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タザムの村長

 アトリエを出たマルは、大きめの肩掛け用の鞄を揺らしながら、取り敢えずお隣の家に挨拶しに行くことにした。最初に錬金術師の卵だという事を説明した方がいいと、ノートにはそう書いてあった。

 錬金術師は様々な実験を行う。薬を作る上で悪臭が出てしまうことも然り、大きな音や大量のゴミが出てしまったりと、かなりご近所迷惑なのだ。ご近所トラブルにならないよう、予め起きるであろう事を説明しなければならない。


「こ、こんにちは……」


 弱々しく挨拶をしてドアを開けると、可愛らしい鈴の音が店内に響く。外装では何の店かはわからなかったが、棚に立ち並ぶ色とりどりの布や服を見て服屋だとわかる。

 深みのある茶色と白のモダンテイストの店内は、服屋だけあっておしゃれだ。生地だけを売っていたり、シンプルなデザインの服がハンガーに掛けられたり、棚に綺麗に畳んであったり、安売りとして無造作にワゴンに積まれたりと、売り方は様々。


「あ、価格調査しなきゃ」


 挨拶が目的だったが、客が来た合図の鈴の音が鳴ってもまだ亭主は出てこない。折角だからと、マルは生地の値札を見ながらメモ帳に記入していく。すると暫くして、慌てたように足跡が店の奥から聞こえてきた。


「待たせてすまないねぇ。いらっしゃい……おや、見かけない顔だねぇ」

「あ、こんにちはっ! 今日隣に引っ越してきましたた錬金術師の卵、マルと言います。よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げ挨拶をすれば、店の亭主のおかみさんはポカンと口を開ける。マルを頭から爪先まで何度も視線を動かし、「はぁ」と気の抜けた返事を返す。


「隣に何かの店が出来たのは知ってたけど……こんな小さな子が錬金術師の卵だってぇ? お嬢ちゃんはいくつなんだい?」

「15になります」

「うちの子と同じじゃないか! 見えないねぇ、てっきり10歳ぐらいかと思ったよ」


 言われなれてきた台詞に苦笑いするしかなった。

 マルの身長は小さい。15歳になるも既に成長期は過ぎ去り、150センチにも充たない。加えて童顔な為より一層幼く見えるのだ。ショートボブの髪は紺色。少しでも大きく見せようと、頭よりも大きな帽子を被っていて、素朴なベージュのワンピースは足首まで長く、稀に裾を踏んで転ける。フリルとポケットが付いたワンピースが、よりマルを幼く感じさせるのかもしれない。


「あの、それで。錬金術師はたくさんの実験をしたりするから、煩かったり嫌な臭いがしてきたりするかもしれないので、先に謝ろうと思って……」


 内容が内容なだけに、徐々に声が小さくなっていく。普通なら隣から騒音や悪臭が漂えば嫌われる。もしこれで仲が悪くなればこれから先、生活しにくいものになるだろう。

 目をギュッと強く瞑り、恐る恐る服屋のおかみさんの反応を待っていると、粋のいい笑いが飛ぶ。


「あっはっはっはっ。そういうことかい。なるほどねぇ、だからあの人は」


 てっきり眉間に皺を寄せていると思っていたおかみさんの顔は、太陽のように明るい笑顔だった。なぜ? と戸惑うマルに、カウンターから出てきたおかみさんは、優しく肩に手を置きマルを暖かく迎え入れる。


「気にしなくていいさ。あんたの店は音や臭いが漏れないよコーティングされているはずだからね。おまけにこの辺りの店が火事にならないよう、不思議な液体を塗ってくれた人がいてね。あんたが大きな音を出そうが、怒る人なんていやしないよ。安心しな」


 そんな親切な人がいるなんて……とマルは感動した。店を作ったのは師匠なので、錬金術師としての悩みの種を取り除いてくれたのだろう。それはマルにも理解できた。しかし、周りの家を火事にならないようコーティングしたのはいったい誰なのかと悩む。

 錬金術師の実験の過程で爆発などもたまにあるのだ。最初はマルも師匠がしてくれたのかも? と思ったがすぐに首を横に振る。普段から人との交流を嫌う師匠が、そこまでしくれるとは思わなかったからだ。

 普段の行いが物をいうとはこれ如何に。


「店を開きたいなら村長の所に行きな。此処を出て左に真っ直ぐ行くと看板があるから、その道順通りに行くといいよ」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします!」


 親切に教えてくれた服屋のおかみさんにお礼を言った後、マルは他のご近所にも挨拶をしてから村長の家を目指す。

 歩き続けること数分。アヒルらしき絵柄の看板があった。


『村長の家はこの先右へ』


 不細工なアヒルだなと思いながら、書かれた通りの道順を進む。住宅が並び、見覚えのないマルが通り過ぎていくのを、村人達は物珍しげに見つめる。

 それほど多くはない外部との交流。幼いマルが一人で歩いているのを不思議がるのも無理はない。


「此処、かな?」


 何枚かのアヒルの看板に導かれてたどり着いたのは、他の住宅より二倍以上の大きさを持つ屋敷。玄関前にアヒルのプレートが飾られているのが目に入った。


『村長 ハルド・タザム の家』

「わかりやすくて助かる。こんにちはー」


 マルは玄関に付いている輪っかを握り扉を叩く。微かに返事をする声が中から聞こえたので、扉が開くのを待った。村長の屋敷の花壇は色鮮やかな花が咲いており、物干し竿に干された白いシーツが気持ちよさそうに揺れていた。


「はい。あら、どちら様でしょうか?」


 玄関の扉が開き中から出てきたのは、クリーム色の髪を腰まで伸ばし切れ長の目をした美人メイド。村で見掛けないマルに若干の警戒心を持つが、それを決して表に出さず微笑む。美人メイドの笑みに思わず見とれてしまうが、すぐに我に返り慌てて挨拶する。


「は、はじめまして。今日この村に来たばかりの錬金術師の卵のマルです。村長さんにご挨拶しに来ました」

「……貴女が。お話は伺っております。どうぞ中へ」


 マルが錬金術師の卵だという事に内心驚くも、やはり顔には出さないのメイドの鏡。錬金術師は、卵といえど自尊心が高い者が多い。例え一人前ではなくとも限られた者にしかなれない為、見下した態度を取る者がいるのは嘆かわしいことだった。しかしマルからはそれが感じられない。緊張しているものの、本人の性格からかのほほんとした暖かな雰囲気を醸し出している。


「失礼します。旦那様、見習い錬金術師の方が来られました」

「おおっ! 来たか。はよ中に連れて参れ!」


 村長の執務室の前で待たされ、メイドが先に中に入りマルの事を伝えると、興奮した男の声が聞こえた。

 メイドに導かれるように中に入ると、入り口正面に置かれた机に背を向ける男が一人。お腹が出たぽっちゃり体型の平均的な身長をした中年の男は、マルが部屋に入った事を感じとり、蝶ネクタイを弄りながら誇らしげに振り向き自己紹介する。


「ようこそ有望なる見習い錬金術師殿。この私がタザム村の村長、ハルドと申します。見習い錬金術師殿には我が村の発展を……………ん? レミリア、見習い錬金術師殿はどちらに行かれた?」


 下心満載で出迎えようと笑顔で振り返ってみれば、ハルドの目の前にいるのは幼い子供だけ。ハルドが想像していた神々しいであろう錬金術師は何処にもいなかった。

 部屋の中をキョロキョロと探すハルドに、マルに対して申し訳なさそうな声でレミリアと呼ばれたメイドが口を開く。


「旦那様の目の前にいらっしゃられる方が見習い錬金術師のお方です」

「目の前…………えっ。この子供が錬金術師殿というのか? レミリアが冗談を言うのは珍しいではないか」


 はっはっはっ、と大口を開けて笑う声が部屋に響く。しかしレミリアが沈黙のまま佇んでいると、その笑いが乾いたものへと変わる。チラリと視線だけマルに移せば、苦笑いをしているだけで否定しない。

 まさかっと、ハルドの背中に汗が流れる。否、そんなはずはないと浮かび上がった言葉を振り払うかのように頭を左右に振った。ゴクリと喉が鳴る。冷や汗が止まらない。恐る恐るといった様子で、ハルドは目の前にいるマルに名を聞いた。


「……お前は、誰だ」

「はじめまして。錬金術師の卵、マルといいます」


 マルが自己紹介した瞬間、ハルドはくらりと意識を飛ばしてその場に崩れ落ちた。




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