『ミミック』
人喰い屋敷の騒動から数か月。
僕は、未だにシュヴァンツブルグ王国に滞在していた。
その間、僕は一つの疑問に関して調べていた。
何故、あの屋敷にミミックが住み着き、そして巨大化したのか?
それを調べるために、僕は、あの屋敷に出入りしていた人物を盗賊ギルド・蛇の目から聞き出した。
あの一件の後、ミアは行方不明になっているという。
新たな依頼を受けたのか、それとも……それはわからない。
そこに首を突っ込むと、僕自身の身にも何かありそうな気がするから、そこには踏み込まないようにしていた。
そして蛇の目から聞いた人物に会うために、僕はシュヴァンツブルグの街の北西部にあるスラム街に来ていた。
通称・虱通り。
闇市を始め、風俗街や非合法な店が並ぶ地域である。
違法に増改築を繰り返した建物が並び、道も、まるで迷路のように入り組んでいた。
ここはシュヴァンツブルグ憲兵隊の管理も届かない、治安などあって無しがごとき危険な場所でもあった。
僕の入ったのはミツバチ亭。
表向きは酒場を装っているが、二階の個室からは昼夜問わず様々な想像を掻き立てる会話や叫び声にも似た喘ぎ声が、一階で飲んでいる客をはばかることなく、鳴り響いている。
一階には、これから挑むダンジョンを前にやたらとテンションが上がっている冒険者や、
怪しげな媚薬を手にした錬金術師、依頼をこなして報奨金を手に入れたのか、やたらと羽振りの良いジジイの魔法使い等々……。
そんな猛者どもの鼻息と雄たけびで、店内はギラギラと賑わっていた。
システムは簡単で、店内にいる気に入ったウェイトレスの女の子を見つけたら、本人と交渉し、カウンターのマスターに部屋代を払って、二階へ連れていく。
後は、ご想像通りの展開という、大人な店である。
大抵、店の裏には腕に覚えのある冒険者崩れの荒くれ者が用心棒として控えているため、大きな揉め事の心配もなく女たちは安全に商売を営むことができた。
華やかできわどい衣装を身にまとい、健全なマッサージやひと時の癒しを文句に
二人きりになれば過激なサービスが受けれるというのが最近の人気らしい。
僕は、マスターに訪ねた。
「ミザリーさんって、どこ?」
ジョッキを薄汚れた布で吹いていた無口なマスターが、意外そうな表情で僕を見た。
「ミザリーかい? あんた、変わり者だね」
と下卑た笑みを浮かべたマスターは指をさし、店の端にある席を指さした。
大男と煌びやかな女性達のセットが賑わう店内に反するように、店の片隅にある蛍キノコをモチーフにしたランプ。
その仄かな灯りに照らされた席に、ひっそりと異色の女が座っていた。
ゆるくパーマのかかった長い黒髪にスリットの入った黒のロングドレス。
伏した深紫の瞳は指先のネイルを見つめている。
彼女がミザリー。
僕は、ある噂を聞いて、彼女に会いに来たのだ。
『娼婦街に、用心棒もつけない謎の女がいる。名はミザリーというらしい。その女が、あの屋敷に出入りしていたことだけはわかっている』
蛇の目の幹部の一人。
霞のヘイルトからもたらされた情報だった。
きっと、ミミックについて何か知っているに違いないと興味がわいた僕はいつものように、こう話しかける。
「こんばんは。あなたを指名したい。おいくらですか?」
ミザリーは、僕の顔をジッとのぞき込んだ。
「女を抱きに来た顔じゃないねぇ?」
「はい、できれば二人でお話をさせてもらいたいんです」
「話ねぇ……料金は変わらないけど、いいのかい?」
ミザリーは、すぐに僕の趣旨を理解してくれたようで、立ち上がった。
そしてマスターに目配せすると、
「ほら、部屋代を払って。部屋代は銀貨二枚だよ」
僕は言われるがままに、カウンターに二枚の銀貨を置くと、ミザリーの後をついて二階へ上っていった。
二階は一階以上に薄暗かった。
ミザリーが手にしたオイルランプで足元を照らしてくれなかったら、転んでしまいそうなほどだった。
「この部屋でいいかしら?」
ドアを開き、中に入ると、中はベッドとテーブルと椅子。
そしてベッドサイドには水がくまれた壺が置かれただけの簡素な部屋に通された。
そして彼女はベッドに座った。
彼女は、自身の隣に僕を導いたが、僕は、椅子に座った。
「そっちでいいの? 隣くればいいのに?」
「いえ、ここでも話はできますから」
そう言って僕は作り笑みを浮かべた。
「いいわ、で? なんの話?」
「ファーモイ男爵をご存知ですよね?」
「うーん……顧客の話をするのはご法度なんだけど、あの人、もう死んじゃってるしね……そうよ。私の顧客だったわ」
「彼の屋敷に訪ねたことも……」
「えぇ、何度かね……あの人の趣味について聞きたいの?」
「いえ、それは、またの機会で……聞きたいのは、ミミックについてです」
ミミックと聞いた途端、ミザリーの表情が変わった気がした。
「ミミック……あの人食い箱のことでしょ?」
「はい、人食い箱ですね」
「宝箱に潜んでじぃ…っと敵を待つくらいしか出来ない下級なモンスターよね」
「えぇ……」
「……アレは、宝箱に近づかなければ喰いつかれる事も無いし。そんなに怖い事なんてないわよ」
「ミミックについて、お詳しいんですね……」
「このくらいの知識、冒険者なら誰だって知ってるわ」
「ただ、僕は……もっと巨大なミミックを見たことがありまして……もしかしたら、そういう存在について、ミザリーさんがご存知ないかな?って思ったんですよ」
「へぇ……もっと巨大なミミック……」
ミザリーの目が輝いた。
「あれを……見たんだ……」
彼女の視線に何かゾクっとした。
「あれは……なんなんですか?」
ミザリーはフッと笑みを浮かべて語りだした。
「ミミックと言えば、宝箱に住み着くモンスター……それが一般常識だろう?」
「それは、冒険者が遭遇するのが、宝箱に住んでいる状態のミミックだったってだけの話……みんなの知ってるミミックってのはね、大人なの……虫で言えば成虫ね」
「あんた、子どものミミックを見たことがあるかい…?」
僕は、無言で首を振った。
「ミミックって言うのはさぁ、ヤドカリみたいなものなのよ……。卵から孵化したばかりのミミックは、小さな虫くらいのサイズでねぇ……最初は石の下とか、木の節穴とか、マッチ箱ぐらいの小さな箱に住み着くのさ……」
「虫ですか……」
「それこそ、虫を食べて成長し、野ネズミを喰らうようになったころには、壺とか、ウサギの巣なんかをねぐらにしながら身体の成長と共に住処のサイズを変えながら移り住みながら成長していくんだ。そして最終的にあんな宝箱に住み着くようになるってわけ」
「だからヤドカリですか……」
「アイツらは臆病モノだからねぇ、自分が捕食できる相手以外には決して襲い掛からない。
だから、宝箱に住むようになるまでは、決して人間の前には姿を現さないのさ……」
「……」
一息ついて
煙草に火をつけると、ミザリーの話はつづく。
「それは私がまだ娼婦になる前のことさ、ドレスデネの小さな酒場で働いていることだったねぇ。とある男性客からリングケースを差し出されたのさ。ついに求婚、プロポーズの指輪かと思ってドキドキしてケースを開けたら、中から長ーい舌がペロリと出てきて指を舐められたわ。びっくり箱みたいなもんよ。単なる、そいつのいたずらだったのね」
「そんなもの、そのまま捨てればよかったんだけど、そのケースごと家に持ち帰って、何となくその飼うようになったのさ。ペットなんて飼えるような状態じゃなかったからね。ほっといても家にいる、蟻やハエなんかの害虫を勝手に食べてくれるし、まぁ、不便はなかったよ」
「二か月後、リングケースは空っぽになっていて、夜中に急に鳴り出したオルゴールの木箱の周りにはとかげの足がおっこちてたわ。成長したミミックがお引越ししたって訳ね」
「そんな感じで私もミミックもお互いがお互いを気にも留めずに一緒に暮らしていたの。でもね、ある日のこと……屋根裏部屋を掃除していたら久しぶりに出てきたのよ。
母のジュエリーケース……中には無くしたと思っていた形見のエメラルドのネックレスとイヤリングが入っているはずだって……開けようとしたけど、埃のかぶってて蓋がかたいのなんのって……でも、そこにミミックが住み着いていたのよ」
「無理やりこじ開けたらジュエリーケースに住み着いていたミミックに、左手の小指の先を食べられちゃったの」
そう言って、指サックをしていた小指をゆらゆらさせた。
「私は、ジュエリーケースを床にたたきつけたわ。壊れた衝撃でミミックドタリと床に落っこち中から這い出して、しばらくヌルヌルと床を這いずり回っていたわ。次の住処を探していたのね」
「だから、私は、殻の宝箱にあいつを入れたの。その話を、ファーモイ男爵にしたら、その宝箱を譲ってくれって言われて、売ってあげたってだけ……きっとたくさんの人を食べたのね……宝箱じゃ、体が収まりきらなくなって……最初は部屋を丸ごと住処にし、いつしか、屋敷を丸ごと住処にしちゃったってわけね……」
「なるほど、わかりました。ファーモイ男爵の屋敷が……人喰いの屋敷になったわけが……」
「それで? アレは……どうなったの?」
「焼かれました……屋敷ごと……」
「そう……」
「人喰いの化け物でしたから……仕方ないですよ」
「そうよね……あたしにとっては用心棒みたいなものだったけど……あなたたちにとっては、化け物よね」
その言葉で、不意に思い出した。
ミザリーは用心棒をつけないと……。
「もしかして……まだ、ミミックを飼っているんですか?」
「男爵に、ミミックを売る前に……あいつ、タマゴを生んだよ」
そう言って、小さなリングケースを取り出した。
僕が、恐る恐るリングケースを開くと、そこには割れた小さなタマゴの殻だけが入っていた。
「怖かった? もう、そこにはいないわよ」
「あの……孵化したミミックは?」
「うん……この子は、変わった子でね……次の住処に選んだのはどう言うわけか、私の股ぐらだったのよ……」
と、ほほ笑むと、深く、ため息のように煙草の煙が吐き出される。
僕は、ごくりと生唾を飲み込んで、黒のロングドレスのスリットの隙間から伸びた
ミザリーの白い脚をすぅっと頂上まで目線でなぞった。
「どうする? まだ時間余ってるけど……せっかくだからマッサージでも、していくかい?」
興味は、なくはないが、経験もない上に、あのミミックが潜んでいると聞いて、僕は顔を真っ赤にしてモジモジとたじろいでしまった。
そんな僕が怖がっているのかと思ったようで、ミザリーは、にっこりと微笑んでこう言った。
「大丈夫。無理やりこじ開けたりしなければ、ミミックは噛み付いたりしないわ。」
くしゃりと前髪を掻き揚げた彼女の左手の小指には、爪がなかった。




