近世最強戦術、戦列歩兵について
概略
戦列歩兵とは、17~19世紀の近世ヨーロッパでマスケット銃と銃剣で武装し隊列を組んで戦った歩兵部隊の事である。煌びやかな軍服を身に纏った兵士たちが整然と隊列を組み、太鼓の音にあわせて行軍して一斉に銃火を放つ姿は、ロマン溢れた究極のマスゲームである。が、日本では研究はされていたが実践の機会はなかったのでなじみが薄い。
歴史
戦列歩兵の歴史は長い。発火に火縄から火打石を使うようになってから、銃身にライフリングが施され、装填形式が先込めから後込め式になるまでの1世紀以上の歴史を持つ由緒正しい戦闘形式である。戦列歩兵は古代から存在するファランクスやレギオン、テルシオといった密集陣形を組んで運用される重装歩兵の系譜の兵科であり、事実上の最期の重装歩兵と言える。
戦闘方式
戦列歩兵は士官の発する簡単な号令や太鼓による指示に従って行動し、移動速度が一定になるように身長を揃え速度が一定になるように訓練。これに太鼓による指示が与えられる事で速度が調整された。基本的にラッパや太鼓の音、隊旗によって兵に指示を行うので鈍重で単純な動きしかできなかった。以下が実際の動きである。
1. 陣形を維持したまま行進して敵陣へ接近
2. 敵陣から50mほどになった地点で停止
3. 号令に従ってマスケット銃を敵陣に向ける
4. 敵陣に向けて一斉射撃、再装填、一斉射撃、これをひたすら繰り返す
5. 敵陣が乱れ始めたら、号令に従って銃剣を装着
6. 号令に従って突撃、銃剣による白兵戦を行う
7. 敵が崩れたら追撃、ヒャッハー! 背中を串刺しだー!!
この戦法で最も敵を殺戮できる瞬間は、壊走する敵を後ろから刺す時だ。つまりはファランクス同士の小競り合いの部分が銃の撃ち合いになっただけで、本質的な部分では古代から変わりないのである。
よく言われるあれこれ集
1.戦列歩兵なんて突っ込めば余裕だし
当時の軍隊にもそう考えた人々はいたし実際にやり遂げた人もいるが(グスタフとかスヴォーロフとかスヴォーロフとかが)、実際にはほとんど失敗しているので素人にはお勧めできない。
まず白兵側は銃撃を受けても突撃を続ける高い士気が必要。そこら辺の農民を集めて突っ込ました場合にはこの時点で敗走してしまう。そして400m先の相手では到達まで大量の被害を出す恐れがある。単純に戦列歩兵と同じように歩いて接近する場合6回の射撃機会がある。そして戦列歩兵とは”射撃もできる槍兵”に他ならない。突撃を仕掛けた側は例え到達できたとしても、射撃による兵員の損耗と士気の摩耗、移動の疲労を抱えて約2メートルの槍衾に突っ込まなければならないのである。
剣士が戦列歩兵を打ち破った話と言うのは国土無双レベルの集団が農民上がりの徴兵戦列を打ち破ったというのがだいたいで、戦列側が熟練してくると農民に戦士が打ち破られるのが茶飯事になってくるのである。
2.撃たれてるのに密集してるとか昔の人間は馬鹿だったんだなァ
戦列歩兵がなぜ密集しているかという事については色々な要素があるが、当時の銃は命中率が大変クソで50m先の相手でも命中率50%ぐらいしかない。おまけに当時は訓練費などは連隊が自前という事は珍しくないので実戦ではじめて発砲した兵士がゴロゴロいた。という事で密集させた方がしないよりメリットが遥かに多かったのだろう。いかにそのメリットを示す。
①密集することで射撃タイミングを合わすことができる
よく斉射の説明で少しでも命中を上げようとした、というものがある。正直意味が分かりにくい。
命中率1%の銃10回撃とうと、10丁を一斉に撃とうと死体の数は同じじゃないの、と思わないだろうか。
つまりここで言う命中とは十秒間個々に撃ち続けてポトポト死んでもらうより、一回にまとめて撃つことでゴトリと死んでもらおうという腹である。新鮮な恐怖をタイミングよく送ることで背中を刺すチャンスが生まれるという訳である。
②密集させれば農民だの犯罪者のクズでも逃さず兵士にできる
というか農民や犯罪者でなくてもナポレオン以前の社会は兵士の士気が低い。多くの兵士は飯と金のために戦い愛国心という概念がない。というか社会全般が、クニってなんだよ、ク〇ニしろオラァみたいな状態なので兵士は隙あらば逃亡する。だから革命により国家主義が芽生えたフランスはより一層、兵隊いじめを行うことが出来るようになったので強かったのである。
③密集させることにより白兵戦闘の時優位に立てる
バラバラに突っ込むよりも集団で棒で叩いた方が強い。これは戦いの真理である。集団でエイやと突き出せば、いかな達人であろうと易々と切り込むことは難しい。そしてそれは騎兵でも適応される。馬は賢い動物なので尖った物や壁には突っ込もうとしないのだ。
3.盾とか鎧とかなかったんですか?
ないです。QED証明終わり。というのは冗談にしてこの時代の銃は射程が現代の物に比べると短い変わりにその破壊力は恐ろしく高い。玉の大きさは親指大ぐらいで大口径の狙撃銃なみのサイズだ。まあ作ることは出来たのだろうが重すぎてとても使える様な代物にはならないだろう。この時代の鎧はあくまで白兵戦用の物で、射撃戦用の盾はシャベルで掘らないと歩兵が手に入れることは出来ないのである。
4.騎兵で突っ込めばいい
ネ~イ! 騎兵を返せ!! 古代の時点で単純に密集陣形に騎兵を突っ込ませるとロクなことにならん。
そもそも騎兵は非常に高額な存在である。訓練には時間がかかるし、馬は大飯喰らいで繊細だ。そのうえ最高のコンディションで運用できる時間はとても短い。ひとり10殺はしてもらわんと割に合わん。その癖、銃弾一発で無力化されてしまうのだ。
だが騎兵の在る無しは作戦上とても重要である。騎兵は歩兵にとって恐ろしい存在だ。体重一トン近い存在に時速40kmで吹っ飛ばされたらどうなるかなど考えたくもない。それにだいたいの馬乗りは30前に死ぬ気満々の連中ばかりである、勇敢さが違う。
だが、騎兵の恐ろしさはそれらに裏打ちされた攪乱力である。騎兵に突っ込まれた部隊はその時点で軍隊として終わりである。兵員は散らばりそのまま降伏し終わりである。
おわり
戦列歩兵は長い歴史を持った戦術であり、初期と末期ではその姿はだいぶ異なっている。最初期の頃はパイク(長槍)兵を護衛につけていることが多かったがそれも徐々になくなりやがてパイク兵は消滅した。
ミニエー弾が発明され命中率が飛躍的に上昇した末期の頃には戦列は3列から2列になり、肩と肩がぶつかる距離から人1~2人分間隔を開けたモノに変化したり、さらに限定的に伏せ撃ちを取り入れたりもしている。
政治的にも周囲の状況は変化している。初期では国王の権力も弱く、工業力もないため兵士が割高の時代でお互いに犠牲を増やさないように決戦を避けたりわざと外したりしていたが。革命がおこり徴兵制が実施されると兵士は極めて安い存在になり。積極的に決戦を行い殺傷を行えるようになった。
それらを踏まえて今こそ断言しよう、戦列歩兵は近世最強! でもライフルだけは簡便な。