『壁の向こう』
ドラコニス大陸の南西部・ペース地方に位置するドラコニス王国は、元々は、この大陸全土を支配する王国だった。
王国建立から5百余年を経て、分裂や独立、はたまた帝国への直轄地割譲などを経て、現在、この大陸は4つの王国と一つの神都国家と5つの国が存在している。
それでもなお、ドラコニス王国は、この大陸の中心であり。
この国の王は、上級王とされ、ドラゴニス連合の盟主として各国に号令を出す立場にあった。
それだけに首都であるドレスデネは、大陸屈指の城塞都市であった。
城塞都市とは、その名の通り都市そのものの周囲を城壁で囲み堅固に防御した都市のことである。
こんな城塞都市について、いちいち説明しているのは、次の話に軽々することだからだ。
僕はドレスデネの酒場・狼の遠吠え亭(WolfHeulen)にいた。
ゲルダは、街で踊り子をしている女性で、腰回りにはたっぷりとした肉が乗っているが、それが決して彼女の欠点ではなく、魅力に思えるほど素敵な笑顔を振りまく女性だった。
「怖い話? 踊り子なんてしてるとね……入れ上げた男に刺されそうになったり、逆に男の嫁にさされそうになったりと、怖い話だらけよ。え? そういう怖いじゃないですって?」
僕が、怪談の怖さを説明し、食事を奢ることを提案すると、
「それなら、とっておきの話があるわ」
そう言って、静かに彼女は話し始めた。
これは、私がこの街に来てすぐ頃の話。
旅芸人の一座で踊り子をしていた私を、ステージのある酒場で雇ってくれるなんて、飛びつくに決まってるわよ。
旅なんて、モンスターやら盗賊やら蛮族やら、命がいつくあったって、足りないでしょ。
それが、こんな城壁に守られた街に腰を据えられるんだから。
断る理由なんでないでしょ?
でも、住み込む場所はないから、住む場所は自分で探してくれっていうのよ。
それが見つからなければ、この話自体、なかったことになんて言われちゃうから、必死に探したわよ。
でも、なかなか空部屋がないのよ。
城塞都市なんて、聞こえはいいけど、こんなに人の多い王都を壁で囲っちゃってるおかげで、人が住む場所が少ないのよね。
ここで、僕が改めて補足しておこう。
城塞都市は、防御に特化したせいで、都市としての機能性が著しく失われている状態になのは、想像に難くないだろう。
いうなれば、東京の都市部のようなもので、狭い土地に小さなウサギ小屋のような狭い部屋を大量に作り、そこに大量の人々を押し込んでいるような状態なのだ。
街の中央は、整備されているものの、外縁部に近く、大通りから離れれば離れるほど、街はカオスの様相を呈し、違法な場所に勝手に建物を建築し、さらに増改築を繰り返したため、道も入り組み、まるで迷路のような有様になっているのである。
それでね、あんまり治安の悪いところに住むのも嫌だったのよ。
これでも、独り身の女ですもの。
だけど、部屋貸の紹介所を何軒回っても、条件に合う空き部屋なんて無いのよね。
物凄く高い部屋なら、空きも無くはないんだけど……。
踊り子が住める程度の部屋なんて、なかなかねぇ……。
そもそも、住んでる人よりも、部屋の数が全然足りてないんだから当たり前よ。
このままじゃ、また旅芸人に逆戻りかぁって、半ばあきらめていたんだけど……。
お店にね、部屋貸の人に顔が効くっていうお客がいてね。
この人が、口をきいてくれたら、突然、部屋があるって言うのよ。
しかも、相場の半額。
もちろん、一部屋だけの狭い間取りだったけど、地域は裕福な人たちが住むエリアだったから、治安もよかったし。文句はなかったわ。
すぐに手付金を払って、その日に引っ越したわよ。
日当たりもよかったし、最高だったわ。
でもね、夜になると、問題があったのよ。
ネズミが出るの。
部屋には出ないのよ。
その辺は、よかったけど、壁の向こうでガサガサと何かが動く音がしているし、カリカリカリと壁をひっかくような音もするわけ。
でも、部屋には出ないわけだし耳栓すれば気にならないしね。
そもそも、毎晩、踊り疲れて泥の様に寝るだけだから、あんまり気にならなかったの。
それから半年くらいたった頃かしらね……。
ちょっと、いい男ができたのよ。
酒場の料理人だったんだけど、あたしには優しくしてくれてね。
料理のできない私には、最高の男。
それで、その男が部屋に初めて泊まりに来た時、変なことを言い出したの。
「この部屋、なんか変じゃないか?」
「そう? 別に変じゃないけど……」
それでも男は納得せずに続けたの。
「俺は料理人になるは、大工だった。この辺で家を建てたこともある。この辺りは金持ち向けの部屋だから、狭くても二部屋あるのが当たり前だ。だけど、この部屋は一部屋しかない」
「だから安いんじゃない?」
それでも、納得しないのよ。
男は窓を開いて、一階を見て、そして左右を確認したの。
「やっぱり変だ」
「何が変なのよ?」
すると、男は消し炭を使って机に部屋の間取りの絵を描きはじめたわ。
「いいか、一階の間取りを見ると、ここが入り口で、二部屋、もしくは一部屋だとしても、この部屋の倍はあるだろ?」
窓から下の部屋の作りをみると、確かにそうなっている。
「この部屋は、その上にあって、同じ間取りの広さがあるはずなのに、この部屋は半分しかない。つまり、この壁の向こうに、もう一部屋あるはずなんだ」
「え?」
そう言って、男は壁を叩きだしたのよ。
最初はゴンゴンと詰まったような音が響いていたんだけど、端っこにいくと、突然。
トントンと、音が軽くなったの。
「ここだ……たぶん、ここドアだったはずだ。ほかは石壁だけど、ここだけ木で塞がれている……どうする?」
「どうするって? どうするの?」
「ここ開けてみないか?」
「えぇ!? でも、ネズミとか出てくるわよ。壁の向こうから、よく音がしてるもの」
「ネズミくらい、殺せば問題ないだろ。それに明日休みだから問題があったら俺が治してやるし。それにもうひと部屋あるんだったら……俺がここに住んでもいいだろ?」
私は、それもいいかもって思っちゃったのよ。
男は、料理用の肉叩きのハンマーで、壁を叩いたわ。
すると、バキっと男の言った通り、漆喰に塗られていた壁の一部が木の板になっていて、簡単に割れたわ。
私は、中からネズミが飛び出してくるんじゃないかと、ビクビクしてたんだけど、何の気配もないわけよ。
「やっぱりだ。部屋があるぞ」
男は、ランプを手にして、部屋の中に入っていった。
私も、そのあとにづついてはいっていったわ。
部屋の中は、真っ暗で、なんだかカビ臭い気がしたわ。
と、突然。
「うわぁっ」
っと、男が叫んだの。
「何何!?」
私もパニックになりかけたけど、男がランプで照らした先に、人影があったのよ。
「きゃっ! 人!?」
「あ……いや……」
まったく動かない人影に、ランプを近づけてみると、それは、人形だったのよ。
子供が手にするような、木で組まれた人形なんだけど……おもちゃにしては大きいわけ。
子供くらいのサイズがあって、やっぱり子供が遊ぶにはちょっと大きいでしょ?
で、近づいてみてハッとしたのよ。
その人形の指に、壁の漆喰がいっぱいついてるわけ。
なんで?って思ったんだけど、振り向いてゾッとしたわ。
ランプで、私の部屋側の壁を照らしてみたら……。
そこは、必死にひっかいた跡があるのよ。
「この部屋……なによ……?」
「わ、わからない」
「この人形は?」
「わからない……」
その時だったわ。
カタカタカタと音がして、木でできた人形の首がグルグルと回りだしたの。
私たちは、慌てて部屋から出たわよ。
そして、その日以来、次の部屋が見つかるまで、男の部屋に転がり込んだわよ……。
部屋貸に、聞いても詳しいことは教えてもらえなかったしね……。
ただ、部屋を解約するとき、
「迷惑かけたね」
って言って、それまでに払った家賃分以上のお金を渡されたのよね……。
それに、口きいてくれた人も、それ以来、店に来なくなったし。
あの部屋、なんかあったのかもしれないわね。
僕が「その部屋は、今どうなっているんですか?」と聞くと。
「たまに前を通るけど、人が住んでいる気配はないわね」
と、言った。
「ただ、部屋を引き払う際に、荷物を取りに昼間に戻った時。部屋中に、漆喰のついた手形がついていたのよ」
そう言って笑うと、ゲルダは、僕が用意した食事を満足そうに食べ始めた。




