『乗り合い馬車』
雪深いフローレン王国の王都ロートクラレベルクの老舗酒場シュネーヴィトヒェン亭(Schneewittchen)でホットワインを飲んでいると、仕事を早上がりしたというウェイトレスのミリアさんが、一杯おごってほしいともちかけてきた。
「代わりに、何か不思議な話とか教えてもらえませんか?」
「不思議な話?」
「不思議な経験とか……俗にいう怖い話とかです」
「そういうことなら、とっておきの体験談があるわ」
ミリアさんは、微笑みながら語りだした。
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これは数年前の話。
十代の女の子なら、よくある話よ。
フローレン王国は、いいところよ。
でも、雪深いせいで閉鎖的なところがあるじゃない?
だから、私……一攫千金でも狙って、シュヴァンツブルクに行って商人にでもなろうかなって思っていたのよ。
給仕の仕事でお金をためて、友達と5人でシュヴァンツブルクに向かう乗り合い馬車に乗るつもりだったのね。
仕事をあと一週間で辞めるって、当時働いていた店と話を付けたところだったわ。
その日の夜、奇妙な夢を見たの。
その夢っていうのがね?
私、一人でシュヴァンツブルク行きの乗り合い馬車に乗ろうとしているのよ。
だけど、乗ってる人たちが、全員、血まみれなの……。
怖くなって乗り込めないでいたら、一番奥に乗ってるおばあさんの声がするのよ。
「あと1人……乗れますよ」
感情も抑揚も無い、しゃがれた声。
怖くて乗り込めなまま、戸惑っていると目が覚めたわ。
まだ夜中だった。
初めて生まれ故郷を出て、知らない街へと向かう不安が変な夢を見せたんだって思ってたけど……。
それから、毎晩、同じ夢をみたの。
「あと1人……乗れますよ」
決まって、あのしゃがれた老婆の声で目が覚めたわ。
そして一週間後。
仲間と待ち合わせて、商人キャラバンが集まる乗り合い馬車の厩へ向かった。
ちょうど、シュヴァンツブルクへ行く乗り合い馬車があったんだけど……。
あいにく4人分しか空席が無いっていうのよ。
そしたら、奥のお客さんが席を詰めてくれてね。
言ったのよ。
「あと1人……乗れますよ」
あの……毎晩聞いた、しゃがれた声でね……。
なんか動けなくなっちゃって。
「私乗らない……」
って、言っちゃったのよ。
他の子達は「ミリアは臆病風に吹かれてるだけ」とか「みんなで助け合おう」「せっかく詰めてくれたんだから」なんて言ってくれたけど。
「とにかく私は、乗らない……」
そう言って、4人を一人で見送ったわ。
その翌日のことよ。
見送った仲間の親たちがうちに押しかけてきて、泣きながら教えてくれたわ。
私が見送った馬車が……狼の群れに襲われて全滅したって……。
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「『なんで、お前は乗らなかったんだ?』って、しつこく聞かれたけど、4人しか席が無かったからって答えたわ……」
ミリアさんは寂しそうに微笑むと、
「私、もうこの街から出る気は無いわ……ここが一番安全ですもの」
そう言って僕の差し出したホットワインを一気に飲み干した。




