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嘘吐き少年Xと狂言少女Yの事件簿  作者: 憂ブロ
ファイル1:4月1日、癒しのバッグは桜の花びらのように消え行く
9/13

page8 嘘吐き少年Xは少女Tを知る

 目が覚めると、茶色い木の天井が見えていた。

 体を起こして周りを見渡すと、一定の間隔でカッカッ、チッチッと音を鳴らす振り子時計、時間は6時45分を指している。緑のカーテンから漏れ出る薄明るい光、その光が反射してうっすらと浮かんでいる(ほこり)、そして、丸太の木でできた壁からか、懐かしい木の香りと、ほろ苦く甘酸っぱい何かの香り。

 視界がはっきりして近くに見えたのは、クリームシチューのように白く、少し黄身がかった長い髪を首の後ろにまとめ、すやすやと寝ているペンギンのパーカーを着た人物。そこで思い出す。そう、彼は昨日会った東野(ひがしの)(そく)。僕は昨日彼に会い、彼と、彼に似た人物に殺されかけたのだ。しかし、それを助けてくれたのもまた、彼。東野束だった。


 様々な疑問があるが、何より気になったのは、あの束にそっくりな女性。(そく)はタバと呼んでいたが、彼女は一体誰なのだろう。そして、束とはどういう関係なのだろう。というようなことだった。記憶が曖昧ではっきりとは覚えていないが、話の内容から、「タバ」は束のために人を殺しているのか? 今思い返してみると、コンビニに行った後、コンビニの陰でグロテスクに殺していた人も、姿は束というより「タバ」に近かった。

 僕の掛け布団の上ですやすやと幸せそうに眠る姿を見ると、起こすのは少し気が引けるのだが、ここは質問最優先だ!!

「束、束。」

 すると束は掛け布団の上でもぞっと動きながらゆっくり目を開く。

「んん……? かい……と……? ……ハッ! 解斗!! 大丈夫!? 調子悪くない!?」


 必死な表情で安否を確認する束。その姿はまるで母親のようだった。そういえば僕の母親ってどんなんなんだろうな。

「いや、大丈夫だよ。ありがとね、運んでくれて。」

「ううん。これくらいどうってこと……ないよ。」

 言い切ると少し顔を俯かせて悔いるように暗い声色で言う。

「……それに、いろいろ……迷惑かけちゃって……ごめん。」

 昨日のことを気にしているようだ。しかし、昨日のことを思い出してみると、束はあいつ、「タバ」を止めてくれていたようにも見えたが。

「いいんだよ。あんまり気にしないで。というか、あそこにいた人は誰?」


 聞いて、何だか夫の浮気現場を目撃した妻のようだとか思いながら返答を待っていると、束は少し黙って苦しそうな笑顔で口を開いた。

「……先に、聞きたいことが……あるんだけど……いつから僕が殺人鬼だって……わかった……の……?」

 束は昨日話したときと同じ口調で問いかける。それに対し、僕はゆっくりと昨日の出来事を順に思い出しながら応える。

「んー……最初はちょっとした勘かな。そんで、束とカフェに向かうとき、こっそりポッケにタンポポを入れておいたんだ。」

「……タン……ポポ?」


「ああ。後で嘘を吐く為に。あんだけグロテスクにされた死体を作るのに、返り血一つ浴びないわけないだろ? 音が鳴るほど叩きつけてたらしいしな。それに、あの後あいつはすぐ逃げて、別の道から僕に気づかれないように尾行するには、洗う時間なんかはなかったはず。」

 若干思い出し吐きしそうになるのを抑えながら推理を説明する探偵のように話す。

「……いや、洗ってなかった。コンビニに行ったときにはすでにホットケーキミックスは無かったからな……恐らくお前はいつも。返り血を浴びた、そのペンギンパーカーの白い部分には、昨日みたいにホットケーキミックスをかけてたんだな。青い部分は、夜だから見えにくいし、見えたとしても、「模様」か「汚れ」と言えば誤魔化せる。だよね。」

 チラ、と束の方をドヤ顔で見ると、束は目をキラキラさせながら口を開けていた。眩し、眩しいよ……。


「はぁーっ!! すごい、すごいよ解斗!! 頭良いんだね!! 全部正解!!」

「まぁ、一回事件解決したからね。」

 キラキラした顔を直視できず、目を逸らしながら小さな声で呟いてしまう。

「へぇーっ!! 流石!! それでそれで!! 何でタンポポを?!」

 自分が暴かれるのに随分と乗り気だなおい。

「カフェで言った二つの言葉を思い出してみてよ。実はあれは嘘なんだ。」

「二つの言葉?」

「一つ目は蟻が『登ってた』というところ。二つ目は『甘い匂いがする』と言ったところ。」

「え? 両方事実じゃないの?」

 言って束は目を開いてきょとんとする。どこからどう見ても女子だ、うん。


「お前、甘い匂いしたのか。」

「え……? あ……確かにしなかった……かも。」

 自分の匂いにあまり気づきにくいというが、逆に言えば匂いがすると嘘をつかれたときに、匂わないと気づきにくいものでもある。だから、束の回答は当たり前のように思える。

「だろ? 甘い匂いはしないのに、タンポポについてた蟻と僕の嘘にまんまと騙されて焦って洗いに行っちゃったってわけだ。今までバレそうになったことはなかったのか?」

「うん。結構タバ頭良いから。……僕はトロいけど。登ってたっていうのは?」

「ああ、あれはな、登ってたんじゃなくて下りてたんだよ。」

 それを聞くと束はちょっと苦笑いめのジト目ををして期待外れと言わんばかりに言う。

「ちょっと理屈っぽい……。」


「そうだな。自分でも何であんな意味のない嘘を吐いたのか覚えてないよ。」

 ただちょっとの遊び心だったというかなんというか。……でも本当に無意識に嘘を吐いていた。あらやだ無意識ってこわい。……まぁでも、これが相手だったら嘘に気づくきっかけでもあったのかもな。

「意味はなかったんだ……。」

「ま、納得したでしょ。僕が、あの殺人鬼は束だとわかった理由。」

「うん……。まぁ、僕じゃないんだけどね。……じゃあ、今度は僕が話す番だね。」

「え……?」

 肯定しながら否定している……。まるで意味がわからんぞ! そう冗談交じりに思っていたが、束は何だか思いつめるような、そんな重い表情だった。

「多分、解斗も僕に対して聞きたいことがあったんじゃない?」


「あいつは、タバとは一体誰なのか。」

 自分でも不思議に思われると思ったいたのか、僕の思っていたことをズバリ当ててしまう束。きっとこれから彼自身の口から語られるのであろう。束と「タバ」の秘密が。彼の表情から、そして昨日の出来事からして、決してパッと流せるような軽いものではないことは僕もわかっていた。そうして若干唾をごくんと飲み干し、頷く。

「……ああ。」

 それを聞くと、目を閉じ、重々しく、ゆっくりと口を開いた。

「タバはね、僕が小さい頃に生まれたんだ。」

「……やっぱり、兄弟なのか。すげー似てると思った。」

 引っかかるところはあるものの、言ってることをリフレインするように反応する。


「いや、兄弟じゃなくて、タバも僕だよ。」

「え……?」

 ここでやっと紐が解けた感じがした。これなら辻褄(つじつま)が合う。

「つまりは、二重人格。もう一人の僕ってことさ。」

「そうか、そりゃあ似るな。……二重人格、か。」

 本人なんだもんな。そう思いながら、すごく身近な誰かを思い出して言葉を繰り返す。今の僕、そして前の僕。二人の見た目は同じであれど、性格や思いはきっと違うのだろう。前の僕は一体どんな人だったのか気にならないこともない。悪い奴だったのだろうか。良い奴だったのだろうか。どうして僕は記憶を……と考えてるうちに、また深く悩んでしまいそうで、ブンブンと首を振る。

「解斗もある意味、もう一人の自分はいるわけか。」


「え? 僕、記憶喪失のこと束に話したか?」

「いや。」

 そういうと、束は置いてある木の机の陰から見覚えのあるバッグを取り出す。

「……っと、気づいてるんでしょ。僕が君のお友達のバッグを、あの女の人の犯行を利用して奪ったこと。」

「あ、そうだったな……。というか、そんなに前からいたのか。」

 記憶喪失のことを話したのは確か矢弥と二人のときと、癒雨子にうっかり知られちゃったテヘペロ☆ のときだけのはずである。ありえるのは癒雨子にうっかりのときだが……。

「僕は犯罪者だからねぇ。犯罪の匂いを嗅ぎつけることができるんだよ!」

「……それはマジなのか?」


 犯罪を嗅ぎつける力、ということは癒雨子に出会う前、すなわち井川さんが犯罪実行中の、矢弥と話してるときに聞いたってことか。こわいよ、その機能。

「そうだよ。……で、何でそんな人格が生まれたかというとね。」

 そういうと、束は虚空を見上げて、まるで表情を作れば泣き出してしまいそうとでも感じさせるような、ほぼ無表情の状態で語りかける。

「……僕は昔から貧乏で、食べるものもロクになかったんだ。それで、盗みを始めた。僕の本職、と言ったら変だけれど、盗むのは僕のお得意なんだ。」

「それで、殺人はタバってことか。」

「そう。で、続きを話すと、僕は最初から良く上手く盗んでたんだ。見つかったのも小さかった時に一回だけ。ようするに、それ以外は見つかることなく、盗んでみせた。」


 そう言うと、ドアの向こうを見つめ、優しそうな表情で言う。それはまるで夫を想う妻のようでもあった。

「その小さかったときに一回見た人が、マスターさ。」

「それであんなに仲が良かったわけだな。」

「うん。まぁ、そうかな。えへ。」

 照れながら言う。恐らくマスターも束のことをわかって、理解したから見逃したのだろう。お互いに信頼して話すことができる。束にとって、マスターはそんな特別な存在なのだろう。

「……それで、マスターにしか見つかってはいなかったんだけどね、怖かったんだ。いつかは多くの人にバレるかもしれない。いつかは大きな罪に囚われるかもしれないっ……てね。」

 言葉を続ける度に、束の声はだんだんと重く苦しく、震えていった。


「それで……っ怖くてっ……怖くてっ……仕方がなくて……っそれで生まれたのがタバっ……!!」

「……。」

 身をよじる彼の一言一言からにじみ出る重さと、一つと一つの瞳からこぼれ出る水滴に、僕は一言も発することができなかった。

「タバは……僕が……不安に怯えてるときっ……い、いつもっ……来てくれて、その度に……盗んだ相手を……こ、殺……して……!」

 思い出すのが辛そうなのを見ていると、こっちも苦しくなってくる。しかし、言い切ると、今度は何よりも優しい表情で、「タバ」を思い出しているのだろう。優しい声音で言葉を吐き出す。

「そして、タバは僕には優しくて頭が良いから、僕の為に、分けてくれた。今いる僕は、束で、男の子。盗むのが得意かな。」


「もう一人はタバで、女の子。殺すのが得意。」

「嫌な特技だな……。」

 それにあはは、と可愛らしく笑って真面目な表情に戻る。

「それで、どうする?」

「え?」

「僕をどうするの? タバのこと、知っちゃったけど。」

「カバンさえ返してくりゃー見逃す。」

 すると、彼は再び笑って昨日の口調なんてなかったように凛々しく言う。

「返すよ。まぁ、君なら返さなくても、見逃してくれるとは思ってたけど。」

「おい。それじゃあ流石に僕にプラスになることがないでしょうが。」


「あははっ。ありがとねぇ。解斗。ほら、早くマスターのとこ行こっ。朝ごはんが君を待ってるよっ!」

 ビシッとドアの向こうにいるマスターを指差す。なんだよそのキャラ……。それを聞くと矢弥と似てるな。と思って、矢弥と話すときのように、呆れ呆れな返事をしてしまう。

「はいはい。今行くよ。」

 気づいたときには、自然と笑顔になっていた。多分、(はた)から見たら気持ち悪かったと思う。

 そんな自虐をしながら、マスターと束のいる方へ向かう。僕に気づいたマスターと束は手を振りながら笑顔で言う。

「かーいとー!! 早く早くー!! 冷めちゃうよー!!」

「良い夢は見れたかね。」

「はいはーい! あ、はい。見れました。昨晩はすみませんでした。」


 とりあえず泊めさせてもらったことのお礼を言うと、マスターはいつも優しいけれど、それ以上に優しい笑顔になっていた。

「帰ってこれたんじゃな。」

 まるで信じていたと言わんばかりの表情。マスターはやっぱり優しい人だ。言わずとも。

「はい。お陰様(かげさま)で。」

 そう言い、束の方に視線を向ける。束は腕を組んでカウンターによし掛かりながら鼻歌を歌っている。それを見て、マスターも安心しているようだった。

「君は、束にもタバにも認められたんじゃな。……わしでも、タバにはあまり認められてないんじゃ。」

「えっ?マスターが?」

「不思議とな。あまりコーヒーを褒めてもらえないんじゃ……。」


 マスターのことを嫌う人がいるとは……。意外だ。

「ま、時々褒めては貰えるんじゃがなぁ。いつも様子がおかしいんじゃ。」

 ん? え、これは何ですか、もしかしてアレですか。そう思いつつ、マスターには気づかれないようさっと返事をして束の方へ向かう。

「へぇ、そうなんですか。」

「ああ……。ま、朝食のオムライスがもうすぐできるぜい。早くカウンターへ行きな。」

「はい。待ってます!」

 そう言って、足早に束の方へ走る。……マスターのしゅんとした顔初めて見た。

 カウンターにつくと、さっきまでまとめていた髪を下ろしてサイドテールをしている束が笑顔でにっしっしと笑っていた。


「すまん、束。ちょっとマスターと話しててな。」

 言うと、僕は何もおかしなことを言ったはずはないのに束の様子がおかしくなった。

「ママッ、ママッマママママントヒヒィ!?」

「は?」

「え、あ、あーいや、すまん。すまんな解斗ぉ。」

 なんだこいつ、本当に束なの? 実はタバだったりするんじゃないの?

「何だよ。どうしたんだよ、束。」

「ん? 私は束じゃないぞっ。」

 目をぱちくりとさせてにっこりあざかわスマイルをして彼は言う。ん? 彼? え? 私?

「は……? じゃあ誰なん……あぁ!?」


 そんな僕の表情を見ると、彼、いや彼女はふふふんと得意げに笑った。

「お前、タバかぁ!?」

「だーい☆ せーい☆ かーい!!」

 言うとにしし笑顔でダブルピースする。本当にタバだった……だと……。

「ま、また何でお前……束でいいよいや束がいいよ戻ってくれよ……。」

 束の方が接しやすいし優しいし可愛いし……。するとタバなる人はむすーっとした顔で言う。

「え、解斗ぉ酷い。」

「おいまて今何で『と』だけ伸ばしたんだよ。解斗でいいよ解斗がいいよ。何で『回答』みたいなイントネーションになってるんだよ。解斗だよ。」

 ちゃんと、言えよ!!(松(ピー)風に)


「解斗ー! こっちだよー!」

 ハッ! 天使の声が! と声のする方を向くと、大天使、束がいた。と思ったら体が若干透けている。いやブラが透けているんじゃなくて体が透けている。いや彼男だし。

「お前、どうしたんだ、束。体が……。」

 お前……消えるのか……!? いや冗談抜きで消えかけてるんだが。しかし、その心配は杞憂だったようで、彼はすぐに答える。

「あぁ、本体は今タバになってるからね。本体になってない方はこうして幻覚として現れるんだよ。」

「遊(ギー)王のアス(ピー)ラルみたいな感じよぉ。」

 その例え方……。なんだよ。そういう発言一回もしてないのマスターと束だけじゃねぇかよ……。だがしかし、案外わかりやすい例え方だ。


「なるほどな。」

 要するに今はタバだってことだ。そして束に戻ることもできる。

 そうして話しているうちに数5分。今日の朝食のオムライスがきた。コーヒーの味を思い出すと、美味しかった記憶がよみがえり思わず「キタ――――!!」と心の中で叫んでしまった。

「へい。おまたせ。ムーンシャドウ特製オムライス。あったかふんわりしたごはんの上に乗せられたとろける卵。そしてその上にのび~るチーズ。そしてそしてぇ! 更に上にここ限定の~デュルルルル……」

 すると、マスターに合わせて向こうにいた束もデュルルルル……と言い、3秒ぐらい続くと二人でデデン! とハモって言った。

「パパパパパ~ン。コ~ヒ~ソ~ス~。」

「何でドラ(ピー)もん風なんだよ……いただきます。」


 二人だけはアニメネタを使わないと信じていたのに……!! 酷いわ!! そう思いながらオムライスを口に入れる。すると、マスターの言う通り、そして僕の予想通り、口の中でとろけて本当に美味しかった。ヒャッハー!!

 僕はそう思うくらい美味しいと思っていたのだが、ここでタバが動く。

「う、うま……ぜ、全然美味しくねぇなー!! も、もっとマシなの出せねぇのかぁ?」

 すると束は若干微笑みながら「こ、こらぁ……タバ、作ってもらってるんだから……。」と言い、マスターは困った笑顔をして僕に「ほらな?」と視線を送ってくる。

 え? っていうかこれ、最初「うまい」って言いかけませんでした?

「す、すまんなぁ。なかなか納得のいくものが作れなくて……。」

「あーあ……マスター落ち込んじゃった……。」


「そ、そうだなぁ……。」

 なんか、本気で落ち込んでいいことなのか迷うぞこれ!! そしてタバを見ると若干顔を赤くして顔を背ける。

「うっ……。……ま、まぁ? 前より上手くなってないこともないこともないこともないこともないこともないぞ。」

 どこの吸血鬼アイドルだよ。つか完全にツンデレじゃねーか!!

「どういうことじゃ? 老人にわかりやすく言っておくれ。」

「要するに、前より美味しいってことですよ。」

 言うと、タバは「あ、テメー!」と僕を睨みつけていた。……えー、素直になれないあなたが悪いんですよ……。男の娘盗賊の裏の人格がツンデレ殺人鬼って……こいつ産んだ親はどんな奴なんだよ……。


「そうか! それはよかった! この調子で頑張るからいっぱい食べてくれよ!!」

「ちょ、ちょちょちょっ調子に乗んなよな!! ちょっ……ちょっと美味しかっただけで……。」

「……解斗、さっき僕のこと男の娘って思わなかった?」

「何で心読んでるんだよ!!」

 そんなこんなで現在時刻8時半。そろそろカフェが開店の準備に入る。

「そろそろお(いとま)します。」

「おう。ここはどうだったかね。解斗くん。」

 扉の前で、背の高いマスターを見上げながら自信をもって答える。

「とても美味しくて暖かいカフェでした。また来ますね。今度は知り合いも連れてきます。」

 すると、マスターは手をポンと叩いて言う。


「ああ、例のわしに似た!」

「あ、はい……そっちもいつかは……。」

 執事の黒澤さんも連れてきてもいいのだが、その人よりも連れてきたい人がいる。ま、近いうちになりそうだが。そんなことを思っているとマスターは微笑みながら僕を眺める。なんだか恥ずかしくなって顔を背けると、声が聞こえた。

「……束も、完全に君に心を開いたんだな。」

「え?」

 あまりにも急で照れる束の話に、再びマスターの方へ顔を向ける。

「まず、タバではなく、束自身が連れてきた時点で、少しは君に気があったのだろう。しかも、今日からは束の口調が普通だった。ほら、最初に会ったとき、変な口調じゃったじゃろ。」


「あー。」

 思い返してみると、確かに最初は「……だよ。」みたいに区切り区切りに喋っていたが、今朝からその口調が叫ぶとき以外もなくなっていた。

「それは、束が信頼している証拠じゃ。これからも仲良くしてやってくれよ。」

「……はい。」

 驚いて、響いて、マスターと束の絆が見えて返答が遅れてしまったが、ほんの少し、いや、かなり嬉しかった。

「解斗ー! おまたせー!」

 束の準備が終わったのか、束がこっちに向かって走ってくる。

「それじゃ、行こっか。行ってきます。マスター。」


 歩き始めて束が笑顔でそう言う。それに合わせてマスターは「ほっほっ」と言いながら言う。

「ああ。束、解斗くん。いってらっしゃい。」

「行ってきます!!」

 二人、元気よく答えた。

 帰ってる途中は、タバとマスターの恋話をしたり、矢弥の話をしたり、記憶喪失の話をしたり、30分間いろんな話をした。そんなこんなで時間はあっという間にすぎて、癒雨子の家についた。

 束もタバも流石に、というか、元は貧しかったのだから当たり前かもしれないが、「うおおおおお」と声を上げて驚いていた。そして、また、と別れの挨拶をし、ホットケーキミックスを受け取って別れる。

 そして扉に向かって歩きながら思う。


 束もタバもマスターも盗んだり、盗まれたり、殺したり、いろいろ大変なのだろうけれど、その中で見えた、3人の絆と信頼は地中海よりも深かった。彼らは盗んだり、盗まれたり、殺したりするだけではなくて、守られたり、守ったり、助けたりして、散々で最悪な日々を乗り越えてきたのだろう。

 井川さんも癒雨子も、今回恨み合う仲だったけれど、お互いの心を信じて癒雨子は井川さんを最後まで裏切らなかったし、恨むようなこともしなかった。井川さんも妬みはしたけれど、それでも心の奥にある親友だという気持ちは消えずにいた。

 僕にもいつか、その3人や、その2人の中に入れるだろうか。いや、その人達だからいいのだ。人数が変われば、それだけ笑顔は、絆は、信頼は増える。変わり続ける。組み合わせの結果はオンリーなのだ。

 だから、僕は、僕が入ったときにだけなれる4人と3人になれればいいと思う。


 そして、矢弥とも、もっと仲良くなりたい。矢弥と、友達に……はは。

 まぁ、何かあったときに守れるような、助けられるような人にはなりたいな。

 そんなことを思い、悟りながら大きな扉を開いた。

「……。」

 流石にこんなに大きな家だと、普通の家庭でよくあるらしい「おかえり」などという言葉は返ってこない。しかし、静かすぎる。癒雨子も黒澤さんも、いないのか? 靴は、あるみたいだが……。部屋にいるのだろうか?

 そうしてコト、コト、と一歩ずつ歩くと、声が聞こえた。

「解斗様っ! 昨日はどうなされたのですか!! 矢弥様も心配しておられたのですよ!!」

 黒澤さんが眉を上げて叫びながら走ってくる。


「ああ……ごめん、しつくろさん……」

「略さないでください。執事の黒……」

 メガネをカチャッと押し上げて言う。

「あーわかったから!! 執事の黒澤さん!! ……ちょっと、面倒なことに巻き込まれてさ……。」

 面倒くさいので最後まで聞かないように言葉を遮る。つか、そこは反応するのな。

「そうですか。お怪我はないのですか。1分程度で手当ての準備は致しますが。」

 執事の黒澤さんは緑の蛍光板のように走るポーズをしながら言う。

「あ、いや。大丈夫です。……それより矢弥は?」

「あ、はい。2階のお部屋にいらっしゃいます。解斗様のお部屋もただいまご案内致します。お荷物を。」

 そう言うと、執事の黒澤さんは手を差し出してくる。それに対しておつかいの物だけわたす。

「あ、これ以外はいいです。すぐ着くので。」


「左様でございますか。それでは。」

 その声と共に、執事の黒澤さんについていく。そして数5分。流石豪邸。遠いじゃねーか。

 そして執事の黒澤さんが「解斗様」と書かれた札のかかった扉の前に立つと、こちらの方を向き、口を開ける。

「こちらが解斗様のお部屋でございます。癒雨子様のご指示されたお部屋ですので、不自由はあまりないかと。」

「いや不自由なんてそんな。泊めさせてもらうんですし……。」

「いえ、癒雨子様のお知り合い故、適当な場所に住まわせてしまうわけにもいきませんので。」

 深くお辞儀をしながら執事の黒澤さんが言う。癒雨子パワーすげー。すげー人と知り合いになったんだな僕……。


「は、はぁ……。あ、それで、矢弥の部屋は……。」

「あ、はい。」

 そう言うと、一つ部屋を挟んだ、あ、ちなみにマンション2つ分をはさんで隣にあると考えてもいいくらいの距離。そこにある「矢弥様」と書かれた札のある扉の方に向かい、連れて行く。

「こちらでございます。それでは、何かございましたら、いつでもお呼び下さいませ。失礼致します。」

「あ、ありがとうございます……。」

 執事の黒澤さんが見えなくなると、若干謎の緊張感を帯びながらノックをしてドアを開く。

「矢弥、ただいま。」

「……。」


 反応はない。何かあったのだろうか。それとも、帰ってこなかったから怒ってるとか……?

「すまんな。ちょっと、買い物に行ってる途中にやばい奴見つけちゃってさ……。それでっ……。」

 矢弥は後ろを向いて座ったまま、何も喋らず何も動かずただじっとしていた。

「矢弥……? どうしたん……」

「あはっあははははっ……あはははははははっ……。」

 言いかけると、急に笑い出す矢弥。

「矢弥……?」

 すると、矢弥は「あはっ」と上を向いて笑いながら首だけこっちを向いて本日初めてのまともである会話をするはずだったが、その姿は昨日とは打って変わって、お前、誰だ。と言わんばかりの狂いっぷりだった。


「おかえり。」

「解斗。」


  ~ファイル1 END~

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