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渡り烏の異世界渡航  作者: JINGoo
大陸動乱編
30/58

閑話工房長の気まぐれ

結構頑張りました

私は何時からここに居たのだろう・・・。私は何処からここへ来たのだろう・・・。

思い起こすのは五年前。まだ私が駆け出しだった頃の事だ。私は小さな村の出身で父からはお前は誇り高きドワーフの血を引く優秀な者なのだと。


でも現実は違った。五つ位の頃になると村の他のドワーフよりも背が高いのが目立ち、ドワーフの特徴の一つである金の瞳が、左目だけで右目は緑という異質な瞳である事に気付き、本来のドワーフよりも尖った耳と黒い髪の中に他とは違う金色の髪が所々まじった髪はより異彩を放ち、蔑視の対象となるのにそう時間はかからなかった。


「ちょっと奥さん聞きました?」

「なによー?」

「サイリスさんとこ、娘がいるじゃない?」

「あーあの外見も言動もおかしな子ね。その子がどうしたの?」

「あの子。あのエルフとの合いの子らしいのよ」

「んまぁ!?」


買い物の帰りにそんな路地裏の井戸端会議の内容を隠れて聞いてしまった時は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。確かに私は父にはあまり似ているとは言えないし、そもそも母親と会った事がない。家の壁には父の手で書かれたと思われるドワーフの女性の肖像画が吊るされていたが、彼女が私の母親だという確証は無かった。


「父さん!」

「んー?なんだー?」

「・・・私は」

「・・・」

「私は・・・エル」

「フォル!」


父は私の言葉を遮った。


「それ以上・・・言わないでくれ」


父は絵を描く手を止めて顔を覆って自分の部屋に入っていった。

その絵は、深い森の絵だった。父はよくこういう絵を書いていた。森の中にある透き通った湖。森の中にひっそりと建つ小屋。

父は森を描くのが好きなのだと、前までは思っていた。

でも今は違った。

父は母との思い出を描いていたのだという考えに行き着いてしまった。


「父さん・・・」


私はちょっとした切り株が絵の中に二つあるのに気付いた。それは片方はドワーフの身長にちょうど良く腰をかけられる高さで、もう片方は少し高い。

私はその絵の中に楽しそうに話し込む父さんとエルフの女性を想像した。


「・・・!?」


私は頭を降って自分の部屋に入る。父には力が無い事は知っていた。でもさっきのはどう考えても力による精神への干渉としか思えない。

想像がそのまま情報として頭の中に介入しようと入り込んで来たのだ。こんな魔術は聞いたことが無いから、力によるものか。それともショックで私がおかしくなったのか。


「・・・」


私は家を出る準備を始める。どのみちもう十五になるのだから一人立ちしたっておかしくない歳だ。ロッカーの奥底にあった古いバックパックを引きずり出す。父の名前の刺繍された立派なバックパックだ。数日分の保存食と飲料水を入れる。簡易的に野宿ができる様に簡易結界装置も入れる。これは私がお試しで作ったものだ。


「父さん・・・ごめん・・・」


私は書き置きを残して家を出た。重いバックパックを背負って森を進む。目的地は中規模国家イジスタリウス帝国首都。そこでとにかく出世して、私の様な混血種の立場を確保する。そのために後ろ髪を引かれる思いを断ち切る。書き置きには「私はいなかった物と思って下さい」と書いておいた。父には申し訳ないが、今までの何も知らなかった私はここで死ぬ。


「私は新しく生まれ変わる。生まれ変わって、私の様な存在がある事を世界に教えるんだ」


時々現れる群れからはぐれたワーウルフを避けながら森を進む。私はとてもではないが戦闘が得意ではなかったからはぐれとはいえワーウルフとの戦闘となれば消耗所か下手をすれば死ぬかもしれない。自作した索敵魔法を何度も使って慎重に進む。ここで死ぬのは志半ば所ではないのでごめんだ。


「ふっ・・・」


ほんの少しの魔力を使って小範囲の索敵魔術を打つ。常人の耳では聞き取る事のできない高音が波を打って広がっていく。


「木・・・木・・・木・・・ラネイト・・・木・・・ワーウルフ・・・木・・・木・・・」


兎型の魔物のラネイトがワーウルフと戦闘をしている。ラネイトは兎の形を模して肉食の動物や魔物を誘き寄せて補食する獰猛な魔物だ。

お互いが木を挟んでぐるぐる回りながら牽制している。触らぬ神になんとやらだ。少し迂回して進む。

ラネイトが私とは反対方向へ動いたのでワーウルフもそれを追いかける様に離れていった。暫くしてから犬の悲鳴の様な声が聞こえたので多分ラネイトが勝利したのだろう。ここからでは索敵魔術の範囲外なのでわからないが。


「それにしても・・・この森って・・・」


私は基本的に村の外に出ることは無かった。精々が薪を拾いに行くときだけだった。

でも今居るこの場所には見覚えがあった。

そこには湖があった。綺麗な透き通った水を湛える湖だ。その近くには私にとって座るにはちょうど良い切り株と少し高い切り株があった。

これは父が描いていた絵に描かれていた湖だ。辺りを見回すと絵にはなかった墓石が湖から少し離れた場所にあった。表面にはエルフの女性が彫られていた。


「親愛なるマニエレイト?」


墓石の側面にはそう彫られていた。その下には父の名前も彫られている。マニエレイト。それが私の母であり、父が愛したエルフの名なのだろう。墓石の前には真新しい花束が備えられていた。時折父が早朝にどこかへ出掛けていたのはこれのためだったのかもしれない。


「母さん。私・・・行ってくるね」


墓石を持っていた布を湖の水で濡らして掃除して立ち上がる。元々手入れがされていたのでそこまで汚れていた訳ではないが。今の今まで手を合わせる事の無かった母の墓石なのだからその分私が手入れをしておきたかったのだ。

父に宛てた書き置きをこちらにも残しておく。もしかしたら家に残した書き置きに気付かないかもしれないけど、こっちなら確実に来るから書き置きを見つける事ができるはずだ。


「よし」


湖で飲み水を確保して出発する。ここで一泊する事も考えたが、父が出掛ける時は大体早朝なので朝一番で見つかってしまう可能性もある。もそもそと保存食を食べながら考える。私がイジスタリウスへ行ったとして出世できる見込みははっきり言ってかなり少ない。と言うかほぼ無い。そもそも人脈が無いのだから無理もない話だ。


「向こうに着いたら何とかして偉い人との関わりを持たないと・・・」


魔導や魔術に関しては自信があった。索敵魔術や即席結界魔術導具を自作するくらいにはなれたし、都市に出てもそれで食べて行けると、この時は思っていた。


家を出て七日ほどたった頃。ようやくイジスタリウス帝国に到着した。故郷の村とは比べ物にならないほど発展した国だ。


「すご・・・」


圧巻の一言に尽きた。巨大な城壁、装備の整った衛兵、馬車用の門に並ぶ無数の馬車、門を潜り抜ければ大通りを埋め尽くさんばかりの人、通り沿いに並ぶ数えきれない数の商店。

どれもこれも、あの村から出たことの無い私にはこれ程の都市を前にしてただ立ちすくむしか無かった。

・・・そして、人が増えれば少なからず悪い人間も増えるわけで。


「・・・はっ!いけないいけない・・・」


村から出た時に持ってきていた保存食は五日分。予定では少し余裕を持って到着する筈が、一人旅がこれ程危険であると知らなかった私の問題だ。道中は文字通り道草を食べたり、途中で遭遇した動物を捕まえたりして食いつないでいた。ちょうどお昼時なので、どこか安い所でご飯を食べようと路銀を入れていた袋をポケットから取り出そうとする。


「・・・あれ!?え!?え!?」


無い。いくら探しても見つからない。何処かで落としたのかと慌てて周りを見渡すと私の路銀袋を持って走り去っていくボロ服を着た男の後ろ姿が見えた。


「あ・・・私の・・・路銀・・・」


言葉が尻すぼみみなる。一応追いかけてはみた。勿論見失った。その上見知らぬ街で見知らぬ人間を追いかけて土地勘の無い路地裏まで追ったのだ。当然迷う。


「ここ・・・どこ・・・?」


それで冒頭へ至るわけだ。


「父さん・・・ごめん・・・」


壁際に座り込んで俯く。村からイジスタリウスまで来るのに路銀はほとんどどころか一切使っていない。必要になるのはここで活動しはじめてから。つまるところ軍資金だったのだ。とはいえ、それほどの額が入っていたわけでもない。せいぜいここで節約しながら一つの季節を越すことができる位だ。


「もし、そこなお嬢さん」


路地裏の壁際に座り込む亜人種の私に話しかけてくる人が居た。その人は裾の長いコートを着て帽子を目深に被っていて。帽子から所々はみ出ている髪が透き通るような銀髪が特徴的だった。

ふいに、その人が懐から一枚の木板を差し出してくる。貴族達が初対面の挨拶の際に交わすと言われている魔術導具だ。その木板にはエルメイル・ノライエル・バーンズと名前が書かれていた。身分は魔術工房の工房長らしい。


「あー・・・、もしかしたら。所持金を掏られた・・・とか?」

「・・・はい」


言い当てられた。人から指摘されるとせっかく決意を持って家を出たと言うのに目的地に着いたとたんにこの醜態だ。父さんに合わせる顔などとうに無い。


「ならちょうどいいや。僕と一緒に来てくれないか?」

「父さんは言ってました。都会には何も知らない人を誑かす悪い人が居るって」

「ぬえ!?」

「だからあなたが怪しい限り着いていきません」


このエルメイルと名乗った人が差し出した木板の魔術導具だって偽装品や盗品の可能性だってあるが、物は見たところ本物の魔術導具かもしれない。


「ん~・・・ほら。これでいい?」


不意に私が持っていた木板に彼が触れる。魔術導具が起動し顔の写し絵が浮かび上がった。その写し絵は帽子を軽く押し上げた彼の顔そのままだった。


「この魔術導具は本人が触れる事によってその人の写し絵を出すんだ。しも全ての国家の全ての貴族が所持する事を義務化されていて国家が管理してるから偽装のしようがない」


得意気に彼はそう言って帽子を取った。流れる様な銀髪と私を見つめる緑色の瞳と特徴的な長い耳。

エルメイル・ノライエル・バーンズ。彼はエルフだった。


「同じ蔑視されている亜人種同士。がんばらないか?」


彼の瞳は嘘をつく目ではなかった。村で後ろ指を指され、迫害を受けていたからか直感的に分かった。エルメイルは嘘をついていないと。

もしこの直感が間違っていても、私は私を恨まない。遅かれ早かれ行動は起こさなければならなかったのだ。


「・・・」


私は頷いて彼の問いかけに答える。どの道、他に手は無い。私は彼についていく他無いのだ。

エルメイルは私の回答に微笑んだかと思うとおもむろにこちらに背中を向けた。


「やっぱり・・・似ているね」

「え?」

「いや、なんでもない。・・・さ!こっちだ。ついて来てくれ」


彼はまた帽子を目深に被り、歩き出す。それの背中を追いかける様に私もついていく。路地裏を抜け、大通りへ出るのかと思いきや到着したのは人気の無い路地裏にあるちょっとした一軒家だった。


「さ、中へ入ろ・・・ん?」


エルメイルが鍵を差し込んで回そうとした途端怪訝な顔になった。どうやら鍵が開いていたようだ。彼は何かを考え込む様な表情をしてすぐに諦めと呆れが混ざったような表情をして、ノブを回した。


「やーやーやー!遅かったではないか!」

「メグファイン。勝手に上がり込まないでくれと言っていただろう」


彼がメグファインと呼んだ女性は縦に伸びた獣耳とフサフサした尻尾を生やした獣人。フォクセルだった。

フォクセルとは、とても数の少ない獣人で、全体でも村一つ分ほどの人口しかおらず。また、それぞれも各個で自由に行動しているために全体数が本人達にも分からないというのだ。それにフォクセルは異様に寿命が長く、それはエルフやドワーフの様な長命の亜人種をゆうに超え、千年を生きるとさえ言われている。


「エルメイル。そのちんちくりんはどうしたのじゃ」

「あぁ、彼女かい?彼女はフォルベルニール。ちょっとそこの路地裏で会ってね。財布を掏られたみたいだから一時的に保護するのさ」


・・・え?


「ほほう。フォルベルニールか。いい名前じゃの」

「そうだろ?僕の妹そっくりだ」


・・・ちょっとまって。


「ではわしはこれで失礼する。ただお茶が飲みたかっただけじゃからの」

「ちょっ!?また高いの飲んだのかい!?」


・・・私。


「・・・私。貴方に名前を教えてない」

「ん?」


あぁ、そうだ。私はエルメイルに名前を教えていない。それなのに彼は私の名前を知っていた。何故かは分からないけど。分からないからこそ、解きかけていた警戒を再び呼び起こす。彼は何者なのか。何故私の名前を知っていたのか。分からない事だらけで正直頭が痛い。


「あぁ。そんな事か」

「そんな事で済まされる事じゃない!」

「じゃあ説明しよう。君はね。僕の姪っこなんだ」

「姪・・・っこ?」

「そう!君の母親、マニエレイト・ノライエル・バーンズは僕の妹なんだ」


衝撃だった。目の前にいる彼が私の叔父だと言っているのが信じられなかった。でも、事実彼は私の名前とこの間まで私でさえ知らなかった森に隠された墓標に刻まれた母の名前を言い当てたのだ。

いろいろな事が重なり過ぎた。私の頭は考える事を拒否し、意識を手放してしまった。


・・・話声が聞こえる。二人分だ。片方はエルメイルだと分かるが、もう片方は聞いたことの無い声だ。うっすらと目を開く。見覚えの無い天井と壁、そしてベットに横たわる私に掛けられている毛布。ベッドに腰掛けているエルメイルと黒いローブを深く被った黒い人。


「じゃ、役目は終えたからサイレスの元へ帰るから、後はよろしくね」

「あぁ、サイレスにはよろしく頼むよ」


黒いローブの人が消えた。消える瞬間にこちらを見ていような気がしたが気のせいだろう。


「ん?起きた?」


エルメイルがこちらに気付いた。右手には何かが淹れられているのか、湯気の立つマグカップが持たれていた。


「寝覚めの飲み物。要るかい?」

「いい。それよりさっきの人は何?」

「ああ、彼は黒なる者だよ」

「黒なる者?」


そんな種族は聞いた事が無いし、そもそも魔力の発動の残滓すら感じさせない転移を操る種族など片手で数えられる程しか居ないし、その種族達の中であのような種は居ないはずだ。


「ま、そんな事はどうでもいいんだ」

「私は気になるんですけど」

「まぁまぁ。・・・で、フォルベルニール。君、家の工房に所属しないか?」


エルメイルに勧誘された。確かに曲がりなりにも工房長という肩書きをもっているのだから工房の一つや二つ持っていたとしてもおかしくない。そしてイジスタリウスは新興の武装国家故の人材不足に悩まされていて、国内の各工房の長には貴族待遇を約束しているらしい。

つまり、工房長の下で働くと言うのは貴族の臣下であるのと同じ様なものだ。


「家の工房なんだけどね。ほとんど・・・というか全部僕が動かしてるんだけど一人だと維持がきつくてね。丁度そろそろ助手が欲しいなとか思ってたところなんだよ」

「助手・・・ですか」

「うん。一応住み込みで三食出すけど・・・どうかな?」


悪い条件ではない。だが、工房を一人で維持していると言う事は所属している工房員が居ない可能性もあるわけだ。まぁ、そのあたりは聞けば分かる事だが、問題は工房の規模だ。それこそ彼一人の魔力で賄える程度の規模なのか。それとも彼の魔力が規格外の量で、それなりの規模の工房を持っているのか。どちらかと言えば前者の方が可能性は高いが、そこは人間よりは魔力適正の高いエルフだ。基本的な小規模の工房から中の下程の工房ぐらいが期待できるかもしれない。


・・・とか思っていた時期が私にもありました。


「・・・これ・・・なんですか?」

「あぁ、これだよ」


イジスタリウスとクスサビの間にあった旧アイネ神聖帝国領、現イジスタリウス領の辺境、その森の中に建つ木こり小屋程度の大きさの建造物。入り口の上に掲げられている看板にはエルメイル魔術工房の文字。


「ここで、働くんですか?」

「そうだよ?」


父さん、母さん。どうか志半ばで挫けそうになっている娘を応援して下さい。


・・・・・・・・・


フォルが居なくなってから一つの月が過ぎた。フォルが家を出た時にマニエレイトの墓で書置きを見つけた時はとても悲観的になってその場で泣いてしまった程だ。

しかし、何時かはこうなると思っていた。・・・いや。察していたと言う方が正しいのかもしれない。エルフの貴族とドワーフの細工師との間に生まれた、元々仲が良いとは言えない両種族からしてみれば穢れた忌み子のフォルには、この村に居場所が無かったのだから。


「サイレス。彼女は無事に独り立ちをしたよ」

「わかっている」


俺の傍には黒なる者と呼ばれる種の一人が立っていた。黒いローブに包まれた黒い影の様な奴等だ。俺はこいつ等がいまいち気に入らなかった。何処からともなく現れて契約を迫り、完遂すると対価も要求せずに消え去ってしまう。まるで慈善事業だ。


「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。何分いろいろやったから流石に疲れてしまってね」

「あぁ、もう好きにするといい」

「・・・では」


黒なる者が消える。跡形もなく。まるで元から存在していなかったかのように。


「フォル・・・」


空に浮かぶ岩の道を眺める。あれはこの星の周りを回っていた小さな星が砕けた時の物だといわれていて、それぞれが願いを叶える力を持っていると言う。そんな神頼みみたいな事に縋るのは癪だが、他にできる事は無い。

今はフォルの事を想い、ただ祈るだけだ。

岩の道はアステロイドベルトみたいなもんで特定の時期の夜にしか見る事のできないもので、一部の人々からは神聖視されているようです。

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