第七話「失われた王」
ソクルタは案内されるまま、森の奥へ入り込む。
人間界ではありえない、むせかえるような魔力に唇を結ぶ。
豊かな魔力は命を満たす輝きとなるが、いきすぎれば毒だ。
(こんなところで、あの娘は暮らしているのか)
生まれつき妖魔に近い体質か、優れた魔術師でもなければ、人には過ごしづらい環境である。
そのなかでもひときわ魔力のたまった場所に、魔女の家はあった。
『入るがいい。扉は開けてある』
使い魔の目玉が、魔女の言葉を、魔女の声そのままで代弁する。
ソクルタが彼女の言葉に従うには、少々の時間を要した。
特別魔術に秀でているわけでもないソクルタでもわかるほど、その家の周辺は濃密な魔力で囲まれていた。
本来ならば、地に張り巡らされた世界樹の根とあらゆる島の空をかけめぐる風にのって循環するはずの魔力が、家の周りという狭い空間でグルグルまわってとどまっている。
魔女の色に染まり、外界から魔力を取り入れ続け、決して外に逃がさない。
空気がねっとりと肌をねぶってぬらすようで気持ちが悪かった。
(これはもう、この魔女専用の極小な異界じゃないか。どうしてこんなものをつくっているんだ?)
封印の魔術は、泉に住まう世界樹の化身に生け贄を捧げて行う。
そのために、このような大仰なモノは必要ない。
ここまで魔力をため込まねばならないような目的がわからない。
(あえて考えるなら、強力な敵、それも世界を喰らってしまうようなバケモノと戦うか、あるいは自分からより上位の別のイキモノになるため、ぐらいだけれど。そんな必要性があるの?)
わからない。
ソクルタは考え込みそうになるのを、いったん頭の隅に置くことにした。
一回だけ深呼吸をして、家のなかに踏み込む。
なかは思ったよりも明るかった。
外からは一切なかが見えなかったのだが、いざ入るとよく晴れた日のように家の隅々まで見える。もっとも、窓は真っ黒で、今度は外の様子が見えなくなってしまったが。
どういう原理なのか。これも魔女の魔術なのだろう。
そして、魔女がそこにいた。
室内だというのにローブを羽織り、憂鬱げな瞳を気怠そうに投げかける。
「よく来たじゃないか」
言葉に反して歓迎の響きはない。
実のところ、ソクルタが魔女にあうのはこれが初めてだ。
魔女には三つの刺青があった。まず右手に太陽が、左手に月が。最後に額に、一族のシンボルであり叡智の証たる第三の瞳が。
近寄りがたい印象を与える文様を確認して、ソクルタは手を差し出す。
しかし、のばした手はあっさりと無視されてしまった。
「腹は減っているか?」
「はい?」
握手の代わりに与えられたのは、ぶしつけな質問だった。
ほうける間もなく、魔女は机の上に皿を出してきた。
白い皿の上に乗った乾いた色合いのものをみて、ソクルタは目を白黒させる。
「ストックフィッシュ?」
それはタラの身を塩を使わず天日干しした保存食だ。
ソクルタはストックフィッシュをよく知っている。
そのうえでいうが、手間がかかる料理に部類されるものだ。
なにせ、一般的な食べ方からして、三十分以上も木槌で叩いて、三日間水に浸し、柔らかくなるまで煮る。ソクルタの周りは、マスタードをつけて食べていた。
ソクルタもその頃を思い出し、ひとくちを飲み込む。
「懐かしい、味です」
「きくところによると、貴様、海の出身なんだって?」
口元がほころんでしまう。
舌の上に乗る味が、遠い記憶を呼び覚ます。
ずっと己を鍛えることに勤しんで、仕事以外で故郷を訪れたことなどない。
《御使い》となってから、ずいぶん忙しく生きてきた気がする。
全く異なる存在である魔女が、こうした振る舞いをしてくれたのがソクルタは無性にうれしかった。
魔女のつっけんどんな問いにも、自然に頷いていた。
「あのあたりのやつらは、海に住む妖魔としょっちゅうやりあっているからな。貴様の両親もそうだった。海をしけらせていた妖魔と戦って死に、貴様を孤児にした」
「よくご存じですね。女王から?」
「その孤児の貴様を、女王が英雄の娘として特別に拾って育てた」
これは、とソクルタは困り顔になってしまう。
ソクルタ自身、会話を弾ませるのが得意ではないが、魔女はそれ以上だ。
一方的に話されている。
いつもなら、そういう相手にあたると黙って聞き役に徹する。
しかし、女王の話題となるとそうもできないのも、ソクルタであった。
「そういうと語弊がありますね。きっと女王は、すべての恵まれない子どもを救いたいとおもっています。
ですが、実際にそうすることはできません。せめてもと、理由のつけられる子どもくらいはと、助けてくださったのです。他にもそういうものはおります。慈悲ある御方です」
「知ってるさ。慈悲か自己満足かは知らんがね」
「わたしは救われました」
「だから、そんなに女王が大好きなのかい。だから、そんな剣を持って、ここに来たんだろう」
ああ、なるほど。
ソクルタはようやく、魔女が何をしたいのか把握して、独りごちた。
ようは話の本題に入りたかったのだ。
「最初かレフォリエを見極めることでなく、レフォリエをその剣でさすのが目的なんだろう、ン?」
「ええ、その通りです」
ソクルタは腰に下げた短剣を撫でる。
女王から賜った魔剣。刺した相手からチカラを奪い取る能力をもつ。
「ソレも、私の杖やあの娘のハルバードのように、私が作ったモノだからな。すぐわかったさ」
「ではわかっているのですね。我が女王がどのような状態なのかを」
「当然。三代目女王は弱っている。正確には、女王の座の継承の仕方が悪かったせいで、女王の権能を満足に操れていない」
そう。それが女王が長年抱え、ソクルタが憂慮している問題であった。
女王の継承に関する秘密。《御使い》であるソクルタも知っていることだ。
ソクルタは顔を伏せた。その話題に触れると、どうしてもやりきれない気持ちになる。
「ええ。原因は、レフォリエの母と祖母、一代目女王と二代目女王にある」
そも、女王とは何か。
女王とは女神の代理人だ。
女神が世界を形作り、世界樹によって安定をもたらしたように、女神から借り受けた魔の権能によって世界をデザインし、世界樹を伝って魔力の流れを健やかに保つ。
この世界の成り立ちに、女神から賜った魔の力が関わっているように、女神の代理となる管理者である女王の継承にも、魔法と同じようなルールが働く。
女王や《御使い》、特殊な教育を受ける魔術師と、限られた人間しか知らないことだ。魔法には、ちからを生み出す根源・条件がある。
魔力とは女神から賜る《褒美》であり《支援》であり《報酬》だ。
世界がよりよく実るには、そこで暮らし、未来を耕していく人民が不可欠となる。
そのために女神は特定の性質を示した人間に、魔法という世界に多大な影響を与える奇跡を与えるのだ。
それこそが「反逆」という性質。
停滞した流れに逆らい、突きうがち、運命を大きくうねらすもの。
その頂点に立つ女王の継承ともなれば、反逆の性質に則ったものでなくてはならない。
故に、女王の継承は必ず「先代からの王座の奪取」が絶対条件となる。
受け継ぐとは名ばかり。実質、強奪だ。
だからこそ、ただの平民だった三代目は、二代目を殺したというだけで自動的に女王になってしまった。
だが、二代目女王はそうではなかった。
彼女は、一代目からその事実を知らされることなく育てられ、一代目逝去寸前に託されるまま、《素直に》二代目になってしまった女王だったのである。
あくまで「女王に成った」のではなく、「一代目から女王になる権利を与えられた」二代目は、一代目に従属した存在として扱われることとなった。
妖魔に例えるならば、使い魔や眷属。
二代目は一代目に逆らうことができず、女王としての能力にも制限を加えられ、「人を守り世界を育む」という命令のまま、女王になるしかなかった。
そして一代目がこの世を去った以上、正規の女王になる手段は、永遠に失われた。
三代目は、そんな不完全な女王から座を奪った。
ゆえに、手段が正規であっても、能力は不完全なままだった。コピーからちからを得ても、それが仮のものである以上、劣化版でしかない。
「そうだ。だが、二代目もあがこうとしたさ。女王になったあとでも、何かできるはずだとな。そうして辿り着いたのがレフォリエだ」
その話はソクルタもきいている。
二代目女王は、世界樹に王の魔力を注ぎ、植物の果実のようにヒトを実らせた。
女王を母とし、女神の変容した姿である世界樹を父とした子どもを作ろうとしたのだ。
三代目女王は、愛の結実たる子どもを妖しい術で生産しようとした忌々しい悪行だと嫌悪していた。
三代目女王が嫌う二代目女王は、ソクルタだって嫌いだ。
三代目が悪だというのなら悪だし、あってはならないというのならあってはならない。
女王は神の代理人。神がいうことに間違いはない。
ソクルタにとって、敬い、愛すべき女王は三代目だけ。唯一無二の神そのものだ。
しかし、この一件においてのみ、ソクルタはレフォリエに対して二代目女王と全く同じ希望を抱いていた。
「そもそも女王が神の代理人であるならば。女王の権能が、神から賜ったものならば。
神の血を取り込むことで、欠けてしまった女王の権能を取り戻せるかもしれない」
なくなったものは、同じもので埋め直せばいい。
失われた王を取り戻すための現人神。そうして求められ、何百と子どもが作られた。
自我も芽生えず死んでいった子どものなかで、それに最も適した性質をもって生まれた子ども――それがレフォリエだった。




