43あんまり船体が大きいと軋みも大きいし
新章突入のプロローグです
「時間は有限だ!艦体を優先して偽装や設備は沖でやるんだ!そこ!カッターは後でやるから仮組までだ!後でできる事は後でしろ!」
ここはイジスタリウス帝国最大の海軍工廠。レーク海軍工廠だ。他にも大小合わせて五か所ほどの工廠があるがその中でも最も大きな乾ドックを持つのがここだ。
その最大規模の乾ドックではその大きさをもってしても余りある巨艦を建造している。
大きさが大きさなのでタンカーの様に他の工廠で作られた輪切りの艦体を溶接魔導具で引っ付けていく。
「組みあがったらさっさと進水させろ!次が来るぞ!」
メグファインが三徹して作り上げた造船用魔導具によって艦の建造は瞬く間に進んでいき、既に十隻は海に浮かんでいる。
そして進水式などしている暇は無いと言わんばかりに新たに建造された艦体が乱暴に海に浮かべられる。
一週間しかたってないのにこの速度だ。メグファインは3Dプリンターでも作ったのだろうか。
「レークよりイヌラシ!聞こえるか!艦体の組み上げ状況知らせ!」
工廠の親方がヘッドセットに怒鳴りかける。
あれは立木が勝手に弄っていった奴だ。これまたメグファインが廉価版の製造に成功したので国家規模で製造を開始している。あれがあるだけで西方諸国相手ならかなりのアドバンテージを持つことになるだろう。
イヌラシこと、沖合の作業班は既に海に浮かべられた艦体を更に海の上で繋ぎ合わせる作業をしている。
今後は陸を捨てて海で生活しなければならないのだ。この程度の乾ドックで建造できる船程度では行ける所等たかが知れている。
構想の上ではかの大戦艦大和どころか氷山空母ハボクックさえも凌駕する巨大な艦になるとの事だ。
船体各部をコンテナ状のブロックで構成し、修理や組み換えを用意にする方法で建造する事で、後のメンテナンス性を向上させるのだ。
「人手が足りないなら言え!なんとかやりくりしてやる!おい!そこの溶接は二人で良い!三人沖に行け!」
親方の的確な元、次々と艦体が組みあがっては沖に運ばれて更に組み上げられる。
艦名スフェアヴルム。この世界で過去に類を見ない程の巨艦が設計図が起こされてから僅か二週間で建造された。
何をどうしたらこれ程の短期間で竣工できるのかは知らないが多分メグファイン辺りが頑張ったんだろう。
「まったく・・・お上もどうかしてんな。工廠始まって以来の大繁盛だ」
「親方たちのおかげでここまでスムーズに進行してるんです。頭が上がりませんよ」
「急場でこき使うんならもうちょっと給料あげてもらわにゃ割にあわねぇな」
親方のぼやきに付き合っていると、多少はこの工廠の事情も読めてくる。
元より海を越えた先に敵対国家が無いのだから海軍を作る理由も薄い。仮に他の大陸国が海路を使って裏をかこうとしても海には海龍が居る。一定以上沖に出れば脆弱な船であればすぐさま真っ二つになる。
その点今建造されているスフェアヴルムは船体下部に張り出す様に避雷針の様な物が装備されている。
これは周囲に電気を発生させる魔術具を大型化した物で、鯨やイルカ位の大きさの生物が接近した際に、死なない程度だが激痛の走る位の電撃を喰らわせることで撃退するという物だ。
そしてそれ程の装備をしないと渡れない海であるのにイジスタリウス帝国が海軍工廠を保有していた理由だが、実は大陸外で国が無いわけでは無いのだ。
海洋国家群と言われるそれらは、小さな孤島を拠点として活動する小さな国家の集まりだ。
なぜこれほど危険な海で国家が成り立つのか。それは彼らが独自の方法で海龍を飼いならしているからに他ならない。
勿論大陸国の船を襲うのは野生の海龍だが、野生でそれ程の脅威ならばその牙が統率され、自らに向けられる事を考えないわけはないだろう。
海洋国家群自体は大陸に興味は無いと公言しているし、まさか海洋の王者である海龍が陸上でも無双できるわけでは無い。
故に海洋国家群から侵攻してくる事はまずないと言える。
だが国家として艦艇を持ち、海洋進出してくるというのであればそれは海洋国家群にとって目の上のたんこぶになるだろう。
お互いに興味が無いとはいえ、それぞれを認識しているのだから諍いや折衝はあるだろう。
そうなった場合に備える為に、艦体防御用の装備は必要不可欠なわけだ。
「このスフェアヴルムだったか?こいつも大陸史に類を見ない巨艦だ。実際浮かべてみないと分からない事が山程あるが・・・本当にコイツは使えるのか?」
「まぁ急場しのぎと言えば急場しのぎなんだけど・・・事が解決するまで地下シェルター暮らしってのも嫌だし」
「そりゃそうだ。俺だって暮らすなら昼夜があって空を見上げられる場所に暮らしたいね」
自転速度が変わってからずっと、日は登ったままだ。
太陽と言うと太陽は太陽系の恒星の事を言うんだ云々言われるけど、この世界じゃ恒星を指す名詞が無いらしい。
あれも一種の神格と捉えられていて、特に高位の神格なので名前を軽々しく言ってはならないそうだ。
だから今まで聞く機会もなかったので覚えられなかったわけだ。
「こんな馬鹿でかい艦で海を渡っていこうだなんてな。自給自足できるだけの設備は積んでるが、その分人員は少なくなるぞ」
「それはまぁ仕方ないよ。あんまり船体が大きいと軋みも大きいし」
さて、この巨艦スフェアヴルム建造に至った経緯についてだが。時は一週間程遡る。
因みに一週間はこちらでも七日間だが。今は時計が機能していないのでほぼ体感の時間だ。
・・・・・・・・・
場所はイジスタリウス帝国王城の下級士官向けの会議室。居るのは帝国近衛騎士団副団長サイレス・キャルレッジ・ヴァニラ、エルメイル魔術工房二代目工房長フォルベルニール、第四技研所長シルフェ・メグファイン・エイルメス、戦争と武勇を司る女神シェーレベレーネール、近衛魔導隊副長ミーム・マイネ、御伽衆レミル・フェイ・ノートリア、そしてイジスタリウス帝国第四三代皇帝アル・クロムナード・ウェル・イジスタリウスだ。
明らかに下級士官向けの会議室ではなく高級官僚向けの華やかさのある会議室に集まるべき面子であった。此処に自分が居るのが信じられない位に。
近衛騎士団と魔導隊がそれぞれ副団長と副長を寄越してきたのは団長と隊長が部隊の掌握と治安維持の為に走り回っているかららしい。
まあ顔見知りでない方々ばかりでないのは有難い話だ。
「で、どうするのだ」
皇帝が問いかけた。
「現状の我々ではこの状況をどうにもできません。なので次善策として、退避を提案いたします」
キャルレッジがメモ帳代わりの木板を取り出す。カンペか台本みたいに使っているのだろうか。
「まず、帝国臣民へ身体検査と問診を行い、長期間の航海に耐えられる者と耐えられない者に分けます。次に現在試作に取りかっている大型艦に前者の臣民を定数乗せて国家として維持できる様にいたします」
キャルレッジのプレゼンテーションに合わせてメグファインとフォルベルニールが机の上に図案を広げる。内容は巨大な空母の設計図のようであり、甲板には市街地の様な物が書かれている。
「この大型艦を使い、現状を解決する方法を模索する為に外洋に出ます」
「外洋に出るなんて無理だ。海龍が居るし、海洋国家群の事もある。無謀だ」
キャルレッジの提案を否定するのはミーム・マイネだ。入室してきた時の飄々とした態度から一変して真剣を通り越して深刻そうな顔をしている。
「そもそも航海に耐えられる臣民がどれだけいるかもわからないのにそんな強硬策など取れるものか。それにこのような巨艦を建造するにあたって費用と人員はどうするのだ」
「そこはご心配なく。前者は既に検臣民の約八割程の検査を終わらせております。その結果からの予測ではありますがおおよそ臣民の四割程が長期間の航海に耐えられるとの事です。建造費についてですが、国庫を全面開放いたします。斯様な事態に前例がなく、国家以上に大陸規模での災害ですので、これを乗り切れなくては国家の維持どころか再建すらままなりません。建造の人員に関しては候補者の臣民から同意の上で徴用します。士気が保てている間は大丈夫でしょう」
「では大陸に残る臣民はどうするのだ。まさか見捨てるなどとは言わぬだろうな」
「そちらに対しても既に動いております。こちらをご覧ください」
キャルレッジが更に机の上に広げたのは広大な地下空間を作り出し、そこで生活するという構想をまとめた設計書と詳細な内容の掛かれた羊皮紙だ。
人工の陽光を作り出して昼夜を疑似的に再現し、地下空間内で資源を循環させつつ、拡張する事によって生活できるようにするらしい。つまるところコロニー経営ゲームだ。限りある資源を限られた空間内でやりくりしなければならない。
「こちらも既に地質調査等を終え、測量と採掘に掛かっております。あと一週間もすれば、前哨基地ができあがるでしょう。そこを拠点に随時地下を拡張していけば最短でも三週間程で大陸に残る臣民が生活できる空間が用意できる計算です」
「これ程大規模に採掘用の魔導具をいつの間に用意したのだ」
「それはワシじゃな。勝手ながら帝国軍の備品であるシャベルや鶴嘴なんかを使って作らせてもらった。効率は上がっておるし問題なかろう」
「私も協力致しました。あれはなかなか興味深い代物でした」
メグファインが急増品の魔導具について語り、フォルベルニールが目を輝かせて思いを馳せる。
「これは新造艦の新型ディーチェにも用いられておる技術なのじゃが、物質を不可逆的に魔力変換する術式が偶然完成しての。それを用いて掘り出した土を魔力変換して別の術式で磁力操作を起こし先端の円錐状の部品を回転させるのじゃ。円錐には溝が付いておって掘り出した土はその溝に従って魔力変換術式の元へと送られる。いわば限定的ではあるが半永久機関であるな。もちろん無限に魔力変換できるわけでは無い。魔力変換自体も術式ではあるからな。起動の際には魔力を消費するぞ。その消費が土砂等の魔力変換する対象から作られる魔力の総量を下回る事がないのじゃ。故に直接魔力を送り込んで先端を回転させるよりかは、使用者への負担は少ない程度じゃ」
「そして新造艦のディーチェには同等以上に効率の良い変換術式が付与されていますがこちらも例外ではなく、変換される魔力を消費する魔力が上回る事はありません。よって、航続距離を伸ばす事は出来ても無限にする事は変換術式単体では不可能なのです」
めっちゃ早口だ。それはもう驚く程にめっちゃ早口だ。
ディーチェは確か魔力を燃料とした内燃機関みたいなやつだったと思うが。艦船に積むとなれば大型になるだろうし、巨大な艦のようだし数もそれなりに積むのだろう。
「さて、その変換術式で作られた魔力で作るのは採掘魔導具と違って風の術式じゃ」
「風で船を押すのか?それではただの帆船ではないか」
皇帝の傍に仕えているレミルが横槍を入れる。
確かに風の反作用で船を押すなら帆船かホバークラフトの様になるだろう。どちらもこのサイズの艦船を動かすにはかなり非効率的だ。
「話は最後まで聞け。ワシはな、こう考えたのじゃ。風で押すのが非効率的ならばその風を動力にして水を掻いて進めばよいとな。つまりじゃ。風を起こす術式で風車を回し、その回転を取り出して水車を回すのじゃ」
メグファインが支持棒で指し示したのは設計図の艦尾の船底にあたる部分だ。そこには見た事のある図形が描かれていた。
「そう。このワシが開発した新たなる魔導機関、ゼアディーチェじゃ!」
それは艦体に似合う程度には巨大なプロペラとそれにシャフトで繋がれた機関区画と書かれた場所だった。
そしてメグファインの説明をそのままかみ砕いて考えれば知っている単語を思い出す。ガスタービンエンジンだ。
燃料を魔力で代用して風を起こしてフィンを回して回転エネルギーを取り出す。可燃性ガスは無いし大量の重油や石炭も無い以上、足りない部分を魔導具や魔術具なんかで補うしかないのだが。
もしやメグファインはゼロからこれの設計図を起こしたのだろうか。
「こいつの特徴じゃが、まず仕様する術式は変換術式、風を起こす術式、爆発を起こす術式じゃ。普段は前者二つを使って低燃費で稼働できるが、有事の際には爆発術式でパワーを上げるのじゃ。その代わり魔力の消費量が供給量に追いつかなくなり、全力稼働ができるのは精々五時間位が限界じゃろうな。要は緊急用の加速術式と考えればよい」
「これらの新型機関のほかにも別途変換術式を組み込んだ装置や魔力を発生させる装置も搭載しております。何分大きい物なので設計図を起こすのにもミニモデルで試作するのも苦労しましたが。なんとか実用できるレベルです」
メグファインとフォルベルニールの説明が終わり。机に広げられた資料と設計図が片付けられる。
「では陛下。新たに生まれる海洋の行く先に名前を頂けますでしょうか」
キャルレッジが皇帝陛下に伺いを立てる。今まで船や艦艇を建造する事が少なかった為、民間の船舶は兎も角、国の保有する艦は全て皇帝が艦名を与えているそうだ。
「よろしい。大いに結構だ。この艦には我らの願いが込められるだろう」
皇帝の傍に控えていたレミルが机の上に羊皮紙とインク壺を置くと皇帝陛下が筆を走らせる。
満を持して語られるその名前こそ。
「この艦は、スフェアヴルムと名付ける。以後を良きに計らえ」




