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嘘吐き少年Xと狂言少女Yの事件簿  作者: 憂ブロ
ファイル1:4月1日、癒しのバッグは桜の花びらのように消え行く
8/13

page7 嘘吐き少年Xは少年Sに出会う

 癒雨子の物凄い豪邸で夜食を済ませ、黒澤さ……いや、執事の黒澤さんに頼まれ、おつかいに行こうと夜の街を歩く。あの人、「執事の」を省くと怒るんだもんな……。普段無表情なのに「執事の」を省いたときとその後だけは表情変わるもんだ。一体どこにこだわりがあるのやら。暫くすると、ピロリロリーンという、コンビニ特有の音と共にコンビニへ入った。

 執事の黒澤さんのくれたメモを見ながら、その内容の物をいれていく……。卵、牛乳、ホットケーキミックス……。どうみてもホットケーキの材料なわけだが、執事の黒澤さん曰く、癒雨子の大好物らしい。

 つーか、コンビニにって言ってたけど、どう考えてもコンビニにホットケーキミックスなんて売ってねぇよな……。いやまて、もしかしたら僕の知識は井川さんの言う通り常識外れで本当はきっと売ってるのかもしれない。

 そう思い必死に探し、遂には店員さんにまで聞くが、なんとついさっき売り切れたらしい。売ってるのかよ。


 仕方ないか……と思い、卵と牛乳はコンビニで買ってしまい、ホットケーキミックスを買いに、スーパーへと向かう。

 それにしても、今日は凄まじかったなー。自分で思い出しても、相当頭冴えてたな、僕。

 そんなことを考えながら、人の少ない夜道を歩いていると、焦った男性の声が聞こえた。

「やっ、ややっ、や、やめてくれ!! 金なら渡す!! 何でもやれる物はや」

 返す声はなく「ぐちょっ」という気持ち悪い音だけが聞こえる。今すぐ近くでとんでもないことが怒ってるんじゃないか、と僕はただ愕然としていた。

 嘘……だよな……? やめろよ……!

 恐る恐る近づくと、女性のような、いや、男性? 何とも言えない中性的な声で呟く人影が見えた。

「……最近話題の盗賊? のっかる? ……私は」


 笑いと怒りの混じった声を聴きながら、恐る恐る覗こうとした。

「あんなっ!! ものじゃっ!! ないよねぇ!!」

「ひぐっ……。」

 そこから発せられる声と共に鳴り響く異音を聴きながら、必死に声を抑えようとするが、恐怖から、自然と声が漏れてしまっていた。声の主もそれに気づかないはずはなく、音は止まり、怒りの声が発せられる。

「ん……、誰だ!!」

 気づかれた……!! ええい、何でもありだ!! このまま、行ってしまえ!! と飛び出すと、予想以上の光景に息を呑む。

「おひっ……あがっ……。」


 目の前には、まるでスペシャルパフェのような肉の塊。それに血のソースがたっぷりかかっているようだった。それを見てこの僕が動けるはずもなく、この光景を作った人物などには目もいかず、そのスペシャルパフェに目を奪われて立ち尽していた。

「……チィッ!!」

 声の主は舌打ちをして、さっと逃げていく。動くものが視界に入ると、さすがに目はそっちを向き、姿を捉えると食べた焼肉を戻しそうなのを抑えて、女性らしき人を追いかける。

「おい!! 待てよ!!」

 しかし、僕は運動神経は弱いのか、足も遅く、動きも鈍く、すぐに姿を消されてしまった。

 足を止めて冷静になって考えると、嫌なことばかり考えつく。


 ……あいつ、慣れてやがる……。この遺体以外の痕跡何一つ残さずに、僕を見た瞬間に去っていった。……しかも、あいつ、「最近話題の盗賊」「のっかる」「あんなものじゃない」……恐らく、癒雨子のバッグを、井川さんの盗みを利用して盗んだ張本人……!!

 さっき殴られてた人は、もう息はないようだ……。とりあえず警察呼んでさっさと買い物を済ませてしまおう。

 そうして、犯人の姿をだいたいで覚え、警察を呼んだ僕は、署には連行されず、その場で状況を聞かれ、案外早く開放されたので、足早にスーパーへ向かう。

 走って数分、はぁはぁ言いながらスーパーにたどり着くと、もう全て電気は消え、ただ「~19:30」という文字が見えていた。

「はぁ……マジかよ……。」


 そのまま倒れこみ、膝と手を地面につく。すると、後ろから声がして、

「ここのお店、閉まるの早い……よね。」

「……え? あ、はい。そうですよね……本当に。」

 振り向くとペンギンのパーカーを着て、フードを被る、片手にレジ袋を持った目を閉じた少年がいた。

「まぁ僕は大したものを買いにきたわけじゃないけど、君は何を買いに来た……の?」

「な、何を!? ……え、えっと……ホ、ホットケーキミックスッ……。」

 あまりにも言うのが恥ずかしくて、戸惑ってしまった。

「あはは! そんなものを今買いに来るなんて!! おもしろい……ね!」

 語尾が変なのは無意識なのだろうか。この人の方が面白いよ。


 すると、その少年は、人差し指を口に当て、思い出すように言う。……何か仕草が女性みたいだな。

「あ、でも、ホットケーキミックスなら持ってる……よ。僕もちょうどさっき買った……の! コンビニ……で。」

「お前かよ!!」

 ついつい声に出てしまったが、初対面の人にお前、そして敬語も忘れた「~かよ!」はまずいと思った。矢弥との会話の慣れかもしれない。慣れってこえーっ!

「えっ?」

「あ、ご、ごめん……つい、口に……。」

 しかし、案外それは杞憂だったようで、彼は首を振る。


「ううん! 全然!! やっぱりおもしろいよ!! 君! それに、……よかったらホットケーキミックス、あげる……けど……。」

 不思議な口調だし、何だか本当に女性みたいな可愛さがあるんだが……。

「い、いい……のか……? 君も必要なんじゃないのか……?」

 しかもラストワンを持っていくくらいだしさ。焼肉食ってるとき、癒雨子がアニメを語りだして、くじのラストワンは偶然手に入れる者と、重症のファンが命とお金に全てを託して手に入れるか、手に入れることができずに破産させるものだと言っていた。

「ううん!! 買えたらいいなーって思ってた……だけで、買えなかったら買えなかったでよかったん……だ。」

 偶然手に入れた方だったか……。まぁ、それなら少しは気が楽だ。


「そうなのか。本当にすまんな。」

「いいんだよ。あ、そうだ、おすすめのカフェがあるん……だ! そこであげるけど……ついでに食事でも……どう?」

 誘われるのは嬉しいのだが、お金も買い物の分以外、持ち合わせてないので、借りてるお金で個人的なものを買うのは流石にまずい。なのでこの方には悪いし、ホットケーキミックスもまた今度ということになるが、ここは断っておく。

「あ、ごめん。僕、食べたばっかりでさ。」

「大丈夫……だよ! カフェだから、メニューもコーヒーとオムライスとデザートくらい……なんだ。」


 彼は笑顔で答える。しかし、問題はそこじゃないんだよなぁ……。つか、目は閉じてても、眉毛と口で表情がわかってしまうのがすごいところだな。盲目なのだとしたら、このお店が閉まってるの、どうやって気づいたんだよ。

「いや、そうだとしてもお金借りたものだし……ホットケーキミックスも貰うんだし、流石に奢ってもらうのは申し訳ないよ。」

「気にしないで……よ。僕、結構持ってる……し。」

「いやでもな……。」

 そう思ったが、この笑顔でここまで言われて断るのも癪な感じがし、どうにかできないかと考えていると、彼が口を開けた。

「あ、じゃあさ、いつでもいいから時間があるときに返して……よ!!」


「き、君がそれでいいなら……そうするけど……。」

「よし、じゃあ……けってーい!! それじゃあ……行こう!」

「ああ。」

 とびきりの笑顔で答える彼に対して僕もそれに合わせて応える。そして、来た道と反対方向に歩き始め、僕はそれにも合わせながらついていく。

「そうだ、君、名前なんていう……の?」

「僕は九州真(くすま)解斗(かいと)。君は?」

「おもしろい名前……だね。僕は、東野(ひがしの)(そく)。よく女の子みたいって言われる……けど、僕、れっきとした男の子だから……ね!」

 男の娘……? いや、何でもない。そんなことを思っていると、束は、むすーっとした顔をしていた。


「……今、男の子じゃなくて男の娘だって思ったでしょー!!」

「え、あ、いや、えっと、そのな……ごめん。」

 すると彼はそっぽを向いて話を続ける。

「いいもん! 毎回言われてるから言われ慣れたもん!」

 くっ……こんなおと……こを傷つけたままじゃ、男がすたる……!!

「……いいか、束。お前は何も考えるな。いいか、お前は、れっきとした男だ!!」

 すると、束はこっちを向く。

「うん……。」

「何も考えなくていい。お前は男性だ!!」

 束は若干表情が明るくなる。


「うん。」

「いいか、お前は漢だ!!」

 すると束は不思議そうな顔をして言う。

「う、うん?」

「いいか、だからお前にはついている!!」

 すると束は更に不思議そうな顔をして言う。

「……何が?」

「ナニがだ。」

 すると束は無表情になる。……あれ?

「……下……ネタ……。」


 はぁ……とため息をつく。えっ、あのっ、ちょっと待っ、そういうつもりじゃ!!!

「解斗……女子の前では絶対言わない方がいい……よ……。僕は女の子じゃなかったからよかったけど。」

 束は悲しいものを見るような、いや、絶対見えていないのだが、そんな顔をして言った。

「そういうつもりじゃなかったんだよぉ!!」

「はいはい。わかったわかった……。」

 泣き崩れるように言う僕に対し、束ははいはいと悲しい目を僕に向ける。

「おおおおおおおおおおおい!!!」


 まぁそんな話をしながら数五分。すると、ちょっと和風な外装の小さなカフェにたどり着いた。

「ここはよく行くカフェで……さ、美味しいんだよ~。マスターにもよくお世話に……なってる。優しいん……だよ、ここのマスター。」

「へー。それはよさげなカフェだな。」

 すると束は強気な顔になって言う。

「『よさげ』じゃなくて、『良い』んだよ!!」

 必死な束に和んで、ふっと笑って言う。

「……そうか。」

「ひ、ひどい!! 笑った!!」


 そんなこんなでドアを開けると、カランカランと、少しメロディーを奏でるように音が鳴る。それとほぼ同時に、渋いおじいさんの声がする。

「いらっしゃい。ムーンシャドウへようこそ。って、なんだ、束じゃないか。」

「やっほー、マスター。今日は新しいお客さん連れてきたよ。」

 覗くと、白い髪に白い鼻ひげの優しそうなおじいさんがいた。この人がマスターか。本当に優しそうで、束が常連になる気持ちもよくわかる。

「おーう、それは良い。今日は特別な物を入れてやろう。どうせ、いつものやつだろう?」

「うん。よろしく!」


 すると、マスターのいるカウンターに案内される。見渡せば、周りはどこを見ても木でできているものばかりで、コーヒーの良い香りと共に木の懐かしい匂いもまたしていた。そして束に肩を叩かれると、誘導され、木のいすに座る。

「……本当に雰囲気の良いカフェだな。束の気持ちがわかる気がする。」

「でしょ? それに、ここのコーヒーを飲んだら、もう釘付けになる……よ?」

 何……だと……。

「……く、釘で(はりつけ)……だと!? 束、そんなコーヒーを飲んでるのか!?」

 恐ろしいってレベルじゃねーぞ!!

「か、解斗っ……釘で磔……じゃなくて、釘付け……だよ?」

 な、なんだ。そうだったのか……。とんでもない空耳をしてしまった。


「え……あ、そ、そうか……。そうだな……。」

「はっはっ。おもしろいお客さんだな。束もこういう友達は初めてなんじゃないか? お客さん、お名前は?」

 多分次いつ来るかわからないのだが、こういうカフェでは名乗るべきなのだろうか。まぁ名乗ったって減るものではないしいいか。

「九州真解斗です。マスターは?」

 すると、マスターは渋い顔をして言った。

「……マスターだよ。」

 こいつも執事の黒澤さんジャンルかよ。そう思ったが、マスターはすぐに笑った。まさかこの人もマスター以外の名で呼んだらただじゃおかねぇ系なのか!?


「……はっはっ!! 解斗君、まさかその顔、私がマスターという名前だとか思っているのかい? 冗談じゃろぉ!」

「……はぁ……知り合いにそう呼ばなくちゃいけない人がいて……。」

「はっはっ。そいつぁ面白い知り合いじゃなぁ。なぁ解斗君よ、今度連れてきてはくれないか?」

 マスターが高らかに笑うのに対し、僕は苦笑いで答える。

「はは……できたらそうします……。」

 そう言い終わると、マスターは落とし終えたコーヒーをカップに注ぎながら、言ってくる。

「……ま、あながち間違ってはいないかもなぁ。お客さんには、マスターでいたいんだ。それ以下でもそれ以上でもない。勿論そういう関係になる人には言うさ。ま、今はそんな人は一人もいないがな。」


 それなら納得ができそうだ。マスターの変わらぬ笑顔で語るその表情には悲しみなどはなかった。ということは奥さんなどが亡くなって、一人もいない、というわけではなさそうだ。そんなことを思っていると、束も疑問になることがあったのか、口を開ける。

「恋人とかは作る気はないの?」

 するとマスターはまたもやけに深刻で真面目な顔になり、手も止め目をギラリと光らせて言う。

「……束が彼女になるか?」

 そう超絶イケボで言うマスターに対し、束はかなり本気で怒り、思いっきり睨んで言う。

「マスターでもそういう冗談は許さないよ。次言ったらコーヒー顔にかけるよ。」

 ……そこまで嫌なのか。一方マスターは、ちょうどコーヒーができたようで、笑いながら渡してきた。


「まぁまぁ、いいじゃないか。……束はきっといつか解斗君みたいな彼氏ができるんじゃないかなぁ。」

 すると束は更に怒って

「マスター!! 僕は男だよ!!」

「男の娘、じゃろ? 現に、束を見た人でそれを言わなかった人は一人もいなかったじゃないか。どうせ解斗君も言ったんじゃろ?」

「え、えぇ……まぁ……。」

 そんなことを話しながらコーヒーの入ったカップをそっと口元に持ってくると、強すぎず弱すぎずのとても良い匂いが漂ってくる。そして、それをそのまま口に入れる。

「にがっ」


 すると、マスターと束の、束の性別は一体どっちだ合戦が止まり、マスターが普通の状態に戻り、説明してくれる。さすがマスター。

「それはベネズエラという名前のコーヒーじゃ。軽い酸味と、やや独特の苦味がある。そして、解斗君、ベネズエラを飲むとき、良い香りがしたじゃろ。このコーヒーにはそんな適度な香りがあるんじゃよ。」

「へぇ……軽い酸味……でも、あんまりパチパチしないな……。」

「……炭酸と勘違いして……ない……?」

「ち、違うのか!?」

 そういうと、束のパーカーのポッケから黒い粒が出ていくのが見えた。

「あ、束、蟻登ってるぞ。」


「え、どこ……?」

 きょとんとしてキョロキョロする束に指差して教える。

「ここだ。あ、2匹もいる。お前、ケーキかなんかでもかぶったのかよ。なんか甘い匂いするし。」

 笑いながら若干冗談のように言うと、束は勢いよく立ち上がり、焦った表情で駆けていく。

「……ぼ、僕ちょっとトイレで洗ってくる!!」

 それを見送ると、マスターも立ち上がり、束の方へ向かう。

「すまんな、ちょいと外すぜーい。お客さん来たら頼んでもいいかいな。」

「はい、こちらは任せてください。どうぞお気になさらずに。」

 申し訳なさそうに言うマスターに対し、気にさせてしまわないように綺麗な笑顔で僕は返した。

「すまんね。よろしく頼むよ。」


 そして数十分。現在9時40分。結局お客さんは夜遅いからか、一人も来なかった。

「おかえり、束にマスター。結構時間かかったね。」

「う、うん……なかなか落とせ……なくて……。」

 でへへ、と束が言う。

「まぁそういうこともあるだろ。……帰ってきてすぐでなんだけど、そろそろ遅いから僕はもう帰るね。」

「うん、わかった。じゃあ僕、送ってくるよ。マスター。」

 半笑いで言う束の表情はどこか暗い。そして、言葉の端々から重みも感じた。

「ああ、気をつけてな。」

「ごちそうさまでした。また来ます。」


「ああ、解斗君も来れたらまた、な。例の知り合いさんもご一緒に。いつでも歓迎するぜ。」

「ははは……。」

 そしてそのカフェを出て、カランカラン、という音を聞き、歩き出すと、束よりも先に喋りだす。

「束は、最近ここらで流行ってるらしい盗賊のこと、知ってるか?」

 逃げれないようにじーっと顔を見つめる。

「えっ……知らない……よ……?」

 すると束はギクッとしながら応える。それに対し、あまり力を入れないように言う。

「嘘だな。」

「えっ……?」

 そして束のパーカーと髪型を見て確信する。


「そうか、青い部分は暗くて目立たなかったけど、白い部分はホットケーキミックスでカモフラージュしてたんだな……。」

「な、何を……?」

「返り血。お前、偶然会ったかにも見えたけど、そうじゃなくて、わざと追いかけてきたんだろ。……狂人さんよ。」

「……か、解斗っ……やっぱり……見たのっ……!?」

 そういうと束は周りも見ずに首元を掴んで僕を前に押し出す。あまりにも勢いが強すぎて、背中と壁がぶつかる衝撃と共におえっ、と嘔吐(えづ)く。束の表情を見ると、自分が盗賊であることを知られたというよりは、何か別の意味で恐怖してるような表情だった。束は、僕が嘔吐いているのにはお構いなしでドンドン僕の背中を壁にぶつけながら話を続ける。


「白い髪のっ!!! 僕にそっくりなっ!!! 女の子をっ!!!!」

「がはっ……ちょっ、と待て、落ち着けよっ……!」

 しかし、僕の声なんて聞く耳持たずで少年はひたすら叫び続ける。

「やめてよっ!!!! 来ないでよっ!!!! 解斗を殺さないでよぉっ!!!! タバァ!!!! タバァ!!!! タァバァ!!!! ターバッ!!!!!! タバ!!! タバ!!! タバ!!! タバ!!!! タバタバタバタバァ!!!!!!」

 声が出ない中、走馬灯というのだろうか、死ぬ前に見える幻影というものだろうか、『タバ』という言葉を叫びながら僕を叩きつける少年と、それを呆然と見ながら立ち尽くして笑う少女が見えた。

「あはははははァ!! 束ぅ。それはないよぉ。私を呼ぶってことはさぁ……。」


 その声はどんどん大きくなる。うっすら見える姿が束にそっくりだ。

「くくっ……殺してくださイイイイイイ!!!! ってぇ言ってるモンじゃなぁい!!!!!」

 その声と共に、その少女の姿が消え、……いや、正しく言うならば、消えたのは束で、この女性がこれ以上ないような黒い笑顔で刃物を下ろす。……こいつも束なのか? そう思った瞬間、声が出る気がした。

「束っ! どうしたんだよっ!!」

 すると、ぴた、と振り下ろされる刃が止まった。

「テメェ、束の知り合いなのか?」

 さっきの衝撃で声が出なかったが、表情から肯定を察したのか、刃物を引く。

「……そうか。」


 顔は下に向いてて表情は伺えないが、とりあえず、よくわからないが、束もこいつも、本当はこんなことしたいはずないのだ。そう思い、話を聞こうとしたが、その前にその少女は顔をあげてにひひひひ、と笑っていた。

「だぁけぇどぉ? そんなのは関係ないや!!!!」

 声と共に再び刃が下ろされる。

「束っ!!」

 言っても一ミリも表情は動かない。しかし。

「タバ!!」

 そんな束のような声が聞こえると、少女は止まった。


「……てめぇが私の名前を呼んでまで止めたのは初めてだな。……何だよ、こいつに恩でもそれ以上の物でも何かあんのかよ。」

「解斗は何も悪くないんだ!! 僕が感情的になっちゃっただけ……!!」

 するとその少女は刃をゆっくりと下ろした。

「そうか。まぁ束にその気がないのなら私は何もしねぇよ。」

「ごめんね。せっかく来てもらったのに。」

「……上手くやれよー。」

 その声と共にその少女は消えた。すると束は先ほどまで少女を見ていた笑顔を戻して深刻な表情になる。

「……ごめん、解斗。……大丈夫? とりあえず手当てするから、僕の家に戻ろう。」


「あ、ああ……。」

 そう言うと、だんだん気が遠くなっていった。

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