要な薬を譲ってくれるわけでもなく……治療方法のみ…ですか。」
壮年の男性の言葉に『森の賢者』は頷く。
「理由はいくつかあるが……」
症状が極めて稀で診断が難しい病であること。
治療に必要な素材が入手困難ではないが難しい部類に入ること。
必要な素材から作られた薬は作った直後しか効果を発揮できないこと。
「そして最たる理由として私だけでその素材を集め、薬を作ることが出来ないということさね」
「お話を聞いているだけですと治療方法はわかっていて、薬の作り方もご存知なのですよね。でも作ることが出来ないというのは……」
「その疑問も当然だが、これも理由がある。いや、理由というよりは『制約』といったほうが近いかね」
『森の賢者』がいう素材から作られる薬は『秘薬』と呼ばれる類であり用途も非常に限定的だが極めて希少性の高い物である。
「だから治療方法を教えるに当たり、この『制約』が『対価』となるのさ」
『制約』の内容としてはたった一つ。
――― この『秘薬』を作る事に関われるのは一度のみ ―――
「私もかつてこの秘薬を作る機会があったのさ…だから私は今回の『秘薬』は素材集めも製薬も出来ず『治療方法』のみを伝えることしか出来ないのさ」
「しかし…それを教わった私達が他の同じ病に苦しむ人に伝えてしまったらその『制約』の意味がなくなってしまうのでは」
壮年の男性が懸念したのは『制約』を受けずにこの『秘薬』を作り出すことが出来てしまうのではということだった。
「問題ないさね。それが出来てるならとっくにこの『秘薬』の作り方なんぞ研究し尽くされてるだろうさ」
何の問題もないと『森の賢者』が答えると、一枚の羊皮紙を取り出した。
「さて、これが『制約』であり『対価』で、且つこの治療方法の全てだ―――」
『森の賢者』から差し出された羊皮紙に其々サインをすると治療方法の全てが三人の知識の中に刻み込まれた。
そして『制約」の理由も意味も理解した。
「……そういう……ことなのか……」
壮年の男性は『魂衰』という症状がどういうものなのかを理解し
「これで……妹を治すことが……」
姉は妹の病が治るせることを理解し
「二人とも、必ず助けよう……!!」
青年は己がするべきことを理解した。
「『森の賢者』殿、ありがとうございます。」
「対価は既に貰っているさ、精々頑張りな」
『森の賢者』は手をヒラヒラさせて三人のお礼を遮った。
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森の中の館に帰ってきた『森の賢者』は嘗て自分が作った秘薬で助けた者のことを思い出していた。
『魂衰』そのものは治療することが出来たが、治療を終えて暫く後に儚くなってしまった。
原因は『魂衰』によって『魂体』という器から漏れ出た『魂体』の不足による『物体』『心体』の衰弱によるもの。
『魂衰』は治したが『魂体』の不足による衰弱というと矛盾しているようにも思えるが、『魂体』という器とは満たされた状態が正常であり、『魂体』が満たされていない状態では正常とは言えない。
当時その事に気が付いたのは当事者が儚くなった後だった。
その結果を踏まえ渡したのが今回の治療方法だった。
製薬した秘薬を患者に投与するだけでは原因そのものは治せるが衰弱した患者を本当の意味で治したとは言えない。
今回の方法であれば治療をする側には多大な負担を強いることになるがそれで儚くなることなく生きられるのであれば問題はないだろう。
「私と同じ過ちさえ繰り返さないでいてくれれば……」
『森の賢者』はそう独り言ちると静かに目を閉じるのであった。
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―――コンコン
『森の賢者』の住まう館の扉をノックする音が聞こえる。
「開いとるよ」
返事を返したあと扉が開いた先に見えた人影に『森の賢者』はやわらかな雰囲気を醸し出しながら尋ねてきた人物を迎え入れた。
「よく来たさね、適当にお座りな」
嘗て自分が救えなかった命、それと同じ病を患った彼女が本来の輝きを取り戻し『森の賢者』の前に姿を見せたのだった。
創作て難しいね(´・ω・`)