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商業ギルド

 村長の執務室のソファーには、部屋の主が横たわっていた。目には濡れたハンカチを、傍にはレミリアが扇子を扇いでいる。


「そんな、まさか、錬金術師殿がこんな子供だったとは……」

「錬金術師の卵です。まだ正式な錬金術師ではないので……ごめんなさい」


 マル自身が偽りを言った訳でも、マルの師匠が言った訳でもない。勝手に勘違いをしたのはハルドだ。

 アトリエを建てる際にマルの師匠がハルドに自分の弟子が来ると伝えたが、何を勘違いしたのかハルドは優秀な錬金術師が来ると胸を高鳴らせた。

 大した名物も観光地もない田舎村、タザム。村長として村での地位はあるものの、変わり映えのしない生活に退屈していたのだ。そこに現れた救世主。錬金術師によって国が、王都が目覚ましい発展を遂げているという噂は、この田舎村のタザムにまで届いていた。錬金術がどんな物かは詳しくは知らない。だが難病を治す薬を作っただの、伝説と呼ばれる武器を作っただの、噂が噂を呼び、錬金術師は凄い存在だという事は伝わっていた。

 そんな錬金術師がこの村にアトリエを開く。村が発展するのは間違いない。村が発展すれば自分の懐も地位も、今よりもずっと潤うはずだ。そう考えたハルドは、この村に来る見習い錬金術師と親密な関係を築こうと、あれやこれやと邪な算段を計画していたのだが……。

 やって来たのは幼い子供。それも優秀な見習い錬金術師にはとても見えない子供。身勝手なハルドは絶望した。


「あのそれで、私この村でアトリエを開きたいのですが」

「……勝手にしろ。お前のような子供が店など繁盛させる事などできんだろうが、私に迷惑だけはかけてくれるな」

「はい、ありがとうございます!」


 もう要はないとばかりに、ソファーで寝そべりながら手を振るハルドに深々と頭を下げマルは執務室を出た。


「旦那様が失礼な態度を取り、申し訳ありません」


 マルを見送る為、一緒に執務室から出てきたレミリアが謝罪する。いくら子供といえどあからさまな落胆振りを見せ、犬でも追い払うかのような態度を取った自分の主人に憤りを感じていたからだ。

 だがマルは気にするような素振りを見せる訳でもなく、ほんわりと暖かな笑みを見せる。


「いいえ、気にしないでください。よく錬金術を学んでいるとは思えないと言われたり、10歳の子供に間違われたりした事が何度もあるので」


 ではいくつなのか。

 疑問を口にすることなく呑み込み、目の前にいる幼い子供が見た目とは違うのだと改めるレミリア。彼女もまた、マルを10歳ぐらいの子供だと見ていたからだ。

 レミリアに見送られながらマルは村長の屋敷を出て、次はゆっくりとタザム村を見て回ることにした。タザム村にはそれほど多くの店はない。飲食店は食堂と酒場しかなく、八百屋魚屋肉屋も一軒ずつ。錬金術に必要な道具などは、村の人からは何でも揃うと言われている一軒しかない雑貨屋に行くしかない。

 最後にマルが向かった先は商業ギルド。村でアトリエを開く際、村長の許可を最初に貰い、それから商業ギルドに登録しなげればならない決まり。もし登録していなければ、違法な物を販売していると見なされ投獄されてしまうのだ。

 村の商業ギルドはそれほど大きくはなく、マルのアトリエの2倍ぐらいだろうか。檜で出来た木造の2階建。入り口に、国共通の商業ギルド看板が飾られている。


「こ、こんにちは……」


 片方だけ開けられた扉から顔を出し中を覗き込むと、3つの受付に座る男性と女性が各々いて、マル以外にも数人の客がいた。モダンテイストなのは服屋の内装と似ていて、天井にはプロペラが回っている。

 入り口で挙動不審に立ち尽くすマルに気付いた1人の男性が、優雅な足取りで近付き微笑みかけた。


「ようこそ商業ギルドへ。どのような御用件でしょうか?」


 やせ形の長身。無駄なくセットされた灰色の髪と髭。いかにも高そうな黒のスーツを着こなすその男性は、まさに執事のようで。溢れる大人の男性のフェロモンに、マルが思わず引け腰になってしまうのは仕方がないだろう。


「あ、あ、あの……アトリエを、開きたくて」

「アトリエ? では貴女が村長が言っておられた見習い錬金術師殿でしょうか?」

「はい、そうです」

「御話は伺っております。どうぞこちらに」


 緊張でどもってしまうマルを上手くリードし、男性は受付とは別のテーブルへと誘導しソファーに座らせる。落ち着かせる為にと、優雅に紅茶を煎れる姿はどうみても貴族に仕える執事。カップから甘い匂いが漂う。勧められるがままに紅茶を口にすると、体の中にまで染み渡る温かさに緊張が解れていき、紅茶のおいしい甘味に思わず口が綻ぶ。


「おいしいです。こんなおいしい紅茶はじめて」

「左様ですか。喜んで頂けて私も嬉しいです。では改めて。私はこの村の商業ギルド長を勤めております、スルーズと申します」

「マ、マルといいます。錬金術師の卵です」


 丁寧な口調で自己紹介され、解れた緊張が再び戻ってくる。そんなマルを微笑ましげに見つめ、受付から持ってきた書類を差し出す。そこには、タザム村での営業許可書とアトリエで何を販売するのかなど、営業する上での注意事項なども書かれている。

 そのなかに『値下げや激安商品を販売する際、過剰な価格変動はしないこと』という項目にマルは首を傾げた。安い商品であれば買う人は喜ぶはず。なぜ禁止されるのか。不思議に思い質問すれば、答えはあっさり返ってきた。


「無用な争いを避けるためです。同じ商品で値段が違えば、値段の安い方へとお客様は流れます。それによって価格競争となり店は経営が成り立たなくなってしまい閉店。価格競争に参加しなかった店はお客様の足取りが途絶え、店を畳むことに。それによって競争店を憎み、暴動や争いが起きたことがあったのです」


 なぜ師匠が他の店の価格調査をするようにと書いたのか、スルーズの話でその理由がわかった。争いなんてものはマルも望まない。この後は雑貨屋や病院に行き、価格調査を続けようと思った。


「ただし、同じ品物でも品質や効力が違えば値段を変えてもいいのです。そこは貴女が決めてください。経営が傾かないように」


 にっこりと微笑むが、言ってる内容は笑えない。まだ何を販売するのか決めてないが、商売をするのは大変そうだと感じる。

 必要事項に目を通した後、承諾したとして自分の名前を書く。マルのフルネーム。長々と書かれたマルの名前に、一瞬ピクリとスルーズの眉が動いたがすぐに元の顔に戻る。

 記入漏れがないか確認し、最後にもう一度フルネームが書かれた場所を見つめ、チラリと視線をマルに移す。


「15歳と書かれておりますが、御両親の承諾はございますか?」

「えっ!? あ……その、私は勘当されてるんです。錬金術師になる事を反対されて、それで二度と帰ってくるなって言われて……両親の承諾が必要ですか? ないとアトリエは開けませんか?」


 悲痛な表情を見せるマルに、スルーズは何となくマルの背景が読み取れた。まだ15歳の少女が、錬金術師になりたいという夢の為に、家から勘当されるのは相当な覚悟と辛さがあっただろう。

 まだ不安な顔色を見せるマルを安心させるように、暖かな笑みを向ける。出来る限りこの少女の力になりたいと思うのは、彼自身の過去も関係しており、マルの気持ちが痛いほど伝わってきたからだ。


「大丈夫ですよ。師の下で学ばれた貴方はその師の保護可にありますから。承諾書があれば受け取ろうと思っていただけですので、お気になさらず」


 強張っていた肩の力が抜け、安心したように息を吐く。何か困ったことがあればいつでも相談にのると言ってくれたスルーズに感謝し、マルは商業ギルドを後にした。


 青かった空が赤紫色に変わり、酒場の前を通り掛かると中からお腹の虫を鳴かせる匂いが。タザム村に来て数時間。紅茶しか飲んでいないマルのお腹は、訴えかけるように低い音を鳴らす。


「何か買っていこうかな」


 酒場を眺めていると、おいしそうな匂いを漂わせた紙袋を持って帰る客が店から出てきた。どうやらお持ち帰りができるらしい。外まで聞こえる賑やかな声は、どれも野太いもので入るのに躊躇したが、腹ペコのマルは意を決して足を踏み入れた。





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