淫靡な森
家から数十分自転車を走らせて山の中へ行く。
最近の僕の日課に成り果てている、そろそろ山岳賞とかもらえそうなくらいこの山を極めている。
当然山を登ることが目的ではないため、そんなもの貰ったところで嬉しくもなんともないのだけれど。
じゃあ何故上るか、それは友人と会うためだ。
彼女は奇特な事に山に住んでいる。本人もそれを嘆いていたが由緒正しき名家なので逃げられないらしい。よく分からんが名家というものは牢獄みたいなものなのかもしれない。
このまま通い続けると僕もその名家という化け物に捕らわれ抜け出せなくなるのかもしれない。それはごめんだ。
そのことを前、彼女に話したら何故か顔を真っ赤にして猛抗議された。ほんの冗談のつもりだったのだがそこまで否定しなくともよいだろうと思った。しかし、あの反応からするに、自分でも気が付かないような下ネタが僕の冗談の中に隠されていたのかもしれない。やれやれ、ムッツリと話すのは気を使うな。
そんなことを思って山道を歩いていたら突然、遮光カーテンに包まれたような暗闇に襲われた。
右も左も分からなくなるような真っ暗闇。僕は激しく焦る。急いでスマホを取り出しライトを点灯するのだが、その光は包まれた暗闇を駆け抜ける。遮蔽物が一切なかった。僕は山の中にいたはずなのに。
背中がゾクリとする。僕は、辺り一面を暗くされたのではなく、何もない暗闇に引きずり込まれていたのだ。この場合の対処法は残念ながら日常生活を送る上で培ってきてはいない。一回ぐらい拉致されておくべきだったかもしれないと激しく後悔する。
そんな暗闇の中、ふわふわと光る球みたいな物が遠くの方に見えてきた。
これはこれは怪しい光だ…。しかし、方向感覚も狂わすほどの真っ暗闇に閉じ込められると人は何て弱い者か。無意識のうちにその淡い光を縋って僕は駆け出していたのだ。
辛い、怖い、早く抜け出したい。そんなことを繰り返し思いながらどんどん遠ざかる光を一心不乱に追いかけた。
しかし、その光は徐々に小さくなりふっと消えるのであった。
闇がまた僕に襲い掛かってくる。僕は膝をつき、その場に崩れ落ちる。一度希望を見た分そのダメージは凄まじかった。
さすり…。
急に僕の頬を何かがかすめる。
この闇包まれてから初めて触感を感じた。
僕は必死にどこともないモノを追い求めた。
その感覚は次々と僕を愛撫するように優しく体中をなぞる。官能的な指使いが僕の抱えていた恐怖や不安をじっくり溶かしていく。
このまま身を任せてしまうと、闇に引きずり込まれてしまいそうになる。
しかし、今更この闇に抗う術を持っていなし、この心地よい感覚に抵抗する気も起きなかった。
ズブズブと闇が僕を引きずり込んでいく。愛撫もついには僕の股間の方へ集まってくる。
もう、駄目だ―――
「男かよっっ!!!!」
そんな声が聞こえ僕は我に返ると、元の場所、森の中に戻っていた。
無事たどり着いた屋敷の中で彼女に聞いた話しによると、それはインキュバスだったらしい。
闇を作り、心を惑わし、誘惑し、捕まえる。そんな罠に僕は絡み取られていたのだ。
しかし、インキュバス自身も闇の中じゃ何も見えないらしい。
んなアホな技に僕は負けそうになったのかと彼女に問うたところ、決壊したような笑声が返ってきた。