44潮風が気持ちいいもんだ
遠くから波がぶつかる音が聞こえる。揺れは無い。異音もしない。いたって正常だ。
「外に出てると潮風が気持ちいいもんだ。普段は洗濯者や窓にべったりくっつく嫌な奴なのにな」
時折溶接する音や、金槌で何かを打つ音が聞こえてくる。空を見上げても渡り鳥なんかは居ないし、雲一つない快晴だ。快晴過ぎて暑い位に。
今居る甲板は木製だから多少はマシだが、金属甲板の区画は地獄になってやいないだろうか。
そう、何を隠そう俺は今スフェアヴルムの居住甲板上に作られた公園でのんびりとしている。
既に帝国の港を出港してからそこそこの時間が経過している。艦内標準時間で言えば五日か六日程だ。分かり切ってはいるが未だに白夜帯からは抜けられていない。
まあ艦の大きさが大きさだからそれ程速度も出ていないのだろう。多分一番高いマストの上から双眼鏡とか使えばまだ大陸が見えたりするんじゃないかな。
「アガマの旦那ー!ちょっといいですかー!」
「おーう」
甲板作業員の一人がこちらに手を振った。
俺だって何もスフェアヴルムの上で無為にぶらぶらしてたわけじゃない。
俺の力を使ってそれ程重要度の高くない消耗品を作ったりしていたのだ。
体に内包する魔力は飯食って映画見て寝ていれば回復するので、何かと物資の少ない海上生活では重用されるのだ。
なお映画だけでなく娯楽は少ないので実質している事と言えばあっちこっちブラブラしては食って寝ての繰り返しだ。
まあ一回少し大きな波に煽られて空力魔力変換機が破損したときは大わらわだったが。
因みに空力魔力変換機とは所謂風力発電機だ。発案は初対面以外ろくに顔を合わせていないがアルネイル・シュレイダルだそうで。なんでも「ゼアディーチェを逆転させたらどうなるんですか」の問いかけが切っ掛けだったらしい。
艦尾の方で大きく張り出した形で三基設置され、舵の役割も少しあるのだとか。
「ここの配管なんですが・・・」
「ははぁ・・・オーケーオーケー。これくらいならすぐに作れる」
甲板にある居住区は兎も角艦内の方はあまりにも広すぎる為、換気扇が必須だ。艦底の方に至っては下手をすれば一酸化炭素中毒や二酸化炭素中毒になる。
そのため、風を起こす術式を込めた配管が艦内のあちこちにあるのだが。これがまた稀によく壊れる。
潮風が悪さをしているのかもしれないと思い吸気菅にフィルターでも付けようかと思ったが、そうすると換気効率が格段に下がる為、精々が吸気菅を進行方向の真後ろに向ける程度の対処しかできていない。
まぁそれだけで一日五か所が三日で二か所位に減ったが。
「よしっと・・・他に痛んでそうな所は?」
「今日は今の所大丈夫です。おかげ様で下の方も元気にやってますよ」
艦底には特殊な設備が張り出しており、そのせいもあって換気が特に重要なのだが。その設備がF作業。所謂釣りをする為の設備だ。
甲板と艦底でそれぞれ釣りをして少しでも食料を確保するのだ。
いくら食料を積んでいて、野菜なんかも作っているとは言え限度はある。どれほどの航海になるか分からないのだから積んできた食料はいずれ尽きる。それを少しでも遅らせる為に、海で取れる食料が重要なのだ。
F作業用の区画は艦底だけでなく舷側にもある。
舷側にある滑車で上げ下げのできる木製浮桟橋だ。中央に穴の開いた長方形で、穴には釣った魚を捕まえておくための網が付けられている。
艦底のF作業区画は実は航行中には閉鎖してあって使えないのだが、舷側の浮桟橋はとても波が高かったりしなければ大体使えるので、普段は舷側の浮桟橋を使ってF作業をしている。ただ、豪雨や波浪が酷い時には停泊したりもするのでその時に艦底のF作業区画を使うのだ。
まぁ今の所快晴も快晴だし波は沖に出たにしてはかなり静かな方だ。温暖化の影響か、今まで見つかっていなかった魚が釣れたりもする。
「状況は状況だが・・・平和だねぇ」
勿論、まだ白夜帯の端に到達する所か、その途中で必ず遭遇する可能性があると言われていた海洋国家群にも遭遇していないわけだ。
そんなわけでお呼びがかかるまでは今日ものんびりとしている。
実際考えなければならない事が無いわけでは無いのだ。
この惑星の自転速度を戻す方法を探す為に出航したスフェアヴルムだが、なにもその目的の為に動いているのはスフェアヴルムだけではない。
この巨艦の建造技術は実は設計図が出来上がったその時に各大陸国に向けて無償で提供している。
偽善と言う訳ではない。自転速度を戻せる確率を少しでもあげる為と、それが叶わなかった場合に一人でも多く生き残る為だ。
例えそれが最後の一隻になったとしても方法を見つける為に奔走するのだ。
とまぁカッコイイ事言ったつもりになっているが、要は数うちゃ当たるだ。
「十一時の方向に島影を発見!形状より、恐らくはムータスーイ島と思われる!」
マストの監視が大声で叫ぶ。ムータスーイ島は事前資料によれば海洋国家群の一つが拠点にしている島のはずだ。
そして、こちらのマストから見える距離まで接近しているならばとっくの昔に接触しているはずだ。なんでも、海龍の中には恐ろしく耳の良い種類も居るらしく、それらをパッシブソナーとして拠点の島の周囲に索敵網を張り巡らせるのが常らしい。
だが今の所反応は無い。
「ムータスーイ島ですか・・・確かあの島はゼイルロンの活動拠点だったはず」
「ゼイルロンっていやぁ穏健派じゃなかったか?だったらこれだけ接近できるのも頷けるな」
「穏健派っても警戒網はちゃんとしてるだろ。敵対であろうと味方であろうと接触が無いのが不安だなぁ」
甲板員がムータスーイ島の話題を出しているが。一応、外洋遠征の為に事前資料はある程度開示されている。
相当古い資料ではあるが、海洋国家群の概要が記された文献が残っていたのだ。帝室の隠し部屋に更に隠されていたそれは過去の皇帝が密かに海洋国家群と接触していたという物だった。
その文献の中にはそれぞれの群と呼ばれる派閥が割り当てられた島を拠点として活動しているとの事だ。その派閥の中でも大きな部類に属するゼイルロン群は海洋国家群には珍しく穏健派であり、今現在交流は断たれているが、当時は秘密裡ながらも友好度は高かったようだ。
「海龍だ!海龍が居るぞ!」
「旗はあるか!」
「ゼイルロン群の旗と・・・友好旗だ!」
ムータスーイの方角から海龍が来たらしい。急いで艦橋に着いた頃には目視で確認できる距離に居る。
「如何に過去に交流のあった相手とは言え海洋国家群は海洋国家群だ。全面的に信用はできん。応戦の用意を」
「友好旗を掲げているんだ。攻撃するわけにもいかないだろ」
俺が艦橋に入るとレミルとキャルレッジが話し合っていて、それをネルネイアが黙って見ている形だ。
現在このスフェアヴルムの指揮権は皇帝代行であるレミルが握っているが、実権を持つのは艦長のキャルレッジだ。ネルネイアは技術顧問としての同行なので精々破損個所の修理の時に特別決定権を持つだけだ。
「海龍の種類は戦闘種の様だが戦意は無さそうだし上げてやろう。タラップを降ろしてやれ。左舷の中甲板で応接する」
キャルレッジはそう指示すると艦橋を出て行った。レミルは少々納得いかない様な表情だが、半ば諦めても居るようだ。軽く頭を掻くと次の指示を飛ばす。
「両弦停止、碇を降ろせ。此処で停泊する」
艦橋に設置されている計器を見ると魔力残量がかなり減っている様だ。空力魔力変換機があるとはいえ、それも航行している時と向かい風のある時にしか使えない。
ので、停泊中は空力魔力変換機の基部にある固定具を外して風上に向く様にするのだ。
それでも微々たるものだが。元々魔力を貯蔵する技術はほぼ無く、突貫で作られた魔力貯蔵庫は、特殊な装置を使い魔力を凝縮圧縮して結晶化し、保管する。魔力は結晶化させると、状態が安定するそうだ。取り出す際にはこれまた特殊な機械を用いて結晶を魔力として使える状態に戻すのだそうだ。
「接触するにしても遅すぎる。何か理由があると見るべきだ。警戒は怠るなよ」
そう言い残すとレミルも艦橋を出て行った。恐らくキャルレッジに続いてゼイルロン群の者の所に向かうのだろう。
ヨシッ、俺も付いて行こう。
・・・・・・・・・
既に剣呑な空気が出来上がっている応接室の中ではイジスタリウスとは様式が違う物の、明らかに高位階級の軍服と思われる装いを纏った褐色肌の青年が、テーブルの上に置かれたカップも見ずにキャルレッジを睨んでいた。
そのキャルレッジはと言うと優雅にカップを傾けていた。中身は知らないが、部屋に漂う香りから恐らく紅茶か何かだろう。まかり間違っても白湯なんて事は無いと思う。
「ヒナタハマキガヨウヘヒゼモトコクマヨトツヲウッラ」
ゼイルロンの客人は海洋国家群の言葉を使っている。意味は読み取れないが、表情を見れば怒っているのはなんとなく分かる。
「ロネキヲイヘヤナヒノゾヨイッラホソシアネアネヤモトダイナイガイツワイセヲスフラエキクボイヘイフ」
それに応じるのはキャルレッジだ。彼もまた海洋国家群の言語を話せるらしい。
「やはり艦内に入れるべきではなかったな。使者か何かは知らないがこの態度ではやれる事もやってられん」
「ヒナタ!アラチガライシウトモホバツヒヒホネマイホトコッセミウオア」
「レミル殿。彼は大陸語を喋れないだけで聞き取れないわけでは無いようですよ」
キャルレッジが愚痴をこぼしたレミルを窘める。
窘めた所で客人のご機嫌は斜めのまんまだ。この上で下手な言動をすれば敵機直上急降下だろう。
「アラチヤゼイルロンショクダイニョクダイシ、サン・サルソゼカフ。ムメカッヘイタ、アネアネトチタヤノワトグンショクトチンモクツクセヘイフ。マトゼラスセブレツラトミライ」
「他の群領からの侵攻ですか・・・この状況下でそれは手厳しいですね」
顎に手をやりながらキャルレッジは思考を巡らせている。
「海洋国家群の諍いなど放っておけばよいではないか。我々には関係の無い事だ」
「レミル殿・・・貴方それでよく御伽衆が務まりましたね。これはある種の好機かもしれません」
キャルレッジが懐に手を入れて引き抜いたかと思うと、明らかに懐に入るサイズではない大きさの海図を取り出して、机に広げた。
「我々は今現在、既にムータスーイ島の近海に侵入しています。仮に今ムータスーイに居るゼイルロン以外の群領の部隊が何かしてくるにしても時間がかかりますが。もし、ムータスーイがゼイルロン以外の手に落ちた場合、その群領は十中八九交戦対象になるでしょう」
「そうなると我々は後背地に脅威を持つことになるのか」
「そうです。そうなれば、我々が白夜帯と極夜帯の境界で活動している時に不安要素になるでしょう。不安の芽は種の内に叩いて潰して油にでもしてしまえばよいのです」
「流石は帝国の懐刀だな。では準備に入ろう。敵の勢力はどの位だ?」
「イタゼイルロンショクキキリョウケヲワンコチヘイフトヤコフキマッラミッヲトグンショクダ」
「群領三つ分となるとかなりの大戦力ですかね」
「向こうがムータスーイの奪取を目的としているのなら海上戦力よりも地上戦力を優先するはずだ。労はかかるまい。こちらは艦砲で支援砲撃を行い、前線はゼイルロンの者達にしてもらおう」
あれよあれよという間に方針が決まっていく。これは別に俺が居なくてもよかったのだろう。
そそくさと部屋を出ようとした所でキャルレッジからお声がかかった。
かかってしまった。
「アガマ君。君に一つ、頼みたい事がある」
「何でしょうか」
咳払いを一つ、キャルレッジは改まって口を開いた。
「大規模な爆発を起こす弾頭を作って貰いたい」
海洋国家群の言葉はキャルレッジ以外聞き取れてないです




