おはようございます。今日はどうなさいました?
おはようございます。今日はどうなさいました?
赤毛の少女は来店した老婆に声をかける。老婆は新たにオープンした「薬店 赤い果実」を興味津々で覗きに来たらしい。品揃えはそこらの町の薬草店とは比較にならないはずだ。風邪薬、下痢止めの薬、鎮痛薬、消炎薬、あいにくと惚れ薬はおいてないが、私に惚れる「老婆」はたまにいる。老婆は長年腰痛に苛まれていたようだ。少女は症状を聞き取り、今までの薬歴を聴取、裏に回り調剤し完成した鎮痛薬を手渡した。はきはきと対応する姿と調剤する姿は同世代のそれとは到底思えない。私は裏の調剤スペースでただ座っているだけだ。
ありがとう、お嬢ちゃん。お手伝いえらいねぇ。
ありがとう、おばあさん。また具合が悪くなったらきてね!
なにがありがとう「おばあさん」だ。そんなに歳かわらんやろ。
とはいえ、その知識には驚愕する。短期間で相当勉強したのだろう。魔女の引継ぎに知識は含まれない。魔力はすべて引き継がれのだが…。魔女の知識の全て?は「魔女学術総書」に記載されている。だが、薬草知識と調剤だけでも膨大な量のはずだ…
魔女の表の顔で薬屋は定番だ。魔術に必要な触媒の中には薬草も多い。他人に経口でモノを投与するにも薬なら安心して飲んでもらえる可能性が高い。そのため多くの町では薬局を開くには許可がいる事が多い。概ね簡単な調剤と口頭による面接試験がほとんどであるのだが、そんなものは魔女の知識の比ではない。無論私の知識の比でもないのだが。問題は他の店との競合だ。そこさえクリアできれば、はれてオープンとなる。
つい先日オープンしたこの店においては、私は奥で座っているという大役を毎日こなしている。表の顔では私とモリアは父子、妻は病死したという設定になっている。つまり、この店の店長は私でモリアは父を手伝って働く娘なのだ。はっきり言って、悪くない。
モリアが調剤した薬には当然ながら「魔薬」が含まれている。ほぼ常に混入されているのは「記憶喚起薬」。経口投与することで思い出の片鱗を呼び覚ます薬だ。人間てのは不思議なもので、あの時ああなってればなぁという後悔の一つや二つあるものだ。そこに付け込む。その後悔を満たしてやり、美しい記憶が出来上がったところで「刈り取る」。深く濃い記憶をこの魔女は魔力の「糧」として好む。正確にはこの魔女にとりついている「悪魔」が、だ。
オープンセールのため客足は途絶えることなく、商品は次々に売れている。客層はやはり高齢者が多いが、子供連れの若い母親、仕事中だろうか中年の男、そしておそらくはこの町のライバル業者だろう。商品に大きな声でいちゃもんをつけている中年女性…
私はその中年女性と商品の間にそっと割って入り、素晴らしくよく通る低い声で語りかける。
お気に召しませんか?マダム?
お気に召すもなにも、この店は偽モンばっかりやないか!北の果てにしか育たんはずの「白アロエ」がこんなに沢山、こんな安く。白く塗ってるんやろ!そしてこっち、西国の希少香辛料「砂の薔薇」ただの作り物やな。偽モンばっかや!
お目が高い。普通の人は名前すら知らない希少な薬草をよくご存じで。ええ、すべてニセモノですよ。こんな安価で売れるはずがない。ただの客寄せのフェイクです。そうですね、やはり間違って買ってしまわないようしまっておきましょうね。
…い、いや、ちょっと待って!その偽「白アロエ」10束ちょうだい…
ニセモノでもいいんですかね?
ええ…ちょっと置物に使おうとおもってたんや…
かしこまりました!ご購入ありがとうございます。そうそう、迷惑料として「砂の薔薇」のニセモノもおひとつ付けておきますね。
そう、これは餌。同業者、魔女をあぶりだすための。普通の人は見向きもしないレアな薬草を破格で売る。同業者なら垂涎のシロモノだ。そして二流魔女にとってもありがたい品ばかりだ。
お父さん!ちょっと市場に買い物行ってきて!
買ってきてほしいものはそこに書いておいたから。早くね!
あ、ちょっと重いかもしれないからミコノスと一緒にね。
人、いやカエル使いの荒い娘だ…
市場の賑わい品数はそれほどのものではない。隣国の戦争で多少流通が悪くなっているようだ。市民には多少の不安が見て取れる。私はメモのとおりの両手では足りないほどの買い物をミコノスの背に乗せ、帰途につく。日は沈み、息は白くなってきた。今日は冷えそうだ。