第十二話「青の影」
「お、ソクルタ。帰っていたのか」
親しげに手をあげ、二人一組の《御遣い》の片割れ:ロザリンドがソクルタによびかけた。
ニカッと屈託なく笑う顔は女性というより少年のようだ。
「ロザリンド……さま」
うなだれて歩いていたソクルタが、やけにのろく顔をあげた。
その覇気のない表情に、ロザリンドは思わず唇をとがらせる。勘違いされるが、つまらなそうに唇をつきだすのは驚いた時のクセだ。
ソクルタはそれを知っているはずなのに、気まずそうに目をそらす。
ロザリンドに向き直った目の下には、濃いクマが浮かんでいた。
顔色もまるで動く死者のように酷い。
(よほど参ってんのか?)
ソクルタが帰ったというのに、城にはなんの噂も流れていない。
手ぶらで帰ってきたのだろう。
はりきって出かけていった姿を思い出す。
プライドと目標の高いソクルタのことだ。必要以上に落ち込んでいるのかもしれない。
ロザリンドは意図的に笑みを深くして、話を続けた。
「で、どうだったんだ。うまくいったか? 顔色悪いぞ。ま、何もなくっても気負うこたないさ。女王もそういってたんだから」
たったったと駆け足でソクルタの隣にたち、肘でこづこうとする。
この生真面目な《御遣い》を元気づけようとしての行動だった。
だがソクルタはロザリンドの日焼けした肘をするっと避ける。
ロザリンドと相棒のカミッラが、いくら気遣いするなといっても遠慮ばかりしていた娘が、だ。
違和感を覚える。眉間に皺を寄せて腕を掴もうとすれば、今度は明確に距離をとられた。
「おい、ソクルタ」
「……疲れているのです。すみません、部屋で休ませて頂きます」
「では」と立ち去ろうとするソクルタに手を伸ばすも、青い少女の手の甲をかすめただけだった。
ロザリンドはじっとてのひらをみる。
手の甲をかすめた指先に、感触がひんやりと残っている。
「なんでアイツ、こんな冷たいんだ……? 海に飛び込みでもしたのか」
のんきに呟いてみながら、ロザリンドは違うことを考えていた。
ロザリンドもまた、主に妖魔ばかりではあるが死体に触れる。
この独特の冷たさは、まるで――
「いやいや。縁起でもない」
自分にいいきかせても、嫌な予感はなくならなかった。
今からでも追いかけるか。
そう思案しはじめたロザリンドの肩に、手袋をはめたたおやかな手がかかる。
「ロザリンド。そろそろいく時間ですわよ」
「カミッラ」
「ソクルタのこと? 心配はわかるけれど、あまり過干渉をすると教育によくないわ。と死頃の娘にはそっとして欲しい時があるものです」
「そういうもんかね」
そういわれればそんな気もしてしまう。
しばらく未練がましくソクルタが去って行った方を見続けていたが、すると強引に引っ張られる。
「もーう。ソクルタもだけれど、民も大変なのだから。ほら、早く太陽石祭壇に迎いましょう」
「ま、待て、引っ張んじゃねえ、くるしっ……」
足をばたつかせて連れ去られるうちに、ロザリンドもきっぱり気分を切り替えてしまった。
善くも悪くも女王を狂信するソクルタならば、いずれたちあがる。大丈夫だろう――と。
◆ ◇ ◆
「はあ。参ったな」
《御遣い》が去った廊下の角。
そこに姿を隠していたソクルタは、気怠いため息を吐く。
かたくなった首に手をあて、ぐるりとまわす。
その目に生気はなく、地下の底のように暗くよどんでいる。
「こいつ、残り香のくせしてまだ抵抗しおる。まだ中途半端にしか記憶が引き出せん」
誰もいない城の廊下に、日の光が差し込む。
夜明けの陽だ。
清浄な白い通路の影に、光の刃が走っていくのをぼうっと見つめる。
ソクルタは疲れていた。ほのかな暗さと暖かさの混じった空間に、まぶたがうつらうつらと閉じかける。
ふぁ、と小さなあくびをかみ殺しながら、小さくほくそ笑む。
「ま、いいさ。時間はたっぷりある。――死んだ奴の意志からは何も生まれない。あとは防戦一方さ。少しずつ、少しずつ奪い取ってやる……」
そうして早速「思い出した」自室の場所へ、のんびりと向かっていった。
長い廊下を、たった一人で。ずっと、ずっと。




