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『リックのノート』

 この日も、サエウム荒原のカルラオアシスの酒場・クライネヒュッテで食事をしていると、ロドリコという元傭兵のフェレソイド(猫人族)に話しかけられた。


「お前、怖い話すると飯おごってくれるんだろ?」

「えぇ、何か怖い経験でも?」

「ふむ、それは聞いてから判断してくれよ」

「で、何を?」

「砂鼠の唐揚げでも頂くとするかな?」

「じゃ、それをひとつ頼みましょう」

「交渉成立だ! それじゃ聞いてくれ。これは百年戦争末期の話だ……」


―――――


 俺か? まだ30前だよ。

15年前の当時は少年兵だったよ。

それでも、いっぱしの稼ぎもある傭兵だったからな。

こう見えても俺は、100年戦争じゃ、ずいぶんと戦った。

あのラクリマ砦の戦いの前哨戦にだって参加したんだぜ。


上陸してきたゴブリンどもの野営地に、夜襲をかけたのさ。

結果は、敵の見張りに見つかって……矢の雨を浴びた。


まぁ酷いもんさ……仲間はみんな死んだ。

俺は、膝に矢を受けながらも必死に這いつくばって、近くの川に飛び込んだおかげで、こうして今でも酒を飲んでいられるってわけさ……。


 気が付いたら、ラクリマ砦の野戦病院にいたよ。

そこら中で小競り合いが続いてたからな、病院のベッドは、どこもいっぱいだった。

俺は膝に矢を受けて動けなかったが、命に別状はないということで、傷の化膿が引いたら退院だと、医者に言われていたから比較的、気楽な気分で横になってたよ。


 これでも、俺には趣味があってね。

この暇な時間を使って、創作の詩なんかを書いていたのさ。

俺自身を英雄に見立てた英雄譚なんかもね。


 まぁ、人に見せられるようなもんじゃなかったが、暇つぶしには、ちょうどよかったんだよ。


 そんなある日、俺のベッドのカーテンから覗いてくる奴がいた。

誰かと思ったら、同部屋の少年兵リックだったよ。

リックは、偵察任務中に、ゴブリンの襲撃を受けて、背中に矢を受けたんだが、なかなか化膿が引かなくてねぇ……変な毒を受けたんじゃねぇかとかいろいろ言われていたが、詳しいことはわからねぇ。ずっと熱があってベッドで寝ていたよ。


足腰に何か影響があったわけじゃないから、体調がいい時は、けっこう歩き回れるみたいだった。


「なんか用か?」


って聞くと、リックは、俺の書いている詩が気になるらしかった。

まぁ、だいぶ書き溜めていたからな。

そこでリックに、俺のノートを一冊、貸してやったんだ。

ずっとベッドの上で退屈してたんだろう。

俺の下手糞な詩でも、暇つぶしにはなるってもんだろ?


 ついでに、リックは詩の書き方なんかも教えてやったよ。

そしたら、あいつ俺より下手糞な癖に、やけに書き出してさ。

体調がいい時は、身を起こしてしょっちゅう、変な詩を書いていたよ。


 それからすぐだった。

俺は退院が決まり、すぐに戦線に復帰した。

復帰と言っても、膝に傷を負ってる身だからな、ラクリマ砦の見張り役を任命されたよ。


 たまにはリックの見舞いにでも行ってやろうって思ってはいたんだが、敵の襲撃も相次いでね……。

 結局、ずっと見舞いには行けずじまいのまま。

そのうち知っての通りだろうがラクリマ砦は、ゴブリンやらオークやらに包囲されてさ。

もう、みんなこのまま死ぬんだって絶望的だったよ。

けが人も多数担ぎ込まれて野戦病院も、大変みたいだったからな……。


これが最後になるかもしれねぇって思って、リックの見舞いに行ったよ。

でも、リックがどこにもいねぇんだよ。

仕方ないから、なじみの看護師の待機所に行ってリックのことを聞いたんだ。


「リックは、もう退院したのかい?」


ってね。


そしてら、全員、目をそらしやがった。

そのうえで「リックなら、本国に帰った」ってね。

下手糞な言い訳しやがって。

ルベルンダの鬼どもの攻勢が始まってから、国に帰れる奴なんて一人もいねぇ。

いるとしたら、死んだ奴だけだ……。


 リックの死を知って、その場を立ち去ろうとしたら、一人の看護師が、一冊のノートを差し出してきた。


「リックが、あんたに返してくれって、これを置いていった」


って、俺の貸した、詩のノートだったよ。


 俺は、自分の宿舎に戻ると、ノートを開いた。

リックの詩は酷かったよ。

もう詩にすらなってねぇ、ただの糞文だ。


 そのうち、医者や看護師たちへの不満や愚痴を書き出していた。

ま、けが人が増えてベッドが必要だったからな……ずっとベッドを占領しているリックは邪魔にされていたんだろうよ。


 だが、最後のページを見て、俺は固まったよ。

最後にリックは俺にあてた一文を残していた。

それは……。


「医者に殺される……助けてくれ」


ってね……。


―――――


 もしも生きているうちに見舞いに行けたら……なんとかできたんだろうか?

そう思っちまうんだよな。


ロドリコは、そう言うと砂鼠の唐揚げを骨ごとほおばった。

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