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春葬蝶

作者: 悠桜

薄紅色の花が咲き始めの時、なぜか蛹から羽化して蝶となるイメージを見た。


桜の小紋の着物を着た人形を嫁に迎えたのはつい三週間くらい前のことだった。


銀座のギャラリーでやっていた人形展にたまたま入って目にとまった。

それまで、人形な畏怖の念を覚えてこそすれ、ましてや人形を買おうとはその時まで露とも思いもしなかった。


まだ、初春の季節の頃だ。

冬の寒さが一瞬終わりを告げ、春の旋律が聞こえるかと思われたのもつかの間、また冬の寒さが戻ってきた、或る1日だったと言うことを覚えている。


名前を吉野と名付けた。

もちろん、ソメイヨシノから取った。


「いいかい、お客さん。あんたは人形買うの初めてなんだろう⁇なら、なおさらだ。くれぐれも人形に名前をつけてはいけないよ。人形に名前をつけるということは、人形に魂を与えることになる。人の形をしたものに、魂が入ると、それは人形ではなくなるからね。いいね。わかったね⁇」


人形を買うとき初めてだから、人形展をやっていたときに一人の老婆がそう私に耳打ちをしてくれたことを名前をつけ終わってから、思い出した。


吉野との生活が始まるに連れて、だんだんわたしは吉野と離れがたくなっていった。


ある時、吉野はわたしに話しかけてきた。

「ねえ…あなた様。あなた様はわたしのこと好き?愛してる⁇」

「ああ…好きだし。愛してるよ。」

「嬉しいわ!吉野はその言葉を聞けただけでうれしいの。あなた様と一緒にいられるのですもの…。ねえ、あなた様。わたしを離さないでね?」

「もちろんだとも、君を離すことはしないよ。」

そうして、二人の蜜月は始まった。


吉野を連れ立って、散歩をした時のことだ。

桜の先始めを見て、思わず蝶の羽化のイメージを見た。

吉野は桜の花びらを見てこう言った。

「桜なんて嫌い。春も嫌い。春なんて来なければいいのよ!春なんて!」

急に怒り出した吉野をなだめすかし、落ち着いたのを見計らってから帰ろうとした時に、

あの時の老婆がわたしを見て、笑いながら言ったのだ。

「あんた、名前をつけたね。人形に。ほう、吉野というのかい。あんた、この人形を桜の満開の時に桜の木の下に埋めて埋葬しな!命が欲しかったらね‼︎」

わたしは突然の物言いにあっけを取られ言い返そうと思って、苛立ちを抑えるために一瞬目を閉じた瞬間に、老婆がいなくなり逃げ足が早い老婆だと苦笑した。


吉野とわたしは相変わらず蜜月を過ごしていたが、だんだんわたしの体調が悪くなっていった。

体調が悪くなる代わりに、吉野はだんだん色つやがよくなっていった。人形の陶器がだんだんと人間の肌に近づいていってるような感触になっているのを見て、わたしは愕然とした。

なぜならば、私の肌が陶器っぽくなっていたからだ。

その時に、老婆のあの言葉が思い出した。

私は死ぬのか、人形に取り憑かれて、このまま一生を終えるのか。

考えは一瞬で決まった。

まだ体は動けるうちに実行に移さねばならなかった。


実行日は桜が満開な時を見計らった。


私は泣きながら吉野の首を絞めて、殺してから、桜の根元に體を埋めた。

まさに桜に恋亡骸を埋めたのだ。


満開な桜が體を埋めた瞬間一気に散り始めた。

その散り始めの花びらが蝶になり、乱舞して私は眩暈を覚えて意識をなくした。



「行方不明者のニュースです。東京都S区M下台町1-1-4の桜台アパートに住んでいた。桜谷 康介さん(32)がこの、一週間ほど行方が分からなくなっていた事件に進展がありました。アパートから歩いて徒歩20分ほどの桜並木の下で、亡くなっていたのを発見されました。死因は餓死でした。管理人や親しい人間の話によると、ある時期を境に行動がおかしくなっていき、一週間ほど前に狂ったみたいに家を出たっきり戻らなかったとのことです。

その。或ることのきっかけになった人形は未だに発見されておりません。なんとも不思議なこの事件。速報が入り次第お知らせします。」


老婆はテレビを消してやれやれといった顔をしてから、タンスの上に置いてある人形を見た。


「あんたはこうして人形になったんだね。

だから言っただろう。人形に名前を与えてはいけないって…。」


人形の私に何が言えるだろう…。

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