かちかち山の白兎とコノハナノサクヤビメ
童話『かちかち山』のアレンジであり『十二冒険者~桃太郎×西遊記×オズの魔法使い×クトゥルフ神話~』のスピンオフです。
月警察の長官カチカチが炎技を使用するときにコノハナノサクヤビメと口走る経緯が語られます。
夕方、若い白兎は、いつも親切にしてくれる人間の老夫婦の家をたずねた。
「おじいさん、おばあさん、山菜を持ってきたよ。
あれ、おじいさん。おばあさんは?」
おじいさんは、土間に力なく座り込んでいる。
「おじいさん……?」
おじいさんは顔を上げて、白兎を見る。
そして、囲炉裏を指差した。
囲炉裏には、からになった鍋がかけてあった。
「食ってしまった」
「え?」
「わしが食ってしまったんじゃよぉぉ。ばあさんを食ってしまったんじゃぁ!」
おじいさんは絶叫して泣き崩れてしまった。
白兎は、山菜の入ったかごを取り落とした。
彼らの住んでいる山には、悪い狸がいた。
畑を荒らし、小さい動物たちを苛め、気に入らないことがあると壊したり殺したりすることは日常茶飯事だった。
しかも幻術も使えるので手に負えない。
立ち向かえるであろう僧侶も武芸者も、こんな何も無い山奥までは来てくれなかった。
ならば、自分でなんとかするしかない。
おじいさんは、罠をしかけ、なんとか狸を捕らえることに成功した。
縛り上げられた狸は、おじいさんの留守中におばあさんの同情を誘った。
自分の悲しい過去をでっちあげ、心を入れ替えると心にも無いことをいい、嘘泣きをした。
これに心優しいおばあさんはすっかり騙されてしまった。
狸を縛っていた縄を解いてしまったのだ。すると、たちまち本性を表した。
「ぎゃはははは! 見事に騙されやがったぜ。術を使うまでもなかった。
よっしゃ、報復だ、ぶっ殺してやる。今日の晩飯は狸汁じゃねえ、婆汁で決まりだ!
ひゃっはー!」
こうしておばあさんは撲殺されて鍋の材料にしてしまった。
そして、狸はおばあさんに化けて、おじいさんに婆汁を食べさせてしまった。
白兎は、夜の山道を無我夢中で走る。
「ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう!」
優しかったおばあさん。
怪我をしたら傷口に薬を塗ってくれたおばあさん。
お腹がすいていたとき、食べ物を分けてくれたおばあさん。
冬、寒さで風邪をひいたとき、家に入れて火で暖めてくれたおばあさん。
でも、おばあさんはもういない。死んでしまった。
悪い狸に殺されてしまった。
兎にはどうすることもできない。彼は力も弱く、とても狸の幻術には対抗できない。
自分の無力さを呪った。悔しさと悲しさで泣き崩れた。そして、涙も枯れ果てて、疲れて石を枕にして眠ってしまった。
いくらか時間が経って、ふと、誰かの話し声がして目が覚めた。
まだ、朝には早いはずなのだが、木々の間から光が漏れている。
何だろうと思い、光の方へと歩いていくと、数人の美女が楽しそうにお喋りをしている。
兎は女性たちに声をかけた。
「あなたたちは山の神様ですか?」
すると女の一人が前に出て、
「無礼な。野兎が軽々しく話しかけてくるな。あっちへ行け!」
質問に答えず怒鳴りつけてきた。
「どうかしたのですか?」
優しく奇麗な声がして、女たちの中でもとりわけ良い着物をつけ位の高そうな女神がやってきた。
侍女は深々と頭を下げて答えた。
「はい、野兎が無礼にも声をかけてきましので。すぐに追い払います」
「声を? 良いではありませんか、ここは彼らの土地。
物珍しく思えば声もかけたくもなりましょう。
それに声をかけられるも何かの縁。私が話しましょう」
「そんなっ、サクヤビメ様、いけません」
コノハナノサクヤビメは、兎に手招きして言った。
「ちこうおいで。今夜はたまたま遊びに来ただけで、すぐに帰ります。
あと数百年は、ここに来ることはないでしょう。
記念に何か欲しい物があればあげますよ」
侍女は、やりすぎですと諌めようとしたが、白兎が答えるほうが早かった。
「力を下さい! 狸をやっつけられるぐらいの力を、ぼくに下さい!」
やっつけると聞いて侍女はかんかんになって怒る。
「まぁ、なんと野蛮な。サクヤビメ様、やはりこの動物は追い払いましょう!」
「お待ちなさい。欲しい物を聞いたのは私です。
兎よ、なぜ狸を倒す力がほしいか、聞いてもよいですか?」
「それは――」
白兎は説明した。悪い狸がいること、おばあさんが殺されたこと、自分は非力で仇もうてないこと、全てを話した。
コノハナノサクヤビメは頷きながら話を聞いていたが、静かに答えた。
「なぜ、兎のあなたが狸を攻撃する必要があるのですか?
これは人間と狸の問題ではありませんか、あなたには関係ないことではありませんか」
「じゃあ、どうすれば」
「お忘れなさい。多種族の争いごとに進んで立ち入ることは褒めれたことではありません」
「嫌だ!」
兎の声が森の木々に響く。
「なんで、あんなに優しいおばあさんが殺されなくちゃいけないんだ!
それで悪い狸が生き残って、こんなの理不尽だ!
ぼくは認めないぞ。こんなこと認めちゃいけないんだ!」
「黙れ、兎が風情がいきがるな。
サクヤビメ様、もうこの者と話をする必要はございません」
コノハナノサクヤビメは侍女を制して、兎を見つめた。
とても冷たく、恐怖を与える視線だった。
「あなたに力を与えることは容易いことです。
ですが、あなたに、その力を受ける覚悟はあるのですか?」
「え?」
「あなたの望みは兎の領分を著しく逸脱するものです。
もし、力を得てしまっては後戻りはできません。
あなたは兎であって兎ではなくなる。あなたは兎としての運命から追放されるのです。
裁断者としての宿命を背負うことになる。それでも力を望みますか?」
兎は、しばらくうつむいて黙っていた。
だが、顔を上げて、まっすぐにコノハナノサクヤビメを見つめた。
「狸を倒す力を下さい」
コノハナノサクヤビメは頷くと、燃える桜の花を取り出した。
「これは昔、私が炎の中で出産したときの燃え残りです。
この炎には、正しきものは燃やさず、悪、不義理だけを燃やす力があります。
この力があれば、狸を打ち倒すこともできるでしょう」
白兎は炎の花を受け取った。次の瞬間、炎が兎に燃え移る。
「うわぁあああ! 熱いぃ!」
兎はもがき炎を消そうと転げまわったが、炎は全身に燃え広がる。
白く奇麗な体毛は黒く焦げちぢれ、体中の水分が蒸発する。
「た、助けて……」
白兎は硬直していく筋肉で精一杯手を伸ばしたが、コノハナノサクヤビメは何も答えず静かに見守っているだけであった。
やがて炎は消えた。その場所には黒く灰になった兎の死骸だけが残された。
「うわぁああああ!!」
白兎は飛び上がった。空にはすっかり陽が上っている。
「え、夢?」
山の中で女神に会い、焼き殺されたと思っていたが、身体には火傷一つ無い。
「……いや、夢じゃない」
兎は全てを悟った。
言葉ではうまく説明できないが、昨日までの弱い自分ではない。
これから成すべきことがわかるのだ。それに対して恐れはない。
「待ってろよ狸。お前には然るべき報いを受けさせる」
後の顛末は童話『かちかち山』通り。
これは昔々の話。白兎がカチカチと呼ばれるようになる、ずっと昔の話である。