『死者の馬車』
ここはドラコニス大陸の南東部・シュヴァンツブルグ王国の王都シュヴァンツブルグから南に広がるイーリス平原。
僕は、イーリス平原にある中規模の街・グラナトシュタットを目指していた。
グラナトシュタットは、ベルンシュタイン商業都市連合の一角をなす商業都市である。
ベルンシュタイン商業都市連合とは、王都シュヴァンツブルグの南部に広がるイーリス平原に点在する、商業都市の連合のことで、人口は5000人前後の小中規模の都市が、馬車で数日程度の距離で点在し、それぞれを街 道で繋ぎネットワーク化することで、経済発展を遂げている商業都市の連合である。
建前としては、自治領としているが、各都市が商業で得た富を税金として シュヴァンツブルグ王国に収めることで、自治権を与えられているに過ぎない。
またシュヴァンツブルグ王国は経済の動きと共に、集まる情報を集めているともいわれていて、そこには盗賊ギルドの暗躍があるともいわれている。
グラナトシュタットは人口6000人と中規模の街ではあるが、ベルンシュタイン商業都市連合の中では、王都シュヴァンツブルグから、一番近く、商業連合の入り口という意味合いもあって、常に賑わい情報も集まる場所だった。
シュヴァンツブルグから馬車で2日。
この辺りは治安もよく、一泊で到着する場所ということもあり、毎日、朝と夜に2便、800リディで乗ることができる馬車が定期便として運行されていた。
そちらの世界(現世)の言葉でいえば、長距離バスのような存在である。
経済発展が目覚ましいシュヴァンツブルグ王国は、街道整備を進めているため、夜でも、ランプ装備があれば馬車を走らせることも難しくない。
それでも馬車を引く馬を休憩させるため、キャンプを設営して宿泊するのである。
そこで、僕はエルフ族の女商人アナベルと、たまたま食事を共にすることとなった。
アナベルは、このベルンシュタイン商業都市連合の中で、情報を集め物資と共に、エルフ族の統治する島・ウェントゥシルヴァで商売をする貿易商であった。
「怖い話?」
「えぇ。エルフの方に聞くのは初めてなんですが……エルフにの方も、怖いものがあったりしますよね?」
「そうね、いくらエルフ族が寿命が長いって言っても、ナイフを突き立てられれば死ぬことになるのは変わらないし、得体のしれないドラコニアンの呪術だって、おっかないわよ」
エルフ族は、寿命1000年を誇る長寿な亜人種だ。
それでも、怖いものがあり、それは人種を越えて恐怖は感じるのだから、生命とは不思議なものだ。
「じゃぁ、何か怖い話を体験されたこともあるんじゃないですか? 僕は、そういった怪談の収集家でして……」
「へぇ……そういうの集めてる人なんだ? 面白い職業もあるのね」
「えぇ、儲けはそれほどでもありませんけどね……」
「そういうの情報商材っていうのよ。つまり、怖い話っていう情報にも価値があるってことよね?」
「そうなりますね」
「じゃぁ、私の怖い話の代金はいかほどかしら?」
「いつもは、食事をご馳走することで勘弁してもらっているのですが……ここには携帯食料といったものしかないので……」
「なるほど、それじゃグラナトシュタットに着いたら、ご馳走になるわね」
「契約成立で……」
「もちろん、ワインもつけてね」
エルフらしいちゃっかりしているアナベルは、笑みを浮かべながら語り始めた。
この話は、私が商人として、シュヴァンツブルグに来たばかりのころね。
まだ、百年戦争が終わったばかりのころだったわ。
戦後の特需っていうのかしら? ウェントゥシルヴァから何か持ってくればなんでも売れたわよ。
だから、ベルンシュタイン商業都市連合の町々を飛び歩いたわよ。
そんなある日のことだったわ。
商談が長引いちゃって、日没が過ぎちゃったのよ。
日没になると、定期馬車の夜の便が出発しちゃうのよ。
それを逃すと、翌朝の便になっちゃうでしょ?
半日の時間のロスは、半日じゃ取り戻せないから。
あたしは、シュヴァンツブルグの城壁外の馬寄に走ったわよ。
そしたら、まだ馬車は出発していなかった。
運がいいって思ったわよ。
その時はね……。
それで、馬車に飛び乗ったら、すぐに出発したわ。
でも、なんか様子が違うことにすぐ気が付いたの。
とにかく真っ暗なのよ。
馬車の中には、たくさんの人が乗ってるのは気配でわかるんだけど、誰一人として声も上げないし……とにかく重苦しい雰囲気だったわ。
でね、本格的におかしいって感じたのは、馬車の外にランプが無いのよ。
いくら街道が整備されているからって、真っ暗な中走れるはずがないでしょ?
あたしは、馬車の幌を開けて、そとの星明りを入れてみたの……。
そしたら、馬車に乗っていたのはみんな死体だったのよ。
生気のない色で、中には傷だらけの人や血だらけの人もいて、みんな横になっていたわ。
でも、その目だけは、全員、あたしを見つめていたのよ……。
アナベルは、革袋に入った生ぬるいエールで、口を潤すと、
「咄嗟に、馬車から飛び降りたわ。そしたら生気のない人たちが、みんな起き上がってあたしを見つめていた……あのまま、あの馬車に乗っていたら……どこに連れていかれたのかしらね……」
アナベルは、ふっと微笑んだ。




