歩兵と騎兵の歴史 カラコール
銃は歴史上に重大な役割を果たして来た。
今回は騎兵と銃の邂逅により何がもたらされたかを語っていこう。
今回語る戦術は『カラコール』
カラコールとは、スペイン語で螺旋を意味する言葉であり、16~18世紀頃に生まれた騎兵戦術である。
この頃になるとマスケット銃兵やパイク兵の密集運用によるテルシオ方陣が戦術として最強の座に君臨しており、以前の様に騎士の重騎兵が突っ込めば戦闘で勝てる様な環境ではなくなってしまった。兵隊の中心も騎士と農民から傭兵団が中心になり以前ほどに騎兵部隊の士気や練度を保つのは難しくなっている。
鎧でいくら身を固めようとも長さ5m以上の槍衾に突っ込むのは自殺行為だ。御恩と奉公によって領地を安堵されている騎士様と違って傭兵は命大事である。死ぬとわかっている作戦に従う馬鹿がいるか。という訳でこの時期はかつては頼んでもいないのに死地に突っ込んで作戦を滅茶苦茶にする騎馬部隊は、敗残兵狩りばかりのハイエナ集団と化していた。戦わすためには騎兵の安全を確保せねばならない。歩兵の槍より長い物を兵装すれば安全だが、いくら何でも長すぎる(何事も例外はある!)
そこで時の戦術家たちは考えた。ピストルを騎兵に持たせれば良いのでは? ピストルの射程は槍より長いし、いくら何でも歩兵に長さ数十mの槍を持たせることは出来ない。精度は悪いが10m以内、欲を言えば5mまで接近すれば槍衾の射程外から一方的に攻撃できる。おお、最強だ!
ピストル騎兵たちはパイクの少し外で射撃して踵を返し距離を取りピストルを再装填する。これを繰り返すだけ一方的にパイク兵をなぶり殺しに出来るではないか! 見よ鉄砲は歩兵にのみ利するにあらず騎兵にとっても優位に働くのだ! 鉄砲の火力と騎兵の機動力が両方そなわり最強に見える。
逆に歩兵がカラコールと撃ち合うと一方的に勝てる。
アルェ? どうしてこうなった!?
カラコールの着眼点は悪くはなかった。重騎兵がテルシオの防御力に勝てぬなら相手を崩すための部隊を作ればいい。元々マスケット隊と撃ち合うための部隊ではないのだ。しかもこの時期のマスケットは操作が複雑で一分に2~3回撃てれば良い方で、射撃回数ではどちらも同じぐらいなのだ。ならば元々の想定で5mまで近づいて鉛玉をお見舞いしてやればよい。
しかしそうは問屋が卸さなかった。カラコールの誕生に騎兵隊の士気の低下から突撃命令に対して従わないことが多かったと言った。ピストルは近づけば命中精度を補えると言った。しかしマスケット銃兵に接近するという事は被害も増えるという事である。マスケットの精度がいくらクソでも集団で撃っている以上は50mぐらいになるとそれなりに当たる。よって命大事な傭兵はマスケットが撃ち出す距離で反撃してそのまま被害だけ出して帰りましたとさ⋯⋯⋯10mでも命中が怪しい代物を50~100mで撃てばそりゃ当たらんわな。
かくして”理論上”最強の戦術『カラコール』が誕生したのであった。
とはいえピストル騎兵が騎兵戦術のあだ花であったわけではない。ピストル騎兵は遊牧騎兵民族でなければできなかったパルティアンショットと言った騎射戦術を再現できるからである。これにより遊牧民族の価値は下がり、代わりに数を増やしたピストル騎兵により重騎兵は一層活躍の場が狭くなってしまった。これ以降になると鉄砲は騎兵の標準装備になり、重装騎兵は鎧をドンドン減らし、最後には胸当てすら着けぬようになって行くのであった。
『カラコール』が珍戦術だという主張があるが筆者はそうは思わない。騎兵というのはあまりに習熟に時間がかかるからである。ランスで突撃した方がマシだとしても馬上でランスのような長尺物を扱う訓練を習得させるには金も時間もかかる。そうした部隊を簡単には損耗させたくない。そのためにピストル騎兵という重騎兵突撃のための前哨戦を行う部隊を作ったのである。だが悲しいかな軽騎兵の行う前哨戦では膨れ上がった重歩兵陣を崩す事は叶わず、この時代の戦闘は歩兵が長槍でつつき合うという地獄の様相を呈したのであった。




