page6 狂言少女Yは悩んでいる
『……絶対に捕まえる。僕に任せて。』
あの時は、そんなかっこいいと思えてしまう彼に、ドキドキしながら、その言葉を聞いていた。
そして今、あの言葉がひたすらに頭の中をループしていた。も、もしかしてこれって……? いや、ない、ないよ……うん! 絶対に無い!!
「絶対にないんだってば!!!」
「どうしたのーっ♪ 急に立ち上がってーっ♪」
「うううわあぁああ!!ゆうちゃん!!」
びっくりした……心臓止まりそう……
「矢弥たん、それに、何が無いのーっ♪」
相田癒雨子ちゃん。もとい、ゆうちゃんがニコニコ、いやニヤニヤ? しながら肉をひっくり返す。そしてそれが鉄板に置かれるとジュワ~っと美味しそうな音が鳴り響いていた。
そう、そうだった。そういえば、あの事件の後、急にゆうちゃんの家に住まわせてもらうことになって、変な執事さん通称、執事の黒澤さんが来て……
『お初にお目にかかります。癒雨子様の執事を務めております、執事の黒澤でございます。』
『よ、よろしくお願いします。黒澤さん! ……お、お世話になります!』
この執事さんがやけに無表情だったのもあるけれど、こういう風にしっかりした人からまともに挨拶されるのは初めてだったので、ほんの少し緊張してしまう。すると、黒澤さんは少し眉を動かしムッとしたような表情で言う。
『私は、執事の黒澤でございます故、執事の黒澤とお呼び下さいませ。』
……ん? 何だか言い方に違和感を感じて、聞き返す。
『く、黒澤……さん……?』
『執事の黒澤でございます。』
あ、いえ知ってます。とも言いたいけれど、何やらそういう訳ではないらしい。もしかして『執事の黒澤』でフルネームなのだろうか?
『し、執事の黒澤さん……?』
『はい。』
言うと、執事の黒澤さんは優男のようにニッコリした表情になり、答える。ちなみに後でわかったのだが、これは、『次その名で呼べばただじゃおかないぞ☆』の笑顔らしい。
『お二人のことは、癒雨子様から存じ上げております故、お食事の準備は済ませております。車にご乗車下さいませ。』
それで、ゆうちゃんの、でっかい豪邸と呼ぶべきこの家で、焼肉を食べていたのだった。……何で焼肉? そう思いつつ、一応食べさせてもらう身なので、失礼かな、と聞かずにいると、ゆうちゃん自身が教えてくれた。ゆうちゃんによると、ゆうちゃんにとっても不思議なことに相田家ではお客さんを招き入れたときに焼肉を食べるという習慣があるのだそう。でもそれって焼肉だらけになることってないのかな……? そしてゆうちゃんはゆうちゃんのお婆ちゃんのお婆ちゃんが焼肉好きだったからかもしれないとも語った。
執事の黒澤さんは、私達が家に着いたとき、それぞれの部屋の準備をするのだそうで、「その間に焼肉を召し上がって頂きたいのです。」とのこと。解斗は、早々に食べ終わり、執事の黒澤さんにコンビニへおつかいを頼まれたらしい。
つまり、今は全部の部屋が15個以上にも渡るゆうちゃんのこの豪邸にたった二人、この豪邸の主ゆうちゃんと、ひょんとしたこの一般人の私が、1階のリビングで焼肉を食べていた。
その中で今日の事件の話になり、か、解斗を、思い出して……い、今に至るっ……。
「あーっ♪ 矢弥たんまた顔赤くなってるーっ♪」
ゆうちゃんは恐らくアレだと察しているのか、とてもとても興味津々だ。
「あ、赤くなってないよっ!」
「ふっふっふーっ♪ 隠さなくていいんだよーっ♪ 何せ、今は執事の黒澤も、か・い・ちゃん♪ もいないから安心してーっ♪」
「な、何で解斗を強調するのー!!」
自分でもわかってはいながら、認めるのが恥ずかしくて、すっとぼけてしまう。
「わかってるくせにーっ♪ ……これは、こ・い♪ だよねーっ♪」
「いやー、それはマグロじゃないかなあ。」
偶然にもゆうちゃんがマグロの肉を手にしていたので、話を逸らすため上手く避けてみせる。
「もーっ!! そっちじゃないんだってばーっ!!」
ゆうちゃんはブーっとした顔をしてぷんすかぷんっと怒りマークを見せる。それに苦笑いしながら、話を見つけようといろいろ思い浮かべる。すると、事件のこと、そして、解斗のことしか頭には浮かばなかった。普通ならここで顔を赤くしていた私だけれど、そんなことよりも気になることがあった。
解斗……か……。
「……ねぇ、ゆうちゃん。」
「んーっ♪ なぁにーっ♪ 改まっちゃってーっ♪」
多分ゆうちゃんは別のことを考えているのかもしれないけれど、残念ながらそれではない。
「私にも、何かできることって、ないのかな……?」
すると、さっきまではニヤニヤと私をいじろうとしていたゆうちゃんも、真面目な顔になる。
「解斗は、自信の無い嘘を吐いて、犯人を見つけ出した……。ゆうちゃんを助けようとした……。」
「うんうんっ。」
自分の思うことを思うだけそのまま伝えると、ゆうちゃんは相槌をしながら聞いてくれる。
「私も、何かして、解斗を、助けたい。」
するとゆうちゃんは驚いた表情をして言う。
「解ちゃんを……?」
「そう!! ……私も、……解斗の嘘みたいに、手伝えることって、ないのかな……。」
そして私は、若干言葉に詰まりながら、間違えないように言葉を紡ぐ。
「多分、記憶喪失の、解斗に、これから起こること、は、……記憶喪失の解斗にこれから起こることは……。」
文がまとまったところで一息吸って繰り返す。ゆうちゃんは、最初は何を言ってるんだ? と言わんばかりの表情をしていたが、だんだん、まるで何を言われようと返す答えは決まっている、と言うような真面目な顔をして、先を促す。それに釣られて、最初の言葉が早口で出てしまう。
「きっと! ……きっと、誰も抗えないようなこと。……っだからわたっ……」
最後まで言う前に、ゆうちゃんが口を挟む。
「矢弥たんが本当にそう望むのなら、ウチに答えられるようなことはないかな。」
一瞬、自分に何もできることがないということを突きつけられた感じがしたのと、ゆうちゃんのずっと同じだった口調が元に戻ったのに戸惑い、言葉が詰まったが、まだ続きがあると見て話しを聞く。
「ウチは、矢弥たんのことがよくわからないし、解斗も、助けたいとは思わない。」
「ゆう……ちゃん……?」
ゆうちゃんはもっと優しいと思っていたがために、あまりにも予想外な言葉と、それに比例する言葉の端々から感じる重さに息を呑む。何より、言い切った後のゆうちゃんの声は震えていた。そして、がっかりしたような私の表情を見ると、ゆうちゃんは違う違う、と手を振りながら笑顔に戻って口を開ける。
「そういうことじゃなくてさーっ♪ ……解ちゃんなら、道をほんの少し示すだけで、大丈夫だと思うんだーっ♪」
それを聞くと、なるほど、と思ってしまった。確かにそうかもしれない。でも、私は、
「それでも、何もせずにはいられないよ……。」
「そうだねーっ。まぁ、その気持ちはわからないでもないけど、解ちゃんは、矢弥たんが傍にいるだけで心が安らぐんじゃないかなーっ♪」
そんなのは人が友達と傍にいたいと思うのと同じで、友達が傍にいるからと言って何事も悩まない、助かるというわけではない。と、そう否定をしようとしたが、ゆうちゃんは優しい表情で私を眺める。
「それは、十分解ちゃんの助けになると思うけどなーっ。」
本当にそんなものでいいのだろうか、いや、良い訳がない。解ちゃんがいつか、何かで躓いたとき、傍にいるだけでは何の力にもなれない。それでは何も解決はしない。
「納得してないみたいだねーっ♪ まぁ、一緒にいればいつか矢弥たんにもわかる時がくるよーっ♪」
そう言って、ゆうちゃんは空になった焼肉のお皿をまとめて、ごちそうさまでした、と言い、立ち上がる。
「それじゃ、ウチはこれをキッチンまで片付けてくるねーっ♪」
そして無言のままそれを見送る。それを見てもゆうちゃんは余裕のあるかのような笑顔のままだった。
そして広いリビングに私一人が残る。黙ってても言葉は入ってこないこんな状況じゃ、私は考えて考えて考える他なかった。
……何もしないのは嫌だ。何もしなかったら、解斗をただ見殺しにするだけ。そうだ、あいつは、今どこで何をしているのだろう。怖い……!! 私は怖い……!! 自分を失うのも、解斗を失うのも怖い……!! だから解斗……! 解斗……!
怖い……! 早く……!
早く帰ってきて……!!
そして知らず知らずのうちに身を丸くして、目からも何か溢れそうだ。
じゃないと……私は狂ってしまう……!!
そしてずっと考えて、悩んで。ゆうちゃんも解斗も、入口のすぐ傍にあるはずのリビングに、その日帰っては来なかった。