『黒いガイコツ』
シュヴァンツブルグ王国領バンベルクの街は、バンベルク伯爵のおひざ元であり、王国内でも有数の都市のひとつだった。
こうした大きな街には、必ず情報が集まる飲み屋がある。
僕は、怪異の情報を得るため、旅人の多くが立ち寄るという大鷲亭という宿屋に常設されている飲み屋に入った。
大鷲はバンベルグ伯の家紋にもなっている、この地域を象徴する鳥である。
まだ文明が進んでいない世界において、飲み屋は外界を知る旅人と城壁の中で暮らす村人をつなぐ交差点のような場所だ。
だから、情報がそこに集約するのだ。
僕は、一人で食事をしている魚売りのスーザンに、おごらせてもらうことを条件に話を聞かせてもらうことにした。
彼女は、この街に来て働いて5年になるという。
「私が子供の頃の話なんだけど……」
そう言って彼女は語りだした。
私が生まれたブークホーフの村は、バンベルク伯爵領の小さい農村だったけど、一応、住むところの周りを、丸太の壁が覆っている、比較的安全な村だった。
でも、その丸太の壁の外にもいくつか家があって、そこで暮らしている人もいたわ。
百年戦争も終わっていたから、壁の外で暮らしているからといって、そんなに危険なことがあるわけじゃないんだけど……。
そんな壁外の家の一軒にアブラハムさんっていうお爺さんが、一人で住んでいたのよ。
この家は、水くみに行く道すがらにあるから、水くみが日課だった私は毎日、この家の前を通らなくちゃいけないんだけど、このアブラハムさんって、毎日、何をするわけでもなく窓からジッと私を見ているのよ。
だから、私、アブラハムさんがちょっと苦手で、この家の前は必ず小走りで通り過ぎるようにしていた。
そんなある日、また水くみに行った時、アブラハムさんの家の前で変なものを見たのよ。
アブラハムさんの家の周りを、黒いガイゴツがグルグルと回っているのよ。
まるで宙を浮いているみたいに、足も動かさずにスーッと動いていて、怖かったわ。
最初は、モンスターのスケルトンかと思ったんだけど、スケルトンだったら、実体があって、歩くはずだけど、なんだか黒い煙みたいにちょっと透けていて、何か違うものだって思った。
しかも、いつもは窓からジッと私を見てくるはずのアブラハムさんの姿も見えないし、怖くなった私は、足早に小川まで走ってったの。
でも、帰りも通らなくちゃいけないし、遠回りすると村の外壁をぐるっと回らなくちゃいけなくなって夜になっちゃうから、結局、アブラハムさんの家の前に水の入った水瓶を抱ええて、戻ったのよ。
すると、まだ黒いガイコツは居たわ。
でも、窓からアブラハムさんが顔を出していて、じっとこっちをみているから、私、勇気を出して、アブラハムさんに言ったのよ。
「アブラハムさん、変な黒いガイコツは家の周りをまわってますよ……」
すると、アブラハムさんは、突然、ゲラゲラと笑い出し「そんなものいるわけがない!」と私を見て大笑いしているんです。
でも、その笑い方がちょっと異常で、ゲラゲラゲラゲラってその場所で顔も表情も変えずに大声で笑い続けるんです。
私、怖くなって走ろうとしたら、足がもたれて転んでしまって水瓶を割ってしまったんです。
泣きながら家に帰り、母親に黒いドクロのこと、アブラハムさんのことを伝えると、母親は、怒って。
「スーザン、あんたはなんて子だい! 水瓶を割った言い訳に、なんてくだらない嘘をつくんだ!」
そういって、私は、何度もたたかれました。
「嘘じゃない! 本当に見たんだもん」
そう言っても何度もたたかれました。
そして母は「アブラハムさんなら、もう一年も前に死んでるのよ」
私が見たアブラハムさんは、なんだったんでしょうか?
彼女は、その後も水くみが日課だったそうだが、アブラハムさんの姿を見ることはなかったという。
ただ、時折、アブラハムさんの家の周りを、グルグルと回る黒いガイコツは、見ることがあったという。




