45バカ!フラグ立てんな!
トンテンカントンテンカンと金槌木槌の音が木霊するこの場所はスフェアヴルムの艦体中央に位置する工房区画だ。主に消耗品の魔導具やその部品を作ったりしている。
魔導具関係の設備なので管轄は第四技研のネルネイアさんだ。
普段はそれ程忙しくも無いこの工房区画が今始まって以来の大入りになっていた。
「砲座できたぞ!砲身はどうだ!」
「もうすぐ上がります!術式を込める準備お願いします!」
「応さ!いつでも来いやぁ!」
工房と言うだけあって中はかなりむさ苦しい空間だ。特別に強化された換気設備がなけでばコミケ雲でもできていたかもしれない。
この工房区画は何せ金属が多い為、潮が天敵であった。しかし艦内に収めるのであれば換気は必須。だが換気しようとすればたちまち潮風が入り込んで部品や素材を台無しにしてしまう。
そこでメグファイン印の魔導具フィルターだ。
これにより塩分と水分を極力取り除いた吸気を実現する事ができた。
ではなぜこれを艦内全体に普及しないのかと言うと、単純に高価なのである。
素材には大陸でしか採れない鉱石素材を用いているため、海上で生産するには予備のフィルターや材料を積んでおくか、俺が作るしかないのだ。
そして、材料が高価なだけあって俺が作る時の魔力の消費量が激しく、他の修理も考えれば一日に三枚が限度だ。
「今日はフィルター作りをしない代わりにこちらのダイナマイトを作っていきましょう。材料はどのご家庭にもあるこの魔力結晶!こちらの魔力結晶を飲み込んで体内でこねこねする事二時間であら不思議!自分のお腹から全長七十センチで十センチ径のダイナマイトが出来上がりました!」
爆弾二時間クッキングを丸一日ずっと繰り返しているとこうもなる。
トニトロトルエンの生成自体にかなり魔力を消費するので、一個目の時点で魔力装甲の術式を維持する事も難しい程の欠乏を起こしかけた。
そこでネルネイアが提案したのが、現在消費先の少ない魔力結晶の使用だ。
今、スフェアヴルムは機関であるゼアディーチェを停止して停泊しているのだが、空力魔力変換機は常に稼働しているのでゼアディーチェ以外に用途があるとはいえ魔力結晶は普段の五割増しでプラス収支だ。
なので魔力結晶をバリボリかみ砕いて体内で魔力に変換し、ダイナマイトを作るのだ。
それで一個作るのに二時間近くかかる物を丸一日作り続けて五個出来上がった。
え?二時間で作れる物を丸一日やってたなら十二個できるんじゃないかって?労働基準法って知ってっか?
「進捗はどうだ?」
何時の間にかレミルが直ぐ後ろに立っていた。疲れすぎて気が付かなかった。
「駄目です」
「駄目だと?何が足りない?言ってみろ」
「冗談です。でもこの短時間じゃ用意できる数は少ないので無駄撃ちはできないでしょうね」
キャルレッジ提案のゼイルロン領ムータスーイ島奪還作戦までもう時間が無い。しかもこちらの体力も魔力も無いのでこれ以上ダイナマイトを用意するのは無理だろう。
なんせ五本作るのに在庫の魔力結晶の七割近く使ったのだ。スフェアヴルム自体の起動用の魔力結晶を差し置いても少々使い過ぎた位だ。
ダイナマイト以上の威力の爆弾は確かに知ってはいるが、構造が複雑すぎたり、事後処理に困る物だったりだ。
焼夷弾も考えてはみたが今回の奪還作戦では衝撃と畏怖が大事なのだ。
敵対勢力に大きなインパクトを与えて戦意を喪失させる。数は少なくてもニ、三発撃ち込んでから後はハッタリだ。
多少上陸戦はあるだろうが最初の衝撃で戦意を削る事が出来れば後は容易いだろう。
「キャルレッジの作戦は上策だが、敵の戦力が不明瞭だ。戦いに絶対は無い。君自身も戦力として数えているので体調管理はしておけ」
そう言うとレミルは保存食の中でも貴重なハムとチーズを置いて行った。差し入れのつもなんだろうし、有難く頂いておくことにしよう。
・・・・・・・・・
俺が6本目のダイナマイトを完成させてから、時間にしておおよそ6時間程が過ぎた所で、ムータスーイ島奪還作戦が発令される。
「抜描!両弦微速!スフェアヴルム発進!」
レミルの号令と共に艦橋が慌ただしくなった。スフェアヴルム程の巨艦ともなれば艦橋から機関室まで伝声管を繋げるなどできるものでは無い。故に例のマジホの据え置き型である魔力通信機によって連絡を取っている。これは糸電話の原理ほぼそのままであり、声の振動を魔力の波に変換して銀製の細糸で対になっている通信機に流すと、術式によって魔力の波を音に変換できるという物だ。
その魔力通信機によって艦内各所に迅速に通達が届く。
スフェアヴルムのゼアディーチェが起動し、少しずつ速度が増していく。
第一船速まで上げないのは魔力の節約の為だ。今回はキャルレッジの秘策もあると言う。そのためにも魔力を温存しておきたいそうなので、微速前進というわけだ。
「目標!ムータスーイの海岸線!二十は離しておけよ!撃て!」
号令が上がれば即座に伝達され行動に移される。
左舷上甲板と中甲板の魔導砲が旋回し、ムータスーイ島に狙いをつけて少し。発砲した。
発砲とは言っても実弾を撃つわけでは無い。魔導砲という物は本来防衛用に開発されたいわゆる魔導具版の大砲と言った所だ。弾体となるのは魔力の塊が標準ではあるが、各種属性を込めたスクロールを装填する事によって対応した属性の魔力弾を打ち出せる優れものだ。これ一基で氷の槍からテルミットの様に燃え続ける炎にカマイタチの様な旋風に岩の砲弾の様な物まで投射できるのだ。
そんな魔導砲がムータスーイ島の海岸線に牙を剝いている。
「撃ち方止め!ダイナマイトの装填初め!」
レミルが指示を飛ばすと同時にムータスーイ島とスフェアヴルムのほぼ中間地点にとてつもない大きさの水柱が発生した。遅れて爆音と衝撃が来る。
「発射したのか!誰だ!」
「いえ!まだ装填中です!」
「じゃあなんだあれは!」
轟音を上げて空に撥ね上げられた水が海面に落ちる。その中に影が差している。大きさは水柱の半分程であったが、それでも天を仰がねば頂点を見る事ができない程の大きさの巨大な影。
「す・・・水神竜・・・」
まるでリュウグウノツカイに幾つかの深海魚の顔を足したような風貌をもつ巨大な竜が水柱の中から姿を現したのだ。
「レミル艦長!落ち着いて下さい!あれは大型種の海龍です!水神竜ではありません!」
ネルネイアが腰の砕けたレミルを支えている。
確かに、スフェアヴルムと比較しても遜色しない程巨大な海蛇が現れたら誰だって腰の一つや二つ抜けるに違いない。誰だってそうなる。俺だってそうなった。
だがネルネイアは大型の海龍を見ても落ち着ていた。
「取り舵一杯!両弦最大船速!右舷砲門開け!射角に入り次第砲撃初め!」
先程ムータスーイ島を砲撃するために面舵を切って左舷を向けていた所、島との間に大型の海龍が現れたのだ。左舷の魔導砲は現在ダイナマイトを装填しているのですぐには撃てない。となれば右舷の魔導砲を使うのは確かな判断だ。
海龍が喉元を膨らませているのを除けば。
「面舵一杯だ!ブレスが来るぞ!」
「何!?面舵!面舵一杯!」
「右舷アンカー降ろせ!」
急な指示の変更に戸惑う事も無く、スフェアヴルムが動き出す。右舷アンカーが着底し、抵抗によって急速回頭したことによって、海龍の吐き出した水の塊は先程までスフェアヴルムの居た海面を打ち据えると、それにより発生した波が艦体を大きく揺らした。
「状況知らせ!」
「艦尾左舷に至近弾!艦体に亀裂発生!」
「ダメージコトロール急げ!こんな所でスフェアヴルムは沈むわけにはいかん!」
どうやら掠っていたらしい。あれほどの規模の水のブレスだ。至近弾であっても下手をすれば致命傷だ。直撃など持っての他である。
「右舷アンカー回収急げ!次が来るぞ!」
「レミル艦長!左舷魔導砲を使うべきでは!」
「しかし・・・うむ、しかたないか。左舷全砲門開け!弾頭そのまま!」
ネルネイアの指示によってダイナマイト砲弾の使用許可が出される。本来は最初に普通の魔導砲で脅しをかけ、それに応じなかった場合の虎の子であったのだが、脅しには応じない可能性の方が高かったので、そのあとに島に撃ち込む予定だったのだ。
だがそれもあくまでスフェアヴルムが沈まずにムータスーイ島を射程に収める事が出来た場合だ。ここで沈んでしまっては意味が無い。
「目標!大型種海龍!撃てぇ!」
左舷の魔導砲が火を吹いた。
ダイナマイトを収めた弾頭が大型海龍の胴体に吸い込まれる様に飛んでいき、破裂した。
構造は簡単だ。元より貫通などさせるつもりは無いので弾頭の先が銛の様な構造になっており、刺されば返しのせいで抜くのが難しい。
そして着弾した衝撃で弾頭内部のダイナマイトに着火されるのだ。
これで軟目標に対する簡易接触信管の完成だ。
「やったか!」
「バカ!フラグ立てんな!」
爆炎と煙が晴れ、海龍の胴体に大穴が空いていた。
なんて事は無かった。
着弾点周囲の鱗がかなり割れて、所々から血が滲んでいるがそれだけだ。衝撃は体内に響いただろうが、それでも対象は健在だ。
「クソ!撃て!撃てぇ!通常術式弾で構わん!血が出るなら殺せるはずだ!」
左舷の魔導砲が幾つもの光を放つ。
「艦長!」
「どうした!」
艦橋オペレーターの一人が困惑した表情で甲板を見ている。その先では。
「第七ハッチが・・・開いています」
スフェアヴルムにはいくつかの区画がある。居住区画に機関区画、工房区画、指令区画、娯楽区画、そして格納庫区画だ。
その格納庫区画のハッチが空いているともなれば、何が起きているのかすぐに分かる。
「キャルレッジ。サイラフィスで出るぞ!」
サイラフィス。キャルレッジがスフェアヴルムに持ち込んだ機体の一つだ。先の戦闘でマニピュレーターを破壊されたシールブルスは修理に時間がかかるとの事なので別の格納庫区画に収容されている。その代わりにキャルレッジが搭乗した様だ。
全身を堅牢な装甲で覆い、その上で背部にと脚部に搭載したゼアディーチェを応用した魔導ブースターを搭載し、短時間であれば単独飛行を可能にしたものだ。
右手にはクロスボウの様な武器を保持しているが、それに装填されているボルトの先には俺が作ったダイナマイトが三本束ねられていた。
「待てキャルレッジ!」
レミルの制止も届く事無く、キャルレッジの操るサイラフィスは甲板から飛び立った。
「ネルネイアさん」
「何!?君も出るつもり!?」
「もう一機ありましたよね」
「・・・第三格納区画にある・・・でもあれは」
第三格納区画。艦橋からそれ程遠くは無い。急いでいけば大一番に間に合うだろうか。




