赤い夢で逢いましょう
不思議な雰囲気のする物語を書きたくて書いたものです。
気軽に読んでみてください。
ひんやりと冷たい大理石が並ぶ廊下を、ひとりの少女が走っていた。引きつった表情で、額には汗が浮かんでいる。
不意に少女は立ち止まると、深呼吸を繰り返した。流れてくる汗を腕で拭う。
「未夢様、どうされたのですか?」
燕尾服を着た男がどこからともなく現れ、少女を見下ろした。少女は顔を上げその男に視線を向けると、顔を歪ませる。
「しつじさん、おねえちゃんがいないの。いつもは私が来たらすぐに顔を出してくれるのに、今日は出てきてくれなくて」
男は少女の頭へ手を乗せた。
「お嬢様でしたら、今は夢を見ていらっしゃいます。どこかへ行ってしまったわけではないので大丈夫ですよ」
「おねえちゃんねてるの? だったらしょうがないね。ひとりであそぶよ」
少女の表情が元に戻るのを確認すると、男は頭から手を離し微笑んだ。少女が踵を返して走っていくのを見届けて、男が呟く。
「お嬢様、未夢様もよろしいでしょうか?」
未夢と呼ばれた少女は、ひとり長い廊下を走っていた。煌びやかなドレスをひらめかしながら。
城内には何も音がない。唯一響いている音が、少女の足音だった。
少女はいつもひとり、だった。もちろん親もいるし、周りの世話をしてくれるような使用人もいる。しかしそれでも少女はひとりだった。
物心ついた時から親と遊んだ記憶なんてなかった。食事でさえ、月に二、三度一緒に食べるくらいだった。それほど親は忙しく、未夢に構っている暇がなかった。他に遊ぶような友達もいない。だから、ずっと寂しかった。
ある部屋の前まで来ると少女は立ち止まり、ドアを開けた。部屋の中にはたくさんの人形。少女はベッドに近寄り、置いてあったクマの人形を抱きかかえた。
「わたしは昔からいつもひとり。でもね、おねえちゃんがいてくれる限りは、私ひとりじゃないって思えるんだ。もう、ひとりにはなりたくないもの」
「じゃあ、一生ひとりにならなくていいところへ連れていってあげようか?」
少女の声に応えるように、部屋の中にもうひとつの声が響く。その声はクマの人形から発せられているようだった。しかし、少女は動じることなく人形を見つめていた。
「ほんと? クマさん、本当にそんな場所があるの?」
「ああ。ずっと友達といることができるよ。ひとりになることなんてないさ」
「わたし、そこに行きたい! ずっとひとりだからさびしいんだよ」
「そうだね。ひとりは寂しいからね」
人形の言葉が終わると同時に、赤い光が少女を包んだ。ゆっくりと目を閉じていく。赤い光が消えると、少女の姿は消えていた。
「良い夢を」
窓ひとつなく、完全に陽の光が入らない密室。唯一、たくさん置いてあるろうそくの光が部屋の明かりだった。
「お嬢様。未夢様があちらの世界に行ったみたいですよ」
「あら、本当? お友達が増えたのね!」
お嬢様と呼ばれた女が明るい声でそう言うと、男は微笑んだ。
「よく知っている未夢様ですし、お嬢様も寂しくないかと」
ゆっくりと流れるような仕草で、お茶をそそいでいく。ふわっとした香りが広がった。
「ええ、ええ。そうね! なんて素晴らしい日なんでしょう! こんなに嬉しい日なんて今までなかったわ」
音を立てずに置かれたカップに口をつけ、優雅に飲みほす。
「これで私もひとりじゃないのね」
真っ赤な唇を歪ませながら、目を閉じていった。
「良い夢を。お嬢様」
女が飲みほしたカップを持って、男は部屋を出ていった。
閲覧ありがとうございました。
本当はもう少しだけ続きがあります。
ですが、この先の展開は読者のみなさまの想像にお任せしたいと思い、削りました。
いかがだったでしょうか。