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ドラクル・コード  作者: 室木 柴
第一章 ルール・オブ・ヴィジョン
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第二話 海よりきたる御使い

 明朝、細く白い足が、いらだちとともに盛大に毛布を蹴り飛ばした。

 養父のいうとおり、早めに寝床に潜ったが当然ながら眠りは浅い。

 薄い薄いおくるみのようなそれを破るのはいとも簡単なことだ。

 だから、玄関の前で奏でられるじだんだにだって凶器になりうる。

 可愛らしいいたいけな足音が目覚ましと化した途端、うとましく思われるのは自然といっていいだろう。


「うるさい」


 レフォリエが仏頂面を隠しもせず客人を迎えたのも、客人:ココワがおびえたような顔をしたのも、同じく無理ないことである。


「ごめんね! でも海の人たちがみえたから、きちゃった」

「そうか、こんな朝から来たんだ。そりゃすごいね、いってらっしゃい」

「もう! いっしょに行こうっていってるの!」


 ココワは年相応にほおをふくらませ、レフォリエの手をつかむ。

 だが昨日のささやく石が脳裏によみがえり、足が根をはったように動かなかった。

 芝の屋根で熱を閉じ込めた家のなかは暖かく、暗い。


「……どうかしたの? やっぱりきのうずっと川に入ってたから、かぜひいちゃった? レフォリエちゃんも人間だもんね」


 喜び勇んでとまではいかずとも、いつもなら黙ってついていく。

 頑として動かないのはいつにないことだ。

 日陰に隠れたレフォリエの相貌をココワがのぞきこむ。

 目と目がかち合う。

 レフォリエはココワのハシバミ色の瞳に、どことなく安心するような色合いを見てとった。

 なんとなくカチンときて、レフォリエは自分から日の下へ一歩踏み出す。


「平気に決まってる。寝起きでぼうっとしただけ。ミシジャさん、わたし出かけてくる!」


 背後を振り返り、自分より先に起きていた養父に声をかける。

 話の内容までは耳に届いていなかったようで、一見穏やかな様子で問い返された。


「おお、どこへ行くんだね」

「海」


 この集落の周りに海はないから、それだけで養父には伝わるはずだ。

 一年に一度の祭りはこの集落だけの習慣ではない。

 国の部族が交代で行う決まりで、前に儀式を行った集落が次の集落へ女王からつかわされた儀式の監視役:《御使い》を送り届ける。

 今までは《御使い》のあかしである女王の魔獣を従えられるものが二人しかいなかったが、今年から三人目が加わったという。

 予定通りなら、今年この集落に来るのはその新しい《御使い》のはずだ。

 常日頃から海からの恵みを商う前担当の集落の民と新しい《御使い》の到来とあっては、大人も子供もさぞにぎわうに違いない。

 ココワも浮足立った様子だ。

 そして予想通り、養父は眉を下向きに曲げる。


「行きたいのか」

「別に。でも誘われてるのにいかないのも変でしょ」

「まあ、お前がじっとしているのもおかしいか。いってらっしゃい、気をつけるんだよ」


 そういわれてみればそうだ。

 自分が言い出したことながら納得する。

 怖がって縮こまっているなど自分らしくない。

 おびえることが良い方向へ転ぶ道筋であろうか。否。それに大人と《御使い》といえど人の心を見透かすといううわさは聞かなかった。石のことさえ言わなければいいのだ。

 レフォリエはこくこく上下に首を動かす。


「えーと、よくわからないけれど、だいじょうぶなんだ?」

「大丈夫」


 つかまれたままだった手をにぎりかえす。

 いきなりまぶしい日差しのもとに躍り出て、目がくらむ。

 その間にもココワはぐんぐん「あっちだ」「こっちだ」と走ろうとする。

 実のところレフォリエの方が足が速いので、手を振り払って横に並んだ方が早い。

 しかしせっかく繋いだものを離すのも惜しいような気がした。せめて相手が重く感じないように走るスピードを合わせる。

 そんなことにのんびり気を配っているうちに目的地に着いたらしく、ココワが歓声をあげた。


「ほら、やっぱり海のひとだ。みんなとちがってむきむきだねえ」

「ミシジャさんがいってたけれど、あっちじゃ自分から妖魔の領域に踏み込むらしいね」

「ええ、そうなんだ? すっごいねえ」


 遠巻きに、半ば飾りと化している門の前で何か話し合っている集団を見やる。

 あくまで「線引き」程度に集落を囲む石の壁に何人かもたれかかっていた。

 ココワの言う通り、同じ白い肌をもった彼らは、いずれもたくましく鍛え上げられた肉体を備えている。

 色以外のなにもかもが、外敵も少なく儀式によって環境も穏やかな内陸とはだいぶ違う。

 いずれも盾を抱え、中には腰に斧や剣を下げているものまでいる。

 基本的に武器をもつことがない集落の人々も、ココワとレフォリエ同様、やや離れた位置でたたずんでいるようだ。


「あの人が新しい《みつかい》さまかなあ」

「だれ? それっぽい顔のはいないけど」

「ほら、ひとりだけ女の子がいるよ。すごいね、あたしたちよりちょっと先に生まれたお姉さんぐらいのおおきさなのに」


 最初は女性も戦力とみなされる海の集落で女の子といわれてもピンとこなかった。

 いわれてみれば、大人ばかりの海の集団に一人だけかなり若い少女がいる。

 周りを囲む海の集団に比べれば、きゃしゃといっていいくらいの体つきである。

 鈍色の胸当てが若干浮いている。海の集団よりやや大きめの盾を背中にくくりつけていた。

 よくよく目を凝らせば、いかめしさよりも美しさが際立つ。

 レフォリエ自身は海に行ったことはない。だがきっと、夜の水底はその瞳のような色なのだろう。淡い輝きがかえって色の深みを増している。肌は一級の真珠。真っ青に冷たい色の少女だった。


「きれいなひとだねえ」

「竜とか、死戦士(オセロメー)はいないのか……つまらないな」

「レフォリエちゃんったら、そっちのほうが好きなの?」

「女王の魔獣っていうから面白いんだろうなって思っただけだよ。三体目は竜だっていうし?人間よりずっと珍しい」


 聞くに、海の集落が時折売りに来る宝石のような鱗やら牙やらは、海の妖魔の一部だという。今日も護衛役さえ帰れば、あとは楽しい市場の始まりだ。

 市場に並ぶのは個々の人間にとっては面白いものばかり。

 内陸の人間は女王と妖魔が定めた契約に従って、お互い住む領域を定め不干渉を決め込んでいる。ひきかえ、海の海産物や宝物を得るために武器を振るう海の集落。体つきも服装も価値観もまるで違うのは当たり前かもしれなかった。


「竜の鱗ってきれいなんだろうなー」

「ほしいの? 《みつかい》さまにおねがいしたら、もらえないかなあ」

「フソンだからやめなさいっていわれるのがオチでしょ」

「もう、レフォリエちゃんってミシジャさん以外には本当すなおじゃないんだから! 決めつけてもなんもおもしろくないじゃん! ゆめみようよ!」

「そんなこといわれても……」


 適当にはぐらかしながら一帯を見渡す。

 しもべである魔獣やオセロメーは、生け贄を決める投票の際には必ずいるが、今はどこにも見当たらない。

 商人としての海の集団はいつでも見られる。

 早くも興味を失ったレフォリエは退屈な思いで立ち尽くす。

 ココワがきらきらした瞳で飽きもせず彼らを見ているものだから、他にすることがないのだ。


「まさか夜までずっとここにいるつもりじゃないだろうね」

「そんなわけないよ、っていう方があってるかもだけれど、《みつかい》さまとお話ができたらずっといっしょにいちゃいそう~。あたしも《みつかい》になれるかきいてみたい!」

「あ、長さまが来たぞ」


 ココワが《御使い》になれるかどうか、レフォリエには何とも言えなかった。

 今まで見てきた《御使い》はみな女性だった。かといって、普通の女性でもなれるものなら、たった三人などあり得ないと思う。

 集落の奥からやってきた長の姿を認め、無理矢理に話題を変える。


「本当だ。こんどのいけにえがどんなひとか、きいてくるのかな……」


 生け贄は女王がその条件を定め、条件にあてはまる人物に対する集落全員の投票で決まる。

 生け贄となることは名誉なことで、権力者であることも幼子であることもあった。

 流石のココワも死の恐怖はあるらしい。

 気まずくて、その呟きは独り言にしておく。

 もうそろそろ腰も曲がろうかという老人の登場に、《御使い》が前に出たのがわかった。

 一方、海の集団はあまりいい顔をしていない。

 それだけならいつも(・・・)のことだ。

 しかし、様子がおかしい。毎年、前の儀式を担当した集落は今年の生け贄の条件を伝えたら帰っていく。あくまで《御使い》を送り届けるだけで、商いをするものだけが残る。


「なんか、海のひとたち、おこってるのかな? ピリピリした感じがする」

「いつもなら一言二言話したら帰ってくのに、妙に長引いてるな。行ってみる?」

「じょうだんだよね?」

「まさか祭りの前に子どもを傷つけたりはしないだろう。ひまだったしちょうどいいや」

「レフォリエちゃんったら!」


 朝とは異なりすっかり調子を取り戻したレフォリエは、ココワの静止を無視して長のもとに向かう。


「ねえ、何してるの?」


 海の集団の特に機嫌の悪い男が長の胸倉に手をのばしかけたところで声をかけてしまった。

 思った以上に険悪な雰囲気だ。とげとげしい視線に一歩たじろぐ。

 馬鹿なことをしている自覚はあったので、わざとらしく小首をかしげてみせる。

 不機嫌な男が手をおろす。


「喧嘩?」


 高い位置にある不機嫌な男を見上げる。彼はしげしげレフォリエの顔を観察すると、ひとつ溜息をついた。


「これだから陸の奴らは。しかし、勇ましいやつは嫌いじゃない」

「よくわかんないんだけれど、喧嘩だったらよくないと思うな」

「お前たちの長が優しすぎるってことさ。お前たちは寝たら無事に朝を迎えられると思っていやがる。お嬢ちゃんはここの子にしちゃあ随分威勢がいい、ここにはもったいないぐらいだね」


 またひとつため息をつき、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

 褒められているらしい点は嬉しいが、わけがわからない。

 疑問の答えを求めて他の大人にも目を向けた。彼らは彼らで、言いにくそうに仲間内で顔を見合わせるだけ。

 出てきたのは青い《御使い》だった。


「ああ、ちょうど七歳ぐらいですね」

「……そうだけど」

「お見苦しいところを失礼致しました。今年の生け贄は『七歳の子ども』であるとお伝えしたところ、長が死を悼むようなことをおっしゃいましたもので。いくら名誉なこととはいえ恐ろしい気持ちもあるのかもしれませんが、ご安心ください。たとえ誰が生け贄になろうとも、それは名誉なこと。このソクルタが確実に神の御前へ送り届けます」


 あまりに明瞭で、儀礼的な文句だった。

 幼さの残る両眼はくもりなく開かれている。

 反対に、脳裏に石の予言が蘇ったレフォリエの表情は強張った。

 不機嫌だった男の手が頭部から離れていく。


「お嬢ちゃんならそんな情けねえことはいわないだろ、一安心一安心」


 どこか嫌味ともとれる口調で投げつける。彼の移動を合図に、ようやく海の集団も身を翻した。

 かたまったレフォリエのそばを長に連れられて《御使い》が通り過ぎる。ココワには似てもにつかない女だった。


「……どうすればいいんだろう……」


 今すぐ座り込んで、「頼むから時間よ止まって、考える時間をくれ」と愚痴りそうになる。

 無駄なのはわかっていた。

 レフォリエが立ち止まっても、何もかもが進んでいく。

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