第二話 お悩み何でもご解決!?
ここは、とある田舎の山深くにある大山寺。さて、この大山寺にも夏がやって来ました。夏になると、本堂や境内、庫裏をはじめ寺一帯が暑い夏の日差しに包まれます。そして、この季節はなぜか大山寺に悩み事を相談する人が多くなるのです。
「……それで、あの人ったら。毎日毎日仕事が遅くって、ワタシの作った料理も食べないんです!」
さて、本堂の裏手にある持仏堂では、和尚さまと一松が、三十路半ばの女性からあるお悩みを聞いていました。一通り聞き終わったところで、一松がコホン、と小さく空咳を出して切り出します。
「さて、一度お話を整理しますね。最近、タエ子さんのご主人が帰りが遅くなっているということで。ご主人は仕事が忙しいということですが、タエ子さんはそうは思っていない……と」
「はい。ワタシは、あの人が隠れて不倫していると思うんです!」
甲高い声でそう言うと、女性――タエ子さんは一松へ顔を向けました。顔全体が白い厚化粧で覆われ、赤黒い口紅が印象的なタエ子さんを前に、一松はやや目を逸らしながらも応じます。
「そんな、不倫だと決めつけるにはまだ早いかと。もう少し、ご主人から事情を聞いてみて、互いに話し合ってみるのが一番かと……」
「いいえ。帰って来るたび、あの人はほぼ毎日香水の匂いがしてましたから。それに、スマホの着信履歴にはワタシの他に知らない女の名前もあるんですよ。『アキラちゃん』ですって! だから、絶対不倫してるんです! 何とかしてください!」
「何とかって言われましても……和尚さまは、どう思われますか」
一松が、和尚さまへと顔を向けました。見ると、和尚さまの瞼は固く閉ざされ、瞼には黒のマジックペンで目の落書きがされています。低いいびきをかく和尚さまを前に、一松の目玉は思わずギャグ漫画のように飛び出しました。
「寝てんじゃねェーーーーーーッ!! そんなベタなやり方で、堂々と昼寝するヤツがあるかーーーーッ!!」
一松の怒声を受け、和尚さまはパッと目を見開きました。そのまま、おもむろに立ち上がると持仏堂中に響くほどの声で叫びます。
「よし、これじゃあ! 直接確かめるまでじゃ!!」
和尚さまの唐突な言葉に、一松は困惑する一方で、タエ子さんは深く頷いていました。立ったままの和尚さまへ、一松が口を開きます。
「話聞いてたんですか……いやそうではなく、直接確かめると言っても、一体どうやって」
「とりあえずタエ子さんのご主人を探せばいいんじゃろ?」
「探すって……今からですか」
「探しましょう!」
タエ子さんが涙声でそう口にしたかと思うと、タエ子さんもまたその場で立ち、和尚さまの手を取りました。和尚さまは、そんなタエ子さんを前に、静かに頷きながら微笑んでいます。
「いや、この流れいろいろおかしくない!?」
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こうして、和尚さまと一松、タエ子さんの三人は揃って大山寺を出ると、タエ子さんのご主人の職場がある市街地へとやって来ました。空には黄昏が広がっており、もうすぐ夜が訪れることを予感させます。
血眼でアーケードを行き交う人を睨むタエ子さんを脇目に、一松は少し不安を覚えます。
「何か……これ、ぼくたち凄い目立ってますよ。下手したらご主人に気付かれちゃいますよ、和尚さま……? って、あれ」
一松が気付くと、和尚さまの姿がどこにも見当たりませんでした。一松が和尚さまを探そうとすると、彼の隣に、白いワンピースを着た長い金髪の女性がやって来ました。
「い、ち、ま、つ、ク~ン☆」
一松が声に驚いて女性の顔を見つめます。よく目を凝らして見ると、白い厚化粧こそしていましたが、女性の正体は明らかに和尚さまその人です。
「お、ま、た、せ☆」
「オエーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
みるみる気分の悪くなった一松は、こみ上げて来るものをその場で思い切り吐き出しました。女装した和尚さまは、一松の背にそっと手を当てます。
「どうしたの、一松クン? 悪くなっちゃったのかな? キ、ブ、ン☆」
「そんな裏声で言わなくていいですって! キモッ! すっげーキモいんで!! その女装はやめてください!!」
「何じゃ……つまらん」
不満そうにつぶやくと、和尚さまは金髪のカツラを取りました。ふさふさしていた頭は、ネオンの明かりを受けてピカピカと輝きます。
「こうすればご主人にもばれることはなかったろうに」
「いや、こんなあからさまな女装は流石に目立ちますよ! しかも今カツラ取って、周りの人に注目されまくりですし!」
「女装をやめろと言ったのは一松じゃろう!」
「ですが、ワンピースを着た坊主が街中に居たら、みんな絶対二度見しますよ。せめて法衣に着替えて――」
「アッ、ご主人です!」
そう叫んだタエ子さんは、一目散にアーケードを駆けて行きました。和尚さまと一松も、タエ子さんの後に続きます。迷うことなく進むタエ子さんの後を、二人はどうにか追いかけます。
そして、三人はアーケードの裏道から進んだ先にあるホテル街へとやって来ました。タエ子さんがピンク色のネオンに包まれたホテルの物陰に隠れる傍ら、一松は和尚さまに小声で尋ねます。
「あの、和尚さま。この展開、どうなんでしょうかね。流石にここまでアダルトな展開は、いろいろアウトだと思いますが」
「大丈夫じゃろ、別に。人の事情はそれぞれじゃ、お天道様もいちいち口を出せんわい」
「そういうものなんですかね……あっ、あれは!」
「あ、あんたっ!!」
タエ子さんは、物陰から突如出て行ったかと思うと、ご主人の前に躍り出ていきます。タエ子さんの目の前に居るご主人は、見知らぬ男と手を繋いでいました。
ご主人と男は、いきなり現れたタエ子さんに目を丸くしています。対するタエ子さんは、目をぎらぎらと光らせながら、一歩ずつご主人たちへと歩み寄っていきます。
「あんた、これは一体どういうことよ。この男の人は、いったい何なのよっ」
「ち、違うんだ。タエ子。誤解だよ」
「あら、この人はだあれ? だーりん」
「こらアキラ、余計なことを言うんじゃない!」
『アキラ』――ご主人が男に対して言い放った言葉に、一松は一つの違和感を覚えます。しばし考え込んだ後、その答えを悟った一松は、思わず目を見開きました。
「えぇっ、ご主人の不倫相手って、お、男なの!? マジで!?」
一松は、ご主人とアキラを交互に見つめます。二人がつないでる手をよくよく見ると、それはいわゆる恋人つなぎです。すると、不意にアキラがご主人を背後から抱きしめました。二人の距離が徐々に縮まります。
そんなご主人たちを前に、タエ子さんは涙をぽろぽろ流します。そして、突如着ていた服を脱ぎ出しました。服を脱いだタエ子さんの下着からパッドがこぼれ落ち、黒い胸毛が下着の隙間から大量に露出します。
「ワタシなんかより、そんなどこの馬の骨とも分からないオトコを選ぶと言うのね! このウワキモノ~~ッ!!」
「って、タエ子さんも男だったんかーーーーーーい!!!!」
ギャグ漫画のごとく目を飛び出させながら、一松がツッコみます。しかし、彼のツッコミもむなしく、三人の男たちは互いに一歩も譲る気配を見せません。一触即発です。目の前の鬼気迫る状況に、一松もたちまち不安を覚えました。
「あぁ、何ということだ……まさかこんなことになるなんて。どうしましょう、和尚さま……って、あれ? 和尚さま?」
一松が気付くと、和尚さまの姿はどこにもありませんでした。きょろきょろと一松が顔を向けていると、タエ子さんたちのいる方角から声が聞こえてきます。
「も~う、みんなしてなァ~に? こんなところで、わたしのために争わないで!」
声のした方向を見て、一松は思わず口の中に溜まっていた唾を噴き出しました。なぜなら、タエ子さんとご主人、アキラの三人の間に割って入るように女装した和尚さまが立っていたのです。いつの間に着替えたのでしょう、和尚さまは黒髪ロングのカツラを被り、レースクイーンを思わせる衣装を着ています。
そんな和尚さまの姿を前に、一松はたまらず再びその場で嘔吐しました。
「オエーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちょっと、何よあんた! いきなり出て来て、わたしのために争わないでとか、ばか言ってんじゃないわよ! ねぇ、だーりん!」
いきなり現れた和尚さまを前に、アキラが不満を言います。それに続くように、タエ子さんやご主人も口々に和尚さまへ不満をぶつけます。対する住職さまはというと、目を潤ませながら三人へ裏声で語りかけます。
「そんな、みんな。あの日のことを、忘れちゃったの? みんなで互いに愛し合った、あの日のことを……!」
「おいそこの和尚さまーーーー!! これ以上話をややこしくさせるんじゃねーーーーーーッッッ!!!!」
一松のツッコミに聞く耳を持たず、和尚さまは頬を赤らめ、さらに続けます。
「ホラ、もう一度思い出して。何だったらわしが……ううん、わたしが今夜、もう一度一緒に――」
「もうええわーーーーーーーー!!!!」
一松の叫びは、夜の街でも力強く響きました。
この後、彼らに渦巻く愛の混沌を解決するために、一松はとっても苦労したとかしなかったとか……。




