序章・ある<運び屋>と<排除屋>の邂逅
「それで―――どういう段取りでいくんだ?ジンよォ。」
薄暗がりに包まれた砂漠。あたりには巨大ミミズを餌とする砂ザメが何匹かいるようだった。
ド派手な威嚇塗装を施された砂上運搬機の上でゴロツキみたいなアフロ―――
バン・ジャックはシートにふんぞり返り、
右手で鼻血をボロ布で押さえながら、助手席へと視線を向けた。
「どうもこうもねえよ。」
<トンファー使い>ソーマ・ジンはトンファーのスパークプラグを磨きながら答える。
「ぶっとばして、理解らせる。」
ヒュゥ、とアフロが口笛を吹いた。
◆◆◆
遡ること数時間。
ソーマが砂上の楼閣の酒場でマスターに言われたとおり、
商会でもう一度運びの仕事について調べてみた結果―――
依頼主のジジイも、取引先のカンパニーも、偽称であることが判明した。
これは最悪だ。
酒場でのマスターの言葉が繰り返し思い出される。
「何を運ばされたのかわからねえが―――もし粗悪精製幻覚薬や禁止重火器―――だったなら……。」
資格は剥奪される。商会での仕事は請けられないし、おまんまだって頂けなくなる。
禁約事項を破ることは、
野垂れ死ぬか乞食になるか、それとも―――だれかの愛人として生きていくか。
なんにせよ、”おしまい”であることには違いなかった。
(クソっ、クソクソクソクソクソ畜生!)
ガゴォン!と、苛立ちと焦りから鉄製のゴミBOXを蹴り上げる。
ミミズよけがついてなかったのは、
正規の運搬機じゃなかったから…ということか。
甘かった。
当然、こういったケースは少ないわけではない。
正規の依頼を装って違法なことをさせる、というのは別段珍しいことではないのだ。
なので商会では、救済措置として一つの手法がとられていた。
―――自分のケツは、自分で拭く。
依頼主をふんじばって憲兵に突き出すか、
最悪殺してしまったとしても、証拠になるようなものを持って帰るか。
いずれにせよあの依頼主に落とし前をキッチリとつけさせることができれば。
名誉回復は、成される。
だが―――今現在、ソーマ・ジンはやり場の無い怒りを。
手ごろななにかにぶつけることぐらいしか、できないでいた。
さっきからもこうして、人気の無い路地でぐるぐると歩き回ったり、
ゴミBOXと仲良く戯れたり、ため息を吐きながら頭を抱えて、
壁にもたれかかったり―――を繰り返していた。
(○○○!…<運び>のシマなんて…やるんじゃなかったぜ。)
<トンファー使い>であるソーマの分類は<排除屋>だ。
主に害虫、害獣、ゴロツキの排除―――まぁ、要はただの人間凶器である。
自前の道具は点火式打突棍一本のみ。
”向こうの用意したキャリア”で依頼を終えてしまったので、
追いかける方法を見つけなければならなかった。
二本の足のみで砂漠を越えて行こうなんてことは、狂人か自殺志願者か、
いずれにせよ実行に移したところで今からじゃ…砂ザメの夕食になるのがいいオチだろう。
(運搬機がないとダメだ…でも今から?クソっ、アテがない…)
と、
大通りのほうからソーマのいる路地へ、
ヒィヒィ、と。
耳障りな笑い声が聴こえ、アフロのような人影が見えた気がした―――
が、ソーマは全力で無視を決め込むことにした。
「ジンよォ、大層お困りのようじゃァねーかァ?」
バン・ジャックである。
「オレは最初っからクセェ仕事だと思ってたぜェ。勘がな、こう―――」
つまらない講釈は聞きたくなかったのか、ソーマ・ジンは。
腰のホルスターからトンファーを引き抜き、構える。
おおっとォ。と、バンは、両手を挙げて降参!のポーズになり、身を反らす。
「…くだんねーこと言ってイラつかせに来たのか?だったら―――」
「貸してやンよ。」
ソーマの頭上に疑問符が浮かぶ。
何を?
「無ェんだろ?お前ェの言ってたクソジジイを追いかける方法がよォ。」
そうだ―――。
「だから、貸してやるッつってんだ。オレの運搬機と、オレの腕をな。」
「………なんでまた、そんな。」
疑いのまなざしを向ける。まるで信用していない。
それもそのはず、過去にソーマが手伝った<運び>のシマで
そのすべての取り分をこの男にチョロまかされてきたからだ。
「マスターによォ」
言われちまったんだ、と男は続ける。
「そろそろ”ツケ”を払えってね。」
「ツケ―――?」
「そうさァ、本来だったら…あのシマは、オレが請けるハズだった。」
ところがどうもキナ臭い、
だから最終的には断ったんだ…と。
「ンマァ、おかげさまで酒代を払えなくなっちまったって理由。」
「それってつまり、全部テメェのせいってことじゃねぇ!?」
ソーマはバンにあきれた様子で怒鳴り散らす。
「だァーから、そのオトシマエをつける。って言ってんの!そうすりゃマスターも酒代チャラにしてくれるっつーしよォ」
―――お前にタマ蹴られた分も、チャラにするっつってんの!
バン・ジャックは先ほどの酒場での一件を根に持っているのか、
股間を押さえながら語気を強めてタマ!タマ!と連呼している。
(いっそ再生不可能なレベルで蹴りつぶしておけばよかったか。)
と、ソーマ・ジンは思った。
バンは、砂ザメよけのスイッチをいじりながらアクセルを吹かす。
悪趣味な装飾の助手席に座りながら、ため息をつく。
「ンどぉーしたよ、ジン。サイコーにイカシてるマシンにのってそのテンションはよォ?」
できることなら二度と乗りたくは無かった
―――事実、そうなってしまうのだが―――
このときはまだ、そうなるとは欠片ほども思ってはいなかったものだ。
「はぁ…まぁ、一応先に礼は言っとく。………ありがとよ。」
パァっ!と、アフロの顔に笑顔が広がる。クソが。
鼻の下をこすりながら調子に乗ったアフロは続ける。
「へへ、いいってコトよ―――それよりな、ジン。もしこの依頼に決着つけたら…」
突然太ももにゆっくりと指を這わせながら、気持ちの悪い声で。
ベッドの上で、オレのトンファーも掃除してく―――
最後まで言わせず、無言で裏拳を叩き込む。もはや条件反射。
が、残念!この感触は、折れてない。
アフロはオンゴォ!とのけぞり鮮血が飛び散ったので、
足元のボロ布を投げつけてやる。
「仕事の依頼は商会を通して頼むよ、運転手くん。」
腕を組んでふんぞり返る。
バンはなにかフゴフゴ言っているようだったが、
ボロ布で出血をおさえながらだったのでほとんど聞き取れず。
砂上運搬機の前方照射燈が点いたと同時に、
格納庫の防火扉があがる。
ゆっくりと、ほどよい加速感とともに―――
キャリアは、砂上へと滑り出した。