『旧友からの手紙』
僕はドレスデネにいた。
週末に収穫祭を控え、街には多くの行商人のキャラバン隊が集まっていた。
街は、まともに歩けないほどの人でごった返していた。
ドレスデネは、ドラコニス大陸屈指の港町であり、最も歴史ある王国・ドラコニス王国の王都である。
そもそもドラコニス王国は、古来より、この地を支配していた邪悪な竜を倒した英雄王ヴィドゥキントが建国したドラコニス大陸全土を治める巨大な王国だった。
しかし、数百年の歴史の中で、ヴィドゥキントの子孫達が争い分裂を繰り返すことで、今ではドラコニス王国、ドラーテム王国、フローレン王国、シュヴァンツブルグ王国、ドーンゲート神都国の五つの国が、存在している。
地域としてはドラコニス大陸の南西部ペース地方に位置し、竜脚川の河口部に作られた港町であるドレスデネを王都に、交易で栄える王国である。
アルノーと出会ったのは、ドラコニス王国の王都・ドレスデネの酒場・狼の遠吠え亭(WolfHeulen)だった。
この日は週末に収穫祭がおこなわれるため街は人出でごった返し、店も混雑していたため相席になったのだ。
挨拶をすると、アルノーは、すでにずいぶんと飲んでいるのか上機嫌で「どうも~」を会釈した。
冒険者アルノーは、ドレスデネでは名の知れた冒険者であり、闇の梟というチームのリーダーだった。
多くの依頼を成功させてきた者だけに与えられるゴールド級の称号を持つベテラン冒険者の一人である。
「ドレスデネでふくろうの名をつけるなんて、珍しいですね」
おそらく、何十回となく聞かれたであろう質問を投げかけた。
天気の話をするよりも、こっちのほうがよっぽど相手に対して興味があると示せると思ったからだ。
ふくろうと言えば、隣のドラーテム王国の国鳥であり、100年戦争では同盟を結んでいたとはいえ、戦後はずっとドラコニス王国とは微妙な関係を続けているのである。
そのドラコニス王国で、わざわざふくろうを名乗るのは、害はあっても利は無いと考えるのが普通なのである。
「その質問は100回は答えてるぜ。単純な話さ、俺の出身がドラーテム王国だってだけのことだ」
本当に単純な話過ぎて、話をつづけられなかった。
そんな僕のプチなあたふたを見抜いたのか、彼は笑いながら続けた。
「あんた、噂の怪異収集家さんだろ? ルークスっていうんだっけ?」
「え? 僕の事、ご存じなんですか? ドレスデネに来るのは、初めてのことなんですが……。」
「冒険者ってのは、情報が命綱だからな、どんなことでも噂になるんだよ。人から集めた怖い話で貴族から小銭稼いでるってさ」
あからさまに悪意のある噂にちょっと傷ついた。
冒険者たちは、僕のことをそういう風にみていたのか……。
「なんか、すみません」
「気にすることはないさ。冒険者なんて、なんでも悪くいう生き物なんだ。怪異収集家なんて怪しげな肩書きだが、俺たちからすれば吟遊詩人と大差ない認識さ」
「吟遊詩人ですか……」
「気にしちまったみたいだな、悪りぃ悪りぃ」
アルノーは悪戯っ子のように笑った。
「詫びの代わりに、俺の話をしてやるよ。とっておきの奇妙な話をね」
「奇妙な話?」
「あぁ、俺の体験した奇妙な話さ……これを話すと、いっぱい奢ってくれるんだろ?」
「そんなことまで噂になってるんですね……」
自分の知らないところで、自分がなんと噂されているのかを想像して、背筋が寒くなった。
「とりあえず、商談成立ってことで……おねーさん! ハチミツ酒、ボトルでくれ!」
勝手にボトルで注文したアルノーだったが、急に笑顔が消え真剣な面持ちで、僕を見つめた。
「この奇妙な話は、俺が何故、ドレスデネに拠点を移すことになったのか……っていう話なんだ」
そう言って、アルノーは静かに語りだした。
元々、冒険者のチーム・闇の梟はドラーテム王国で活動する中堅チームだった。
メンバーは4人。
俺とエルマ、イレーネ、メルヴィの四人。
俺以外は女だってこともあって、他のチームの男共にはやっかまれたりもしたが、実際女ばっかりの所帯に男がひとりってのは、気苦労が絶えないもんなんだけがな。
こればっかりは、その立場になってみないとわからないだろうよ。
俺達は、名を上げようと、必死だった。
古代遺跡探索から、モンスター討伐まで、なんでもやった。
一度はコカトリスの討伐にだって成功したことがあるぜ。
実際、俺達は、うまくいっていた。
実際、シルバー級までランクを上げたしな。
あと少しで、ゴールド級にも手が届きそうになった頃だ。
俺達は無茶な依頼を受けるようになっていた。
慎重さが足りてなかったのさ……。
そこで受けた依頼が、ドラコニア蛮族の隠れ里襲撃だった。
シルバー級3チーム合同で、包囲して村を焼き殲滅する。
夜に火をかけて村を焼き、逃げた蛮族を各個撃破すればいい。
隠れ里は火に包まれ、このままでいけば計画通り簡単に終わるはずだった。
だが、俺たちの誤算は、奴らの中に、シャーマンがいたことだ。
奴らドラコニア蛮族のシャーマンが使う魔法は、俺達が使う五大神魔法とは体系が異なり、まったく理解できない効果を引き起こすんだ。
突然、全ての火が消えた。
それは掻き消えるように……。
次の瞬間、一人、また一人と俺たちの仲間が燃え始めたんだ。
一体、どんな魔法なのか想像すらできなかった。
他のチームの奴らの悲鳴が聞こえた。
そして、俺達のチームも……。
エルマ、イレーネ、メルヴィ……俺の目の前で3人は火に包まれた。
次は俺の番だ……。
そう思った瞬間、俺は仲間たちを捨て、がけ下の川に飛び込んだのさ……。
そこからは、正直、あんまり覚えちゃいない。
意識を失い、翌朝、下流で目覚めた俺が、ハルスベルグに付いた時には、もう一週間も経っていたよ……。
ハルスベルグの冒険者ギルドで待っていたのは俺は仲間を捨てて逃げたチキン野郎(臆病者)のレッテルだった。
ハルスベルグで、冒険者は、なんていったって信用が第一だからな。
仲間として信用されない以上、俺と組もうとする奴は一人もいなかったよ。
だから、俺はドレスデネに拠点を移したのさ。
ま、冒険者の噂で、俺のことは広まっていたが、違う土地で俺を信用してくれる奴らも、少しずつ現れた。
だから、俺はこのドレスデネで、もう一度、闇の梟団を名乗り、汚名を返上するために頑張ってるのさ……。
前置きが長くなったな……。
奇妙な話ってのは、こっから始まるんだ。
最近、ハルスベルグに闇の梟団を名乗る冒険者が活躍しているって噂が流れて来た。
酔狂な奴らが俺達の名前を引き継いだのかとも思った。
ところだが……その闇の梟団から、俺に手紙が届いたのさ。
差出人を見て驚いたね。
エルマ、イレーネ、メルヴィ。
俺の目の前で炎に包まれた3人の連名だったよ。
字体も見慣れた3人の字でね……。
だが、あの事件から1年は戻っても来なかった。
だから、みんな死んだって思っていたのに……。
俺はすぐに商人キャラバン隊の護衛の依頼を一人で受け、ハルスベルグに向かったよ。
どうなっているのかわからなかったからね……。
ハルスベルグの酒場アウルネスト(ふくろう亭)で俺を出迎えてくれたのは、イレーネだった。
「生きていたんだ……イレーネ」
正直、俺はうれしくて、イレーネの手を取って謝ったよ。
どうして生きていたのかを聞いたが、イレーネは覚えていないという話だった。
「気づいたら、みんな治療されていたの。きっと誰かが高位の治癒魔法をかけてくれたんだと思う……」
と言っていたが、そんなもの好きがいるとは思えないが、実際、イレーネの元気な姿を見れば、そんな些末なことはどうでもいいと思った。
「エルマとメルヴィは?」
「もうすぐ来ると思うわ。今、次の依頼の準備で食料と薬を買い出しに行ってるのよ」
俺は、もう二度と会えないと思っていた仲間達との再会を心の底から楽しみにしていた。
そして店にエルマとメルヴィが入ってきた。
あの頃と変わらない二人の姿を見て、本当にうれしかった。
だが、予想外のことが起こった。
「アルノー久しぶりね。元気にしてた?」
俺に声をかけたのは、エルマとメルヴィと一緒に入ってきた、見知らぬ女だった。
「え? 誰?」
俺は、3人に助けを求めるように聞いた。
するとイレーネが「何言ってるのよ。サルメじゃない。久しぶりだからって、ひどいわよ」
正直、何を言ってるのかわからなかった。
忘れている? いや、初めて見る顔だった。
「え? 新しいメンバーなの?」
「ちょっと、本気で怒るわよ」エルマが不機嫌そうに俺の脛を蹴った。
「会わない間に、ど忘れしちゃったのかもね」とサルメと呼ばれる女は妖しく笑った。
そこからは、正直、俺は自分でも何を話したかも覚えてないくらい動揺してた……。
エルマ、イレーネ、メルヴィはサルメと俺の5人で冒険していたという昔ばなしで盛り上がっている。
あのコカトリス討伐での戦いも……。
サルメはそこにいたという話になっている。
俺の知ってる思い出に俺の知らない女がいたことになっているんだ……。
その空間にいることすら耐えられなくなった俺は、長旅の馬車に酔ったのか気分が悪くなったと言って、ろくに飯も食わずに酒場を後にした。
「明日の正午に、ここに集合よ。また五人で冒険しましょう」
サロメという呼ばれる女にそう言われて、ゾッとしたのだけは覚えている。
俺は、その夜の内にハルスベルグを発ち、ドレスデネに戻った。
もう二度と、ハルスベルグに戻ることはないって心に決めてね……。
なんでだかはわからない。俺の本能が、もう戻っちゃいけないって言ってるんだ……。
ハチミツ酒のボトルを開けたアルノーは、俺の目を見て言った。
「もしもドラーテムの冒険者ギルドに行ったら、今も闇の梟がいるか見てきてくれないか……あれが本物の人間なのかを確かめてくれ」
僕は「わかりました」と伝えたが、その話の女たちが人間かどうかを、どうやって確かめればいいのかわからないでいた……。




