『人喰いの屋敷』(後編)
僕がミアと共にシュヴァンツブルグの街を出たのは、日の出前だった。
御者には、蛇の目から雇われたヴィッツという名の猫人族の少年が一緒だった。
「姐さん、この地図の場所になんかお宝でもあるんですか?」
振り向いたヴィッツは、目をキラキラさせてミアに聞いた。
「あんたねぇ……いい加減、ギルドのルールくらい覚えた方がいいよ。人の仕事に首突っ込むと、首が飛ぶって言葉まであるくらいだよ」
「うへぇ……すいません、姐さん。それじゃ、そっちの旦那は……?」
「あんたの仕事は、馬車を引いて、その地図の場所に行って、また帰ってくる。それだけだよ」
「はいぃぃっ」
ヴィッツは、前を向いて、手綱を握りなおした。
馬車で街道をカウダ大河に沿って北上していった。
シュヴァンツブルグ王国は、先の百年戦争において、ほとんど戦禍を被ることなかったため、多くの街道や橋などのインフラが無傷のまま残っていた。
おかげで整備された街道を進む馬車での旅路は快適だった。
カウダ大河の街道からスカウマ大森林に続く側道に入っても、道は整備され馬車は揺れることなく進んだ。
「とり潰されたとはいえ、さすがは貴族様の別荘へ続く道だよ。いちいち整備されてるねぇ」
ミアは、あきれたように快適な馬車道を皮肉った。
「ルークス、あんたはどんな準備をしてきたんだい? 人喰いの屋敷に乗り込もうっていうんだ……手ぶらってことはないんだろ?」
「なんでもお見通しですね……」
僕は、観念したように、かばんを開き、シュヴァンツブルグの錬金術師から買いあさった薬品の数々をミアに見せた。
「ゴブリン除けのシュテヒバルメの香に、リザードマン除けのマグノリエの煎じ薬。他にもいろいろあるけど……基本的にモンスター除けばっかりだねぇ」
「人喰いの亜人種のねぐらになっていることを想定してます。あとはあの辺に棲息するモンスターに対応したアイテムをそろえています」
するとミアは僕の鞄の中から、一本の瓶を取り出し、光りに透かして振っていた。
「こいつは何だい?」
「あぁ……それは、イリョス神の寺院に仕える僧から分けてもらった聖水ですね。相手がアンデッドだった場合の対策ですかね」
「だけど、冒険者もやられてるって言うからねぇ……その辺の対策をしてなかったとは思えないんだよね……」
「ですよねぇ……」
途端に僕は心細くなった。
こんな異世界で死ぬのは嫌だなぁとまるで実感の伴わないことを考えていた。
馬車で移動すること数日……。
「ミア姐さん、ルークスの旦那、着きましたよ」
到着したのは早朝だった。
人喰いの屋敷は、特に異様な雰囲気を放つこともなく、ただそこに建っていた。
人の手が入らなくなって久しいのか、かつては美しかった庭園は雑草に覆われ、バラの花壇は全て枯れていた。
「ミアの姐さん、おいらは何をすればいいんです?」
「あんたはね、馬を休ませて馬車の中で眠っときな……あたしが帰ると言ったらすぐ帰れるようにね」
「はぁ~い」
ヴィッツは少年らしくおどけたように返事をすると、馬に水を飲ませていた。
「あんたとあたしは、家の周囲を探るよ……あたしは右、あんたは左ね」
「う、うす……」
周囲を警戒しつつ家の庭園を左側に歩いて回った。
埃で汚れた窓ガラスから、家の中を伺ったが、特に変わった様子は見当たらなかった。
見たところ、血痕はおろか、争った痕跡すら見当たらない。
床も壁も、拭き掃除をしたように綺麗なままだ。
他の窓から別の部屋も覗いたが、どの部屋も同じような状態だった。
そして家の裏に回った時、雑草に踏み入れた足に、違和感のある感触があった。
「!?」
骨のようだった。
「人骨だろうか……」
落ちている骨は細かく一定の大きさに砕かれていたため、人骨なのか動物の骨なのかは判別できなかった。
しかし、その周囲に大量に落ちていた。
人骨だとしたら一人や二人の量ではない。
やはり大型のモンスターの骨なのだろうか?
「こいつは全部、人間の骨だね」
背後からミアの声がした。
ふり向くと、ミアは、すぐそばに立っていた。
「うわっ」
「後ろの気配に気をつけな……そんなんじゃ、夜の世界じゃ生きてはいけないよ」
「いや……夜の世界に生きるつもりはないんですけど……」
「ふっ……あんたは、もうこっちの住人だよ……」
僕はミアの笑顔にゾクッと寒気を感じた。
ミアは、骨の中から一つのアミュレットを拾い上げる。
「こいつは鍵抜けのヨナフのもんさ……元々はあたしのだったんだけどね……カードの賭けに負けて取られちまったのさ……いつか取り返そうと思っていたけど……こんな形で帰ってくるとはね」
ミアは、寂しげな表情を浮かべてアミュレットを見つめた。
「こんなところに骨を放置するところを見ると……知能レベルは低いモンスターの仕業かもしれないわね」
「なんで、こんなところなんですかね? 部屋の中は綺麗だったのに」
「あぁ、あの綺麗さは、家の中に誰かいるってことだよ」
「えぇ!? 誰かいるんですか?」
「家の塵や埃ってのはね、三日もあれば、どこからか入ってきて積もるもんさ……ついでに蜘蛛が巣を張ったりね……だけど、この屋敷の中は、メイドが掃除がしたように綺麗になってる……異常なほどね」
「どうします? 入るんですか?」
「いいや、あたいの仕事は屋敷の様子を確認することで十分さ……ギャラは前金だけになっちまうけど、それでも割に悪い額じゃない。原因を確かめれば満額になっても命あってのことだからねぇ……ま、万が一で鉱山の権利書を見つけられたら……命書ける価値はあるかもしれないけど」
「これで帰ると聞いて、ホッとしましたよ」
再び僕らは屋敷の正面に回り、馬車に向かって歩き出した。
と、その時。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
と、叫ぶ声が屋敷の中から響いた。
それは、ヴィッツの声だった。
「ヴィッツ!?」
「あのバカ、屋敷に入ったのかい!?」
バンバンバンと窓を叩く音が響いた。
音を元に顔を向けると、二階の窓を叩くヴィッツがいた。
「姐さんっ!」
目に涙を浮かべたヴィッツが必死に窓ガラスを叩いていた。
「くっ」
ミアは、ドアを蹴破ると、屋敷の中に入って行った。
マジか……。
僕も、覚悟を決め、ミアの後に続いた。
屋敷に入ると、何か変なモノを感じる。
強烈な違和感。
その元が何かはわからないが、とにかくここにはいてはいけないという違和感。
視線を感じるが、ふり向いても何もない。
僕は、恐怖に駆られたように鞄に入っているモンスター除けの薬剤を次々と振りまいた。
「ルークス、落ち付きな!」
僕はミアの声で我に返った。
「こういうとき、慌てたら死ぬよ」
僕は、無言でうなずくことしかできなかった。
「こいつはゴブリンでもリザードマンでもない。どっちかといえばアンデットの方が可能性がある。聖水を用意しておきな」
僕は、手に聖水の入った瓶を握りしめて、ミアに続く。
違和感を得ながらも、異変はどこにもなかった。
モンスターの襲撃もない。
ただ、周囲から無数の視線を感じるのだ……。
そして、館の奥に階段を見つけたミアに続き、ヴィッツのいる二階へ向かった。
二回も綺麗なまま、ヴィッツのモノと思われる足跡以外、床は磨いたように綺麗だった。
僕とミアは足跡を追い、ヴィッツを探した。
そして、窓際の部屋に到着すると、そこにヴィッツが倒れていた。
「ヴィッツ! しっかりしな!」
ミアが、ヴィッツの頬の2,3度はたくと、ヴィッツの目が開いた。
「あ、姐さん……」
「あんた、何を見たんだい?」
「なんか、たくさんの……手が……」
「たくさんの手?」
いよいよ、アンデッドの可能性がしてきた。
聖水の瓶を握る手に力が入り、思わず割ってしまいそうになる。
「歩けるかい?」
「うん」
「いい子だ……あんたは猫人族だ……足音立てずに歩くのは得意だろ?」
「うん」
「ルークス、あんたが先頭。あたしが殿だよ」
二人でヴィッツを挟んで戻ろうとした時だった。
バタンッと目の前の扉が閉まった。
「!?」
必死にドアノブをひねったが、鍵がかかっているかのようにびくともしない。
「どうなってんだい!?」
次の瞬間、ドアにたくさんの目がギョロリと開き僕を見つめた。
「ひぃ!!」
視線の原因は、これか? ドアが見ていたのか?
僕はドアを諦め、窓を見た。
床に置かれている猫足の高級そうなチェアーを掴むと、それを思いっきり窓ガラスに叩きつけた。
だが……。
バイィィーンと椅子が跳ね返ってきた。
「ありえない」
この世界のガラスは、粗末なもので、現代社会の強化ガラスのような、割れない代物は存在しないはずだ。
だが、目の前にそれが存在する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ヴィッツの叫び声が響いた。
ふり向くと、天井から無数の手が伸びていた。
「ひぃっ!」
「聖水!」
僕は、天井からぶら下がりゆらゆらと揺れている手に瓶ごと聖水を叩きつけた。
瓶は割れ、中身の聖水が散らばり辺りに広がった。
だが、なんの反応もなく、手はゆらゆらと揺れるだけだった。
「偽物かい!?」
「そんなはずはないはすですよ」
僕は、声を裏返しながら反論した。
ミアが、迫りくる手に、短剣を繰り出した。
スパンっと切れた指の先から、何やら触手のような何かが蠢いたのが見えた。
「触手!?」
するとヴィッツが、隣の部屋を指差した。
「あそこの部屋のドアなら開いてるよ」
それは屋敷の奥に行くことを意味していたが、このままでは謎の手に捕まってしまうのは目に見えていた。
僕らは、ヴィッツの指差した隣の部屋へと逃げ込んだ。
その部屋は書斎のようだった。
ドアを閉じて鍵を閉めた。
ドアはバンバンと何者かが叩いていたが、しばらくすると止んだ。
「とりあえず、おちついたようだね」
ふり向くと机の上には、小さな宝箱が置かれていた。
「これは……宝箱!?」
「もしかして権利書かい!?」
ミアは針金のような道具を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。
カチャっと音が響く。
「ルークス、あんたが開けな」
「えぇ……」
嫌な予感しかしない。
僕は宝箱を開いた。
次の瞬間、無数の触手が僕の顔に向かって飛び出してきた。
「ひぃ!」
が、ビシャっと謎の液体が振りかけられる。
すると、触手が溶けて行った。
「これは!?」
「こいつはミミックさ……宝箱に巣食う怪物だよ。ミミックにはね、専用の薬があるのさ。あたしら盗賊の必需品だよ」
「へぇ……そんなの錬金術師は売ってくれませんでしたよ」
「そりゃそうさ、この薬は盗賊ギルドでしか手に入らないからね」
「僕に着いちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」
「そいつはミミックにだけ効くのさ……人間は大丈夫だよ」
と、床に落ちた薬が床をと溶かしていた。
「でも、床溶けてますよ……」
「そんははずは……あ、ほんとだ。木も溶かすのかねぇ……」
「でも、どうします? このままここにいるわけにも……」
と言いかけた瞬間。
鍵をかけたはずのドアがバンっと開き。
僕に無数の手が巻き付いた。
「うわぁぁぁ」
僕は隣の部屋へと引きずり込まれたのだ。
あぁ……死んだ……。
と、思ったのもつかの間、徐々に手が離れて行った。
いや、正確には、手がぼとぼとと落ちて千切れた無数の触手が僕から離れていくのが見えた。
「もしかして……」
僕は、書斎に戻ると、ヴィッツを抱きしめているミアに声をかけた。
「ミミックの薬、あと二つあります?」
「へ?」
ミアは、驚いた表情で僕のことを見つめると、懐から小瓶を二つ取り出した。
僕は瓶を開くと、ミアとヴィッツに頭からかけた。
「な、何をするんだい!?」
「これで帰れます」
そう言って、歩き出した。
すると、僕の言葉の通り、屋敷の正面玄関から出ることができた。
「どういうことか、説明してちょうだい」
「つまりこういうことです。あの屋敷自体がミミックだったってことです」
「え? ミミックは宝箱に巣食うんじゃ……」
「たぶん、さらに巨大になったミミックが屋敷自体を巣としているんだと思います。そう考えればドアに浮かんで出た目の事も床が溶けたことも説明つきます。壊れた床や汚れた壁を、ミミック自体が自分の組織を使って補修してたんだと思います。だから綺麗に保たれていたんじゃないですかね?」
「じゃぁ、燃やしちまうほか無いってことだね……」
「これ以上、犠牲を出さないためにも、そうした方がよさそうですね」
僕らは屋敷に火をかけた。
屋敷の中からはギャァァァァァと何かの叫び声がずっと響いていた。
しかし、ミミックがそうであるように、寄生している場所から出ることはできないのだ。
全てが焼け落ちたころには、夜になっていた。
そして、僕らは、ヴィッツの馬車でシュヴァンツブルグへ向かい出発した。
到着には、また数日かかるだろう。
「ミアさん、権利書は見つかったんですか?」
「無かったよ……燃やしちまったしね。もう出てこないだろうねぇ」
だが、僕は見逃さなかった。
ミアの鞄が膨らんでいることを……。
でも、僕は知らない方が身のためだと思い。
「残念でしたね」
そう言って、馬車の中、鞄を枕に眠りについた。




