序章・地表外部:砂上の楼閣《アオシス》
じりじりと、焼け付くような暑さが肌を焦がす。
地表外部での依頼はこれだから嫌気がさすんだ。
顔をあげれば真っ青な空と、にっこにこ笑顔のお天道様が見れるだろうが―――
そんな気力は残ってはいなかった。
ちゃぽちゃぽと心もとなくなった水筒から、ちびっとだけ塩化水を摂取する。足元には、空っぽになった水筒がゴロゴロと転がっている。まったく、小便も出ない。
今はただ淡々と、砂上運搬機の操作をこなすだけだ。
「あの、クソジジィ…。」
搾り出すようにしなければ呪詛の言葉も吐けない。兎にも角にも、一刻も早くこの荷物を届けて、サクっと飲みにでも行かなければ。酒場でよく会うアフロのゴロツキみたいな男が言っていた。運び屋ほど割に合わない仕事はない、これならば地下街でチンピラ退治でもしていたほうがまだマシだぜ。
いやぁ、マジだったね。こりゃロクなもんじゃあない、
チンピラがどれだけ可愛いか。
ズズズズ、と周囲から地鳴りがするのを感じる。
○○○!これで何度目だ、いい加減にしろ。キャリアのアクセルを吹かす。
が、荷物のせいで大して速度がでないという現状は改善されず、
しまいにはオーバーヒートによる機関停止で完全に八方がふさがってしまう。厄日か!
「―――芋虫共がっ。」
残っていた水筒の中の最後の水分を一気に飲み干すと、
そのまま水筒を床に叩き付け、
八つ当たりの蹴りを無人の助手席に叩き付け、
キャリアのボンネットの上に出で立つ。
そして、
腰のホルスターから点火式打突棍を引き抜き、
構える。拳法―――そう、遠い昔の武術、のように―――
そうこうしているうちに地鳴りはどんどん大きくなってゆき、ついには立っているのもやっとな揺れとなり、体全体に響いていた。
「そんなにこの”お荷物”が欲しいかよ!」
ザボン!と、砂が爆発した。
ように見えた地面からは、全身が毛むくじゃらの巨大なミミズのような生物が飛び出しキャリアの荷物めがけてダイブ―――しようとして、
横方向へと吹き飛び―――運び屋は、スッ、と拳を引いた。
一瞬の邂逅の後に、イグニッショントンファーは、ガシャ!と、
空になったシェルを排莢し、
巨大ミミズは見事、胴体中央から泣き別れのミミズ兄弟へと変貌した。
それから、しばらくの間。
ミミズブラザーズは地面で小さな腹筋(もはや腹と呼べる部分はないが)運動をバタンバタンと繰り返していたが。
やがて、かっこいいお兄ちゃんもかわいい弟も、うんともすんとも言わなくなった。
「よーっく、覚えとけ!イグニッショントンファーの味をなっ!」
力ないキメ台詞が吼えたけられる。
あたりはシーン、と静まり返っていた。
じりじりと焼け付くような暑さが肌を焦がし、動かなくなった毛だるまの肉塊(本日5匹目)相手に粋がるのもむなしかったのか―――。
ふうぅ、とため息をついた後に、
<トンファー使い>ソーマ・ジンは。
依頼主のクソジジィを、
個人的な感情から最低5発はぶん殴ることに決めた。
◆◆◆
「よぉジン、お前ウワサになってるぞ。依頼主をボコボコにする極悪トンファー使いってな。」
酒場のカウンターから眼帯をした渋いダンディーがニッコリと白い歯を見せている。この酒場のマスターだ。
うん、よく奢ってくれるからいい印象で。
「8発はヒデェよなァァ、8発はヨォォォ。」
今度はカウンターに座っていたどうみてもゴロツキにしかみえないゴロツキがくるりと体を向けて煽ってくる。
よく絡んでくるアフロのゴロツキだ、名前は知らないし、知らなくていい。
「うるせぇ、7発で終わらすつもりだったんだよ。最後の一発は…勘定違いだ。」
よくそんなんで仕事なんてやってられるもんだヨォォ―――と、ゴロツキはヒィヒィと腹を抱えながらながら言う。
テメェこの野郎9発目はお前に叩き込んでやろうか?
などと口に出しそうになったが、もう口の中は砂だらけで喋るのも億劫だったので、その感情を心の中でぐっ!とこらえながら
イグニッショントンファーを引き抜くと、
ゴロツキはスッ―――と笑うのをやめた。
「なんでもいいや…マスター、なんか飲み物くれよ。喉カラッカラだぜ…」
あいよ、と言いながらマスターは、でかいジョッキグラスに
度数の高いキツめの酒を少量、ハーフボトル一本分の精製水、
そして大量の魅惑的果物をぶちこんだ
オアシス特製カクテルジュースを用意してくれた。
「そいじゃ外回りご苦労さん!オアシス・スペシャルだ。お前さんがぶちのめしたシャギィワームの数だけレモンをぶち込んどいたからな。」
「!マスタぁあー!あぁりがてええ!最高だぜぇえ!」
抱かれてもいい!ともつけくわえたかったが―――口はすでに
レモンが7個入ったジョッキグラスにかぶりついていた。
ンゴきゅっ!ごきゅ!ごきゅ!
ザラザラとした砂の感覚が口の中から流されると、キンッキンに冷えた酸味と甘みとアルコールが、上あごから喉から胃にかけて、サーっと体を冷やしていくのが伝わってきた。
そして冷感は脳みそに突き刺さり、嬉しい悲鳴となって口から漏れだす。
「ッ、かぁーっ!生き、返るっ!オレ今、生きてるーっ!」
さっきまでは死体か枯れ木同然だった体に、活が入る。
もうすこしで干からびたミミズの仲間入りをしてしまうところだった。
「そいつぁよかった。ところでな、ジン。今回の依頼についてなんだが―――」
「ァン?」
なにかおかしなことは無かったか?と、渋いダンディーは顎鬚をいじりながら尋ねてくる。
「おかしなこと?散々ミミズに追い掛け回されたってぐらいだが…」
しかも7匹。ラッキーセブンってやつだ。くたばれ。
「なら、いいんだがよ。」
でたよお決まりの、意味深な台詞。
確かに個人で運び屋をやるのは初めてだったが、手伝いとしてならば何度かは手をつけたことのあるシマだし、
そんな大ポカやらかしたなんてことはないハズ―――巨大ミミズに熱烈求愛されて、キレテ依頼主をボコった程度の珍事があったぐらいで。
とはいえ、
なんとなくマスターの問いかけがひっかかったので、カクテルをちびちびと飲りながら
今日一日の出来事を振り返る。
いつもどおりに商会で依頼を受けて、依頼主にあって、それから―――
「ん?そうか、あのキャリア…」
ジョッキにガブつきすぎてさすがに頭も冷えてきたのか、じんわりと脳みそが冴えてくる。割とお腹も冷えてるし、完全に消えていた尿意がムクムクと湧き上がってきていた。ヤバイ。
「ミミズよけ、ついてなかった、かも。」
ガチャン!と、一つ席をあけて座っていたゴロツキがカウンターに突っ伏して小刻みに震えだしたが、しばらくして爆発した。ビビったじゃないか、本当に爆発すればよかったのに。漏らすかとおもった。
「ヒィーッ!ヒイーッ!そりゃァねェヨォ!反則ゥって!おま、ヒィーッ!」
椅子から転げ落ち、腹を抱えながらよじれるその姿は、今日一日散々見てきた光景とほぼ一致した。
8匹目はコイツか。
席を立ち、狙いを定めて股間をおもいっきり蹴り抜くと。
子猫みたいな鳴き声を出して、これまた8匹目のアフロミミズはうんともすんとも言わなくなった。合掌。
あたりから注目を集めていたせいか、ところどころから失笑と爆笑と拍手があがっていたが―――
マスターだけは、難しそうな表情でカウンターをトントンと叩いていた。
これはよく考え事をしている時のクセ、だ。しかもあまりいい事ではない場合の。なんかやらかしたか、ミミズ愛護団体から苦情でもきちまうのかな。
「お前の運んだ荷物―――本当に、レア・メタルだったのか?」
割とマジな顔で聞いてくる。なんだそりゃ、カンベンして欲しい、漏れそうなんだけど。
「え―――?」
真剣な顔でマスターと向き合う。聞かなければならないことは一つだ。
「―――とりあえず便所貸してくんない?」
マスターは、難しい顔のまま、店の奥の扉を指差した。