別視点 王都帝室
クレアスフェルがクルベ来る前にあった話です
この大陸の東端にある巨大な帝国。人々や他国の人間には東の帝国と呼ばれている巨大な国。イジスタリウス帝国。現帝王イジスタリウス七世、名をアル・クロムナード・ウェル・イジスタリウスが治める不毛の大地に築かれた国家。元々荒野だった場所は人々の手によって開墾され、水が引かれ、国が建ち、巨大な帝国となったのだ。
そして、その帝国の城にある小さな一室で、二人の人間が密かな話をしていた。
「カグマ・ヴァルヴェスが討たれた?」
「あぁ。しかもヴァルヴェス殿の管理していたガレッドまでもが盗み去られたらしい」
「それは本当か?クレアスフェル」
一人は若い女性。もう一人は壮年の男性。
女性はクルハ・クレアスフェル・シャルル。帝国の諜報科の第九師団第一責任者兼団長だ。
この広い帝国では何時レジスタンスが発生するかわからない。故に帝王、イジスタリウス七世は今までと違い、諜報や情報収集に特化した匿秘部隊や師団をいくつも設立してきた。芽が出る前に種や回りの土ごと抉り出すために。
彼女、クレアスフェルは基本的に帝国の外での諜報を主任務としていた。特に西方の反抗心の強い小国や打倒帝国を掲げる国家の監視が、その主な内容だ。
そして今回。たまたま王都へ帰還し、久しぶりの休暇を楽しんでいたところ。いきなりヴァルヴェスが現れて酒を持っていかれたのだ。その際、少しながらも本人から情報を聞き出す事ができたのは流石諜報部隊の団長といったところだろう。
「それで・・・カグマ・ヴァルヴェスを討ったのは誰なのだ!?」
「落ち着いてください、キャルレッジ卿。それ以上の情報は今のところありません」
壮年の男性はサイレス・キャルレッジ・ヴァニラ。
帝王の副官にして、情報収集と隠蔽工作を生業とする諜報科出身の上、近衛騎士団副団長という役職を持っている男だ。
諜報科出身という経歴上、彼は情報の重要さというものを良く知っている。カグマ・ヴァルヴェスが何者かに討たれたとすればその者はそれなりの力を持っていると言うことだろう。その者が帝国側に付くのが最上だが、いかんせん正体がわからない者を帝国に入れるわけにはいかない。
「ただ・・・」
「なにかね?」
「確かな情報ではないのですが、カグマ・ヴァルヴェスを討ち取ったのは少なくとも人間では無いのではないかと」
「なんと!ではエルフ族かね?ドワーフ族かね?それともまさかとは思うが妖精族か?」
彼らの言うエルフ、ドワーフ、妖精族と言うのは帝国外にある各本国を拠点として各地を転々とする傭兵を生業とする者達である。
エルフは近接戦闘を主体とした中近距離に、ドワーフは魔法と重装備による攻撃を主体とした近遠距離に、妖精は魔法を操りガントレットを装備し、場合によっては剣すら魔法で操る全距離で戦闘できる戦闘種族である。
特に妖精族は体の小ささに似合わず外見に合わぬ膂力と魔法適正を持ち、それゆえの高額報酬を吹っ掛けてくる中々に厄介な種族なのだ。だが、その力故に本国から出ることは少なく、雇うにも高額になるため目にする事は少ない。
「それが・・・クレイヴとの情報が入っております」
「なんと!?」
クレアスフェルもキャルレッジも魔物というものを良く知っている。強力な物で太古から存在し、今なおその力を失っていない龍種から弱いものは生態系を支え、他の魔物の食料となる事もある小さな魔物まで。現在確認されている全ての魔物を網羅していると言っていい。だが、カグマ・ヴァルヴェスというヴァルヴェス本人から力のガレッドを授かった半魔物を退ける魔物はそうそう居ないだろうと判断していた。元々が魔物より地力があり、なおかつ人並みの知性を宿した半魔物に普通の魔物が敵うはずがないのだ。
それが地方では病気や伝染病を運ぶと言われている程度のクレイヴに討たれたともなれば誰でも驚愕してしまうだろう。某国民的ゲームで例えるならレベル5のほのおタイプ御三家でレベル70のみずタイプ御三家に挑む様なものだ。
いくら数を揃えようが出来ることではない。
「しかし・・・ふむ。クレイヴか」
「いかがいたした?キャルレッジ卿」
「いや、帝国内に取り込むにしても交渉役がいないのだ」
「それならば私が行きますが?」
「何故そなたが?」
「もしこの前持っていかれたお酒の所在を知っているならついでに取り戻したいからですが?」
「相変わらずそなたは貴族らしい振る舞いがなっていないな。初見への第一印象は大事と言うが初見以外はどうでもいいというわけではないのだぞ」
クレアスフェルはその出生から貴族らしい振る舞いを叩き込まれてはいたものの、他の貴族と違い、下町やスラムに居る時間が長いため、どうにも馴染んでないようだ。
現に今回、キャルレッジは遠回しに難易度が高そうで他の者がやりたがらないから止めておけと言いたかったのだが、クレアスフェルはそのままの意味で受け取ってしまった。挙げ句、少しの私怨で動こうとしている。諜報師団の団長としてそれはどうなのかと思うが、口に出してしまえばもう撤回はできない。
いつもそう教えていたのだが、それ以前の問題だったのだ。
「だって四千七百ゲルデもしたんですよ?私の給料そのままじゃ二度と稼ぎきれない額ですよ?」
「あーわかったわかった。そなたの酒好きはもっとこう・・・嗜む程度まで押さえられんか」
「キャルレッジ卿もたまには冗談を言うのですね」
「は、はは。そうだな。たまには・・・な」
そもそもクレアスフェルが酒好きになった原因を思いだし、ため息を吐きそうになるが、そこは貴族だ。外面を気にし、本音を隠す事に長けた人間達である。
キャルレッジは吐きそうになったため息を飲み込み、クレアスフェルに対する説教に入る。
「そもそもそなたの酒好きは目に余る程だ!たかが五十年物一本に魅せられおって。もう少し自らの立場を考え淑女というものはがどういうものかというのを勉強したまえ」
「しかしキャルレッジ卿。それでも三百六十一年作の物を盗まれて卿は耐えられますか?卿の家で保管されている宝剣の一本でも盗まれて落ち着いて居られますか?」
「確かに四千七百ゲルデというのは高額だがヴァルヴェス殿に持っていかれたのだ。諦めるしかあるまい?」
「五年かけて稼いだ額ですよ?」
「あぁ、そなたが五年かけて周辺地域の賞金首や魔物を狩ってくれたおかげで今帝国の治安はすこぶる良い。だがそなたが狩り尽くしたせいで冒険者達やハンター達の仕事の大半が無くなり、今彼らは帝国を離れ、遠い場所のなれない地域で仕事をするハメになっている。そこのところもわかっているのだろうな」
「私程度に遅れを取っているからそうなるのです」
反省の色は無い。少し前に同じような説教をされた際にクレアスフェルは「闇討ち不意討ちどんと来いです」と言い放ち、事実闇討ちしようとしたと思われる元冒険者や元ハンター達七名をしょっぴいて来たのだ。もはや何を言っても無駄なのだと、キャルレッジは悟っていた。
彼にもクレアスフェルがこうなった原因の一環はある。一度家に彼女を招いたのだ。まぁ、スラム上がりのクレアスフェルに実家は無く、キャルレッジ家に居候という形で置かれているので実際には招くという表現ではないのだが、それでも未婚の男女二人が一つ屋根の下と言うのは外聞が悪く、表向きは小さな館がクレアスフェルにあてがわれているので招待という形になる。
そしてキャルレッジがクレアスフェルを招いた際に五十年物を少し飲ませたのだ。元々弱い酒しか付き合いで飲んだ事しかなく、クレアスフェルにとってこの五十年が初めての強めの酒だったのだ。
嫌々ながらもキャルレッジの勧めという事で最初は少しずつ飲んでいたのだが一杯飲み終わった頃にはすっかりその味に魅せられていたのだ。
以来、クレアスフェルは酒好きとなり、一日に五人から十人程の賞金首を捕まえてくる活躍をし、ほんの少しの昇給を経てついには五年前に三百六十一年物の幻と言われていた酒を保管していた酒蔵を見つけ、今までよりも死に物狂いで稼ぎ、ギルドにも冒険者、ハンター両方で登録し、危険度の高い魔物の狩猟や撃退などもしていたそうだ。
そうして高額から低額の依頼全てをやりつくし、稼いだ四千七百ゲルデを使い、まるまる一樽を買い取ったのだ。
「確かにそなたは十分なほどに強い。だが周りを考えない強さなど厄介な事この上ないのだ」
「そうですね。目的を持たない力ほど面倒臭いものはありませんからね」
自覚無しである。キャルレッジはそれとなく忠告したつもりが、クレアスフェルの共感を買うだけになってしまった。
もはや処置無し。キャルレッジがクレアスフェルを説教した後にいつも思う事だ。
「・・・よし。ではそなたには情報の真偽を確かめるためにクルベへ向かってもらう。依存は無いな?」
「えぇ」
「では行くが良い。第九師団の名に懸けて正確な情報を持ち帰ってこい」
「はっ!」
クレアスフェルが敬礼をして出ていく。しばらくしてからキャルレッジも部屋を出ると少し離れた所から女中達の黄色い声が聞こえる。やれ「またお二人で秘密の密会ですわ」とか「一体何時になったらご結婚なさるのでしょう」とか「両想いなのに生まれも育ちも違うお二方」とか聞こえてくる。キャルレッジにしてみれば慣れた物だが恐らくクレアスフェルが出た時にも同じようなものだったのだろう。最初に同じ事があった時は二人同時に出てきたので今の二倍ほどだったのだ。実際、妻の居ないキャルレッジを心配する声も有るのだろうが、今のところキャルレッジは妻を娶るつもりは無い。その内養子を迎え入れるつもりなのである。
「さて、クレアスフェルもうまくやってくれると良いのだが」
小さく口をついて言葉を呟く。誰に話すわけでも聞かせるわけでもない独り言。しかし、クレアスフェルを拾った責任感からくる子離れの言葉であった。妻の居ないキャルレッジにはもちろん子供も居ない。十一歳の時に拾ったクレアスフェルをキャルレッジはまるで我が子のように育てていたのだ。
「いい加減、あれも私に頼りきらず一人立ちしてくれれば気が楽なのだがな」




