32香り付けにと思いまして
おひさー
「で?歪をどうやって塞いだのじゃ?」
「だから蓋を用意して・・・」
現在俺は第四技研にてメグファインから尋問を受けている。内容は俺達が探索していた北の森で起きた事についてだ。何分、自分でもよくわからんから何がどうなってこうなったのか説明してくれと言われてもあった事をそのままに報告するしかない。俺だってあの後ゲテモノ喰らいが好きそうな革と間違えるほど硬い肉を食わされかけたのだ。レゴラウスには後でそこそこ良いお店をクレアスフェルから教えて貰って連れて行かねばなるまい。
「あのなぁ・・・。幾らお主が異世界からの転生者だとして、蓋をしたら止まりましたで信じられるものか」
「信じるも何も事実だし・・・」
「それになんじゃその妖精は!なんか懐いたとはなんじゃ!訳が分からんぞ!」
俺だって説明が欲しい。メグファインの寄越した触手の助言通りに蓋をしたら大陸国家の大きな悩みの種の一つを解決できた上に妖精に懐かれたなんて自分でも訳が分からない。
今もその妖精は俺の体の周りをふよふよと彷徨っている。
「とりあえず報告は済ませたし起きた事はそのまま書き込んだ!事は済んだんだ!こんな所に居られるか!俺は隊舎に帰らせてもらう!」
メグファインの静止を振り切り第四技研を後にする。
思えば俺はこの国をあまり知らない。今回の調査で国からの給料も出たので少しぶらぶらするのも悪くは無いだろう。
隊舎への最短距離の道のりから少し外れる。下町とも考えられるが家屋の作りはしっかりしている通りに出た。所々に露店が建っている。服に装飾品に食べ物、射的。あとはなんかよくわからない怪しい店。
「いい匂いだな。一つ貰えるか?」
「あいよ!五百バロネズね」
「ほい」
「まいどあり」
店主に銅貨を渡して串焼きを貰う。相変わらずこちらの通貨単位はよくわからない。
串焼きにかぶりつくとジビエか何かだったのか、少し獣臭さがあるものの濃いめのタレと香辛料が効いていてそれ程気にはならない。肉も少しの臭みを除けば弾力のある赤身に油の乗りがよく、油もそれほどしつこくない。絞める時にちゃんとした処理をしていれば十分おいしいだろうと感じさせるポテンシャルがある。
「旨いな。何の肉なんだこれ」
「こいつは肉龍って奴の肉だよ。あんたは運が良い」
「運が良いとは?」
「肉龍はあんまり獲れない獲物でな。こうやって俺が仕入れられたのも運がよかったのさ」
「ほー」
どうにもその肉龍というのは希少種と言う程では無い物の基本的に禁猟区に生息しているため、たまにそこから出てきたはぐれを狩るだけしかできず、そのためその肉も貴重な物らしい。
露店の店主からもう一本買って散策を再開する。石造と木造の組み合わさった独特な建築方式の家屋が連なるこの通りを目的も無くぶらぶらと歩く。
時折路地裏を覗き込んでは足を止めてその風景を眺めたり。たまたま見つけた小さい公園の噴水を近くのベンチに座ってその水音に耳を傾けたり。
「なかなか、いい街じゃないか」
こっちに転生してから何かと色々あったし、たまにはこんな感じにのんびりしたいものだ。
ふらふらと歩いていると大衆浴場を見つけた。ぶん殴ってしまったあのおっさん大丈夫だったのかなぁ。
「お?お嬢さん。久しぶりだね」
「ぬぇ!?」
少し聞き覚えのある声が聞こえて振り向くとあの時の恰幅のいいおっさん、もといアールネイシャだったかアーネンエルベだったかいうおっさんが居た。
「あの時はつい勢いがついてしまってね。勘違いをして悪かったよ」
「いやこちらこそ・・・」
「私はアーネル・シャイ。どうとでも呼んでくれていいよ」
アーネル・シャイと名乗ったおっさんとその後謝罪の応酬を交わした後お詫びにと言わんばかりにこの国でも老舗のこじゃれたレストランの食事券を貰ってしまった。
・・・まああとでレゴラウスを連れて行って舌を矯正するには丁度いいかもしれない。
おっさんと別れてまたぶらぶらするが、これといって何も無かったのでそろそろ隊舎に戻ろう。まだ先日の件の事後報告書の提出が残っている。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。ご主人」
隊舎の玄関で出迎えてくれたのはセレイムだ。一時は原型をとどめておらずどうなるかと思ったが・・・あれ?でもあの状態がスライムにとっては原型じゃないのか?ん?どうなんだろ。
とにかく。歪を塞いだあと、探索拠点に戻ってみれば今の人の形で熟睡しているセレイムが居たのだ。あのあと何処かへと飛んで行ってしまった魔女を名乗った婆さんによると魔物であれなんであれ多くの生物は形に魂が引っ張られる物だそうで、本来睡眠を必要としないはずのスライムであるセレイムが人の形に引っ張られた結果睡眠を必要とする身体になってしまったのだろうとの事だ。
「ご主人。お客人が来ています」
「客人?クレアスフェルか?あっちの方にも報告書は上げてたはずだけど自分の耳で聞きに来たのか?」
「いえ・・・それが・・・」
セレイムが先頭を歩き、応接間へ向かう。応接間と言ってもそこそこ広めの部屋にそこそこの調度品を置いただけの簡素な物だ。まだあまりこの隊舎の全貌を把握しているわけではないが、おそらく隊舎の部屋の中では華美な部類にはいるだろう。
セレイムが応接間のドアを開け、入る様に促す。
「シェーレ様、アガマ様を連れて参りました」
シェーレと呼ばれた女性はソファーにもたれかかり、腕と足を組んで目の前に置かれたカップに注がれた紅茶を見ている。
「ん?あぁすまない。嗅いだ事の無い香りだったものでな。少し気になってな。何処の茶だ?」
「そちらはこの舎の裏庭で採れたバーブで作ったお茶です。発酵が少し甘いかもしれませんが、それでも十分香り高い物となっております」
「ほう。後でそのハーブを教えて貰っても良いかな?家の執事にも育てさせてみよう」
「いえ。こちらは少々特殊な方法で発酵させておりますので難しいと思います」
「そうか・・・これ程の物がここでしか飲めないとはな。残念だ」
・・・いかん。会話に入れん。紅茶の香りとか全然わからん庶民舌にはまるでついていけない会話だ。
「おっと。すまないなアガマ君。君はあまり紅茶は好きではないのか?」
「いえ、私は卑賎の出なのでそれ程舌が肥えていないのです」
おそらく立ち振る舞いや言動からしてこのシェーレという女性はそこそこ高貴なお方なのだろう。出方を間違えればこちらの首が飛ぶかもしれない。あくまで俺は一兵卒なのだから目上の者には腰を低くしなければ。
「自己紹介がまだだったな。私はシェーレと言う。出自の事は気にしなくてもいいぞ。私も孤児だったし、何より君の事はキャルレッジから聞いている」
「そうなのですか」
確かにシェーレという名前は偉い人としては短い名前だ。このイジスタリウスでは国の上に近い人物程色々なミドルネームみたいなものがくっついて名前が長くなる。俺みたいな一兵卒の部下であるアイルネやレゴラウスでさえセカンドネームがある位だ。この国でそれ程名前が短いというのはそういう事なのだろう。
「まあなんやかんやあって今では第二師団の団長を任命されてしまったがな」
第二師団の団長であるならばクレアスフェルと同格と言う事なのだろうか。
「さて、ここからが本題だ。何もただ茶をしばきに来たわけじゃない」
「ではその本題とは?」
「歪を塞いだその手腕を見込んで命令という形になるが実際は私個人の頼みだ」
歪を塞いだというのは実質まぐれみたいなもんだからあまり評価されるのはよろしくないのだが。まぁ。終わった事は仕方が無いだろう。
「北の果て。カルゲヴィラル山で天ノ御柱という八百年前の遺物を探してきてほしい」
「天ノ御柱とは?」
「八百年前の文献に存在が仄めかされている代物でな。それを使って最初の転生者は天への道を上ったと言う話だ。何分古い文献だから確証があるわけじゃないし。私の事情で団を動かす事は出来ない」
シェーレはまるで古い思い出を語る様な顔で窓の外を眺める。黒いショートヘアに結わえ付けられた赤い髪留めが揺れる。その灰色の瞳は窓から差し込む陽光を悲し気に見つめる。
「そういうわけだ。請け負ってくれるかな?」
一瞬でもとの気の良い姉御の様な表情に戻りこちらに問いかけてくる。
ついはいと言いそうになったが、踏みとどまる。
なにせ北の果て、それも山だ。アクシデントがあったとはいえ北の森の調査でさえあの惨状だったのだ。今の隊でまともに探索などできないだろう。
それに文献もまともな物が残っていないという話だ。形が分からなければそもそも探しようがない。
なら結論は一つだ。
「申し訳ありませんが、今回は辞退させていただきます」
「・・・噂より慎重派なようだね。まぁいいさ、今まで待ってきたんだ、たかが数年待つさ。気が向いたら連絡してくれ。お茶、美味しかったよ」
言うが早いかシェーレはソファーから立ち上がり応接間を出ていく。扉が閉まったのを確認した後、俺にも淹れられていたお茶を飲む。
「ん?確かに美味しい・・・のか?」
「自慢のお茶ですから」
「っていうかそんな発酵させる暇とかあったのか?」
「はい。吸収して抽出するだけですから」
吸収して抽出?どういう事だろうか。ハーブを何に吸収させてどう抽出するのだろうか?
考え込んでいるとセレイムが胸に手を当てて誇らしげに言った。
「私、こう見えてもスライムですから」
「つまり?」
「私が食べたハーブを私の中で精製したのがこのお茶です」
なるほど。スライムはそんな芸当もできるのか。残っているお茶を更に一口含む。口の中にお茶の香りと一緒に柑橘系の香りが少しした。カップの底を見ると小さい果実の種子の様な物が沈んでいる。
「これは?」
「同じ庭に生えていた果実の種です。香り付けにと思いまして」
セレイムとそんな話をしていると昼寝でもしていたのか、寝ぼけ眼を擦りながらラッヘンがドアを開けて入ってきたかと思うと無言で俺の隣にうずくまり頭を膝に乗せてきた。
ラッヘンも先日のノアとの戦闘で一時危篤状態とも言えたがなんとか持ち直した。今はこうして元気に眠っている。
「そうだ。アイルネはどうだ?」
「現在町医者にかかりつけで看病されています。幸いそれほどの大けがは無かったものの暫く無理はできないだろうとのことです」
「そうか・・・」
「あまり気になさらないでください。過去の事を考えても後の祭りです。今は未来に同じ過ちを繰り返さないように努力するべきです」
「ははっ・・・手厳しいな」
とはいえ、隊員を負傷させてしまったのは事実だ。後を引く怪我ではないとはいえ、この隊の長として責任は取らねばなるまい。
「・・・アイルネは何が好物なんだろうな・・・」
「はい?」
何を急にと言わんばかりにセレイムが首をかしげる。
「いや見舞いだし何か持ってった方がいいんじゃないかなってな」
「でしたらアイルネ様は療養中の身ですし果物などはどうでしょうか」
「果物っていっても俺はそんなに詳しくないからなぁ・・・今の時期に何がおいしいのかとかさっぱりだ」
「でしたらお任せください。今の時期ですと・・・そうですね。こちらなどいかがでしょうか」
セレイムが応接間の棚をガタゴトと漁った後に持ってきたものはドリアンのような果実だった。
見た目はドリアンなのだが香りはバナナの様で齧ってみると梨の様な食感と柑橘系の味だ。
訳がわからない。頭どうにかなりそうだ。
だが味は確かに良い方だろう。
「うん・・・まぁ・・・候補には考えておこう・・・」
それとなく「ドリアン擬き柑橘風味、バナナの香りを添えて」な果物を手の中で弄んでいると足音が聞こえてきた。小隊メンバーの誰かだろうか・・・、レゴラウスだったら丁度いいしおっさんから貰った食券を渡しておかねば。
「し、失礼・・・します・・・」
予想に反して入ってきたのはハイルラだった。手元には書簡と思われる筒を持っている。確か紙は貴重品だったはずだが、開けてみるとしっかりとした紙であった。
・・・だが内容が読めない・・・。
「あ~え~っと・・・セレイム・・・?」
「はい」
「読める?」
「えぇ・・・少し貴族向けの遠回しな言い回しがあり少し分かり難いですがどうやら召喚状の様です」
「どこからの?」
「第四技研ですね。名義はキャルレッジ卿ですが」
またあそこに行くの?さっき帰ってきたばっかだよ?なんで?またなんか知らない内にやらかしたりしてた?
思いつくあては無いが、そこそこ偉い人名義の召喚であれば断る事も出来ないだろう。
「ぐ、ぐぬぬ・・・面倒くせぇ・・・」
「ご主人」
「隊長」
「ぬぁあもうわかってるよ!行けばいいんだろ!・・・まったく・・・二度手間じゃねえか・・・」
自室もとい執務室のクローゼットに仕舞ってあった外出用の外套を取り出す。あるのは知っていた、だが用意したのはクレアスフェルであり、正式な場に着てくる様にとの説明を受けていたので今まで着る機会が無かっただけだ。
先の第四技研での説明会擬きはメグファインによる実質的な連行であり正装などする間は無かった。
だが今回は目上からの召喚であるからして正装をする必要がある!
・・・・・・・・・
「遅い!緊急案件であると書簡に書いておいたであろう!身だしなみなんぞ整えている暇があったらさっさとこんか!このとんちきめ!」
がーんだな。出鼻を挫かれたな。
ま、まぁ・・・構わん。要件を早々に済ませてさっさと帰って風呂にでも入って寝たいからな。
「えぇい!やかましい!読めないもん寄越すお前が悪い!さっさと要件を言え!」
「悪いのは貴様であろう!・・・はん!まあええわい!これじゃ!これが要件じゃ!」
メグファインがキレながら指さした先には緩衝材と思われる布に包まれた筒状の何かが置かれていた。
「先日国境空白地帯でスヴェラニカ地方方面軍と思われる集団との武力衝突があったそうじゃ。それはその際に回収された物じゃが、わしらには手が負えんので貴様の頭を借りたいのじゃ」
「へー」
話半分に聞きつつ緩衝材を解いていく。相当厳重な様で矢羽のような物が露出した以外はまだ梱包の中だ。
「ちなみになんでこれの調査を?」
「それなんじゃが・・・どうにも爆発物のようでの」
「それを先に言ってくれ!」
勢いよく最後と思われる梱包に包まれた謎の爆発物から手を放す。どういう爆発をするのかは分からないが、時限信管や遅延信管、最悪ただの不発弾でふとした瞬間にボンってのもあり得る。
「心配せんでもええ。既に爆発しない事は確認しておる」
「なんだよ・・・」
ぼやきつつ最後の梱包を解くと円柱と円錐をくっ付けた感じの物に少し焦げた木の棒と矢羽で構成された・・・恐らく弓で射出する弾体なのだろうか。
円柱と円錐の構成材質が違うのか少し色味が違う。どうにかして外れないだろうか。
「現場に居た兵からの報告によると矢避けをすり抜けて地面に接触した途端爆発したそうじゃ」
「へー・・・」
となると接触信管だろうか。おそらく木材か繊維質の何かで構成されている円柱と比重の軽い金属と思われる物質で構成された円錐をぐりぐりと弄ってみる。流石に強い衝撃を与える訳にはいかないので丁寧に調査する。
「おっ」
どうやらネジで固定されていた様だ。矢羽の向きや回転方向があるのか逆ネジだったので少し気づくのに遅れた。
中身が何なのかはまだ分からないので受け皿を用意し開封する。
出てきたのは粘性の高い水色がかった半透明な液体だった。
「これは・・・スライムの死骸かの」
「なんでまたそんな物を」
「うむ、聞いた話によるとスヴェラニカ近辺に生息するスライムは死んだ後、ある条件を満たすと爆発すると聞いた」
「その条件は?」
「わからぬ。じゃがこれの解析を進めていけば何らかの手掛かりくらいは掴めるかもしれん」
「ほーん・・・」
スライムの死骸を全て出しきった後、空になった筒を覗き込む。外径五センチ程、厚みは二ミリ程だろうか。素材はわからないが所々ささくれの様な物が立っている。底の方を覗いて見るが何も無さそうだ。
やはり何かあるとするなら円錐の方だろう。筒よりはか底が浅いので光源が底まで届く様だ。
細く短い円柱とその回りに赤色をした液体の入った袋状の構造物があった。
「これは・・・」
雷管だろうか。にしては火薬がない。代わりにと言わんばかりに延びている細いホースが繋がっている先が袋だ。
「なんだこれ・・・」
指先を伸ばして軽くつついてみる。小さな衝撃の後、赤い袋が破裂した。
おひざー




