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ドラクル・コード  作者: 室木 柴
第四章 セルフ・パニッシュメント
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第六話「椅子の蓋」


 妹の監視のため同行する――あくまで仕方なく。

 アーロンは「心の底から不本意だ」といいたそうに主張した。

 しかし、彼には誤算があった。


 ではどのように儀式の場へ向かおうか、という話になった時だ。

 ドヴェルグ以外――生身の人間――が儀式場:太陽石祭壇にのぞめば、十中八九死んでしまう。人間が生きて通れる道ではないからだ。

 そのために太陽石祭壇へ参る生贄は、ドヴェルグ達が織った魔法の花嫁衣装をまとう。


 レフォリエがドヴェルグ達の秘密の通路を通って祭壇に向かうなら花嫁衣装を手に入れねばならない。

真っ先に出た案がそこへいきつくのは自然な流れだった。

 問題は未熟な職人であるアーロンとシグではつくれないということ。


 アーロンが問題を提示した時、レフォリエは迷いなくこういった。


「後ろから襲って衣装棚の鍵をもらえば?」

「な……なるほど?」

「蛮族かお前達は。森へ帰れ!」


 アーロンの誤算。すなわち「首謀者」たるレフォリエとシグが無謀な性格だったことだ。

 シグはただの猪突猛進である。きちんといいふせれば納得する。

 レフォリエに関しては妙に威風堂々としているので始末が悪い。


 失敗しても問題ない。最終的に目的を遂げられればいいし、どんな艱難辛苦でも自分ならいずれ乗り越えられるだろう。そう思っているタイプだ。

 気が長く心に余裕があるのは結構なことだが、同行させられる側にはたまったものではない。


 極端に例えると、レフォリエが千の槍を投げられ鉄の雨が降っても気にならない少女なら、アーロンは針があるとわかっているわらの上を素足で歩くのはまっぴらごめんなのである。

 百歩ゆずって針を踏むとしても、靴をはく程度の努力はしたい。


 文明人とは思えぬ提案に反射的に罵ったアーロンである。

 剣を下げていれば抜きかねない鋭さだった。

 その意気を買ったのだろう。レフォリエは続けざまにこう返した。


「そこまでいうのならアーロン、君が考えればいいじゃないか」

「俺が? もう。俺がなんでもやってあげるわけにはいかないんだよ。俺はおもりであって君のお兄ちゃんではないんだから」

「できないのか。そうか。なら仕方がない。襲おう」


 レフォリエは首を縦に振る。

 爽やかなほどさっぱりとした言い方だった。

 アーロンには無理だとわかっていたとでも思っているようではないか。

 かちん。火打ち石のようにすぐ着火する気質のアーロンは、やはり顔を赤らめた。


「なんだと貴様できるに決まってるでしょ! それも暴力に頼ったりしなくたってね!」

「本当に?」

「こんの……文明とは物作りのちから、つまり真の知的生物は人間ではなくこの俺達だということを教えてやる! 夕方まで待つといい!」


 二人の少女を置いて大股で自室へ歩いていく。

 自室に入るなり脇目もふらず作業机へ向かう。

 年期を経て飴色になったオークで出来た机と椅子のワンセットの周囲には道具が散乱している。片付けても片付けても使うためにすぐ取り出してしまうため、綺麗になったことがない。

 

 アーロンは椅子の座席に指を差し入れ、ぐっとそれを引き上げた。

 すると軋んだ音をたてて持ち上がる。椅子は細工され、座面が蓋になっていたのだ。

 座面の下にあった隠れた空間があらわになる。

 そこにはくすんだ金銭が浅く積み重なって在った。

 いつか使い道があればとなんとなくため続けていた貯金である。


「これだけあれば、あれとあれは買えるな」


 いつか父のお使いで寄った店の品揃えを思い浮かべ値段を計算する。

 ちらと「こんなことに使ってしまっていいのか?」と迷いが浮かぶ。だがレフォリエとシグの驚く顔見たさが勝った。


 自棄気味な自覚はあった。そのくだらないことに全力をかけようとしている自分に何故か高揚を覚えてしまう。

 

 アーロンは興奮冷めやらぬうちに、と最低限の準備だけしてすぐに出かける。

行き先は父お気に入りの酒屋であった。

 

「くっくっく。軒並み酒に目がなく酒豪が多いドヴェルグだが質と量、双方でせめられればひとたまりもあるまい。適度に親父を酔い潰す」


 大量の酒を抱えて帰ってきた兄を、シグは感心するような呆れるような複雑な表情で迎えた。

 「兄貴わるい顔してるー」というシグの指摘は無視する。


「一番やる気がない俺がここまでやったんだよ。まさか俺に全てお膳立てしてもらうつもりじゃあないだろうね?」

「何をしろっていうのさ」

「今夜の親父は共同作業場の方にいるはずだ。帰ってきて部屋に引きこもる前にそっちへ行って親父を酒盛りに誘え」

「ええ……兄貴が言えば?」

「俺よりお前が誘ったほうがいい。むしろお前がいえば絶対来る」

「うう、わかったよぅ。下手したら部屋に鍵をかけて、誰にも邪魔されないようにする時もあるもんね。確実に衣装棚に手を出すならそうするしかないか」


 父が眠り込んだすきに鍵を奪って棚をあけ、衣装をとってから再び鍵をかけ、起きる前に鍵を元の場所に戻す。

 素早くことを終わらせる必要がある作戦だ。

 アーロンの力説にシグは渋々頷く。


「ふぅん。娘が誘えば必ず応じる。そういうものか」


 変に感慨深そうに兄妹を見守っていたレフォリエにも指をつきつける。


「他人事みたいにいわないでくれ。まだやってもらうことは何もないけれど、いざ始まったらお前が主役だからね!」

「私?」


 彼女はきょとんと己の顔を指さす。


「そうだよ。シグがうまい話をできるわけでもなし。親父がどんどん杯を空けるまで、お前に酒の肴を提供してもらう。異なる地からの旅人ならば話のネタぐらいあるだろう」


 レフォリエがそこで初めて余裕のない顔をする。虚をつかれてくちをぽかんとあけていた。

 間抜けな反応をしてさえも彼女の造形美は崩れない。

 それでもアーロンは嬉しくなって思わず声を漏らして笑った。


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