第十話 貴石の怨嗟
「これがオマエの生まれ。そして託された願い」
レフォリエの意識が現実へと引き戻される。
吐息は夢見る前と変わりない。見せられた過去の光景は瞬きのあいまに忍ばされた幻想だったのだ。
魔女と沼の女に返答を求めた己の出生が明らかになったというのに、昂揚感はない。
むしろ置いてけぼりだという憤りが強かった。
――ふざけるな。そんなことはきいていない!
黄金の亡霊のつくりだした幻は、レフォリエの質問に正しく答えてはいたが、誠実ではない。
問いかけにかこつけて、自らの不幸と妄執に近い願いを叩きつけるありようよ!
口を開けば空気が漏れ出る。レフォリエが人間である以上、息を吸わねば死ぬ。たとえ、その存在が誰かの企みによって仕組まれた、いかにでたらめなものであっても。
心のなかの激昂は黄金の亡霊にも伝わっているらしく、低く喉を鳴らす声が耳についた。
それがまたレフォリエの腹の底を煮えたぎらせる。
「あら、冷たいのね。水のなかだからかしら? 悲しいわ、悲しいわよ」
――うるさい、お前など知るか!
本当は違う。黄金の亡霊の正体は察しがつく。
今も目覚めてからも優しくレフォリエを抱きしめる亡霊の腕のなかで暴れた。
そのたびに波打つ黄金の髪。
身体が密着するほど近いのに、見知らぬ者と比べて忌避感が薄い。その気安さは家族として生まれてから世話になり続けたミシジャにも匹敵する、本能のような安堵だった。払う手にうまくちからがこもらない。
否応でも理解する。この黄金の亡霊は、レフォリエの母なのだ。
そして自らの不幸と妄執に近い願いを叩きつけるさま、いましがた見た過去からして……信じがたいことに、没したはずの二代目女王なのだ!
「反抗期? でもわたしだって怒っているのよ。せっかく、少しでも楽にことを運べるようにと、オマエのさまざまをこの世界に適応するものとしてつくったのに。何故いつまでも凡俗に過ごしているの」
――勝手にそうしろといっているだけじゃないか。
「いいえ。これは単なるわたしの押しつけではないわ。まさか、妖魔の本当の姿を知らぬとはいうまい。彼らが人間のいう絶対の邪悪であるとは、思っているわけではなかろうに」
怜悧さを増して突きつけられた言葉に、一瞬抵抗するちからが弱まる。
そのすきに、黄金の亡霊はレフォリエの肩に顎を乗せた。
まるで生者の母が、幼い我が子に愛おしさから頬ずりしているのだと勘違いしそうになるほど、その薄紅色の頬と肌は柔く、暖かかった。
「レフォリエ。いまだうら若き娘よ、血の繋がったオマエならばわかるはずと甘えることを、嗤うなら嗤って頂戴。けれど妖魔に守られ、育ってきたというのなら、おかしく思うでしょう?
何故、妖魔ばかりが恐怖と憎しみを向けられねばならないのか」
戯言をぬかせ、といってやりたかった。
詳しい事情はわからない。だが、二代目女王エラヴは一代目女王に激しい怒りを覚えていることは理解できた。二代目女王が一代目女王に劣るのは、一代目が何かしたからなのだ。
人民に恐れられ、侮られ。妖魔に己を重ね、肩入れしているだけだ。そう思う。
だが言い返せない。レフォリエは妖魔が人間がいうほど恐ろしい存在ではないことを知っている。
ただ生き方や価値観が違うだけで、ひどく似通った箇所も多い、ただの生き物であると知っている。
瞬きも忘れ、強く唇をかみしめた。汚れひとつない透明な水に、赤い血の煙がのぼる。
未成熟な心に黄金の亡霊が、毒のように語りかけた。
「ねえ、はたからみれば、わたしたちってどうかしら。
わたし思うの。周りが一生懸命ななかで、まるでズルをしているようだわ、って。支配者の権能として与えられた女神のちから、魔法。あなた、ここまでどうやってきた?」
黄金の亡霊はレフォリエの首に腕を回して、軽く体重をかけてくる。
レフォリエの心の隙間を見透かす青い瞳に、ぞっと肌が泡立つ。
水底にとどめられる時間がのびていく。
固く結んだ口の端から丸い泡が浮いた。ぷく、ぷく。
「頑張りさえすれば力づくでどうにかできる。ズルだわ。そういうものに求められるもの、知ってる?」
等身大の人間のような吐露が、レフォリエにはかえってどうすればよいのかわからなかった。
残酷な女王でも、わがままな母親でも、何か背負わされた不遇の女性に思えてくる。
それが子どもとして親に夢を見ているだけなのか。とっさに判断がつかない。
「人民にとって、わたしたちは井戸底へ投げる石」
奥歯が砕ける音を聞く。レフォリエのものではない。
押し殺した亡霊の声に、レフォリエの頭に背後にあるために確かめることができない亡霊の顔が浮かぶ。
たった三人の家臣にしか心を開かなかった、強大な暴君の姿を。
そこに、かつてレフォリエが知っていた感情があった。弱った心と体に、眉間に深い溝が刻まれる。
森の集落で、たくさんの宝石を拾う背中に投げつけられる冷笑、悪意。
何故、自分がこんな悪感情を向けれられねばならないのかという、苦痛、疑問、怒り、やりきれなさ。折れたくないという光の感情から育った負けず嫌いと、その陰に芽生えた劣等感。
掌の皮が破れる。無意識に、爪が食い込むほど強くこぶしを握っていた。
「覗き込んでも底の見えない井戸の底に、素晴らしい恵みがあると知ったら、欲しがるのは当然よね。
けれど、たどり着くためには凍えるほど冷たくて真っ暗な井戸に入る必要がある。
声をかけるぐらいはできても、一緒にはいけない。そんな狭い入口から、いつ終わるともしれない底まで。
細い暗がりを頼りもなく進むのは、とても孤独で、不安なこと。それでもいかなければ何も手に入らない。わかっているのに目をそむける。
あるいは、どうせ必要ないものだと諦める。時には価値を貶める」
――諦めきれなかったときは?
半ば反射的に疑問を浮かべてしまう。
レフォリエもまた、輝かしきものを諦められないものだった。例えば望みを成した達成感を。例えば友情や愛情の暖かさを。例えば日々を共に暮らす喜びを。
自分を道具のように運命を押し付けたようなものに、賛同めいた心を知られてなるものか。あわててかき消すも手遅れ。黄金の亡霊には筒抜けであった。
「わたしたちみたいな、彼らから見て恵まれたもの、上位者たるものを担ぎ上げる。
そうしていかにも守られる側です、戦う必要なんてないんですって顔をして、井戸へと放り投げるのよ。本当は石っころぐらいにしか思っていないくせに! 井戸の底を知るために。安全な道を痛みなく知るために!」
レフォリエは己の首をつかむ。息が苦しい。黄金の亡霊は変わらず優しくレフォリエを抱きしめている。
息をこらえようとして、謝って鼻に水が入った。焦ってため込んでいた酸素が一気にあふれた。
「しかし。捨てられる石でも身を投げる相手を選べる」
陸への命綱を紡ぐ息が肺からこぼれていく。
やがて意識が朦朧としだすだろう。
そこでレフォリエは黄金の亡霊に対して突如ひらめいた。必死で腕を振り払おうともがく。
「レフォリエ? できるのになにもしないものと、できることしかできないものであれば、後者を助けたいと思うのはおかしいと思う?」
まとう黄金の色がなにであるのか。どうして幻影が終わったというのに水底にレフォリエをひきとめるのか。
「でも、頑張るのはつらいでしょう。疎まれるのも苦しいでしょう。今からでも遅くはないわ。亡霊になってしまいなさい。耐える必要もなく動き続けられる。魔女グラヘルナに任せればいい」
この亡霊は、レフォリエをここで殺すつもりなのだ。
かつて魔女がレフォリエを予言の呪いによって殺そうとしたのも、この女王の願いをかなえるためであったのだろう。
そう気づいて、レフォリエのまなじりからこらえきれず一滴の涙がこぼれる。
涙は頬を流れることなく、そのまま泉のなかに溶けて失う。
その言葉に、レフォリエが本当に望む生き方をまるで理解していないのだとわかってしまった。
共感しかけたことが、がらがらと音をたてて崩れていく。
――ああ、そうか、あんたはわたしを知っていて、わたしのためにそうしようというのではないのか。
――ただの過去の残像にすぎないのか。
正直にいって亡霊の語ったもののいくつかには、レフォリエも納得するものがあった。
思わず「そうしたい」と心を動かされてしまった。
そこに母親への憧れが、本物の暖かさと混じったならば、このまま吐息をやめてしまったかもしれない。
だが、すべて偽物なのだ。
――一瞬でも、一瞬でも。本当のお母さんが愛してくれたのだと、わかってくれているんだと思ったのに!
他の亡霊同様に、魔女がつくりあげた、過去の女王の心と願いを象った人形でしかない。
期待が裏切られた悲しみに胸がしめつけられる。
悔しさを推進剤に変え、レフォリエは二滴目の涙をのみ込んだ。
亡霊にむけて叫ぶ。
――わたしは特別なんかじゃない。多少のできるできないの差なんてあって当たり前だ。進む恐怖も、喜びも自分で選んだ。わたしのものだ。わたしの心だ。誰だってそうだ。どこが普通じゃないというんだ?
着々と這い寄る死の気配は骨の髄まで染み渡る。悍ましい気配に腰を折って体を丸めた。
呼吸はもう限界で、頭にはもやがかかったようだ。考えるためのちからが根こそぎ奪われたかのように苦しい。
この事態をなんとかするだけの知恵が、レフォリエにはない。
だが何もしなければ死ぬのだ。なにもしないぐらいなら、やってから死ぬ。
泡もほとんど出ない口を開く。
ああ、悔しい。自分がいったいどんなものかなんて、今までしてきたことのなかで重要だったことなんて、一度でもあっただろうか。それが伝わらなかったなんて、自分でも見失いかけていたなんて。
悔しいから言ってやる。心の声だけでは足りぬというのなら、何も響かぬというのなら、教えてやろう。
「逃げれば楽さ。だが全部の楽しさも投げ捨てるようなまねは、ごめんだね!!」
ひとりは苦しい。先が見えないのは怖い。認められないのは痛々しい。
十分すぎるほど知っている。
「そん、なのは、なんの、理由にも、なりはしない……」
だからと口をつぐんでおとなしくできたら、こんなところにはいない。
レフォリエは選びたい道を選んできた自分を誇りに思ってきたはずだ。
――お前の手助けはわたしの手足を引っ張る。いらない、いらない! わたしはわたしのものだ!
黄金の亡霊の甘い声をかぶりをふってはねのける。
心が決まった途端、亡霊の手がはじかれたようにはねのく。
解放されたレフォリエは即座に水を蹴った。といっても、息をのめないのでは大したちからはでない。
数十センチしか離れなかった。その短い距離を、亡霊は追ってこない。
やけどをおったときのように手首をにぎり、レフォリエをねめつけていた。
苦々しげにゆがめられた唇から呪詛めいた説教がもれる。
「瀬戸際で覚悟を決めても遅すぎる。見たことか、レフォリエ。オマエはまだ子どもなのよ」
亡霊の言うとおりだった。
根気を振り絞るレフォリエの咥内に冷水が流れ込み、のどを、中身を蹂躙する。
かすむ眼が閉じかける。
――意地っ張りで死ぬなんて、また阿呆にもほどがあるって、呆れられるかなあ。
脳裏に、一番認めてほしかったものの声が響く。
「いかにも」
無愛想な男の声。レフォリエはそれを、最初は幻聴だと思った。
ここは水のなか。来られるはずがない。
「わかっていて痛みを得ようとは、阿呆以外の何物でもない。しかし、戦士は時に愚かであることが美徳となる。真に求めるべきものを捨ててまで得る安穏に、いかほどの意味があろうか」
否。否。否。幻聴ではない。
レフォリエはまぶたをこじあげた。まともに像も結ばない視界で、手をのばした。
指さきに形のない波が揺れた。熱が通う。ひときわ強い青い煌めきが激しく散るのを感じた。
さながら雲の隙間から地上へ伸びた柱のような光が焼きつく。
「それでこそ我が友」
青い炎がレフォリエを包み込む。
昨晩じゅう、ずっとあたっていた焚き火と同じ熱に、レフォリエは声にならぬ歓声をあげた。
眼球をぐりぐりと動かして炎のでどころを探し求めるも、見つからない。
そして思い当った。この炎は水上から降り注いでいるのではなく、自分のすぐ頭上からふきあがっている。
「ヴァラール」
かつて女王を殺した騎士の名を、亡霊が呼ぶ。
平坦なつぶやきには、何の感情も存在しなかった。
レフォリエはその声音に確信を強める。感情がないのではない、こめられなかったのだ。
魔女にとってエラヴは隣にたつ友人であったが、ヴァラールにとっては尊敬すべき女王だったのだから。
亡霊を生み出す術の使い手である魔女には、友であるからこそ、女王のもつヴァラールへの心を再現できはしない。
「俺は、ズルか? こやつが己をあざけってでも手に入れようとしたものは、ズルか。そんなわけがあるか。意志で掴み取ろうとあがいたのだ、俺が応えたのだ。馬鹿者め、だからお前は好かぬという!」
ヴァラールもまた黄金の亡霊には呼びかけない。黄金はただの影にすぎないということは、彼にとって一目瞭然のことだった。
怒声が泉のなかで反響する。
レフォリエは炎と声に囲まれて、そっと心臓の上で手を重ねた。
荒れ狂っていた脈拍が穏やかなリズムを取り戻していく。
全身に送り出される血潮に、自分のものではちからが流れ込んでいた。
レフォリエを包み込み、そして足元から押し上げるような力強い波動が誰から送られてくるのか。青い魔力以上に、その事実がレフォリエを熱く掻きたてる。
――嗚呼、必死に戦ったから。それだけでこの竜は認めてくれたんだ。
かつてレフォリエが願い、無理につなげた縁が結びなおされたのだ。
一方通行ではなく、双方から、しっかりと。
人間の魔法は並大抵の願望では成立しない強力なもの。
そうして今、魔法によるリンクから、レフォリエの体内をめぐる魔力とヴァラールのそれもまた繋がっていた。
黄金の亡霊を焼き払うために。
「亡霊風情が、女王をかたるな」
レフォリエを通じて、ヴァラールが亡霊を視る。
竜の嚇怒が亡霊を貫く。その亡霊の存在は、触れてはいけない領域、騎士の忠義に触れたのだ。
審議のいとまもなく、裁定が下されたに違いなかった。
研ぎ澄まされた殺意は最北の海より容赦ない。限度を超えた氷の意志は炎よりも激しく神経を焼く。
レフォリエの眼前が、他の何にも染まるべくもない深い青に染まった。
○
レフォリエは「死ぬ」と思ったことは何度もある。
だが、生き返った、と思ったのは初めてだった。
激しくむせているのが誰なのか、一瞬わからなかった。
それが自分だと気が付いたのは、水をあらかた吐き出した後だった。
生きるために、自分がどういう状況なのか確認するよりも先に、必死でえづいていたのだ。
「うぇほッ、ごほッ」
「起きたか。悪運の強いやつめ」
上半身を起こそうとしたが、胸が痛くて失敗する。
もだえるレフォリエを嘲笑うかのようなのんきな言葉がかけられた。
まだ定まらない焦点で、声の主を探す。
「わ、わたし、悪いことなんてしてない、げふ、こほっ」
「そういうところだ」
強気な指摘も一蹴される。
その態度になにくそと闘志が燃えあがった。大きな深呼吸を繰り返し、酸素をたっぷりとり込めば、意識が明瞭に戻っていく。
自慢の金髪が水を吸って肌にべったりくっついていた。レフォリエは前髪を乱暴にかきあげ、唇の端をつりあげる。
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
手を適当に動かすと、爪に土が挟まった。
なんとなく両手の指を握ったり開いたりすれば、やはり砂利や湿った土を掴む。
首をぐるんと回す。今度は鮮やかな緑の葉を茂らすメタセコイアの木々と、牧歌的なきらめきを浮かべるみなもが両手を広げてレフォリエを迎えた。
「ヴァラールがひきあげてくれたの?」
小首をかしげて、ヴァラールを見上げる。
ヴァラールは翼をたたんで地面に座り込んでいた。その皮膜の先っぽには水のあとがあった。
「いや。つかむ亡霊がいなくなると勝手に浮かんできた。多少、魔力の融通をしたのは事実だが」
「亡霊を焼いたあたりから記憶がないんだけれど」
恐らくそのあとは気を失っていたのだろう。
まだ喉がいがいがして仕方がない。水の中で意識を失った=溺れた、という発想は不自然ではないはずだった。無垢な瞳をヴァラールに向ける。
「それがよかったのだろう。昔、海に落ちてから下手に助けを求めたせいで沈んだ奴を何人か知っている」
「知ってるけど。前に深い川で遊ぼうとしたときに、溺れたときは浮いて待て、って教えてもらったもん」
「……そうか……」
森の集落では、川はとても身近なものだ。
生活のためにもほとんど毎日潜らねばならない場所でもある。
仕事場としても遊び場としても、よく知り、警戒する必要のあるよりべであった。
幼子の頃から徹底して危険を教え込まれていた。
ヴァラールはすっと爬虫類の顔を横にそむける。
その挙動は不審で、かえって日常の平穏さがあった。
レフォリエはそむけられた方に回り込む。すぐそむけられる。
そんなことを何度も繰り返した。だんだんヴァラールがいらついたように鱗から煙を燻し出す。
一方、レフォリエは胸をなでおろしていた。ヴァラールが動き回るためしっかりと観察することはできなかったが、ちらちらと確認した表情は、すっきりしているように見えた。
「よかった。気が済んだんだ」
「お前には関係ない」
突き放す物言いもへっちゃらだった。
噴火のような勢いで、やみつきになる達成感に満たされる。
レフォリエはだらしなく相好を崩す。意味を勘違いして、ヴァラールが小さな火を吐いた。それでもにやつきが収まらない。
「何がおかしい!?」
「へへへへ」
「な、なんだ気持ち悪い……いつものお前はどうした。頭がやられたか」
ふらつく足でヴァラールの周りをぐるぐる踊りまわるレフォリエに、ヴァラールはあらかさまに引く。
酸素不足で気持ちがハイになっている可能性は否めなかった。
だが、喜ばずにいられるはずがない。
そしてとろけた頭で、肝心なことを忘れていると思い出すのが遅れてしまった。
子鹿のようにぴょんととんだときだ。
それまで鏡のようだった湖面が大きく波立った。
何事かと足をとめ、振り返る。鳥が枝から慌てふためいてとびだち、獣の声がやむ。
数秒の静寂。
「静か、だ」
花が散るようだったレフォリエの破顔が固まっていく。
森からはいつだって何かしらが聞こえる。喉あるものの鳴き声、翼あるものの羽ばたき、歩くものの足音。命が動いている音がする。
それが何もない。まるで、森が死んでしまったかのようだ。
ぞわぞわぞわと冷えた身体からさらに血の気がひいていった。
ヴァラールもまた異変を感じ取り、首をのばす。ウサギが耳をそばだてるさまに似ていた。
勘違いではないことを知って、レフォリエも腰をかがめ、何かにそなえる。
数拍ののち、それは来た。
女神の怒りと呼ばれる現象が。




