『守り神』
ルークスさんは、運命って信じるかい?
そう話しかけてきたのは、ドラコニス大陸の南東部カウダ地方のシュヴァンツブルグ王国の憲兵・エグモントだった。
彼はシュヴァンツブルグの街に滞在する際の定宿にしている宿と併設されている酒場ハト麦亭の常連の若者で、三十歳前にして憲兵隊の副隊長に抜擢された人物でもあった。
見た目は二十歳そこそこに見える若者ながら、勇猛果敢に敵陣に飛び込んで、数々の武功をあげていた。
「藪から棒にどうしたんですか? 運命だなんて」
「ルークスさんってさあ、変な話集めてるって言ってたよね?」
「はい、僕は怪異収集家ですから」
「だったら、ちょっと俺の話を聞いてくれよ」
そう言うと、彼は語り始めた。
俺には、守ってくれているご先祖様がついているんだよ。
いわば守り神だ。
そう感じてるなんて話じゃない、実際に守ってもらえるんだ。
最初に守り神に会ったのは五歳の時。
カウダ川に飛び込んで遊んでいた時のことだ。
昼過ぎから夕暮れまで泳いでいたせいで、疲れていたところに、上流で雨でも降ったのか、鉄砲水が押し寄せてきたのさ。
慌てて岸まで泳ごうと思ったけど足がつっちまってさ。
まずいと思ったけど、もがけばもがくほど、体は沈んでいく。
水面の光がどんどんと遠くなっていくのが見えて怖くなった。
パニックをおこして水をしこたまのんで、もうだめだって思ったよ。
だんだんと意識が遠き始めた時。
すぅっと体が浮かんだんだ。
うっすらと誰かが俺の体を掴んで岸まで運んでくれているのがわかったよ。
岸にあげられてもゲボゲボと水を吐き出すしかできなくて、お礼なんてする暇もなかったけど、見上げた顔には、おでこに十字の傷がある親父に似た若い兄ちゃんだったよ。
なんか勝手に親父の親戚かな?って思ったんだよ。
だって我が家に伝わる我がモーデル家の家紋の入った剣を持っていたし、その笑顔なんて、親父そっくりだった。
家に帰って、そのことを親父に話すと、親父は言ったよ。
「俺にも、守り神はついている。俺の守り神は、決まって髪の真っ白な爺さんだったけどな……」
人によって、守り神は違うんだ……と思いながらも、モーテル家は先祖に守られているんだって言われて、なんか嬉しかったのを覚えているよ。
それからも、13歳の時。
コボルトの集団に襲われた時も、振り下ろされた棍棒が目の前で止まって驚いた。
あの兄ちゃんが、突然現れて、棍棒を受け止めているんだ。
また助けてくれた。
5歳の頃にあったままの若い姿だった。
俺は、守られているっていうのを実感したよ。
だから、憲兵隊に入ったんだ。
憲兵隊では、無茶な作戦でも積極的に飛び込んでいったよ。
何せ、俺には守り神がついているだから。
盗賊のアジトに乗り込んだ時、物陰から不意打ちを食らった時も、短剣の切っ先を守り神が止めてくれていた。
何度も何度も、危ないところを助けてもらったよ。
そのお陰で、俺は次々と手柄を立て、この年で副憲兵にまでなった。
給金もちょっとばかり上がったんで、イルダに結婚を申し込もうと思っていたんだよ……。
だけど、無理だ……。
あれは、俺が思っていたような守り神でも、ご先祖様でもなかったんだ……。
そう言うとエグモントは、おでこを保護していた憲兵隊の支給品である鉢がねを外した。
「先週、城外パトロールの時に、野党に襲われてね……」
そこには、十字の傷がついていた。
「撃退は出来んたんだが、ナイフ使いの凄い野郎がいて、頭に傷を負っちまったんだ……流れ出た血が目に入って遅れを取った。首筋に、ナイフが来てよけきれないって思った瞬間。また、守り神様が、その切っ先を止めてくれたよ。お陰で、殺されずに済んだんだけど……。俺、気づいちゃったんだよ」
「あれは、ご先祖様なんかじゃない。俺自身なんだって……」
そう言うと、エグモンドは今年、出来たばかりの麦酒・エールを飲みほした。
「そう言えば、髪の白い爺さんが守り神だって言ってた親父が死んだのは、髪が白くなって爺さんになってからだった。おそらく、あれは、死ぬ時の自分なんだ……だから、その姿で死ぬまで守ってくれているんだ」
そう言って、自分のおでこの傷を指差した。
「で、あの守り神、今の俺の姿なんだよ……ってことは、もうすぐ俺、死ぬと思う。だからせめて誰かに聞いてもらいたかったんだ……どうせだれも信じちゃくれないけど、ルークスさんなら信じてくれると思ってさ」
と、儚げに笑う姿が、僕がエグモンドを見た最後の姿となった。
エグモンドは3日後、裏路地で、何者かに刺されて死亡しているのが見つかったという。
彼に怨みを持つ犯罪者は多く、犯人は、そうした者たちの一人だろうと推測されたが、結局、誰も捕まらなかった。
そして、彼が付き合っていたという、イルダが妊娠したと聞いた。
彼女はエグモンドの子を産むと決意しているらしい。
彼女の子にも、守り神は現れるのだろうか……僕にはわからない。




