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護衛の依頼

 カランカランと、冒険者ギルドのベルが鳴る。昼間とあって中には数人の人がいる。商業ギルドと同じようにカウンターが設置されているが、ソファなどはなく木造の室内はどことなく酒場と似たような雰囲気。

 冒険者同士、雑談できるよう簡易な丸いテーブルだけがいくつかあり、テーブルを囲むように冒険者が立ち話している。壁には依頼の紙が貼ってある掲示板や、賞金首や賞金モンスターの貼り紙なども。

 荒くれな冒険者達が集う所であって、少し騒がしい冒険者ギルド内をおどおどした様子で足を進めるマル。受付は3つあり、マルが用があるのは依頼を頼むカウンター。他の2つの受付にはいかついた男性が担当しているが、幸いなことに依頼を頼むカウンターには優しそうな女性が座っていた。

 ホッと一安心したマルは女性に声を掛ける。


「あの、依頼をしたいんですが」

「いらっしゃいませ。どの様なご依頼でしょう?」


 女性は赤毛で、天然パーマなのかクルクルっとしたショートヘア。クリッとした瞳と、鼻のそばかすが明るさを強調している。


「護衛です。カブリネ洞窟へ採掘に行きたいのでその護衛を」

「かしこまりました。こちらに必要事項をお書きください」


 1枚の書類には護衛は何人必要なのか、期間は何日か、報酬はいくらか、等々細かく分けられた項目が。

 初めて護衛を頼むにあたって、どう書けばいいかわからない。カブリネ洞窟にどの程度日数が掛かるのかも、酒場のマスターからは聞いていなかったのだから。


「わからない所がありましたら何でも聞いてくださいね。初めて見掛けますが、最近この村に越して来られたんですか?」


 ペンを動かせず困り果てているマルに、屈託のない笑顔で話し掛ける受付の女性。マルは自分が錬金術師の卵をしていることを話すと、女性の目がキラキラと輝きだす。


「んまあー、あんたが噂の錬金術師さんかー。ちんまい子だとは聞いてたがや、こげんちっこい子とは思わんかったとよぉ。そげんなちっこさで錬金術師さんとかえらかねー」

「…………え?」


 先程まで丁寧な言葉で話していた女性の口から、マルには聞き取れない訛りが。目を丸くするマルに慌てて咳払いをし、何事もなかったかのようににっこりと微笑む。


「必要しました。カイルさんやジャッカルさんから聞いてます。なんでも一人前の錬金術師になるため頑張っているそうで。今後ともこの冒険者ギルドをご贔屓して下さい」


 訛りはどこへやら。見事な変わり身にマルは目を瞬かせる。

 笑顔のままどこがわからないのかと聞かれ、カブリネ洞窟まで何日掛かるのか、普通は何人ぐらいの護衛と報酬がいくら必要なのか聞く。


「そうですね。カブリネ洞窟までは約半日、往復1日掛かります。それに採掘の時間を足すと早くて2日程でしょうか。カブリネ洞窟は奥に進めば進むほど、モンスターも強くなるので進み具合によりますね」


 簡易な地図を見せられ、タザム村からカブリネ洞窟の道を教えて貰う。

 カブリネ洞窟はタザム村から見える山の梺にある。自然に出来た洞窟らしく、最近になって洞窟の奥に強いモンスターが住み着きだした。倒そうと試みた冒険者が返り討ちにあったそうだ。未だに倒されてはいないが、洞窟から出てくることもないのでタザム村に被害はない。その為、今は討伐の依頼はないようだ。


「成る程。錬金術に必要な銅を採掘するため、護衛が必要と。銅でしたら洞窟の浅い所で採れるはずですから、そんなに強い冒険者の護衛は必要ないですね。そうですねー、今いる冒険者の中だと……あっ!」


 冒険者ギルドの女性は、マルの予算に合うように信頼の置ける低価格で引き受けてくれそうな冒険者を探す。強くては金額は上がり、実力が不十分だと人数が増えやはり報酬の金額がかさむ。

 カブリネ洞窟の浅い所であれば、冒険者に成り立てであってもそれなりの実力があれば十分。そう考えていた彼女の目に、タイミングよく冒険者ギルドに入ってきた人物が映る。


「ジャッカルさーん! 確か今空いてますよね? カブリネ洞窟まで護衛しませんか?」

「相変わらず騒々しいな、チェルシー」


 鋭い刃物のような眼差しのジャッカルに臆することなく、笑顔で手を振る女性は見掛けによらず肝が座っているのかもしれない。

 彼女の名はチェルシー。ギルドの受付嬢をしてはいるが元は冒険者。結婚を気に引退。持ち前の明るさと確かな実力から、引退を惜しむ声もあった。


「なんだ、卵の依頼か」

「あら顔見知り? なら丁度よかった。マルさんがカブリネ洞窟の護衛を探してて、ジャッカルさんなら1人でも大丈夫でしょう? 依頼料と護衛の内容はこれよ」


 マルが書いた依頼書を受け取り読む。



【依頼主】 マル

【依頼】 カブリネ洞窟に銅を採掘しに行く際の護衛、並び荷物持ち


【日数】 2日〜3日

【人数】 1人

【報酬】 銀貨2枚



「随分と安いな」


 護衛の仕事は難易度が高い。対象者を守りながら戦闘を行わなければならないからだ。しかも今回護衛する冒険者の人数は1人。日帰りではなく野宿しながらの護衛とあっては、疲労も相当なものとなるのが予測出来る。

 普通ならば銀貨5枚はあってもおかしくはない。いくら駆け出しの冒険者といえど、半額以下の値が書かれていれば眉を潜めてしまうのは仕方がないだろう。


「今回はカブリネ洞窟の浅い所までの護衛だから。それに早めに顔を売っといた方がいいわよ。なんたってマルさんは錬金術師! これからも錬金術の素材を取りに何度も護衛を頼みにくるだろうし、今のうちに顔を売って贔屓して貰えるよう頑張ってみたら?」


 要は先行投資。最初は低めの値段で請け負い、信頼を得れば続けて指名して貰える。そう考えれば悪い話ではない。


「まあ、いいだろう。他に俺が請け負える仕事もないようだしな」


 タザム村は田舎村。人口も数百人程度で、頻繁に依頼が舞い込むこともない。割りのいい仕事がきてもベテランの冒険者が取ってしまい、駆け出しのジャッカルが請けられる仕事は多くないのだ。

 片手で数えれる程度に護衛の仕事は経験済み。仕事がなければ食べていけないのはどの職業も同じ。然れど農業の手伝いばかりではなんの為の冒険者なのか。

 それならば、少しでも自分の腕を上げられる依頼の方がいいと思うのは当然。安くともジャッカルに拒否する考えはなかった。


「この依頼のランクと難易度は?」

「そうね、護衛の依頼だけど近場で危険はそれほどない……ランクEで難易度は4といったところかしら」

「わかった。卵、この依頼は俺が請け負う。異論はあるか?」

「へ?」


 ぽかんと二人のやり取りを見ていたマルは、突然話を振られ反応出来なかった。ジャッカルが自分の護衛をしてくれることになったことをもう一度チェルシーから聞き、漸く理解したマルは驚きに目を開く。


「ありがとうございます!」

「今から行くとなると、カブリネ洞窟に着くのは夜だ。行くなら明日の朝からの方がいいだろうが、どうする?」


 仕度の準備もあり、カブリネ洞窟に向かうのは明日と決め、ジャッカルとは別れた。その時、チェルシーに報酬の半分を支払うよう言われる。これは前金であり、依頼主が未払いで逃げないようにする為と、冒険者にきちんと仕事を熟させる為でもあるのだ。

 2、3日の旅の仕度とあっては食料も持っていく方がいいだろうと考え、食材を買って帰る。

 遠出と言えば弁当。そう考えたマルは翌日の早朝、二人分の弁当と作る。昨日買った干し肉とパンを保存食にし、水筒などを持って待ち合わせの場所まで向かう。

 既にジャッカルは着ていて、慌てて駆け寄る。嵩張る荷物を背負いながら走ってくるマルに、ジャッカルは苦笑いをした。

 マルは依頼主であり自分は雇われの身。約束の時間より早めに来るのは当たり前であり、その方が信頼も上がる。だから依頼主のマルが慌てる必要などないのだ。


「お、お待たせしました!」

「待ってなどないから卵が走る必要はない。それが荷物か? 貸せ」


 差し出された手に戸惑う。いくら護衛だからといっても、自分の荷物を持って貰うのに躊躇してしまうのがマルだ。だが依頼内容に荷物持ちも入っていることを言われ、申し訳なさそうにリュックを渡す。

 思っていたより重い荷物を担ぎ、マルとジャッカルはカブリネ洞窟へと歩き出す。

 道中、モンスター避けの笛を吹いたおかげで、モンスターに遭遇することはなかった。タザム村付近にはモンスターが出現すること事態稀なのだが、念には念をである。


「便利な道具だな。それがあれば護衛は必要ないんじゃないのか?」

「レベル5以上のモンスターは出てきちゃうんです。子供向けの笛なので」



■若葉の祈り笛

 【分類】楽器

 ランクE 品質【並み】


 この笛を吹くと、レベル5以下のモンスターを寄せ付けない。幼い子供が遊びに行く時などに使われることが多い。



「子供向けか。卵にはピッタリだな」

「……一応これでも15歳です」


 後にこの時ほど驚いたことはなかった、とジャッカルは語る。




 太陽が真上に登った頃に木の下で昼食を取ることに。ジャッカルは自分の持ってきた携帯食料を食べようとした。


「あのっ、これよかったら」

「俺に? 悪いな」


 今まで請け負った護衛の依頼主からは、昼食など用意して貰ったことなどない。自分の食事は自分で用意する。それが当然であり、ジャッカルも当たり前だと思っていた。

 渡された弁当の蓋を開ければ、葉の野菜と肉を挟んだパン。栄養バランスを考えてなのか、彩りのある野菜が詰め込まれている為、華やかさがある。量は物足りないが護衛の仕事の最中なのに実に豪華な食事だ。


「うまいな」

「本当ですか! 護衛をして頂くので精が付くものがいいかなって思って。でもお肉だけじゃなく野菜も必要だから、サンドイッチにしてみました」

「母親みたいだな」


 顔見知りとは言っても軽く挨拶しただけの仲。初対面と差ほど変わらない。いくら護衛をするからといっても、ジャッカルは報酬を貰うのだからそこまで気にする必要などないのだ。

 心の中で「卵はお人好し」と判断し、足りない分は携帯食料で補った。

 タザム村から約半日。途中休憩しながらも、日が沈む前にカブリネ洞窟に辿り着くことが出来た。

 洞窟の入り口からひんやりとした風が流れ、奥は真っ暗で見えない。得体のしれない不気味さに無意識に喉を鳴らす。


「いくぞ。俺の傍から離れるな」


 絶対に離れないと、必死に首を縦に振るマルに苦笑いし、ジャッカルとマルはカブリネ洞窟へと入っていく。





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