真誠のアプリケーション
20XX年、それはいずれ来るかもしれない世界。
『名前:神崎 圭太 生年月日:20XX/6/11 趣味:特になし』
「ふぅ……」
俺は暇を持て余して、端末のプロフィール画面を見ていた。あまりにも暇なので、何か書き足そうかと考えていた。
「まぁ、何もないな」
電源を切って、近くの高層ビルの巨大ディスプレイに目をやった。
『スターサマナーによる犯罪が徐々に増えています。ご注意下さい。安全に見えるアプリでも、実は遠隔操作アプリという場合もあります。』
へぇ、やっぱり便利になると犯罪とかも増えてくるんだな。遠隔操作アプリってのは、数年前によくあったっけ。
すぐに、スターサマナーの犯罪の注意喚起を促すコマーシャルが切り替わった。
『ついに待望の、ホログラムワンセグ機能搭載のスターサマナー登場。』
今度は、新機能を搭載した機種の宣伝コマーシャルのようだ。
「また新しいの出るんだ……。暇だから『スターサマナー』の歴史でも調べてみるかな」
俺は自分の『スターサマナー』を操作し、検索をかけた。そして、あるサイトに辿りついた。ユニペディアという、ネット上の辞書みたいなものだ。
『昔普及していた『スマートフォン』と呼ばれる携帯型電話機に変わる携帯型機器。『神崎 研二』により、数十年前から開発が進められ、今や中学生程度になれば誰もが持っている生活必需品である。見た目、性能は『スマートフォン』と全く同じだが、一つだけ違う点がある。それは、『星の力を利用した携帯型機器』という点である――
――急激に科学が発展していき、宇宙のあらゆる場所に探査機を飛ばしたり、あらゆる物質を調べられるようになった。そこで、ある科学者が宇宙にある星、すなわち恒星を調べていたところ、なんとあらたなエネルギー粒子を発見し、これを『星力』と名付けたそうだ。何もない場所から突如生まれ、熱エネルギーなどにも変換出来る便利な物だ。詳しいことはまだ分かってはいない――
――この『星力』を利用したのが、『スターサマナー』である。星力を探査機でかき集め、それをエネルギー源として小さな端末に収めることで完成した。『星力』には、様々なエネルギーを増幅させる効果があるので、電波の強度を上げ、『スマートフォン』以上の通信速度の速さや処理能力を発揮することが出来る。さらには、弱い電波同士を同調させ、電波の強度を増す、電波同調機能〈チューニング〉や、スターサマナーを通信機器のようにし、圏外のスターサマナーを接続出来るようにする、通信代替機能〈スタリング〉、スターサマナーを触っていない時にやってくれる、自動アップデート機能など、様々な機能が登場した。数年前から発売され、徐々に普及し始め、カメラ機能やワンセグ機能などが増えていき、今や『スマートフォン』という言葉が死語になるほどまでに来ている。』
「なるほどねぇ、まさか父さんの名前まで載ってるとは……。流石は科学者って感じだな。それより、さっきのコマーシャルで言ってた新機能も、俺のスターサマナーには既にあるんだよなぁ」
そう、俺のスターサマナーには、何故か新発売のスターサマナーにあるはずの機能が既に備わっている。何故かというと、スターサマナーが段々と普及し始めた頃……小学校六年生くらいの頃だろうか。ある日、家にいると父さんが仕事から帰ってきて、「お土産だ」と言って、俺にスターサマナーをくれた。見た目もかっこよく、何よりスマートフォンすら持ってなかった俺にとっては、すごく嬉しいことだったな。
それから一年後、テレビのコマーシャルで『待望のカメラ付きスターサマナー登場!』と流れた。当時の俺のスターサマナーには、既に備わっている機能だった。それからどんどん発表されたワンセグ機能なども。
ある日気になって、開発者でもある父さんに聞くと。
「既にカメラ機能やワンセグ機能は出来ているんだが、それを一気に出すと、今度はそれ以上のものを人々は求めるからな。こういうのは、ゆっくり出していくものなんだよ」
科学者であり、スターサマナーの開発に関わってる父さんらしい回答だった。少しビジネスに詳しくなれた気がしたな、あの時は。
「マスター、どうされたのですか? 呆然と立ち尽くして」
俺のスターサマナーから、急に声が聞こえた。
「あぁ、ジェミニか。まぁ、ちょっとな」
「ふむ、そうですか……ハッ!」
ジェミニはそう言うと、俺のスターサマナーから現れた。これもスターサマナーの機能の一つ。スターサマナー所有者は、『マテリア』と呼ばれる召使いのような人口プログラムを一台につき一体、持つことが出来る。その形は持ち主の星座に由来し、俺の星座は双子座だから、俺の『マテリア』も双子座のタイプである。見た目は、ちょっとした鎧みたいな物でできた体、顔には仮面がついたような感じだ。足は無く、下半身は絵本などでよく見る白い風船型のお化けのような形になっている。
「それにしても彼女、遅いですね」
「まぁ、すぐ来るだろ」
そう、俺は待ち合わせをしていた。しかし、集合時間になってもなかなか来ない。だから俺は暇を持て余していた。
「ったく……先帰っちまうぞ」
途方に暮れていたその時。
「おーい!」
遠くから俺を呼ぶ声がした。手を振りながら女の子が走って俺の元へと走ってくる。
「ごめん、遅れちゃった」
俺の元に来て謝罪してきたのは、安堂白奈〈あんどう しろな〉、俺の幼なじみだ。昔から元気なのはいいが、おっちょこちょいというか、ドジというか……。まぁ、お転婆だな。昔は走ってもすぐ息切れしてたくせに、今は走っても全然息切れを起こさなくなっている。本当に元気なやつだ。
「ったく……お前が誘ったのによ。何してたんだ?」
とりあえず遅刻の理由を聞いてみる。
「えーっと……そう! スタマの電池が無くなりそうだったから充電してたの!」
白奈が笑いながらそう言った。
「お前どんだけ好きなんだよ」
白奈はスターサマナーが大好きなやつだった。事あるごとにスターサマナーを触っている……まぁ、イマドキなやつだな。ちなみに「スタマ」とは「スターサマナー」の略だ。呼びにくいったらありゃしないが、最近の女子高生はこう呼ぶらしい。
「これはこれは圭太様、お嬢様が遅れてしまい、誠にモウしわけございません。ワタクシがモウ少し厳しく言っておけば……」
こいつは白奈のマテリア、『タウラス』だ。牡牛座がモデルのようで、とても礼儀正しいミノタウロスと言ったイメージだ。
「まぁ、気にすんなって。昔からこんな感じだったし。」
「おや、タウラスさん、お久しぶりですな。」
俺の横から口を挟んできたジェミニがタウラスに挨拶した。
「おぉ、ジェミニ殿、相変わらずお元気そうで何よりですぞ」
「はっはっはっ、そちらもたくましくなっていますな」
「なんのなんの、お嬢様をお守りするため、日々鍛えていますからな!」
「我々に筋肉はありませんぞ!」
「「はっはっはっ!!」」
いつの時代の喋り方をしているんだ、武士か侍かこいつらは。つかすげぇ人間味溢れた会話だな。
「あはは……とりあえず行こっか」
苦笑いをする白奈が言った。
「そうだな」
俺達は振り返り、背後にある建物の中へと入っていった。……しばらく侍マテリア達の会話がうるさかったが。
☆☆☆
「うーん、見つからない」
俺達が来たのは図書館だった。白奈が、スターサマナーがあまりにも好きすぎて、その歴史を見たいというので、仕方なくついてきた。ネットで調べればいいものを、「ネットじゃ分からないこともあるよ!」とか言い出して、言いくるめられた。
「圭太ー、向こうにあるってよー」
司書さんに本の在処を聞いてきた白奈が帰ってきた。
「向こうだってさ」
白奈が指差す棚に向かった。
棚の前に来ると、様々なスターサマナーに関する本が並んでいた。
「んー、迷うなぁ」
どれもこれも良さそうな本ばかりだ。あれもいいしこれもいい……。よし、とりあえず目の前にあった『スターサマナーの変遷~スマホからスタマへ~』というタイトルの本を手に取って開いてみよう。
『スターサマナーは、スマートフォンの利点はそのままに、星の力を利用してさらに便利になった携帯端末です。通信速度も速くなり、より快適に利用することが出来るようになりました。』
うーん、ユニペディアに書いてあることと全く一緒じゃないか。他のページには……っと。
ページをめくり、ユニペディアでまだ見ていなさそうな項目を探した。
「ん?」
ふと、あるページに目をやった。
『~ロストテクノロジー~
ロストテクノロジーとは、スターサマナーなどが普及し始めた頃、配信されていたアプリの機能でしたが、悪用されると危険なのですぐに配信中止、アップデートによるアンインストールが行われました。』
なんだよこれ……そんな危険なものがあったのかよ。
ページをまためくると。
『~マテリア・セキュリティモードアプリ~
これは本来、ホログラム状態になっているマテリアに、実体化プログラムを実行させ、災害の際などに、人間では持ち上げられない瓦礫などを持ち上げさせたり、人間では進入出来ない場所に進入させ、問題を解決するためのアプリでした。しかし、これを利用し、強盗や空き巣などに利用されかねないので、即座に配信中止になりました。』
未だによく分かっていない星力の塊のマテリアを実体化させるとか、本当に危険すぎるだろ。
次のページをめくると。
『~マテリア・マテリアライズアプリ~
マテリアを物質化、さらに鎧のような形に変換させ、持ち主の体に装備させることで、肉体強化を施し、計り知れない力を発揮することができます。しかし、これも犯罪に利用されかねないので、配信中止になりました。』
なんだか、アニメや漫画のような話だな。当時は、本当にこんなことをしていたのか。
驚きのあまり、しばらく本を凝視していると。
「何か見つかった?」
白奈が戻ってきた。俺は、ロストテクノロジーについて、話した。
「うわぁ、そんなアプリがあったんだ。こっちはスタマやスマホの歴史をいっぱい見たよ! やっぱりスタマってすごいね!」
いや、確かにすごいことだが、犯罪に繋がるかもしれないのに一概にそうとも言えないだろう。
『……マスター、正午をお知らせします』
ポケットの中から、ジェミニの声がした。図書館にいるからか、囁き声になっていた。マテリアは意外と人間味が溢れているから面白いな。
「もう昼か、なんか昼飯でも食べに行くか」
腹も減ってきたことだし、白奈にそう提案した。
「そうだね、私もお腹空いてきたよ。この前、ネットで美味しそうなハンバーガーショップ見つけたからそこ行こうよ!」
白奈が目を輝かせながらそう言った。完全にスターサマナーを使いこなしているな、こいつは。
「んじゃ、行くか」
本を棚に戻し、図書館を後にした。
☆☆☆
「んで、どこからその店に向かえばいいんだ?」
図書館を出て、ハンバーガーショップに行こうとしたが、道は白奈しか知らないので、聞いた。
「ちょっと待ってね……地図アプリで……と」
白奈が素早くスターサマナーを操作し始めた。
「道覚えてないかよ」
あんなに目を輝かせて言ったのに、道を覚えていないとは、流石にそこは突っ込むぜ。
「だって、私もそこに行くの初めてなんだもん……あっ、ここをこう行って、こう行くわけね」
どうやらルートが分かったようだ。
「じゃあ、行くか」
早速、出発しようとした矢先。
「あっ! ごめん! 電話が来たみたい、ちょっと待ってて!」
スターサマナーの着信音が鳴るなり、白奈はそう告げ、すぐさまどこかへ行った。
「また暇になったぜ……」
そんなひとり言を呟いた。
「年頃の少女は忙しいですね……」
ジェミニが、まるで娘を見る父親のような感じで言う。
「なんでお前といい、タウラスといい人間味溢れてるんだよ」
「人間に作られたからでしょうね……」
なかなか真理を突いた返答をした。確かにそうかもしれんな。
妙に納得し、暇なのでまた、ビルのディスプレイに目をやった。
『世界どこでも繋がる! 多機能スターサマナー登場!』
また宣伝か。どんどん新機能が出てくるな、スターサマナーは。
コマーシャルが切り替わり、また別のコマーシャルが始まるのかと思った。
『やぁ、スターサマナーを使っている諸君』
一瞬にして、騒がしかった雑踏の声は病み、皆ディスプレイに映る、白衣を着た科学者らしき人物に釘付けになっていた。
「な、なんだよあれ」
「私にもよく分かりません。あれも宣伝でしょうか?」
どうやらジェミニにも分からないようだ。一体なんなんだこれは。
『今や世界的にも普及しているスターサマナー、君達の生活も便利になったことでしょう』
なんだ? 何の演説だ? これは……。
『だが、君達にはそのスターサマナーの機能の半分も使えはしない』
新しい機種の宣伝なのか? それとも新しくリリースされるアプリか?
その男は構わず喋り続ける。
『だが、私が独自に開発したソフト……「Prison break」を使えば、本来使えないはずの機能も使えるようになる』
ソフトを使って、本来使えないはずの機能も使えるように? それって、ご法度な行為じゃないのか?
「これは危険ですね……」
ジェミニも嫌な予感を感じたのか、冷静にそう言った。
『手始めに、こうしましょう』
男が自分の手持ちのスターサマナーを操作した。
「ん? なんだこれ?」
「こんな時にアップデート?」
「うわ、勝手に……!」
周囲の人々が、ざわつき始めた。
「なんだよ、俺のスターサマナーには何もないぞ」
旧式はアップデートしてくれないのか? いや待て、あの男が操作してアップデートが来たってことは……。
『アップデート完了のようですね。さて、最近話題のこれを知ってはいますかな』
男が再びスターサマナーを操作し始めた。アップデート完了したことが分かるってことは、何か特別な機械でも使っているのか?
『ふふふ……これを、こうしましょう』
男がスターサマナーをタップすると……。
「うわ、なんだこれ」
「アプリが勝手に起動した!」
「なんだよ、こんなアプリいれてないぞ!」
どうやら、勝手に何かのアプリが起動したようだ。俺のスターサマナーは相変わらず音沙汰無し。やはり遠隔操作か!?
『さぁ、手始めにこれで行きましょう』
男がスターサマナーを、またタップした。
その瞬間。
「うわぁぁぁぁ!!」
「なによこれぇぇぇぇ!!」
「ぐわぁぁぁぁ!!」
鼓膜を突き破るかのような、劈く音が耳に響いた。
「ぐっ!! 頭が割れ……そう……だ!!」
あまりのうるささに、膝をついてしまう。これは超音波か!?
「マスター! マスター! しっかりして下さい!」
ジェミニが必死で呼びかけてくるが、苦しさのあまり、口を動かすことも難しくなっていた。
『ハッハッハッ!! どうですか? これで終わりではないですよ!』
また、男がスターサマナーを操作した。
「ああああああ!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」
「きゃああああ!!」
超音波の威力が増した。さっきよりも……頭に……響く……!
『これはスターサマナーの電波の強度によって強くなる仕組みでしてねぇ! そこにスタリングを使えば、威力は増していく!』
男が高らかに笑いながら説明を続けた。
『どうです博士? これがあなたの生み出した産物だ!』
「は…………か……せ?」
なんとか頭を上げ、ディスプレイを見ると、画面の奥で、一人の男が捕まっている様子が見えた。
「父さん!!」
紛れもない、あれは父さんだ。捕まっている場所もよくよく見れば、小さい頃によく連れていってもらった父さんの研究所じゃないか!
「ここから……近い……助け……ないと……」
きっと警察もここと似たような状況だろう。幸い俺のスターサマナーは、遠隔操作を受け付けないので、動けるのなら俺しかいない……。
「くっそ! 動け! 動……け……!」
無理矢理体を動かし、這いつくばりながらも父さんの捕まっている研究所へ向かった。
☆☆☆
「いい眺めですねぇ、そうでしょう?」
今回の事件の首謀者である男が言った。
「一体何を企んでいるんだ!」
捕まっている男――神崎研二がそう叫んだ。
「なに、簡単な事ですよ。今や世界的に普及しているスターサマナー、その性能を完全に引き出し、利用すれば、世界を掌握出来たものも同然!」
男は支配者にでもなったかのように、そう言った。
「ですが、そのスターサマナーを開発したのが、神崎博士とは……皮肉なものですねぇ!」
男は神崎研二を指差し、嘲笑うかのように言う。
「見てください! 人々の苦しむ姿! これがあなたの研究の産物ですよ! 皮肉だ! 皮肉なものだ! ハッハッハッ!!」
男は目の前の巨大モニターに映る苦しむ人々を眺め、高々と両手を上げ、笑っている。
「では、次の段階に移りましょう」
男が、スターサマナーを操作し始めた。
「何を始める気だ!」
「マテリア・セキュリティモードアプリ……失われた産物を利用してあげるのですよ! 私のスターサマナーにはそれが備わっているのですよ!」
男は、スターサマナーを操作しながら続けた。
「これを使い、世界中にあるスターサマナーのマテリアを実体化させ、さらに暴走させる。そうすれば、私が手を汚さずとも、世界は崩壊する! さぁ! マテリア・セキュリティモードアプリと暴走プログラムを搭載したバージョン、配信開始です!」
男が、スターサマナーをタップした。すると、モニターに、『Please wait... 0%』と表示された。
「何故だ……何故そんなことをする!」
「あなたは知らないでしょうが……私はあなたのことをとても恨み、怨み、憾んでいるのですよ!」
男は、親の仇でも見るかのような目で、神崎研二を睨みつけた。
「まだ一パーセントですか……やはり時間がかかりますね」
男は、再びモニターを見て、そう言った。
「父さん!!」
研究室のドアが勢いよく開き、一人の少年が駆けつけた。
「おや……もうやってきましたか」
☆☆☆
俺は思い切りドアを開けた。小さい頃からよく来ていたので、場所は一発で分かった。ここは、防音設備が整っているのか、超音波は聞こえなかった。部屋の隅を見ると、拘束されている父さんの姿が見えた。
研究室の奥の巨大モニターを見ると、俺がいた場所や、世界各地の様子が映し出されていた。
「やっぱり、あんたが犯人か!」
俺は、モニターの前にいる男に向かって叫んだ。
「神崎……圭太君……か」
何故か、俺の名前を知っていた。だがそれよりも、モニターに映し出されている光景が目に入った。
「何をしようとしているんだよ!」
「簡単なことですよ。このアップデートが開始されれば、世界中のマテリアが暴走を始め、世界は崩壊する!」
男は、狂った笑顔でそう叫んだ。モニターをよく見ると、『Please wait... 10%』と表示されていた。これが完了すると暴走するのか!?
「だが、君のスターサマナーにはなんの影響もないのは引っかかりますね」
俺のスターサマナーを見て言った。確かに、俺のスターサマナーには、さっきのアップデートや、遠隔操作が全く効かなかった。旧式だからだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「とにかく、それを止めてやる!」
とりあえずモニターの前の機械を止めればいいのだろう。俺はそう思い、走り出した。
「ふぅ……面倒ですが、痛めつけないと分からないようですね」
男がそう言ってスターサマナーを操作した。すると、俺は何かに叩きつけられた。
「ぐぁっ!!」
思わず仰け反ってしまった。
「これが何かは……君にも分かりますよねぇ?」
男のスターサマナーから、マテリアらしきものが現れていた。しかし、本当にマテリア「らしき」ものだ。マテリアは十二星座がモデルのはずだが、あんな星座は見たこともない、まるで蛇のようだ。
「驚くのも無理はありません。なにせこれは存在しないマテリア……言わば、人口的に作られたマテリア、「蛇遣い座のオヒュカス」なのですよ!」
人口マテリア!? なんだよこの男は……なんでそんな技術を持っているんだ?
「さらに、アプリ起動!」
続けて男はスターサマナーでアプリを起動した。
「ハッハッハッ!! 見せてあげましょう! ロストテクノロジーの恐ろしさを! 失われた産物の恐怖と力を!!」
男は身構えた。
「オヒュカス! マテリアライズ!!」
次の瞬間、オヒュカスと呼ばれたマテリアの体が徐々に変化していった。変化し終えると、バラバラになり、男の体に装着された。紫と黒のツートンカラーと、金色の装飾を施された鎧が、まるで男の中の闇を映し出しているかのようだった。
「これがロストテクノロジーの一つ! マテリアライズアプリですよ!」
男はさらに狂気に満ちた顔でそう叫んだ。
「さぁ、私を止められますかな?」
男は俺の元に歩み寄ってきていた。そして、手に持っている蛇のような鞭を振り回した。
「ハッハッハッ!! どうですか? これがあなたの父親が生み出した力ですよ!」
俺は何も言えず、ただ鞭打たれていた。
「何か言ってみたらどうですか? ハッハッハッ!!」
「クソッ……ちくしょう……」
そんな言葉しか出なかった。今の俺には武器も何もない、しかも相手はマテリアライズアプリを使っている。せめて……せめて俺にも使えれば――
「――そこまでです」
急に背後から、とても落ち着いた、でもどこかで聞いたことのあるような声がした。振り返ってみると。
「し、白奈!?」
さっき、電話に出ると言ってどこかに行ったはずの白奈がいた。こいつは父さんの研究所なんて知らないはずなのに……。
「大丈夫ですか? マスター」
白奈が俺に近づき、まるでジェミニのような口調でそう言った。
「な、なんだよ。何がどうなってんだよ!」
俺の頭の中はもうわけが分からなくなっていた。
「白奈! セキュリティを解除するんだ!」
次は父さんが、白奈に向かってそう叫んだ。
「了解しました」
白奈はそう返事し、目を閉じた。
「セキュリティコード4670……隠しファイルにアクセス……アプリを起動」
何やらブツブツと言い始めていた。
「お前……本当に一体――」
俺が白奈に聞こうとしたその時。
「何を企んでいるんですかねぇ!」
男が蛇型の鞭を振り回してきた。
「くっ!」
すかさず白奈が右腕で防ぐ。だが、その鞭は、白奈の腕に巻きついた。
「いくら人間であろうとも、こうしますよ!」
「……ッ!!」
男は力強く鞭を引っ張っていた。白奈は必死で体を引いているが、今にも腕がちぎれそうだ。
「やめろ!」
俺はすぐにその鞭を奪おうとした。
「邪魔です!」
男もすかさずもう一本の鞭で俺を叩きつけてきた。
「ぐはっ!!」
また、俺は仰け反ってしまった。
「面倒ですねぇ、恨まないで下さいよ!」
男はそう言って、思いっきり鞭を引っ張った。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺はただ叫ぶことしか出来なかった。
「くっ……うわぁぁ!!」
白奈の右腕が、二の腕の中心あたりから、白奈の体から離れた。だが何故か、"腕が無くなった箇所から、一滴も出血していなかった"。
「なんだよ……あれ」
追い討ちを掛けるように、白奈の腕の断面から見えたのは、コードや鉄のパーツが収まっている、"機械のような腕"をしていた。
「白奈!!」
俺はすかさず立ち上がり、白奈に言った。
「怪我は無いか!? ていうか、なんなんだよあの腕は!?」
頭が混乱していて、怪我のことよりも腕のことが気になった。
「私のことは気にしないでください。それよりも……」
白奈は俺のスターサマナーを指差した。見ると、何やら見たこともないアプリが起動している。
「なんだよ……これ」
「これを使えば……あの男と同じように、マテリアライズをすることが出来ます。マスター、あなたならきっと……あの男を止めることが出来ます……タップして……起動を……」
白奈は苦しそうにそう言った。言われた通り、画面をタップした。すると、画面にマイクのようなマークが現れた。
「これは!?」
「音声認証です……ただ、「マテリアライズ」と言えばいいだけです。後は、スターサマナーが処理をしてくれます……」
さっきの男みたいに言えばいいのか……。少し恥ずかしい……いや、こんな時にそんなこと言ってられねぇ。
「マスター、お願いします……」
「分かった……えぇーっと、マテリアライズ……」
…………。
反応が全くなかった。
「なんでだよ!?」
「マスター……声が小さすぎます……叫ぶように言ってください……」
叫ぶようにって……。あぁもう! こうなりゃヤケクソだ!
「マテリアライズ!!」
その瞬間、俺のスターサマナーからジェミニが飛び出し、さっきのオヒュカスのように体の形が変わっていき、バラバラになった。
「おぉ……」
そして、バラバラになった鎧が、俺の体に装備された。
「マテリアライズ……完了ですね……」
白奈が俺を見てそう言った。
「これが……マテリアライズ……」
俺はまるで、アニメにでも出てきそうな、はたまた特撮ヒーローのような自分の姿を見てそう言った。
「まさか……君のスターサマナーにも、ロストテクノロジーが組み込まれていたとは……」
どうやら男にとっても意外なことだったらしく、そう呟いた。
「マスター……詳しい話は後です……彼を……止めてください」
白奈が必死に絞り出した声でそう願ってきた。
「あ、あぁ……こういうのは初めてだけど……なんとかやってやるさ」
正直、俺一人で勝てるとは思えない。でも父さんは捕まっているし、白奈の腕も……。戦えるのは俺しかいない……やるしかないか。
「体の底から力が湧いてくる感じがする……これならいけるかもしれない……うおおおおおお!!」
俺は、男に向かって走り出した。マテリアライズの効果なのか、普段よりも速く、体力もあまり消耗せずに走れた。
「はぁっ!!」
俺は男に殴りかかった。
「無駄ですよ」
男は余裕の表情で、鞭を振り回してきた。俺は避けられず、直撃してしまった。
「ぐぁっ!!」
そのまま吹き飛ばされてしまった。
「クソッ……武器を持ってるやつに素手で適うのかよ……」
そうだ、向こうは武器を持っていて、俺は持っていない。どちらが有利かは明白だ。
「マスター、彼に武器があるように、私のマテリアライズにも何が能力があるはずです」
不意に、ジェミニが俺の頭の中に直接語りかけてるように言ってきた。
「それってなんなんだよ?」
「それは流石に私も……。ですが、恐らくは双子座とマスターに共通するものがヒントだと思います。」
双子座と俺に共通するもの? 俺は一人っ子だし、兄弟はいない。だとすると一体……。双子座は二つ……二つ……確か、双子座は不死の弟と、寿命が普通にある兄がモデルだったっけ。正反対の性質……俺にある正反対の性質……。
「見えたぜ、謎と答えが繋がった。星座のようにな」
「ほう、信じていますよ。マスターならきっとやれます」
ジェミニが言った。
「よし、行くぜ! はああああああ!!」
再び、俺は男に向かって走り出した。
「何度やっても無駄なことです!」
男もまた、鞭を振るってくる。
「はぁ!」
俺はその鞭を右手で掴んだ。
「まだです!」
男は空いている手で、もう一本の鞭を振るってきた。
「くっ!」
俺は左手で掴んだ。
「両手が塞がっては何も出来ませんねぇ! そちらの能力はどうしましたぁ?」
ジェミニは二面性……二つの異なる性質……力……。
俺が頭の中でそう考えると、体が徐々に光り出してきた。
「なっ、なんですかこれは!?」
男もたまらず声を上げる。
俺の異なる二つの性質……それはつまり……!
「ぐあぁっ!!」
気づけば、男は目の前から吹き飛んでいた。
「なっ……何が……起き……て……」
「俺の性格が"熱しやすく冷めやすい"……これが俺と双子座の共通点だ!」
そう、そんな単純なことだった。心と体で熱く行動し、頭の中でクールに思考する。そういったことをしたら、"俺の両肩から一本ずつ機械のような腕が伸びていた"。これで男を吹き飛ばした。
「なるほど! それが双子座の能力ですかぁ! 面白い! 実に面白い!」
男は殴られたのに、笑いながらそう言った。
「はぁ!」
俺は構わず、合計四本の腕で殴り続けた。
「うおおおおおお!!」
ひたすら無我夢中で殴り続けた。人々が苦しんでいる姿を見ていると、さらに拳に力が入った。
「はぁ……はぁ……」
もう何発殴っただろうか。うるさかった男は静かになり、拳もだいぶ痛んできた。
「後は、機械を……」
俺は機械の元へと歩き出した。
「……もう終わりですか?」
不意に後ろから、男の声とともに鞭が飛んできた。
「ぐあっ!!」
俺はそのまま直撃してしまった。
「な……なんでだよ……あんなに、攻撃したのに……!」
「ハッハッハ!! いいパンチでしたよ!! ですが、私の能力でどうとでもなるのですよ!!」
なんだと!? あの蛇型の鞭が能力の一つじゃないのか? だとすれば、奴は能力を使わずに戦っていたのか?
「見せてあげましょう! キャストオフ・ヒーリング!!」
男がそう叫ぶと、男の体から、まるで皮が脱げるように剥がれ落ちていった。皮が……脱げるように……?
「これが蛇遣い座の能力! 脱皮により、肉体細胞を再生させる力! つまり、私は不死身だ!」
男が高らかに叫ぶ。冗談だろ? あの鞭でさえ厄介なのに、脱皮して再生って……。
「クソッ……そんなのハッタリだ! うおおおおおお!!」
俺は再び男に向かって殴りかかった。
「フッフッフッ」
男はと言うと、何一つ揺るぎのない余裕の表情で棒立ちしていた。
「はああああああ!!」
再び何発も何発も拳をいれる。
「でやああああああ!!」
何発も何発も。
「だああああああ!!」
拳が砕けそうになりながらも。
「はぁ……はぁ……」
「終わりですか……」
しかし、殴るのを止めれば、男が再び反撃をしてくる。
「ぐはぁっ!!」
クソッ……なんなんだよ! こんなやつにどうやって勝てば……!
「キャストオフ・ヒーリング」
男はまた、脱皮し、再生した。
「つまらないですねぇ、そろそろ殺してあげましょうか……」
男がそう言うが、俺は何も反論できない。だってそう言われてもしょうがないからだ。いや、誰だってそう思うだろう。
「マスター、もう無理はしなくていいです。私に任せて下さい」
不意に、ジェミニが俺に話しかけてきた。
「任せるって……何をする気だよ!」
「簡単なことです。私がやつのスターサマナーに侵入し、破壊します。そうすれば彼のスターサマナーは停止します。」
簡単なことって……。そんなの絶対に嘘だ。
「破壊って……どうやる気だよ」
「……私の中のプログラムを分割し、暴走させることで、彼のスターサマナー内のプログラムを破壊することが出来ます」
確かにそれなら止められるかもしれない……。でも……!
「そんなことをしたら……お前はどうなるんだよ!」
「無論、私はバラバラになり、暴走し、ただの破壊プログラムと化します。よって、マスターのスターサマナーに戻ることは不可能でしょう」
なにとんでもないことを簡単に口走ってんだこいつは!
「ふざけんな!! そんなことをしたら、お前は……お前はいなくなるんだろ!」
「……そうですね」
「ふざけんなよ……あの日……父さんからスターサマナーをもらったあの日から! 俺とお前はずっと一緒だったじゃないか! 俺は……お前のことを家族同然に思っていたんだぞ! 俺は……お前がいないとダメなんだよ……!」
「フッ……マスター、あなたのような人のことを、昔の言葉で「ケータイイゾンショウ」と言うのですよ……」
なんでだよ、なんでこんな状況で笑いながらそんなことが言えるんだよ!
「構わねぇ! 俺はお前に依存してるさ! だから、お前とは絶対に離れ離れにはならない!」
俺は、決意の意味も込めてそう言い、立ち上がった。
「絶対に……絶対にだ……」
男と対峙して身構える。
「ですがマスター、他に方法は……」
「ある……必ずある……」
そうだ、きっと戦っている中で攻略法は見つかる……きっと!
「はああああああ!!」
俺は、何度も何度も男に攻撃をした。だがその度に。
「キャストオフ・ヒーリング!」
何度殴っても。
「キャストオフ・ヒーリング!」
何度何度殴っても。
「キャストオフ・ヒーリング!」
何度やっても勝ち目はない――ように見えていた。
「はぁ……はぁ……」
「マスター、これ以上は……」
ジェミニも心配してるのか、俺に声をかける。
「大丈夫だ……見えたよ……見えたかもしれない」
戦っている中で、キャストオフ・ヒーリングの攻略法が見えたかもしれない。俺はそう確信し、構える。
「…………」
落ち着け、この一発でしか決められないかもしれない。心と体は熱く……頭はクールに……。
「ふぅ、残り10%ですし、ここで終わりにしても良さそうですね」
男が何か言っているが、気にしない。この一発……この一発に全てを懸けるんだ。
「はぁ!」
俺は男に飛びかかった。
「何度も殴られるのも癪ですねぇ!」
右手で殴ろうとしたが、男の左手で掴まれてしまう。
「はぁ!」
次に左手で殴りかかった。
「ふん!」
これも男が背中から伸ばした蛇で掴まれた。ここからが本番だ。
「でやっ!」
肩のもう一本の左腕で顔面を殴った。
「ぐぁっ! ですが、それではさっきと同じパターン! キャストオフ――」
この瞬間だ!
「――今だ! でやああああああ!!」
もう一本の右手で、男の"右手めがけて殴った"
「な、何ぃ!?」
キャストオフ・ヒーリングは発動しなかった。何故なら……。
「私の……私のスターサマナーがああああ!!」
そう、男の右腕にはスターサマナーが握られていた。これを壊すだけ……本当に……本当に単純な話だったんだ。不死身やら再生やらに圧倒されて、気付けなかったんだ。
「ぐああああああ!! 私の! 私のオヒュカスがああああ!!」
男は見るも無残に、鎧が消え去り、ただの白衣のような姿に戻っていた。
「私の……私の計画がああああ!!」
俺は静かに男に歩み寄る。
「こんだけのことをやらかしたんだ……歯食いしばれよ……このモニターに向こう側の人達が受けた痛み、全部この手に乗せるからよ……」
「ひっ!?」
「自分の罪を償いやがれええええ!!」
俺は、自分の拳にありったけの力を乗せ、思いっきり男を殴った。
☆☆☆
しばらくして、警察がやってきた。アップデートの機械も、父さんを解放した後、すぐに父さんが止めてくれた。
「圭太……よくやったな」
「まぁ……ね」
父さんも無傷の様子だ。俺は胸をなで下ろした。ふと、警察に連行される男の姿が目に映った。
「なんでこんなことをしたんだ?」
俺は尋ねた。
「……私はねぇ、スマートフォンの開発に携わっていたのさ。革新的なものが発明出来た頃! あのスターサマナーによって、全てが変わった! 私の仕事は奪われ、家族も消えた! スマートフォンという言葉も死語になった! だから憎かった! スターサマナーの全てが!」
そうか、人々がスターサマナーに移り変わっていくにつれて、この男の心も歪んでいったのか……。
男はそのまま、警察に連れていかれた。
「こういうものは競争なんだ。彼も、持っていた技術を活かしてソフトウェアやアプリの開発をすれば、きっと今とは違う人生だったのかもしれない。新しいものを生み出すということは、古いものが淘汰されることを意味するんだ」
哀愁漂う目で、父さんは言った。そうだよな、もっと昔にはガラパゴスケータイというものがあったらしいし、時代の移り変わりは、こんなにも激しいんだな。
「博士、腕の修理をお願いしてもよろしいでしょうか」
不意に、クールな女性の声がした。見ると、白奈だった。
「父さん……白奈は……」
俺は白奈のことが気になって聞いた。
「白奈ちゃんは……既に死んでいるんだ」
「なっ!?」
衝撃的なことが、突然耳の奥底までに響いた。
「白奈ちゃんは、お前が小学校六年生の時に、交通事故で亡くなったんだ。でも彼女は死に際に「ずっと圭太のそばにいたい」と言ったんだ。だから俺は、知り合いの医者……凄腕ではあるが闇医者みたいなものでな、彼と凄腕のロボットクリエイターや科学者などに頼んで体を作ってもらい、闇医者に脳を機械の体に移植させてもらったんだ」
毎日顔を合わせていた白奈は……死んでいた……のか……。
「彼女の両親も複雑そうだったが、「白奈が願うなら」ということで承諾してくれたんだ。そして、お前の成長に合わせて、彼女の体も作りかえていたんだ。そして、今回の事件があった時のために、お前にあげたスターサマナーにロストテクノロジーを忍ばせて、彼女の許可が降りた場合に使用できるようにしたんだ」
だから、走っても息切れを起こさなかったり、俺のスターサマナーを色々操作出来たのか……そう、機械の体だから……。
「黙っていてすまなかった……」
父さんが、深々と頭を下げてそう言った。
「たとえ機械の体だろうとなんだろうとさ、白奈は白奈だって……。あいつが望んだことだからさ、気にすることはないし、俺も気にしないよ」
そうだ、図書館に行く時の白奈だって、昔から変わらない、俺の幼馴染みだった。たとえ、機械の体だとしてもだ。
「とりあえず、この腕直してきなよ」
「あぁ、そうだな。じゃあ行こうか」
「はい、少々お待ち下さいマスター。すぐに終わりますので」
白奈にそう言われる。だが、少し引っかかる感じがあった。
「あのさ、その喋り方直してくれないか? なんか、違和感あるんだよな」
白奈はもっと元気で明るいやつだ。だから、この喋り方をされるとむず痒いというかなんというか……。
「分かった! じゃあ、待っててね!」
飛びっきりの笑顔で、白奈はそう言った。
「お、おう!」
不意に口調を変えるものだから、俺は気圧されて上手く返事ができなかった。
そして、二人は、部屋から出ていった。
俺は振り返り、モニターを眺めた。
白奈が機械……か。信じ難いけどあいつはあいつだ……。それに……それがあいつの願いなら、俺はそれを受け入れてやるさ。
ふと、モニターに映る町並みが見えた。
「さっきまで、あんなに大変だったのに……みんないつも通り、スターサマナーを触ってるな」
今回の事件もきっと、スターサマナーに頼りすぎたから起きてしまったんだろう。俺達は便利な社会に生きているが、それを利用されると世界規模で危険なことがよく分かった。だからこそ、スターサマナーに頼りすぎないように生きていかなくちゃいけない。そして、便利になっていくにつれ、古かった物は淘汰されていく。またそれも理解していかなくてはならない。
「マスター、よく戦ってくれました。そして、よく私を死なせずに奴を倒してくれました。」
ジェミニが突然現れ、俺に言った。
「あぁ、いきなりのことで焦ったけど、お前と一緒だからなんとか戦えたよ」
そう、確かにいきなり戦うのは怖かったし、不安だった。でもジェミニがそばにいるような気がして、そんな気持ちはいつの間にか吹き飛んでいた。
「フッ……マスター、改めてこれからもよろしくお願いします」
礼儀正しくジェミニが言った。
「あぁ、こちらこそ」
俺がそう返事すると。
「ん?」
ふと、俺のスターサマナーから通知音が鳴った。
「んん?」
見ると、俺のスターサマナーのコミュニケーションアプリの通知だった。開いてみると。
『修理終わったよー! 腕をくっつけるだけだったから早かったよ! 今すぐそっち行くねー!』
白奈からだった。修理早いなオイ。
『あぁ、待ってるよ』
と返事した。
「そうだ……せっかくあいつの秘密を知ったんだ。俺も……今まで打ち明けられなかったことを言おうかな」
俺はそう思い、スターサマナーに打ち込んだ。今までずっと伝えたかったこと、それは白奈が機械の体になっても変わらない気持ち。
『あのさ……話があるんだけど。俺さ、お前のこ』
ここまで入力して、手が止まった。
『スターサマナーに頼りすぎないように生きていかなくちゃいけない』
さっき、頭の中で思ったことが脳裏によぎった。
「……そうだな」
俺は入力した文字を消し、画面を閉じた。
「もっと便利なものがあるじゃないか」
そうだ。人間には、コミュニケーションアプリよりも、もっと便利なアプリを持っている。声で相手に思ったことを直接伝えることが出来る……そんな便利なアプリが。俺は部屋のドアに向かって歩き出した――
――それはいずれ来るかもしれない世界。