『禁足地』(中編)
「コリンナ! お前はなんてことをしてくれたんだ!」
深夜、私は寝ているところを父親に起こされると、いきなり殴られた。
「自分がしたことが、どういうことかわかっているのか?」
何発も何発も殴っている父は、顔をクシャクシャにして泣いていた。
母も父の後ろで泣いていた。
私は、寝巻のまま、引きずられるように村のはずれの小高い丘の上にある五大神を祭る寺院に連れて行かれた。
講堂に入ると、五大神の像の前に、同じように顔を腫らしたグスタフとパウラが既に座らされていた。
講堂には、村人の大半がそこにいて、そして皆が私達を睨んでいるように思えた。
私がパウラの隣に座らされると、寺院を任されている魔導士エドゥアルトは「扉を閉じなさい」と言った。
「ヴェルナーは?」
怯えたようにパウラが聞くが誰も答えない。
魔導士エドゥアルトは静かな声で問うた。
「お前たちは禁足地に足を踏み入れたのか?」
私たちは答えなかった。
「わかっているのだぞ……黒き山の森に足を踏み入れたことは……」
エドゥアルトの声は震えていた。
観念した様子でパウラが頷いた。
「はい」
「パウラッ!」
と、グスタフが止めようとするが、すぐにグスタフの兄に殴られて黙った。
「私たちは禁足地に足を踏み入れました」
静かにパウラが続けた。
その途端「あぁ……」と驚きと落胆の声を上げる大人たち。
この時、まだ自分達が何をしたのかすら気づいていなかった。
中には「お前たちのせいで……」と怒りをあらわにする者、「神々よ……」と涙し祈る者もいた。
エドゥアルトは、静かに首を振り。
「まだ彼らは子供……禁足地の意味も知らなかった……いたしかたありません」
そこから話されたことは、にわかには信じがたいことだった。
かつて、ドラコニス大陸をドラゴンが治めていた頃、この地は、多くの疫病や飢饉といった災厄に悩まされていた。
人々は、黒き山の森に棲む『穢れ』のせいだと恐れ、年に一人、その年、最初に10歳になる子供を生贄に捧げたのだという。
そうやって、村人は森の『穢れ』と共に共生していたのだ。
時は流れ、勇者王ヴィドゥキントが邪悪な竜を倒し、ドラコニス大陸に平和をもたらしてもなお村人は森の『穢れ』に生贄を捧げ続けていたのだ。
だが、ドラゴンの脅威がなくなり、人々の中には『穢れ』を恐れる心がなくなってきたのかもしれない。
ある年、村長の息子が最初に10歳になるため、生贄に選ばれようとしていた。
しかし、村長は、これを拒否したのだ。
一人息子にして跡取りの男子を生贄にさせるわけにはいかなかったのだ。
村長は村人を集め、黒き山の森を焼き払った。
その『穢れ』ごと……。
山は三日三晩燃え続けた。
後に残ったのは燃えつくされた黒い山だけだった。
しかし『穢れ』は消えなかった。
翌日。
村長の息子が死んだ。
石のように固まり、虚空を見たまま血の混じった泡を吹いて死んでいたという。
さらに、その翌日、村長も同じように血の混じった泡を吹いて死んでいた。
その翌日には、村長の妻が……その後も、死の連鎖は止まらなかった。
1年もすると村の半数が死に、残る半数は村を去った。
その後、ドラコニス王国を建国した勇者王ヴィドゥキントの耳に、アルトシュタットから去った者から『穢れ』の話が伝わり、国最強の魔術師であり、ヴィドゥキントと共に邪悪な竜を打ち倒したと魔導士イメートが送り込まれた。
魔導士イメートは黒き山の森に祠を建て、その『穢れ』を浄化しようと試みた。
だが試みは失敗に終わった。
半月後、生きながらにして腐り落ちて死んでいった。
しかし、その間に魔導士イメートは自らの血を使い祠奥に封印の呪印を作り『穢れ』をかの地に封印することに成功したのだ。
それからおよそ500年。
森は、自然に回復し、祠は暗い森の中に沈んだ。
そして『穢れ』の呪印は5年ごとに魔導士の生き血によって作り直されながら、守られてきた。
しかし、封印が弱まる五年目を迎えた今日、呪印が解いてしまったのだ。
死んだ鹿の血が封印の呪印の効果を消してしまったのだ。
もはや『穢れ』を止める方法は無かった。
ここまで話を聞いていたグスタフが口を開いた。
「ヴェルナーはどうした?」
何度兄に殴られても「ヴェルナーはどうした?」と問い続けた。
すると、魔導士エドゥアルトが静かに答えた。
「ヴェルナーはダメだった……」
異変に気付いた後すぐに、痙攣を起こし、血の混じった泡を吹いて絶命したという。
「……」
グスタフは、茫然と聞いていた。
おそらく、矢を放ったヴェルナーは、穢れの影響を一番受けてしまったのだろうとエドゥアルトは説明していた。
「それで、これからどうするおつもりか?」
これまで沈黙していた村長がエドゥアルトに訪ねた。
村長には、この村の民を守る義務があった。
かつてのように『穢れ』によって村の半数が死ぬまで放っておくわけにいかないのだ。
魔導士エドゥアルトは、魔導士ギルドを通じ、各地に応援を頼み、新たな呪印を作る計画を皆に伝えた。
しかし、応援が来るまでの間、村人には、この寺院にいなくてはならないと伝えられた。
村人の間に動揺が広がったが、期間は半年ほどで済むだろうという説明と、『穢れ』によって殺されるよりはましだという思いで、皆納得した。
しかし、私たちへの対処は違っていた。
「グスタフ、パウラ、コリンナ……お前たちは、この地にとどまることは許されぬ」
魔導士エドゥアルトがそう言うと、親たちは泣き崩れた。
「お前達の背中には今より、魔よけの呪印を刺青にて刻む……。それをあれば『穢れ』に見つからぬはずだ。だからこの地を去り『穢れ』から逃げよ……お前達が逃げ切っている間に、我らは封印の呪印を構築する。それまでの辛抱じゃ……」
こうして、私たちの背中には、魔よけの呪印が彫られた。
そして、それぞれが別の行商人に連れて行かれ、それっきりです。
コリンナは、上着を脱ぐと美しい巻きかきあげて、僕に背中の魔よけの呪印を見せてくれた。
心なしか、消えかかっているように見えた。
「そう……消えかかっているのよ……」
「でも、半年で封印の呪印ができるはずじゃ?」
「いいえ、ダメだったのよ……村の父から行商人を通じて手紙をもらったわ。呪印の儀式は失敗したと……」
「え……」
「魔導士エドゥアルトも、生きながらにして腐って死んでいった。すぐに母も死んだそうよ」
「お父さんは?」
コリンナは静かに首を振った。
「箝口令が敷かれているから、まだ知らないと思うけど、商人の噂は止められない、いずれあなたも知る事になるから教えてあげるわ。アルトシュタットの村は半年ほど前に、巨大な雪崩に飲まれて全滅したのよ……」
そして、コリンナは悲しげにつぶやいた。
「たぶん、私が村の最後の生き残りだと思うわ……」
「グスタフさんとパウラさんがどうなったかはわからないじゃないですか」
と、言うと首を振った。
「わかるのよ」
と目を伏した。
「時折、ヴェルナーの夢を見たわ……私に『戻ってこい』と囁くのよ。そこにいつしかグスタフが加わった。そして半月ほど前からはパウラも加わって三人になった。三人共、あの時の鹿と同じ目をしているのよ……」
話を聞いた僕は、エルルーンを紹介することを約束し、共に彼女の元へ向かった。




